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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第五部:魔力井戸と水路
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牧場の魔力井戸


陽が沈んだ後もアプレイスは夜の闇の中を静かに飛び続けた。

時々シンシアが指先に光を灯して地図を確認し、月明かりで周囲に浮かぶ山並みのシルエットと見比べている。

コリガンの里から現在地までのおおよその飛行距離は、方位を見る魔法陣で屋敷からの距離と換算しているらしい。


・・・これ、シンシアが一緒じゃなかったら俺は一体どうしていたんだろうか?


全部勘かな? 

それともアプレイス頼りか?

いや、それ以前に魔力収集装置も気配を隠す魔道具も無いのだから、この牧場襲撃計画自体が成立していないな。


「御兄様、アプレイスさん、次の山地を越えたら牧場のある高原の裾に入ります。その辺りからは少し高度を低くして貰った方がいいかもしれません」

「了解だシンシア殿」

「最終的にどこまで飛んで貰うと言うか、どこでアプレイスの背から降りる?」


「私自身は牧場付近に行ったことが無いので想像ですけど、御兄様が仰っていた並木ですか? アプレイスさんに運んで貰うのは、その辺りまでにしておいた方が良いと思います」


シンシアが、俺が記憶を頼りに手書きした牧場周辺の略図を見ながら答える。


「アッシュの樹が並んでいるところか...そうだな。あの辺りからは、まだ牧場の建物が見えないから大丈夫だろう」

「はい。でもアプレイスさん、もしもその手前で建物が見えてしまうようなら、すぐに地面に降りてくださいね」

「分かった」

「西側から進んでいくと、御兄様と御姉様が通った街道とは直角に交差することになります。たぶん、そのアッシュの大木が並んでいるところはこちら側からだと前方に横並びの一列に見えるはずです」


少しずつ両脇に見える山際のシルエットが高くなってきた。

つまり、アプレイスが飛んでいる高さを少しずつ下げている、と言うことだ。


「ライノ、だいぶ奔流の気配が濃くなってきたぞ」

「近づいてるって事だな」

「この濃密さは...ライノに教えて貰っていなかったら、俺は喜び勇んで転移門に飛び込んでいっただろうな」

「って事は、もう罠が作動してる可能性が高いな」

「だと思うぜ?」

「アプレイスさん、この森の上を飛び越えたら高原のエリアです!」


「よしあれだな! 並木が見えたぞ!」


遙か前方には、等間隔で一列に並んだアッシュの樹のシルエットが月明かりに照らされて浮かび上がっていた。


「並木を飛び越さないように手前で着地してください!」

「了解!」


アプレイスが更に高度を落とし、地面すれすれに飛んで並木に近づいていく。

いよいよアプレイスの腹や足が草地を擦るんじゃ無いかと思ったときには、アプレイスの体は完全に速度を失って地面の上にいた。

いくらアプレイスの結界に包まれていると言っても、急減速して地面に足を着いた瞬間を感じ取れなかったのは見事としか言い様が無い。


「やっぱり凄いなアプレイスの着地は!」

「お褒めにあずかり光栄だぜ。それじゃあこのまま体を低くしてるから輿を降ろしてくれ」

「はい!」

六人は、背中に乗せたときとは逆の順序で輿を地面に降ろした。


「それでは、まず畜舎の周辺を偵察して参ります」

「くれぐれも気を付けてな。無理をする意味は無いんだから、危険だと感じたらすぐに戻って来てくれ」

「かしこまりました」

斥候役のストラとイペンの二人が姿勢を低くして牧場の方に向かっていく。


「ライノとシンシア殿は俺の翼の先端より外に出るなよ。シンシア殿が付けてくれた結界隠しは、翼の両端と尾の先、それに下顎だ。この範囲を出る前にライノとシンシア殿は輿の中に収まった方がいいだろう」


「そうだな。じゃあ先に箱に収まっておくとしよう」

「御兄様、アプレイスさんの陰にいる間に、ここにも転移門を開いておきましょう」

「緊急用って事か?」

「コリガンの方々だけであれば、この人数でも屋敷に連れて転移できるかもしれません」

「それはありだな。もしも反撃を喰らったときは、俺とアプレイスが空で陽動して、その間にシンシアがラグマ達を連れて逃げればいい」


シンシアが何か言いたそうにしたけど口をつぐんだ。

と言うか、その『逆パターン』を想定してたと顔に書いてあるよ・・・ったく油断も隙もないというか、シンシアを囮にして逃げるぐらいなら俺は玉砕覚悟で突入するぞ?


輿の上に乗っている箱の蓋を開けて、まずはシンシアに入らせる。

シンシアは箱の底に横になると、俺が作った大きな石つぶてを基盤にして、熱魔法と魔力蓄積を組み合わせた転移門攻撃用の魔力収集装置を取り出す。

それを自分の身体の脇に置いて手首に鎖を絡ませた。


シンシアが無理なく身を横たえたことを確認して、俺もその隣に滑り込む。


「ラグマ、箱の蓋を閉めた後は外の様子は一切分からない。みんなには自分の判断で行動して欲しいし、イザとなったら輿をその場において逃げろ。ヤバそうになったら俺とシンシアは防護結界も張れるし、みんなと違って、そう簡単には死なないからな」

