魔力収集装置
シンシアが小箱から出したパンと串焼き肉で簡単な食事を済ませた後は、例によって片手を革袋に突っ込み、ソファの上のパルミュナを眺めながら三人で雑談しているくらいしかする事がない。
なんだかちびっ子姿のパルミュナもすっかり見慣れてしまったけど、その中に匿われているクレアに残された時間はそう長くは無いはずだと思うと、ノンビリと寛いでいながらも少々ざわついた心持ちになってしまう。
そんな不安をシンシアに悟られないように努めて明るく振る舞いながら、俺が勇者になった経緯やシンシアと仲間達との出会いをアプレイスに一通り話した後は、逆にアプレイスからドラゴン達の話を聞かせて貰った。
ただ、アプレイスも子供の頃に親から聞かされた伝承やエスメトリスから教えられた事以外は、他のドラゴンの事をほとんど知らない。
ギャザリングに出たのも幼い頃に一度だけで、その時の会議の話題がなんだったかさえ記憶に無いという。
高い知能と言葉を持っている種族であるにも関わらず、他種族云々以前に『他者』と交流する機会が圧倒的に少ないのだ。
薄々感じてはいたけど、ドラゴンとは本当に孤独な生き物なのだと分かる。
ただ、彼らにとって孤独に生きる事は種としての必然であり、孤独が悪いという意識は無い。
アプレイス自身が、エスメトリスと長く一緒にいた経験が無かったら、俺たちともこれほど打ち解けて話せるようになっていなかったんじゃ無いかと言ったくらいだからね。
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雑談しながら二刻ほどの時間が過ぎて辺りが薄暗くなってきた頃、シンシアが『魔力収集装置』の動作具合を確認した。
俺の首からペンダントを外して、改造した魔道具部分の蓋を開ける。
と、その瞬間に魔法陣の中から結構な量の魔力が発散された事が、俺にも感じ取れた。
「おおっ!」
「やった、やりましたっ!」
「上手く行ったなシンシア!」
「はい! 良かったです!」
俺は思わず立ち上がると、アプレイスの目も気にせず、その場でシンシアの手を取って『変な踊り』を踊ってしまった。
初めて転移魔法に成功した時も、パルミュナと一緒に変な踊りを踊ってしまったけれど、この『魔力収集装置』の意義は転移魔法に勝るとも劣らない。
それに精霊魔法をベースにしていると言っても、仕組みそのものはシンシア独自の発明なんだから、画期的という点では勝っていると言っていいくらいだ。
「これで、魔力収集の目処が付いたな!」
「ですね。後は、この魔道具と御兄様の間で魔力が交流する流れを埋め込めば完成です。御兄様の魔力で魔道具が動作しますが、魔道具が集める魔力のほうが常に多いので、結果として収集した魔力は増え続けます」
「常に差し引きプラスってことだな」
「はい。いつでも身に着けて持ち歩いて貰えれば、何処にいてもその場の魔力を吸収して御兄様の身体に供給できます。どんなに薄くてもその場の魔力を集め続けられますから『塵も積もれば山』です」
「だよなあ...例え眠ってても、身に着けてれば魔力が貯まるんだからな!」
しかもこれは持ち歩ける道具だ。
使い方次第では集めた魔力を俺の中に送り込むだけで無く、この魔道具自体に魔力を貯め込む事も出来る。
仮に精霊魔法の使い手にしか効果が無いとしても、魔力を蓄積した貯蔵庫として持ち歩けると言う事が、どれほどの価値か・・・
俺にはエルスカインの魔力井戸以上の存在だと思えるぞ。
「これはお祝いが必要ですね!」
そう言ってシンシアは腰のポーチから小箱を取り出して、砂糖菓子を一つ摘まみ上げると楽しそうに口に運んだ。
いやいや、これって砂糖菓子をまとめて口に流し込んでもいいくらいの偉業だよ、シンシア。
「御兄様もお一つどうぞ!」
シンシアが笑いながら俺の口にも砂糖菓子を運んでくれる。
相変わらず超絶に美味しいお菓子だ。
「あ...ねえ、アプレイスさん」
「なんだいシンシア殿?」
「アプレイスさんは、精霊魔法に関係するモノを身体の中に取り込んだら害になると思いますか?」
「ん? どうだろうな?...害になる影響はなにも無いと思うけど、逆に取り込んでも意味が無いんじゃないかな?」
「御兄様はどう思います?」
「そうだな、ダンガたちとは違ってドラゴンは純粋だ。変な影響は受けないというか、身体の中でただ消失するだけじゃ無いかな?」
「だったら大丈夫ですね! はい、アプレイスさんもお一つどうぞ!」
「ん、なんだ?」
「口を開けて下さい、魔力収集装置が上手く動いたお祝いです!」
