牧場襲撃の相談
「それで御兄様、話を高原の牧場の罠に戻しますと、アプレイスさんに牧場の近くまで運んで貰って、後は二人でできるだけこっそりと魔力井戸に近づくということになると思います」
「一応、畜舎の脇にパルミュナが転移門を置いてきてるんだけど、使わない方がいいよな?」
「はい。まずアプレイスさんを連れての転移自体が危険な可能性もありますし、御姉様が罠に取り込まれた以上は、その御姉様の設置した転移門も発見されて細工されてないという保証はありませんから」
「だよな...」
「ここから高原の牧場までは東に真っ直ぐで、半日あればアプレイスさんに飛べる訳ですから、明日の午後から夕方にここを出れば、深夜にこっそり牧場に舞い降りるって感じに出来ると思います」
「そうだな。不可視の結界があると言っても用心した方がいいだろうし」
「はい。アプレイスさんは暗い中を飛ぶ事自体に問題ありませんか?」
「問題ないな」
「じゃあ、現地突入は夜中にしよう」
「で、だ。さっきはこっそり罠のある井戸に行ってライノが魔力を吸収し、出来れば見つからずにこっそり出てくるって方針だったけど、それが最後はぶっ壊して出てくる、に変わったって思えばいいのか?」
「まあそうだな。罠を起動させずに、こっそり井戸に入って俺が魔力を吸収し終わるまでは誰にも見つかりたくない。ただ、それが出来ないようなら、最初から井戸を壊す前提で動くしか無いけど」
「壊しちまったら、もう吸収できなくなるんじゃ無いか?」
「その可能性は高いけど、どのみち壊さないとここのコリガン族達がエラい目に遭う訳だし、吸収に利用できない魔力井戸なら残してても仕方ないよ」
「ですが御兄様、罠を壊した後はエルスカインが警戒して、レンツの街にも行けなくなると思いますよ?」
「仕方ないさ。その時は別の方法を考えるしかないな。姫様に頼んで岩塩採掘孔を試してみるか、本城の離れの古井戸を、魔力が吹き出てくるまで土魔法で掘り返してみるとか...」
「そうですね...後はサランディスやアンケーンまで行くか...」
「アプレイスに運んで貰えればサランディスは大丈夫だろうけど、アンケーンは遠すぎるな。それにどちらも外国だ。ヒューン男爵領やルースランドみたいに国王や領主がエルスカインに取り込まれていたら、井戸に近づく事さえ難しいかも知れないよ?」
「はい、確かに」
「まあ、エルスカインの仕掛けがよく理解できてない以上は、どんなに悩んでも正解に近づけるとは限らないんだ。ぶち当たってみよう」
「分かったライノ。じゃあ問題は、まず『こっそり入る』方だな」
「近くまでは不可視の結界を張ったアプレイスさんに運んで貰うとして、井戸に近づくのは私と御兄様の二人にした方がいいと思います」
「いや、俺も着地してからまたこの姿になってれば良いんじゃ無いか?」
「ドラゴンを狙った罠ですから、ドラゴンの魔力を感知して作動する可能性があると思うんです」
「んー」
「そこはシンシアの言う通りだな。パルミュナが吸い込まれたのは、明らかに精霊魔法を使った事が引き金になっていたと思う。だから、俺たちもギリギリまで精霊魔法を使わないようにしておかないとね」
「私も御兄様も、こういう時こその『二刀流』ですね!」
「おおっ、そうだよな!」
「二刀流? なんだよそれ?」
「私も御兄様も精霊魔法を身に着ける前に、人族の魔法を使うための修業をしていました。ですから今でも、精霊魔法と人の魔法の両方を使い分ける事が出来るんですよ」
「へえー」
「とは言え人の魔法に関しては、遍歴破邪だった俺と伯爵家の筆頭魔道士だったシンシアじゃ比べものにならないけどな。シンシアがドラゴンなら俺は小型ワイバーンってところ」
「はっ! そりゃあ格差が激しいな」
「そんなもんさ」
「で、入り込むまでは人の魔法を上手く使ってバレないようにすると...」
「精霊魔法に較べると効果は弱いですけど、人の魔法でもある程度の静音や不可視の結界を張る事は出来ます。真っ暗闇を動くことも問題ないですから本当は月の無い晩の方が良いのかも知れませんけど」
「新月まで待つのもなあ」
「そうですね。結局魔法で探知されたら関係ないですし...」
「ソレはともかく、俺は人族の魔法なんか使えないぞ。侵入時はいいとして、二人が脱出する時に、どうやって迎えに行くタイミングを計ればいいんだ?」
「そこは、アプレイスには離れたところで待ってて貰って、俺たちが自力でそこまで行くしか無いな」
「待ってくれよライノ。こっそり出てくるって話ならそれでいい。だけど、罠をぶっ壊して出てくるんだったら相当厳しくないか? かと言って、合流してから一緒に壊しに行ったんじゃ、今度は俺がその罠に取り込まれちまう可能性があるんだろ?」
「とは言えなあ...」
「アプレイスさんにも指通信が使えれば相談し合えるのに残念ですね」
「なんだそりゃ?」
「あらかじめ一種の魔法でお互いを結び合っておけば、離れていても会話が出来るんです。基本の理屈は転移門と同じらしいので、どれくらい離れて使えるかはその時次第で分からないですけど」
「へえ、そりゃ便利そうだ」
「ただ、これも精霊魔法ですから罠の周囲ではギリギリ最後まで使う訳にいきませんし、そもそも精霊魔法を使えるモノ同士じゃ無いとお互いの系を結べません」
「そっか。じゃあダメだな」
不意にシンシアの言葉が心の中で引っ掛かった。
さっき、あの岩場でお祝いに砂糖菓子を食べた時・・・アプレイスにもあの菓子が見えていたんじゃないのか?
