ワイバーンとドラゴン
俺は眠らないままにアプレイスの頭上で夜明けの太陽を迎えた。
月明かりの中を飛んでいるときは、まるで自分がこの世にいるのではないかの様な幻想的な体験に没入していたけど、いったん太陽が顔を出すと今度は眼下を飛び去る景色を見ているだけでも飽きない。
師匠と一緒に高い山の頂に登ったときの景観に似ているけど、もっと刺激的というか立体的というか、広い範囲の地勢が一望できることが楽しい。
空を飛ぶドラゴン族が、大地で生きるしかない人族に対してちょっと優越感的なモノを抱いている感じがするのは、ただ個体の力強さの差異だけじゃなくて、こういう感覚から生まれてるんじゃないかって気さえするね。
身も蓋も無い言い方をすればドラゴン族にとっての人族は、普段は『物理的に』見下ろしている相手っていうことだけど・・・
とは言えドラゴン族は、人族すら把握していない『知の源泉』が実は人族に由来するものだったということを理解してるし、決して人族を馬鹿にしているとか、そういうことでもない。
要するに視点の広さを持てるかどうか、そういうことじゃないのかな?
シンシアは途中からずっと、俺にもたれ掛かったというか背中から倒れ込んだままで眠っている。
昨日の午後まで眠っていたのだから睡眠不足って事はないと思うけど、たぶん肉体の容量を超えるほどの魔力を注ぎ込まれたことで疲弊しているんだろうな。
アプレイスもみんなを起こさない様に気遣って話しかけてこないし、コリガン族の六人もアプレイスの背中で輿の蓋に寝転がっていたり、横にもたれ掛かっていたりと思い思いの姿勢で眠っていた。
アプレイスの背中で結界に守られていると、どんな姿勢を取っても身体が浮かぶことがない、と言うか常に身体の何処かしらがアプレイスの鱗にくっ付いている様な感じだな・・・
立とうが座ろうが寝っ転がろうが、あるいはアプレイスがどんな飛行姿勢を取ろうが、意識的に動こうとしない限りその場所にくっ付いていられるのが面白い。
昔話なんかで、ドラゴンが宝箱の様な大きな荷物を運べた所以はこういう事かと納得するよ。
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太陽が高く上がってきた頃に、左右に覚えのある山脈が見えてきた。
二つの山並みに挟まれて正面に見えているのがエンジュの森だ。
一昨日の朝、魔力収集装置の実験のために降り立ったときには、まさかこんな急展開になるとは思いもしなかったな・・・
シンシアのお陰で最大の懸念事項だった魔力の吸収が適い、エルスカインに打撃を与えられたし、恐らくコリガン族の里もこれで救えるだろう。
だけど、俺としてはまだ道のりの半分しかクリアできてない。
次は・・・パルミュナとクレアを現世に呼び戻すんだ。
準備万端とは言い難いし、俺の勇者の器も、後どの位の魔力を注ぎ込めば『満杯』と言っていい状態なのかの見当も付かない。
昨夜はシンシアの限界に合わせて止めたけど、どの道エルスカインに察知される危険性を犯して夜明けまで粘るつもりは無かったから、一人で頑張っても追加であと一割くらいのものだったろうとは思う。
「ん...」
俺の腕の中に倒れ込んでいたシンシアがモソリと身体を動かした。
エンジュの森に着地するためにアプレイスが少しだけ身体の向きを変えたせいで、まぶたに陽射しが当たったのかな?
