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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第五部:魔力井戸と水路
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二人目のドラゴン

 

しかし、新たに飛来したそのドラゴンはいきなり攻撃してくると言うこともなく、俺とアプレイスとは少しの距離を置いて着地した。

その場所で、地面に打ち伏して首から血を流しているアプレイスの姿を眺めると、まるで嘆息するかのように大きく息を吐く。


俺と、新しいドラゴンと、倒れているアプレイスの位置関係はぴったり正三角形という感じだ。

シンシアが俺の方に走り寄ってくるけど、いま制止しても中途半端だな。

ここから三つ巴の戦いになっても、アプレイスにはほとんど力が残っていないはずだ・・・俺が新たに乱入したドラゴンをなんとかできれば、シンシアは無事で済むかな?


そのドラゴンは、少し斜めに顔を向けて俺に語りかけてきた。

なぜかそれが、不意をついてブレスを吐いたりしないという意思表示のようにも思える。


(われ)の名はエスメトリス。古き竜の末裔なり。我が同族アプレイスを打ち負かしたものよ、その名を聞こう」


名前を知っている、ということは知り合いだよな。

まあドラゴン族は長生きな上に個体数がそれほど多くは無いらしいから、よほど縁の遠い相手以外は知己になっていておかしくも無いけど・・・


「俺の名はライノ。ライノ・クライス。一応は勇者だ」


「勇者だと? 確かに人の身でドラゴンを倒したとなればそうか...ならば勇者よ、貴様は名声欲しさに『竜殺し』(ドラゴンスレイヤー)を自称する愚か者か?」


鈍く白銀に輝く鱗を持つこちらのドラゴンは声のトーンがアプレイスよりも高い。

見た目では分からないけど、俺はエスメトリスと名乗ったドラゴンが女性であるように思えた。


「違う。別にドラゴンに恨みはないし憎んでもない」

「ドラゴンを倒すことがお前の目的ではないと、そういう意味か?」

「俺の目的は戦いじゃ無い。ただ、そこにいるアプレイスが俺と戦うことを望んだって言うだけだ」

「ドラゴンを倒したというのに舞い上がってもおらず、平然としておるのはそれでか? 冒険ではなく役目にすぎぬと。理由は知らぬが『人の勇者』とはまた酔狂な役目を引き受けたものよの」


「いや。あまり舞い上がってないのは、きっと、これが俺の魂にとって初めてのことじゃないからだな。それは俺自身じゃないけれど、過去にも俺の魂は、勇者としてドラゴンを倒している」


「ほお...」


ドラゴンは俺の目を斜めに見据えながら、ぐっと身を乗り出した。

ものすごい威圧感だ・・・勝てる勝てないの話ではなく、こちらの存在を見透かされるような、そんな感じがする。


「ふん、どうやらそのようだ」

「分かるのか?」

「ああ、お主の魂に刻み込まれた輪廻の変遷、わずかではあるが垣間見ることができた。過去のお主は確かにドラゴンを殺しているだろう。それも私の先祖に連なるものをな」


「そうだったか...では、俺は貴女の仇ということか」


「いや、どうでも良い。あのものは太古の存在ゆえ(われ)も直接は知らぬ。だが、手に負えぬ暴れ者だったようでもある。それが勇者と戦って倒されたのであれば仕方もなかろうし、暴れ者として本望でもあったろう。なんであれ、(われ)にとってはどうでも良いことだ」


「ならば、俺とはどうする? やはり戦うのか?」


「それも一興ではあるがな...貴様がドラゴンを倒せる力を持った勇者であることは、そこに倒れておる間抜けが証明しておる」


「俺に負けたから間抜け呼ばわりか...」


「それは違う。本来、我は其奴(そやつ)(さと)すために此処に来たのだ。ドラゴンが持つ力の意味を誤解し、かつての貴様に斃された悪竜のような暴れ者に憧れる間抜けをな」


「どういうことだ? このドラゴンを諭すだと?」

「そうだ。知恵をつけよとな。(さと)せぬならば我が(しつ)けたであろうよ」

「なぜだ?」

「放っておけば、此奴(こやつ)が誇りたかきドラゴン族の名を汚しかねないからだ。太古に暴れ回った我が縁者のようにな」


「そんなことで同族同士が戦うのか?」


「人は人を殺すであろう? それも宝や食い物を巡っての本能の争いではなく、己の信じるものや思想の違いでさえ殺し合うではないか? ドラゴンが同じことをしては不自然か? 獣の振る舞いらしくないと思ったか?」


「あっ。いや、決してドラゴンを人より低く見ているわけじゃない。そういうドラゴン族の考え方が自分の知識になかったというだけなんだ。非礼を詫びるよ。俺の無知を許してほしい」

「面白いやつだ。これから戦おうという相手に詫びるのか?」


「それとこれとは話が別だ。俺とお前が戦うとしても、俺が無礼で良いわけではない。いやむしろ、互いに決意を持って正面から戦う相手に対しては、礼儀正しくあるべきだ。それは勇者以前に、破邪でもある俺の矜持だ」