「分かりました」

「すぐに逃げてくれよ? 俺たちを気にして残られると、却って足手まといになって戦いづらいからね?」

「はい!」


もしも転移門を守っている奴がいた場合、輿から漏れた気配にしろ怪しい人影として咎められたにしろ、攻撃を受けた時に最初に犠牲になるのは、この六人の若者達なのだ。


「それでは、蓋を閉めさせて頂きます」

「じゃあ頼んだぞ。転移門の位置は畜舎を越えた先の放牧地だ。ストラとイペンが偵察から戻ってくるまでは畜舎の見える場所に行くな。転移門に近づけば俺たちが気配で分かるから小声で合図する」

「近づいたら指示をお待ちします」

「くれぐれも、無理はしないようにな?」

「はい」


二人の入った箱の蓋が載せられ、ピッタリと隙間が閉じられた。


息苦しいほど狭くはないし、蓋も完全に固定されてるわけじゃ無いからいつでも飛び出せるんだけど、こうしてシンシアと二人で横たわっていると、ちょっとだけ『棺桶』みたいで不穏な雰囲気だな。

まあ、気配を漏れさせないためには仕方が無い。


計画では、まずストラとイペンが周囲を偵察し、畜舎や周辺の施設に人影が無いかを確認する。

もしも誰かが見張っているようなら、どのみち魔力吸収は出来ないから即座に撤退だ。

その場合、いったん引いてからレンツに行くかどうかは要相談。

問題無さそうであれば、転移門が隠されている辺りの牧草地までこのまま運んでもらい、滲み出てくる魔力の気配で転移門の中心に見当を付け、そこに輿ごと俺たちを置き去りにして貰う。


俺とシンシアが魔力吸収装置を動かしている間に、みんなはアプレイスの側まで撤退して待機。

それから先は・・・アドリブだ。

何しろ魔力の吸収にどのくらい掛かるのか、実際にやってみなければ分からないんだからな。


「では、行きます」


外からラグマの声が聞こえて、輿が持ち上げられた。

そのまま運ばれていく感覚が伝わってくるけれど、驚くほど揺れない。

体格の違う四人がそれぞれ輿から突き出た棒を持ち上げてるだけだし、もっとガタガタ揺られていくことを想像していたのに、まるで空中に浮かんだまま運ばれてるみたいに滑らかに進んでいく。

これが重さを制御するコリガンの種族固有魔法か・・・なにげに凄いな。


時々進んではしばらく止まり、また進んではしばらく止まって待ち、という動作を何回繰り返したか数える気も無くなってきた頃に、また小さくラグマの声が聞こえた。

「ストラが戻って参りましたが、畜舎や周辺の建物には誰もいないようです。このまま牧草地の方に入っていきます」

「分かった、気を付けてな」

「はい」


予想通り、牧場の周辺には誰もいないようだ。

何しろ、ここの罠はドラゴンが降り立ったら自動的に作動する訳だし、転移門そのものが罠なんだから、ドラゴンを捕らえてからの勝負所は転移させた向こう側で行われることになる。

いったん奔流を湧き出させて罠を動かし始めたら、後はエルスカインの手下がこちら側でやれることは何一つ無いはずだ。


「御兄様、かなり濃くなってきたと思います」

シンシアが小声で囁く。

俺も頷いた。

出来るだけ気配を出さないために精霊の視点は使わないようにしているけど、それでも周囲を漂う魔力の濃さは感じ取ることが出来る。


「魔力の霧って感じか?」

「いえ、スープです」

「なるほどね...」


しばらく進むとラグマが小声で位置を確認してきた。

「略図で見ると、この辺りに転移門が有ると思うのですが、どうでしょうか?」

「ちょっと待ってください」

シンシアがそう言って目を瞑る。

「ラグマさん、もう少し進んでください。少し右に逸れる感じで」

「わかりました」

再び輿が持ち上げられて、そろそろと進んでいく。


「ここです!」

不意にシンシアが小さな声で、しかし鋭く口にした。

即座に輿が止まって地面に降ろされる。


「周囲に魔力が渦を巻いていますから、ここが中心でしょう」


「よしラグマ、ここで大丈夫だ。全員でアプレイスの側に戻って俺からの連絡を待ってくれ。もしも夜が明けるまでに俺たちが戻らなかったら、アプレイスの指示に従って里に撤退しろ」

「かしこまりました」

「気を付けてな」

「ライノ殿、シンシア殿、ご武運をお祈りしております」

「ありがとう」


箱の中は真っ暗だし、敵地のど真ん中で緊張の極致にあるはずのシチュエーションけど、シンシアの気配がすぐ隣にあって気分は悪くない。


「御兄様?」

「なんだいシンシア?」

「魔力の収集が終わるまで、私と手を繋いでいて貰えますか?」

「もちろんだ」

暗闇の中でシンシアの手を探り当てて指を握り合った。


考えれば考えるほど、俺たちが突拍子も無い事をしているって実感する。

エルスカインの作った、ドラゴンさえ吸い込む罠の中心に二人で手を繋いで寝転がっているんだから・・・

さっき俺はこの輿を『棺桶』だなんて連想したけど違うな。

これは小さくても、俺とシンシアがエルスカインに反撃するための『砦』なんだ。


「どっぷり魔力スープに浸かってるって感じかい?」

「いいえ」

シンシアが小さくクスッと笑うのが分かった。


「煮詰めたシチューの中にいるって感じですね!」

「そうか...じゃあガンガン蒸留して、腹がはち切れるまで頂くとしよう」


パルミュナを吸い込んでいったこの地から、逆にパルミュナを取り戻す力を奪い取ってやるのだ。


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