そう言ってシンシアはアプレイスの口の中に腕を突っ込んだ。
ドラゴン姿のままだから、アプレイスの舌の上に砂糖菓子を置くには腕全体を牙と牙の間から肩まで伸ばし入れないと届かない。
アプレイスはシンシアがちゃんと腕を引っ込めた事を目で確認してから口を閉じた。
「なんだよこれ! 滅茶苦茶美味しいぞ!」
「大精霊の作った砂糖菓子なんです」
「へえー凄いな。こんな味は生まれて初めてだよシンシア殿」
「良かったです!」
三人で砂糖菓子を舐めていると、なんだかおかしくなって笑いが零れた。
俺につられたのかシンシアもクスクスと笑い出し、アプレイスもドラゴン顔で一緒に笑う。
今朝は・・・
今朝は、この三人で命がけの戦いを繰り広げていたって事が信じられないな・・・
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砂糖菓子を食べ終わったシンシアが方位を見る魔法陣を手の上に出して、屋敷への距離を確認した。
「ここはまだ直線距離ではレンツより手前ですけど、だいぶ王都に近づきましたし、エルスカインが束ねた奔流の影響からも離れたと思いますから、たぶん屋敷に手紙を送れると思います」
レンツからアプレイスに出会った山の中腹まで、ちょっと回り道をしたことを除外しても、馬車と徒歩で通算十日以上が掛かった計算だ。
仮に高原の牧場から真っ直ぐ向かっていたとしても、恐らく七日程度は掛かっているだろう。
それに近い距離を半日ちょっとで一気に飛び抜けたのだから、ドラゴンの飛翔力はさすがと言うほかない。
「そうか、なら早く手紙を送ろう。姫様もみんなもきっと心配しているよ」
「そうですね。手紙の内容は御兄様が書かれますか?」
「いやあシンシアにお願いしたいな。俺よりも上手く伝わると思うし、なによりも姫様にはシンシア直筆の手紙に安心して貰えると思うから」
「分かりました。じゃあいったん私がここまでの出来事をまとめてみますから、後で御兄様が校閲して下さい」
校閲?
俺がシンシアの書いた手紙を?
無いな。
「いや、シンシアが書いたまま送ってくれればいいよ。その方がシンシアも色々と気にせずに姫様に書けるだろ?」
「えっと...はい、分かりました。では、御兄様と合流してからの出来事とアプレイスさんの事を一通り綴って送っておきますね」
「うん、頼んだ」
俺が読む事を前提にしちゃうと、シンシアは母親に対しての甘えた言葉遣いは絶対にしなくなるだろうからね。
無事を知らせる手紙くらいは、『母娘』って思いで書いて欲しい。
さっそくシンシアはちょっと離れた場所に顔を出している真っ黒な岩の上に座り、小箱から文房具を取り出した。
馬車には折り畳みの机も積んであるんだけど、それを引っ張り出すほどじゃないか・・・
「ライノ、手紙を送るって言ってるけど、ここから何をどうやるんだ?」
「ああ、精霊の転移門を使って手紙を送れるんだよ」
「転移門が使えるなら、自分が直接行けばいいんじゃ無いのか?」
「転移門には距離の制約があって、俺たちが拠点にしている屋敷の転移門を中心に、そこから離れるほど消費する魔力が多いんだ」
「へえー」
「で、屋敷からどっかに跳ぶ時は転移門自体が集めた奔流の魔力を利用できるから問題ないんだけど、屋敷に戻る時には自分の魔力で跳ばなきゃならん。距離が遠いと厳しいし、無理に飛べば急速な魔力の枯渇で危険な状態になる事もある」
「そういうことか。それで手紙か?」
「ああ。転移門を利用して手紙を送る魔道具をシンシアが発明したんだ。それを使えば自分が飛ばなくても手紙だけを送れるし、精霊魔法を使えない普通の人でも、手紙箱に魔石で魔力を供給することで操作が出来るから、あちらこちらと手軽にやり取りが出来る」
「なるほどねえ...」
「ま、転移門自体は精霊魔法の使い手が開かないと駄目だから、誰でも使える通信手段って訳じゃ無いけどな」
「いや十分だろ。それにしてもシンシア殿って本当に天才なんだな!」
「だろ?」
「俺の背中に乗ってる間に、あんな凄い魔力収集装置を造り上げちまっただけでも度肝を抜かれたけどな...」
「そりゃあシンシアは魔法の天才として大精霊のお墨付きだぞ?」
「わかるよ...」
ちょっと離れたところで手紙をしたためているシンシアには俺とアプレイスの会話が耳に入っているはずだけど、聞こえないフリをしているな。
でもほっぺがちょっとだけ赤くて可愛い。
とにかく俺としては、シンシアを無事に屋敷に戻せるってことを姫様に喜んで貰えれば、それだけで満足だよ。