「...いや待てシンシア。さっきシンシアが魔力収集装置を完成させたお祝いに砂糖菓子を食べた時、アプレイスにはあの菓子が分かったよな?」
「ん、シンシアが口に入れてくれた奴か? ありゃあ美味かったな! ドラゴンの姿であんなに美味く感じるものを口に入れたのは初めてだったよ」
「って言うか、味だけじゃ無くて、お前にも菓子の姿が見えてたよな?」
「赤くてちっこくて丸い奴だろ?」
「そうだ」
「あんなちっこいものの味を、ちゃんと感じるなんて思わなかったからビックリしたけどな!」
「違うんだアプレイス、あの砂糖菓子は精霊魔法で作られてるって言っただろ? だから普通の人間には『見えない』んじゃないかな?」
「えっ、じゃあ御兄様、あの砂糖菓子は?」
「試してないから確証は無いけど、たぶん屋敷にいる連中にも砂糖菓子は見えないと思う。って言うか小箱の中に入っているものも何も見えないんじゃないかな?」
「そうだったんですか!」
「漠然と気配で感じてただけでね。わざわざ試すような事でも無いから気にしてなかったんだけど...味を感じるかどうかはとりあえず置いといて、あの砂糖菓子の姿を目で見る事が出来るのは、精霊魔法を使えるモノだけだと思うよ」
「あ、でも、言われてみると分かる気がします。...だったらアプレイスさんにあれが見えるのはなぜでしょう?」
「ソレは、実は俺が大精霊だからだな」
「うるさいわ」
「でも不思議ですよね?」
「そうだなあ...空の上でアプレイスが知恵の始まりの事を教えてくれただろ。大精霊もドラゴンも知恵という概念を人から得たって話」
「はい」
「思ったんだけど、きっとドラゴンの魔法は精霊の魔法と同じように原初の魔法なんだよ。人の魔法は長い年月の間に、世の理を捩じ曲げるモノにすっかり変わってしまったようだけど、大精霊やドラゴンはそのままの姿で原初の魔法を受け継いできたんじゃ無いかな?」
「それで、ドラゴンも大精霊も同じように奔流から直接魔力を引き出せるし、同じ力を『視る』事も出来るんですね!」
「単なる想像だけどね」
「でも、そう考えるとスッキリします。他の魔獣とは道を違えた人族だけが、天然の魔力を見えなくなって、奔流の力を利用する事も下手になった。もちろん、代わりに沢山の技術や魔法を生み出しましたけど...」
「そんなところかもな。まあ理屈はともかく、ダメで元々だから試してみよう」
「はい!」
「アプレイス、手を出して指を広げてくれ」
「おう」
「それで、片手の親指と小指だけを伸ばしたままで手のひらを握りしめるんだ。こんな風にな」
アプレイスが伸ばした親指と小指の先に自分の親指と小指をあてがい、パルミュナやシンシアと緊急通信する時の魔法を頭の中に呼び起こした。
すぐに、くっつけ合わせた指先がボウッとほのかに光り始める。
「これで俺とアプレイスとの間で会話する『系』が結ばれたと思う。指先に振動と光を感じたら俺の真似をしてくれ」
そう言って握りしめた手の親指を耳に、小指を口元にくっつけて見せた。
「こうか?」
< ああ、それでいい >
「おおっ?! ライノの声が聞こえたぞ!」
アプレイスがビックリした声を上げる。
うん、俺も通った道だな!
< 声に出さなくても、相手に伝えようと考えた事が聞こえてくるよ >
「ん、そうなのか?」
< じゃあこれで、ライノに通じてるのか? >
< ああ通じてるよ。試しに今から俺が伝える言葉を口に出してみてくれ >
< わかった! >
< アプレイスの耳はロバの耳! >
「アプレイスの耳はロバ...ふざけんな!」
「な、伝わっただろ?」
「緊急事態に遊んでるなよ勇者...」
「場を和ませる術ってヤツだよ」
アプレイスがこっちをグッと睨み付けるけど、目が笑っている事を隠せてないぞ。