支配の魔法
「言葉そのものが魔法として機能するのは当然だと思います。と言うよりも原初の言葉は魔法そのものだったとアルファニアの魔道士学校で習いました」
シンシアがちょっと意外な顔をしているアプレイスに教える。
「へえー、シンシア殿はアルファニアにいたのか! ところで魔道士学校ってなんだい?」
「子供達が集まって一緒に魔法を学ぶ場です。みんなで集まれば、導師の人数が少なくても一度に大勢の魔法使いを育てる事が出来ますから」
「なるほど! 子供達を集めるのが『学校』か」
「はい」
「で、全員で戦わせて最後に生き残った強い奴を選ぶ訳だな? もちろんシンシア殿が最後の一人の勝ち残りなんだろ?」
「そんなことしませんよ!」
「え、そうなのか?」
「お互いに戦ったりなんかしません! みんなで一緒に学んで修行をする場です。大勢が一緒に学ぶ事で、お互いに弱点を直しあったり得意事を高め合ったりも出来るんです」
アプレイスの発想が根っからドラゴンぽい。
子供同士を戦わせて最後に勝ち残った一人を代表に選ぶとかどんだけ・・・
「ふーん、最強が誰かを決めるって訳じゃ無いのか...」
「それは、やっぱり最後には順位というか、優秀な人とそうでもない人に分かれてはしまいますけど...ただ、それよりも大勢の中から色々な魔法使いが出てくるって事の方が大切なんです」
「人族の考え方はややこしいな」
「複雑なんじゃ無くて、ただ過ごし方が違うだけだと思いますよ。ドラゴンと違って、人は仲間と集まってないと生きていけない生物ですから」
「なるほど...俺もライノやシンシア殿の考え方を理解できるように、今後は出来るだけ人の姿を取っている事にしようかな」
「まあ、あまり気にせず自由に過ごしてくれアプレイス。それより支配の魔法の話に戻るけど、ドラゴンがワイバーンや...リントヴルムか、そいつらを従える時は、やらせたい事を言葉で命令すればいいのか?」
「俺も実際にやった事がある訳じゃ無いんだ。でも姉上はやってた事が有る。ワイバーン達をあちらこちらに行かせて、そこでなにが起きているか、以前とどう変わっているかを調べさせたりとかな?」
なんだかやってる事も思いっきり女王っぽいなエスメトリス・・・
「なんでそんな事を?」
「さあ?」
それに反してアプレイスは為政者向きじゃ無いのかも・・・
俺とクレアもそうだったと思うけど、血を分けた兄弟姉妹でも個性は色々だ。
「ともかく姉上の話によると、強く念じて発した言葉が命令になる、らしいよ。特に魔法を掛けるという意識は無いんだそうだ。それと、ワイバーンとリントヴルムには効くけどグリフォンには効かない」
「なるほどねえ」
「そこが、さっきアプレイスさんの言っていた『同系統』っていう判断なんですね?」
「ああ。同じ体系の魔法を使うし、なによりも魔力の扱い方とか吸収の仕方とかが似てる。だからワイバーン達はドラゴンを自分たちの上位だと見做しているし、ドラゴンの中には、ワイバーンやリントヴルムはなんらかの理由で太古のドラゴンから枝分かれした存在だって言う奴もいる。真偽の程は知らないけどな」
「でしたら、元々ワイバーン達がドラゴンを自分より上位の存在だと認識している影響も大きいかも知れませんね。それこそ魔法の言葉が無くても、さっきの『王様と国民』みたいにドラゴンに従うのかもしれません」
「それはあるかもね」
「だけどアプレイス、仮にエルスカインが純粋な魔法で同じようにドラゴンを従える事が出来るとしたら、その時のドラゴンには自意識が残って無さそうな気がするんだ」
「なんでそう思うんだ?」
「エスメトリスにも話したけど、操られてる魔獣達を沢山見てきたからだな」
「それ、死ぬと分かっていても引かないって話か?」
「ああ、操られてる魔獣達は死を恐れない。いや、むしろ『死ぬ』って事を認識してないって感じだな。あれは勇気じゃないし、恐怖を持たないって言うのも違う気がする。なんて言うか...『そうすれば自分がどうなるか?』っていうことを全く考えてない風に見える」
「完全な操り人形だな」
「そう聞くと、私たちに襲いかかってきたあの魔獣達がゴーレムみたいに思えてきました」
「ゴーレム?」
「はいゴーレムです。あっ! そう言えばゴーレムも古代の魔法ですね...土塊で作った人形に魔法を吹き込んで、思い通りに動かせる従者を造るんです」
「土で造った人形なんて、すぐにぶっ壊れそうだな!」
