コリガン族と共に牧場へ
その日の夕方、ようやくシンシアが隣の部屋から起きだしてから、昨日と同じ六人の若者と二人の里長が部屋を訪ねてきた。
「アプレイス殿、勇者殿と妹君、私らの準備も整いました。お二人を運ぶための『輿』も作って、昨日の岩場に用意してございます」
「ありがとうございますキャランさん、パリモさん」
「当然のことでございます。今日、御三方に同行させていただくのはこの六人...左からラグマ、プルノ、ハトリ、アロン、ストラ、イペンと申します」
名前を呼ばれるごとに一人ずつ俺たちに会釈をする。
男性がラグマとプルノ、それにイペンで、真ん中の女性がハトリ、アロン、ストラか・・・ちょっと覚えにくいというか、これまでに知っているどこの国の名前とも少し雰囲気が違う感じだな。
今朝方、朝食を持ってきてくれたついでにシンシアが作り上げた気配遮断の魔道具を確認してくれたのがプルノとハトリだ。
「おおよその行動は、昨日ここで聞いていて貰った通りです。後の細かい話やそれぞれの役割はアプレイスの背中に乗ってから決めましょう」
「はっ!」
なんだか皆さん、軍人のようにいい返事である。
ちょっとこっちが気後れしてしまうよ?
夕暮れが迫る中、全員で昨日の道を逆に辿って岩の広場に出た。
見送りに付いて来てくれたキャランさんとパリモさんも、俺たちと同じように『下の道』を歩いてくれている。
ただ、こうやって都合十一人ででぞろぞろと下草の茂る小道を歩いていると、俺とアプレイスだけ身長が飛び抜けていて居心地が悪い。
コリガン族のことを知らない人が見たら、俺たちが子供の一団を引率しているって見えるんじゃないだろうか?
まあ、シンシアの身長は女性の中で一番背の高いストラさんと変わらないから、黙って一緒に歩いているとコリガン族に見えるかもしれないけど・・・
そんなことを思い浮かべると、俺の前を歩いていたシンシアがすっと振り返って不思議そうな顔をした
「御兄様なにか?」
「えっ、いや?」
「すみません、話しかけられたように思ったので...」
なんか鋭いなシンシア!
やがて半刻ほど歩いて岩場に付くと、アプレイスが森の端にみんなをとどめた。
「みんなそこから動かないでくれよ。動いたときにうっかり踏んだりしたら目も当てられないからな?」
そう言って岩場の中央まで一人で歩いて行くと、魔力を解放した。
初めて会った朝と同じように凄まじい魔力の風が吹きすさび、コリガンの狩人達が思わず目や顔を覆う。
一拍の後、岩場の中央には威風堂々たるアプレイスのドラゴン姿が現れていた。
「おお...」
「これが偉大なるドラゴンさまのお姿...」
「本当に、御背に上がらせていただいてよろしいのでしょうか?」
「なんとご立派な!」
コリガン族の若者達は、初めて見るアプレイス本来の姿に感動気味だな。
「よし。みんなは俺の背中に乗ってくれ」
「じゃあシンシア、魔道具を頼む」
「はい」
シンシアが巨大なアプレイスの体躯の周りに結界隠しの魔道具をくっ付けていく。
魔銀で錬成した金具のようなモノでアプレイスの鱗に取り付けるらしい。
コリガンの若者達が次々とアプレイスの背に乗っていくが、勢いよくジャンプしていると言うよりもフワッと浮き上がるかのように軽々と飛んでくる。
さすがに身軽だなあ。
ムササビ並みに動けるキャランさんをお年寄り扱いするだけのことはある。
ラグマとプルノ、それにイペンが『輿』というか箱付き担架というか、俺とシンシアを乗せるための台座を三人で抱え上げ、先にアプレイスの上に飛び乗っていたアロンとストラ、ハトリが上から棒の部分を受け取って引き上げる。
ぱっと見では大きめの木箱から四本の棒が飛び出ているような感じだけど、箱の天井にはシンシアが作った気配隠しの魔道具を設置して、中に俺たちが籠もれるようになっている。
「御兄様、結界隠しを付け終わりました」
「よし、俺たちも上がろう」
俺もシンシアを抱き上げてアプレイスの背中に飛び乗った。
「みんな乗ったな? では里長達よ行ってくる。戻りがいつになるかは井戸に溜まっている魔力次第だが何日も掛かるものでもない。万事滞りなく進めば明日中には戻ってこれよう」
「はっ、エンジュの森の里人一同、皆様の無事の戻りをお待ちしております!」
「うむ。ではゆこう!」
アプレイスが声をかけて巨大な翼を一振りすると、巨体が空に浮かび上がった。
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コリガン族が作ってくれた『輿』には、でこぼこした地面の上に置いても傾かないように四本の足が付いてた。
それがちょうどアプレイスの背中で、背筋を通る真ん中の鱗の山を跨いでちょうどいい具合に載っている。
俺はシンシアを並んで輿に背中をもたせかけ、前を向いて座っているんだけど、二人とも持参のクッションを背中に当ててているから、ちょっとしたソファにでも腰掛けている感じで、実に楽な体勢だ。
ガタつかずにぴったりした感じだし、これ、アプレイスの荷物運搬用にもベストな容れ物なんじゃないだろうか?
