合成魔法の威力
正面に突き出したガオケルムの切っ先が、まるで高速で炎の中を突き進んでいるかのようにブレスを切り裂き、そこを基点に凄まじい熱量が俺たちの周囲に渦巻いた。
シンシアの張った超高効率な防護結界が、突き出されたガオケルムの切っ先に小さな緩衝地帯を作っているのだ。
仮に通常の防護結界が術者の周囲に障壁となる『殻』を作るようなモノだとすれば、このシンシア独自のアクティブな防護結界は、攻撃を受けた箇所に防御力を集中させる『盾』の様なモノだと言ってもいい。
そして俺はガオケルムの切っ先に、追加の防護結界じゃ無くて精霊の熱魔法を集中させている。
さすがに精霊の熱魔法と言えど、このドラゴンのブレスを瞬時に『冷やして』無効化することは不可能だが、代わりに俺は緩衝地帯の内側に熱を『弾く』目的で魔法を集中させ、ガオケルムの切っ先を頂点とした円錐形の耐熱ゾーンの中に自分とシンシアを置いていた。
熱魔法は文字通りに熱を操作する魔法だ。
対象へ熱を加えたり奪ったりするだけで無く、弾いたり閉じ込めたりと、自由に熱を動かす事が出来る。
防護結界でブレスの勢いと物理的な破壊力を押し留め、同時に熱魔法で高温を弾いて防ぐ・・・それが、俺とシンシアの合わせ技でこそ可能になったドラゴンへの対抗手段だ。
俺は身体全体が吹き飛ばされそうなブレスの勢いに耐えながら、一瞬でも気を抜けば即座に二人の身体が『消し炭』を通り越して『灰』になってしまいそうな程の熱量を外へと弾き続ける。
やがてアプレイスがいったんブレスを吐ききり、全周囲を太陽に包まれていたかのような熱気が過ぎさった直後、俺は即座に反撃に移った。
ブレスとは言葉の通り、貯め込んだ『息』に魔力を乗せて吐き出しているモノだ。
だから、どんなドラゴンでもブレスを吐いた後には、次のブレスを吐くまでかなりの『間』が出来る。
再び息を吸い込む間。
あるいは魔力をもう一度集中させる間。
ドラゴンによってタイミングに差異はあるけれど、ずっと呼吸を止めたままで間断なくブレスを吐き続けられるドラゴンはいない。
一度ブレスを吐き終わった直後には、必ず次のブレスまでの間が出来るという事が俺の狙っていた『隙』だ。
加速している肉体で一気に距離を詰め、さっきまでの高熱で陽炎のように揺らいで見えているアプレイスの眼前に飛び込む。
ブレスを吐き終わって半開きだったアプレイスの口を狙ってガオケルムを水平に一閃させると、渾身の魔力が込められたオリカルクムの刃が、鋼のように固いはずのドラゴンの下牙を数本まとめて彼の防護結界ごと吹き飛ばした。
咄嗟にアプレイスが顔を後ろに引こうとするけれど、スピードは俺のほうが遙かに上だ。
その場でジャンプして追いすがり、『水刃』の技で一度目と同じ箇所にガオケルムを振るう。
今度は数本の上牙が防護結界と一緒に弾け飛んだ。
これで唇を閉じることは出来ても、上下の牙が揃って吹き飛んだ一角だけは、その向こうに大穴が空いているも同然だ。
二度も連続して牙を切り落とされ、口元の防護結界をボロボロにされたアプレイスが驚愕の表情を見せながら更に後ろに身体を引き、俺の追撃を避けようとする。
俺との間に僅かでも距離を取って、またブレスを吹きかける気だろうか?