「確かにアプレイスさんの言うように、ただの土だと水に濡れただけで崩れてしまいそうですね。だから本当は土じゃ無くて、魔銀のような素材かも知れません」
「じゃあ魔土とかあるのか? 知らないけど」
「身体に魔法を刻み込んで動かすと書いてありましたから、なにか魔力を通す素材だってことは確かだと思います」
「つまりゴーレムってのは生きてるわけじゃ無いのか?」
「そうですね。生きてるみたいに命令通りに振る舞えるけど、命令された以外のことはしないし出来ません。自分で考えるとかは一切無くて、命令に沿った行動だけをする存在です」
「なるほど。じゃあゴーレムは正真正銘生粋の『操り人形』なんだな」
「そういうことになりますね。それとゴーレムは死ぬ、というか活動を停止させられると元の土塊に戻ってしまうんだそうです。古代に潰えた魔法ですから、本物のゴーレムを見た人は誰もいないと思いますけど、文献にはそう書かれていました」
「だったら、ニセモノのホムンクルスに近いのかなあ? アレも死ぬと土塊に戻るし...」
ギュンター邸で倒したオットーのニセモノのホムンクルスはあっという間に土塊に変わっていった。
「ただ、ホムンクルスはニセモノでも、元にされた人の真似を出来ますよね? ギュンター卿のところにいた執事のオットーでしたっけ? あれも話を聞く限りでは、生前のオットー氏の記憶を少し持っていたと言うだけでなくて、明らかにホムンクルスとして創られてからも学習を重ねていると思います」
「そうか...じゃあホムンクルスとゴーレムの違いは知能とか思考とかってことになるのかな?」
「そうですね。それにホムンクルスは元が生き物です。生きた魂を移したホンモノでも、ただの死体を元にしたニセモノでも、やはり元になった生命があります。対してゴーレムは完全に魔法だけで産み出された存在です...考えようによっては『魂を持つホムンクルス』は生きていると言えなくもありませんけど、ゴーレムは一欠片も生命ではありません」
ホムンクルスも考えようでは『生きていると言えなくも無い』か・・・
ふとまたシーベル家のカルヴィノの事を思い出してしまった。
あの後何度か、シンシアにカルヴィノの足跡を追って貰ったことはあるけれど、一度もミルシュラントに舞い戻った形跡はなく、存在する方角からすると本当に南方大陸に渡ったように思える。
それがエルスカインの偽装工作でなければ、まだ死んではいないのだろう。
「だから、ゴーレムには意志はないはずです。命じられた事をする、と言うか命じられた事以外はしないので、私たちがこれまでに出会ったホムンクルスのように、考えて工夫するっていう行動は取らないでしょう」
「うーん、そうなるとこれまで襲ってきた魔獣達は、行動としてはゴーレムっぽいけど、存在としてはホムンクルスっぽい感じだな...」
「ホムンクルスは古代の魔法ですし、そもそもが古代においても禁忌の魔法だったはずですから、分かっていることがとても少ないと思います。そもそもカルヴィノみたいに、『生きている人間の魂をそのままホムンクルスに移し替える』っていうのも謎ですよ」
「じゃあ魔獣を全部、いったん殺してホムンクルスにしてから操るとか?」
「想像すると、とても嫌な気分になります御兄様...」
「でも魔獣達は死んでも土塊に戻ったりしなかったし、ホムンクルスじゃ無かったと思うよ。アレはやっぱり支配の魔法だな」
魔獣達が俺に斃された後は、おびただしい数の死体が現場に残ったままだった。
その点から言えば魔獣達はホムンクルスでもゴーレムでも無いのだろう。
「そうですね...」
「それに、あの数をホムンクルス化するって、そこまでやれるのかなって疑問もある。そもそも俺とパルミュナは、エルスカインが操れるホムンクルスの数はそれほど多くないだろうって考えてたんだよな」
「それはどうしてだ? ライノ」
「もし、幾らでもホムンクルスを造れて操れるんだったら、俺たちに対して、もっと色々と効率的な攻撃を出来たはずだからだ。エルスカインは無駄な事はしないけど、やれそうな事には躊躇しない」
「臆病ってっわけじゃないよな?」
「勝ち目が五割じゃやらないけど、五割一分になった瞬間に行動する、そんな感じなんだよ。勝手な想像だけど、エルスカインの考える勝率が閾値を超えた途端、なにかの引き金を引かれたように攻撃が始まるような印象だ」
「なら効率最優先というか確率次第か...まるで感情の無い魔道具みたいな奴だけど、人族ってのは色々なのがいるんだなあ」
アプレイスが不思議そうに呟いた。