まあ、俺とシンシアには収納魔法があるからアプレイスに荷物運びを頼む事は無いだろうけど・・・
コリガンの狩人達は、その輿の両側に分かれて三人ずつ腰掛けているのだけど、見た目は木箱に座って足をブラブラさせている六人の子供達である。
これからみんな一緒に死地に赴くって言うのに、まるで馬車に揺られてピクニックにでも向かうような雰囲気だ。
いや、夕日を背にして飛んでいるから、みんなの顔が赤い日差しの中でシルエット気味になっている。
これだとピクニックの帰り道って雰囲気かな?
俺はちょっと後ろを振り返ったときに目が合ったストラさんに、漠然と疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。
「ストラさん、そう言えばキャランさんとパリモさんから、それぞれ男里長、女里長って自己紹介を受けたんですけど、コリガン族の里長は、男女それぞれ別にいるんですか? それともあのお二人はご夫婦だとか?」
「なんもなんも、キャランさんとパリモさんは夫婦なんかじゃ有りませんて。それに私らの聞いとる限りではエンジュの森の里だけでなく、何処のコリガン族も里長は男女の両方がいるもんです」
「それはまたどうして? 他の人族だと首長とか族長が男女別々っていうのは聞いたことがないので」
「そうですねえ...逆に私らはコリガン族以外の風習を知らんのですけど、コリガン族は男衆も女衆もやることがあんまり変わらんのです。狩りに行くのは元気な者の仕事で、森で菜草や茸や木の実を集めたりするのは子供と年寄りの仕事、里に残ってなんか作ったりするのは、これも年寄りや妊婦の仕事となっとります」
「なるほど」
「なんですけど、女は妊婦やなくても子育てが得意な者とか機織りや手先の器用な者とか...狩りに出るよりも、里でみんなの役に立つ仕事が出来るものも多いんです」
「それは分かりますよ。他の人族の間でも、例えば布仕事とか料理とかは、女性が受け持つことが多いですからね」
俺がそう言ったときに、シンシアがピクッと肩を動かしたように見えたのは気のせいか・・・
「そんで、どうしても男と女で出来ることや得意なことが別れてくるし、里のみんなで分担することも、男向きのことと女向きのことが出てくるんです。やから、里長も男向きのことをとりまとめるもんと女向きのことをとりまとめるもんと、二人で分担するんです」
「ほおー、なるほどね」
「そうすれば、男も女も自分に分からんことは里長に相談すりゃいいし、どっちかの負担が増えたり不満が出たりって事もないんと違いますか?」
そういうことか。
でもこれって、単一種族だけで固まってて、なおかつ人数の少ない集落だから出来ることだよな・・・森の産物は村人全員で公平に分け合うとか、ちょっと人数が増えたら難しい。
俺が育った村でも、父さんは村の狩人として山に入って獲った獲物は村人達に渡してたけど、それも代わりに麦や野菜を貰うことが前提だった。
あれも、村に一人でも強欲だったり偏屈だったりする人間がいたら、たちまち達行かなくなりそうだもの。
「なるほど、よく分かりましたよ」
「他の種族の村では、長は一人きりなもんですか?」
「普通はそうですね。副長みたいな補佐の人がいることもありますけど、あくまでも『長』は一人きりです」
「へえー、そういう長の人は、なんでも自分一人で決めなきゃならんってことですよね? そりゃあ気苦労も多そうだ」
うん、ここは見解の相違というか常識の違いというか・・・コリガン族には威張りたがるタイプの人が存在しないのかもしれない。




