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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第五部:魔力井戸と水路
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魔力吸収と転移門破壊


真っ暗な箱の中に身を潜め、シンシアと互いの手を握り合って過ごしていると、やがて自分の体の中に魔力が注ぎ込まれてくる感覚を覚えた。


最初は気のせいかな? と思ったりもしたのだけど、その感覚は次第に強まりこそすれ薄れることも途絶えることも無い。

シンシアの作った魔力収集装置がフルに稼働し始めているのだ。

それに連れて、俺自身の中に魔力がどんどん濃縮されていく。


最初の頃は、転移門で屋敷に戻ったときに、転移で失った分の魔力を魔法陣から供給されるときのような感覚だった。

時間が経つに連れて、その流れがどんどん太く速くなっていくのに、いつまで経っても俺の身体への流入が止まる気配が無い。

蒸留っていうのは繰り返されていくほど、ひたすら濃度が上がっていくモノなんだな・・・


大量の魔力を注ぎ込まれているというのは、なんだか身体の中心からムズムズしてくる感覚だ。


「凄いぞシンシア、魔力がどんどん注ぎ込まれてくるのが分かるよ」

「私も、ちょっと身体が熱い感じです」

「分かる分かる。なんだか熱くてむず痒いよな?」

「はい...」


答えるシンシアが俺の手を握っている指にギュッと力を込めた。


シンシアが身に着けている方の魔力収集装置は、シンシアとの間で魔力を交流させずに装置自体に魔力を蓄積するようにしてあるけれど、それでもこれほど濃密に蒸留されていく魔力の中では、直接シンシアの体内に吸収される量もかなり多いのだろう。


しばらくそのまま動かずに魔力を吸収し続けていたが、隣に横たわっているシンシアの息が荒くなってきていることに気が付いた。

暗くて顔色は見えないけど、時々微かに身体を突っ張るような気配がして、何かに耐えている様子が伺える。


「大丈夫かシンシア?」

「少しきついですけど、まだ耐えられます...」

「いや、あまり無理をすると良くないかもしれん。これぐらいで」

「まだ平気です。少し御兄様に寄りかからせてください」

「ああ」


シンシアは寄りかかると言うよりもぐるりと身体を捻って、俺の胸の上にうつ伏せに覆い被さってきた。

まあ真ん中で手を握り合っているんだから、寄りかかろうとすればそうなるか。

俺も空いている方の手を、斜めに覆い被さっているシンシアの背中に回して支える。


「御兄様、しばらくこのままで...」

「ああ、でも本当にきつくなったら言ってくれ。シンシアが動けなくなったら、この後の段取りが崩れる」

「はい...」


俺の身体にはこれほどまでに魔力が注ぎ込まれているのに溢れる事は無く、全て自分の中心に吸い込まれて消えていった。

まるで自分が底なしの樽になったみたいだ。

俺の胸の上に頬を載せているシンシアの、荒い吐息だけが暗闇に響き続ける。


「あぅっ!」

「限界かシンシア?」

「あ、はい...そろそろ自分が...自分で無くなりそうです」

「無茶するなよ...よし箱から出るぞ。蓋を撥ね除けたら一気に転移門の外までジャンプするからしっかり掴まってろよ」

「は...い」

「着地したら、すぐにこの場所へ魔法をぶちかませ。やれるか?」

「だ、大丈夫です」


転移門攻撃用の魔力収集装置をそっと床の上から拾い上げ、半身で俺に覆い被さっていたシンシアの身体を反対向きに変えさせる。

両腕でシンシアの腰を後ろからしっかりと抱きしめて息を整えた。


「よし、行くぞ!」

「はい!」


一気に上半身を起こして、箱の蓋を頭突きで豪快に弾き飛ばした。

シンシアを抱いて箱の床に立ち上がり、輿の脇に攻撃用の魔道具を投げ捨てて、その場から全力ジャンプ。

空中に飛び上がって見下ろすと、たった今まで俺たちが収まっていた輿を中心として濃密な魔力が渦巻いていることが俺の目にも分かる。

これは素の状態でも結構強烈だぞ?


なんとか転移門の範囲から外れた場所にうまく着地できた。

念のためにもう一回ジャンプして更に距離を取る。

二回目に着地したところで、二人一緒に身体をぐるりと回して転移門の方に向きあう。

「シンシア、撃て!」

「いきます!」

シンシアの手から人族の魔法で光が放たれると、その光線は真っ直ぐに魔道具を直撃した。


次の瞬間、貌を持って見えてきそうな程の魔力がその場に放出される。

大精霊の魔力、あるいはドラゴンが身体に押し込めている魔力、どちらに認識されたとしても、転移門の罠は起動するはずだ。

それと同時に貯め込まれていた膨大な魔力は、シンシアが装置に書き込んだ熱魔法の制御回路を通じて、一気に大きな石つぶてへと送り込まれていく。


数拍と置かず、固唾をのんで草地を見つめている俺たちの前に地面の下から強烈な青白い光が湧き上がり始めた。

あの時と同じ光だ!