「面白い。貴様のことは気に入ったぞ」

「は? いや...じゃあ俺とは戦わないのか?」

「先ほど貴様、ドラゴンと戦うことは自分の目的では無かったと言ったな? では何をしにここまで来た?」


「俺はドラゴン族を敵視なんかしていない。いま俺たちが戦っている相手はエルスカインと呼ばれている奴らだ。その正体ははっきりしないが、恐らくは太古の世界戦争の時代に暗躍した闇エルフの系譜に連なる者たちだろうと思う」


「闇エルフ...アンスロープを創りだし、同胞をエルセリアに変容させた忌まわしき血脈の一族か...」

「やはり知っているか」

「当然であろう? あれは人族の愚かさを象徴するかの様な事だ。しかし、そやつらが蘇って暴れているとしても我らドラゴンには関係ない。人族の争いごとは、人族同士で勝手にやっておれ」


「人族だけの話じゃ無い。だから俺は、この山にドラゴンがいると聞いて話し合いにやって来たんだ。ドラゴンそのものをどうこうするのが目的じゃ無くて、聞いて欲しい話があったからな...それは俺たち人族だけじゃ無くドラゴン族や、このポルミサリアに住むあらゆる命に関係のある話だ」


「ほうっ、なんとも大きく出たな!」


「それが事実だと思っているんだ。エルスカインは...魔獣使いは本当に世界を滅ぼすかもしれない」

「魔獣使い、だと?」

「そうだ。知っているのか?」

「まあな...」

「その名を知っているならば話が早い。魔獣使いは太古の魔法を蘇らせている。人の魂を操るホムンクルスや転移魔法、そして恐らくはドラゴンさえ使役する支配の魔法も」


エスメトリスは黙ったままだ。

俺はそれを『先を続けろ』という意味だと解釈して話を続けた。


「そこにいるアプレイスには話したが、ここに来る途中でエルスカインから数百匹の獰猛な魔獣を仕向けられたりもしたし、以前、三匹のグリフォンを同時に操っていた事もある。そりゃあドラゴンは特別だ。グリフォンと較べるなと言うかもしれない。だけど実際に...」


そこでエスメトリスが俺の言葉を遮った。


「グリフォンをか? 三頭を同時に?」

「ああ、そうだ。転移門で俺たちのいるところに送り込まれてきた。狙いは定まっていて完全に操られている状態だったよ」

「ふむ...」

「エルスカインは、この世界を巡る奔流に密かに手を加えることで、なにか大きな力を引き出そうとしている。俺たちには、その目的が悪しきことだとしか考えられない」

「何故だ?」

「手段が禍々しいからだ。人を殺し、苦しめ、操って、世の中を思い通りに動かそうとしている。無辜(むこ)の民や無辜の魔獣を道具のように使い捨てられる心の持ち主に、良き行いが出来るとは到底思えない」


「無辜の魔獣とな?」

「おかしいか?」

「いや...」

「俺は獣も魔獣も殺して喰うけど、そいつらを悪だとか、人より下位の存在だとか思ってる訳じゃ無いよ?」


「なるほどな...うむ、確かにグリフォンを操った術を高めればワイバーンすら操れよう。ましてや本当に太古の魔法を蘇らせたかも知れないとなれば、我らドラゴンを操ることさえ不可能とは言い切れん。用心が必要であろうな...」


あれ、こっちのエスメトリスはアプレイスに較べて随分と物わかりが良い気がするな。

単純に頭が良いだけかも知れないけど。


「俺の言葉を信用してくれるのか?」

「人族とは言え、大精霊の力を譲り受けた勇者であれば嘘は吐くまい。ならば、耳を貸さぬは愚かというモノよ。そうではないかアプレイス?」


言葉を振られたアプレイスが、辛うじて頭を持ち上げてこちらに向ける。


「くそっ、油断したんだ...この勇者野郎が見たこともない魔法を使いやがって...」

「油断だと? 馬鹿を言うな、それはお前の実力だ。偶然にも我が近くに来ておらなんだら、お前は今もう死んでいただろう。それとも我の眼前でもう一度この勇者と戦ってみせるか? 今度こそ本当に死ぬぞ」


「う...」


アプレイスがぐっと顔をしかめるけど、このままエスメトリスを混ぜて延長戦をやるのは俺だってキツイよ?


「お前はこの勇者に負けたのであろう? ならばドラゴン族の掟に従え」

「勇者はドラゴン族じゃ無いっ!」

「お前自身がドラゴン族の流儀で戦いを挑んだのであろうが馬鹿者め。自分が負けたから反故にするつもりか?」

「そんなつもりは...」

「ならばなんだ? お前が、我が差配に異を唱える理由を言ってみせよ」


「いえっ...異は...ありません。姉上」


えっ、姉上!?

エスメトリスってアプレイスの姉だったの?

俺は、このデカいドラゴンの弟をボッコボコにしたのか・・・


「ならばアプレイス、これより先は勇者ライノ・クライスに従え」


白銀のドラゴンは静かにそう言った。


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