Part-2:エンジュの森 〜 森の中の子供?
俺たちは屋敷に戻らずにパルミュナを取り戻すことに決めた後、岩場の上で三人で雁首を付き合わせ、ああでも無いこうでも無いと作戦を練り続けた。
まあ『雁首付き合わせ』と言っても人族基準ではアプレイスのサイズが桁外れなので、アプレイスの顔の近くに俺とシンシアが座っている、というのが実際だ。
どうやって『こっそりと』高原の牧場に入り込み、転移門を仕込んだ罠から魔力だけを抜き出すか? その方法について議論していると、ふいにアプレイスが首をもたげた。
「何者だ?」
アプレイスの低い声が木々の間に響く。
アプレイスの声に応えるようにガサガサと森の中で音が立つ。
自分たちの存在を隠すのを止めた・・・というよりは、意図的に音を立てている感じがするな。
俺も何かが近寄ってきている気配はごく薄く察知していたけど、大型魔獣の気配でも無いし、敵意や攻撃心も全く感じなかったから、森の獣の類いかと思って見過ごしていたのだ。
やがて下草をかき分けて岩場に出てきたのは、質素な服を着た一組のエルフの少年少女だった。
子供! マジか?
人族の気配なんて全く気付かなかったぞ?!
「大いなるドラゴンさま。今日の夕、ドラゴンさまがこの森に降り立つのを山から目撃し、お姿を拝見しに罷り越しました」
エルフ族だから当然と言えば当然だけど、絵に描いたような美少年と美少女だ。
それが自分からドラゴンを見に来ただと?
なにその怖い物知らずな子供たち・・・
それにアプレイスは森の近辺に集落は見えないって事を言ってたよな?
「コリガンの者か?」
アプレイスの問いかけに、二人はその場で頭を垂れて跪いた。
「はい。この森に暮らすコリガンの里長を務める者にございます」
おおっ、子供じゃ無くてコリガン族か!
存在は知っていたけど目にするのは初めてだ。
本当にエルフの子供のようにしか見えないな・・・背丈というか体格が子供と見分けが付かないと言うだけでなく、顔立ちや声のトーンも子供のようだ。
もっと具体的に言うと・・・シンシアの弟や妹ぐらいの印象?
つまり、見た目はまるっきり子供。
「そうか。では用向きを聞こう」
少年、もとい、男性の方が『里長』と自己紹介したから、子供では無く大人だと言う事は分かったけれど、それにしてもドラゴンを目の前にして全く物怖じしていないというのは一体どういうことなんだ?
人間族なら恐怖で気絶してたっておかしくないだろ。
あと、俺とシンシアの存在は完全にスルーらしい。
「偉大なるドラゴンさま。私らの里は危機に瀕しております。どうか偉大なるドラゴンさまのお力で、私らをお助け下さい」
「なにが起きている?」
なんだかアプレイスの受け答えに威厳があるな。
最初に俺たちと会った時の荒ぶった態度でも、仲間になってからの飄々とした態度でも無く、ちょっとエスメトリスを真似している感じ。
「なぜか最近になって東部の森から沢山の魔獣が森に入り込むようになりました。私らも魔獣に殺されるほど愚鈍ではございませんが、里には子供や年寄りもおります。またなによりも、日々を生きる為の森の幸を集める事さえままならない状況...このままでは、先祖から受け継いだ森を捨てて、何処かへ移り住むしか有りません...」
そう言って里長の少年もとい、とても若く見える男性は悲痛な表情を見せた。
「どうか、どうか、偉大なるドラゴンさまと大精霊さまのお力で、私らをお救い頂けないかと、伏してお願いする次第にございます!」
え? 大精霊?
思わず、俺とシンシアは周囲を見渡したけど、誰の姿も見えない。
アスワンとパルミュナ以外の大精霊に会った事は無いけど、いまの俺たちなら気配で判別できそうな気はするんだけど・・・
いや、向こうが本気で姿を隠す気なら無理かな。
「コリガンの里長よ。我の事を偉大なるドラゴンさまなどと呼ぶ必要は無いぞ。そしてここにいる二人は大精霊では無く、人族だ」
「なんとっ!」
少年少女もとい男性と女性がハモって、驚きに一歩後ずさった。
そんなに驚くか?
って言うか『大精霊』って俺たちの事を勘違いしてたのかよ・・・
よっぽど、そっちの方がビックリだよ!