「あ。御兄様、おはようございます?...」
少しだけ寝ぼけた声でシンシアがこちらを見上げてくる。
「おはようシンシア。もうすぐコリガン族の里に着くよ」
俺の言葉を聞いて、シンシアは首だけを起こして周囲を見回した。
「ホントですね。まるで時間が飛んでしまったみたいです」
「シンシア殿おはよう。ぐっすりと眠れた様でなによりだ。もうすぐエンジュの森に着くけど前回と同じ岩場に降りようと思う。それでいいかいライノ?」
「ああ、問題ない」
「御兄様、少し身体がダルいので、もうしばらくこのままにしていてもよろしいでしょうか?」
「ああもちろん。アプレイスが着陸するまでゆったりしてればいいさ」
「はい、ありがとうございます」
シンシアが持ち上げていた首を降ろして、寝ていたときと同じように俺の腕の中に収まった。
「シンシア殿が眠っているままでも起こさないくらい、静かに着陸してみせる自信はあったんだけどな?」
「だろうな...正直に言って空を飛んだのはアプレイスの翼に乗ったのが初めてだけど、こんなにスムーズに飛べるものだとは思っても見なかったよ。まあアプレイスが特別で、もし他のドラゴンに乗せて貰う機会があったらそれほどでも無いのかもしれないけど」
「俺は飛翔技術に自信がある方だけど、そうでなくても大体のドラゴンは静かに飛べるさ。ただ、同じ竜の系譜でもワイバーンとかはダメだな。あいつらは揺れる」
「そうなのか?」
「別に飛ぶのが遅いとか下手とか言うんじゃなくて、ただ揺れる。ワイバーンは身体の構造的に仕方が無いけどな」
「ああ、ひょっとして羽の付き方の問題か?」
「そうだ。身体の構造が全然違うからな。四肢とは独立して背中に羽の付いてるドラゴンとは違って、ワイバーンの羽は前足そのものだ。だから魔力を高めるために羽ばたかせると、どうしても身体が揺れてしまう。横から見てれば分かるけど、ワイバーンの頭は飛んでる最中に、かなり上下に揺れてるよ」
「なるほどなあ...」
確かにドラゴンとワイバーンの姿は似ているようで違う。
アプレイスの言うとおり、ドラゴンは手足とは別に背中に翼が生えているけど、ワイバーンの翼は明らかに手というか前足だ。
ワイバーンを身近な生物で言えば、トカゲが蝙蝠になったような・・・自分でも言ってて混乱しそうだけどそんな感じだな。
「そういうことだったんですね。人族ではドラゴンとワイバーンを同じ系統の別種のように捉える人もいるんですけど、それが違っていると言う事がはっきり分かりました!」
腕の中のシンシアがまた首を起こしてアプレイスに言った。
ちょっと興味のある話だったようだ。
「いや実際に系統は似てるんだよシンシア殿」
「それは、私も姿は少し似てると思いますけど...」
「姿よりも魔力の使い方が似てるんだ。だからドラゴンはワイバーンを従えられるんだよシンシア殿」
「ほう、じゃあドラゴンとワイバーンは肉体的にじゃなくて魔法的に近いってことか? なるほどな...ん、んんっ?」
「なんだライノ?」
「ドラゴンがワイバーンを従えられるって、つまりドラゴンはワイバーンを手下に出来るって事だよな?」
「そうだ。ワイバーンやリントヴルムを配下に出来る。とは言っても、それでなにかするって訳でも無いけどな。ドラゴンは独りで生きるモノだ。ドラゴン同士の戦いにワイバーンの軍勢を集めても役には立たないし、従え続けるために魔力を分け与えてまで養う意味が無い」
「アプレイスさん、私はワイバーンは知っていますけど、リントヴルムは見た事がありません」
「リントヴルムは、デカい蛇に羽が付いてるって言うか、ワイバーンの身体が蛇みたいに細長く伸びたって言うか...そんな連中だ。飛べるけど地中にいる事も多いな」
「地竜って呼ばれてる奴か?」
「かもしれない。人の間での呼称は良く分からないけど」
「で...配下にするとか従えるって言うのは、具体的にはどういう具合に?」
「単純だよ。ドラゴンから強く命令されるとワイバーンやリントヴルム達は逆らえないんだ。人族で言えば王様から命令されたら国民はイヤだと思ってても逆らえないだろ?」
「力関係って奴だな!」
「もちろんドラゴンの方が圧倒的にって言うか比べものにならないくらいに強いけど、勝てないから従うってわけじゃ無くて、ワイバーン達はドラゴンの言葉を聞くと『逆らう』って気持ちをなくすらしいね」
「もっとエグいじゃないか...」
「いや、別に奴隷や操り人形にする訳じゃ無いぜ? ただまあ、ドラゴンの言葉は同系統に近いワイバーンやリントヴルム達にとって、それ自体が魔法のようなモノだって聞いてる。自分の意志をなくす訳じゃ無いけど、従いたくなってしまうらしい。ただ、それが嫌なら自分から距離を取ればいいのさ。離れれば効果は消えるからな」
「なあアプレイス...それって一種の『支配の魔法』じゃ無いのか?」
「あ...」
アプレイスが驚いたように首をグイッと動かした。
「言われてみれば、それもそうだな!」