光は瞬く間に眩しさを増して虚空に立ち上り、埋め込まれていた魔法陣の輪郭を夜空に描く。

ドラゴンが危険を感じて咄嗟に飛び上がったとしても十分に引きずり込める様に、かなり上空まで転移門の稼働範囲を持たせていたらしい。

眩しいほどの輝きを発した魔法陣は少しのあいだ夜空を染めていたが、その高さがピークに達した途端、発動したときよりも数倍早く地面に引っ込んだ。


だけど跳ね飛ばした蓋や輿自体は吸い込まれておらず、まだ元の場所に残ったままだ。

恐らく輿に仕込んだ気配隠しによって、転移門から存在を認識されなかったのだろう。


「失敗したのでしょうか?」

「まだ分からんが...」

そこまで言いかけたとき、大地にズンと衝撃が走った。

まるで俺たちは巨大な板のような地面に乗っていて、それを下からハンマーで叩き上げられたような感じ・・・

続いて、地面から再び魔法陣の光が立ち上がった。

だけど、さっきの起動した瞬間の光とは様子が違う。


冷たく青白い光じゃ無くて、熱く赤い光。


これは・・・閉じかけた転移門の最後の繋がり・・・僅かな空間の隙間を通じて、あの転移門の向こう側からの凄まじい光と衝撃が漏れ出たのだ。

魔法陣の輪郭を夜空に描いているその発生源は、例の魔道具によって送り込まれた高温高圧のデカい石つぶての爆発以外に考えられない。


「これは...」

シンシアが息を飲む。

「多分そうだ。俺たちの期待していたことが起きたんだと思う」

俺がそう答えると、シンシアがパッと俺の顔を見上げた。

「つまり、やりました?」

「ああ」

「私たち、やれたんですね?」

「シンシアのお陰だな!」

「...や...やったっー!!! やりました御兄様っ! 成功です!」

「おお、成功だともシンシアっ!」


またしても俺はシンシアの手を取って、その場で変な踊りを踊った。

長く伸びた牧草に足を取られそうになるけど気にしない。

二人で手を取り合ったままグルグルと回り続ける。


そうやってしばらくその場ではしゃいだ後、息を切らしながら手を離したシンシアが俺の顔を見つめた。

「御兄様は、これでエルスカインを滅ぼせたと思いますか?」

「まさか」

「やっぱりそうですよね...」


「例えばシンシア、ドラゴンとまでは言わなくても、仮に犀やグリフォンを王宮で飼い慣らそうってなった時に、玉座の間やジュリアス卿の居室で試したりはしないだろう?」

「それはたしかに」

「だけど、これまで幾多の魔獣を送り込んできた拠点を吹っ飛ばせた可能性はある。もちろんエルスカインは、どんなに時間が掛かっても必ず復旧させるだろう。パルミュナが言っていた様に、アイツにはそれが出来るはずだからな」


「ええ」


シンシアのアイデアに基づく今回の攻撃で、果たして魔獣を育てている大拠点を破壊できたのか、それとも小さな隠れ家一つを吹き飛ばして終わりなのか、今の俺たちにはそれすらも分からないのだ。


どちらにせよ・・・今回エルスカインに与えられるダメージがどれほどであろうと、エルスカイン自身が生き延びていれば終わりにはならない。

せいぜい巨大結界の完成を送らせるというだけだ。

それは、いずれ姫様からリンスワルド領主の座を継ぐであろうシンシアにとって、これからも終わりのない戦いが続いていくと言うことを意味している。


「だけどシンシア、俺たちにとって、これは記念すべき一歩なんだよ」


「はい?」


「これまでの戦いは全て受け身だったんだ。いつも俺たちはエルスカインが次にどんな手を打ってくるかも分からず、場当たりで守りに徹する事しか出来なかった。それはポリノー村でも、シーベル城やギュンター邸でも、今回のキャラバンでも本質は変わらない」

「あ...」

「分かるだろ? これは俺たちの反撃の始まりだ。俺たちは今日初めて、エルスカインの予定表には無い戦いが出来た。奴の意表を突いた攻撃をやれた。全部お前のお陰だよ? ありがとうシンシア」


「御兄様...」

シンシアが目に涙を浮かべる。


「ここからが正念場だ。吸い上げた魔力でパルミュナを現世に呼び戻し、クレアを救い出したい」

「そうですね、すぐに取りかかりましょう!」

「それに、もうエルスカインの次の手を待ったりはしない。こちらから奴を追い掛けて、追い込んで、攻めていくんだ」


「はい!」


シンシアは元気よく返事をした後で、ちょっと悩ましげな表情になって目を泳がせた。


「あの、御兄様...」

「なんだい?」

「あの破壊装置で、ここの井戸と転移門も完全に破壊できたと思います」

「そうだね」

「それで...あの転移門の向こう側がはたして何処にあったのか、もう、追跡することが出来なくなったのでは無いでしょうか?...」


「大丈夫だよシンシア」

「えっ?」

「見てごらん」


俺はそう言って転移門のあった辺りに歩み寄り、両手を伸ばして勢いよく精霊の水を地面に振りかける。

爆発の瞬間に、空間転移の繋がりのわずかな残滓を伝って零れてきた光と熱、それがこちら側の転移門を埋め込んであった大地に、くっきりとした傷跡を残していたのだ。

俺が辺り一面にまき散らした精霊の水がその傷跡に流れ込み、魔法陣の輪郭を詳細に焙り出し始める。


しばらくの後、草地の上には二度と稼働することの無い転移門と井戸の魔法陣の、正確な模写が現れていた。


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