「ひ、人族、それでは、そちらはエ、エルフ族で?...」
「ハーフエルフだけどな」
つい空気を読まずにボソッと答えてしまった。
でも考えてみれば姫様のご両親は知らないものの、シンシアの父親は人間族のジュリアス卿なんだから、シンシアだってハーフエルフなんだよね。
俺とは逆の意味で言われないと分からないけど。
「この二人は只のエルフ族では無い。まこと、勇者とその妹君なのだ」
「勇者!」
あ、バラされた。
って言うか、アプレイスと出会ってからの流れが怒濤のようで、勇者の件を口止めしておくのをすっかり忘れていたよ俺・・・
「よって心配はいらぬ。お主らの里にとって助けにはなれど、よもや害になるはずも無い」
「は、かしこまりました、偉大なるドラゴンさま、そして勇者様方!」
「我に呼びかける時に『偉大なる』は必要無いぞ。我が名はアプレイス、古き竜の末裔にして勇者と歩むものなり」
「はっ!」
この里長さんとアプレイスのやり取りが妙に馴染んでいるというか、とても初めて出会った同士とは思えない相互理解だ。
このコリガン族の二人は、どうして自分たちが『ドラゴンに殺されることはない』と最初から確信していたのか・・・
「アプレイス、俺ちょっと事情が飲み込めないんだけど?」
「私もです御兄様」
「ああ、ドラゴン族とコリガン族の間には古い古い盟約があってな。コリガン族が...個人じゃ無くてその一族が、とかって事だけど、困った時には手を貸すって約束になってるんだ」
「へえーっ!」
「凄いですね、私も初めて知りました!」
「あまり知られてる話じゃ無いと思う。ドラゴンが言って回るはず無い、って言うかそもそも人族と話すことなんて滅多にないし、コリガン族だって普段は他の種族の前で姿を明かさないだろ?」
「そうだよなあ...」
「こど、えっと、その...お姿だけは伝え聞いていましたけれど...」
「俺も話には聞いていたけど、実際に会うのは初めてだ」
「ええ」
コリガン族の事は話には何度も聞いた事があった。
曰く『背が低い』とか『小柄だ』とか『子供のように見える』とか・・・
どれも正しかったけれど、本当の印象はそんなありきたりな物じゃ無かったな。
恐らくコリガン族が王都に入っていっても、ただのエルフ族の子供が歩いているとしか思えなくて、誰も気が付かないはずだ。
それとも本当は沢山住んでいるのかな?
いや、それは無いか。
長と言うからには相当な年長者のはずの二人の姿を見れば一目瞭然だけど、見た目が歳を取らないせいで長く人間族に混じっていれば、一発でバレてしまうはずだ。
いや、歳を取らない以前に『大人化しない』という点で見れば、エルフ族の間に紛れようとしても長期間は厳しいだろうな。
「ま、そういう訳で...ドラゴン族は出来る範囲ならコリガン族を助けるのが掟だ。もちろん今の俺はライノの僕だから、あっちの件が最優先だけど」
「いや、確かに長くは手伝えないけど、魔獣が絡むとなったら関係もあるだろう。そう言う話なら俺も手を貸すことに吝かじゃないよ」
「ですよね御兄様!」
「そうか。なら詳しい話と要望を聞こうか...コリガンの里長よ、説明を求む」
「かしこまりました! いだ...アプレイスさまと勇者様方。改めまして男里長のキャランにございます」
「わたくしは女里長のパリモにございます」
少女、もとい女性の方が初めて口を開いたけれど、『女里長』か・・・じゃあ族長職を男性と女性で役割分担してるのかな?
「俺の名前はライノ・クライス。こっちは妹のシンシアです。よろしくお願いします」
「はっ、勇者ライノ・クライス様、勇者シンシア様」
「あー、いやいや俺たちには様付けとかナシでお願いしたいんですよ。もっと気安い感じで呼んで欲しいなと」
「し、承知致しました...」
「それで、魔獣が押し寄せてきていると言うのは?」
「はい。始まりは今年の冬が明ける頃でございました。狩りに出ていた若衆が、見慣れぬ魔獣を森で見たと伝えてきたことを皮切りに、日々、魔獣を見かける事が増えて来たのです」
「なるほど、被害は?」
「まだ出ておりません。私らコリガンは動きが素早く、また隠れ忍ぶ技にも長けております。見た目通り力は強くありませんが、大きな魔獣でも数人の狩人で囲めば仕留める事もそう難しくはありません」
凄いな!
魔獣より早いってどんだけ・・・
しかも人族の気配も、俺にほとんど感じさせなかった事は確かだ。
「しかしながら、こう数が増え続けては狩りきれなくなります。子供や年寄りを守ることにも手が割かれ、森に茸や菜草を取りに出るにも狩人の護衛なしでは危なくなって参りました。このままでは早晩、この森での暮らしが立ちゆかなることは必至かと...」
「ふむ...それは難儀だ。で、どうしたい?」
「アプレイス様のドラゴンのお力で、東より押し寄せてくる魔獣達を追い払って頂く事は適わないでしょうか?」
なるほどな。
ドラゴンがいる場所に駆け込んでくる魔獣なんかいる訳ないからね・・・