それならまさにこちらの狙い通りだが・・・
案の定アプレイスが口を開くと喉の奥に赤黒く渦巻く魔力の炎が見えた。
俺は即座にガオケルムを手から消し、両手をその喉の奥に向けて真っ直ぐに伸ばす。
僅かな時間差だったのかも知れないが、アプレイスが二度目のブレスを放つよりも、俺の石つぶてが彼の喉奥へ向けて撃ち出される方が早かった。
口の中に掃射された大量の高速弾に面食らったアプレイスが状況を飲み込めずに硬直する。
一拍の後、慌ててブレスを吐こうとするのを止めて口を閉じるが、分厚い唇の奥の、大穴が空いている場所が正確に分かっている俺は、そのまま牙の欠けている箇所を狙って石つぶてを叩き込み続けた。
堪らずにアプレイスは口元を庇おうと顔を背ける。
だが、すでにその時点で分厚い唇の皮膚は裂け、折れた牙の根が剥き出しになっていた。
数十発の石つぶての高速弾で口内と喉をズタズタに切り裂かれたアプレイスは痛みに身体を仰け反らせるが、彼のその本能的な動きは片眼を無防備に石つぶてに晒す結果になる。
「グワァッ!」
高速弾を目に撃ち込まれたアプレイスが悲鳴を上げた。
それは先ほどまでの青年の声では無く、ドラゴンの身体に相応しい咆哮だ。
口腔に石つぶての掃射を受けて頭を強烈に揺さぶられたせいか、あらゆる反応が遅い、そして動きが不正確だ。
いやむしろ、大木をへし折るほどの高速弾を頭蓋骨の内側に撃ち込まれても生きているのだから、さすがドラゴンと言うべきか・・・
これがグリフォンだったら、すでに頭が弾け飛んでいただろうな。
「コヴォクソヤラウッ!」
口元から血を吹いているアプレイスは聞き取れないほど歪んだ声で悪態を吐きながらも、俺の石つぶて掃射を止めさせようと闇雲に前足を振り下ろして来たが、ほとんど見えていない状態での攻撃だから動きが直線的になってしまう。
俺は斜めに身体を躱して鉤爪を避けながら再びガオケルムを現出させると、そのまま水平に振り抜いた。
それで指先ごと数本の鉤爪をまとめて断ち落とす。
爪を失いながらも強烈に地面に叩きつけられた前足を避けてアプレイスの懐に入り込み、同時に革袋から脇差を取り出した。
右手にガオケルムを、そして左手には『小ガオケルム』という風情の脇差を持っての二刀流だ。
アプレイスが俺を踏みつけようとして持ち上げた後ろ足を斬り付けると、ザックリと鱗が裂ける。
気が付いていないのかアプレイス?
もう、お前の反応速度じゃ俺を捉えることは出来ないぞ。
そして、どんなに俺が早く動いてもシンシアの防護結界は追従してくるんだ。
お前の鉤爪が俺に届くチャンスは無いな!
おれは旋風のように激しく動き回りながらアプレイスのあらゆる体表を切り裂いて行った。
もちろんこの巨躯にとって、一つ一つの傷は致命傷にはほど遠い。
だけど彼を消耗させて、攻撃のパターンを読み取らせないように混乱させるには十分だ。
時々俺はアプレイスの攻撃を誘発する為に、あえて速度を緩めて一カ所に留まる。
激昂して理性を失いつつあるアプレイスは、その度に俺を捉えようと手足を振り回すけれど、その動きは更に隙を産み出していくだけだ。
彼が隙を見せる度にランダムに見せ掛けた攻撃を繰り返し、とうとう俺はアプレイスの首筋に大きな傷口を開くことに成功した。
数回に渡って同じ箇所を斬り付けたせいで、彼の首筋の傷はザックリと割れておびただしい血が流れ出し、皮膚ごと鱗を失っている箇所も見える。
鋼鉄に等しい鱗による防御を失っている処に石つぶての高速弾を掃射し続ければ、さすがのドラゴンでも筋肉が耐えられないだろう。
彼に恨みは無いが躊躇も無い。
このドラゴンがあくまでも勇者と対立し続けるつもりなら、エルスカインの手に堕ちる前にとどめを刺すしか無いのだ。
大小のガオケルムを消して両手を合わせ、首の傷口に石つぶての狙いを定めて掃射する。
「グゴオッ!」
アプレイスの絶叫が響いて、その巨躯が地面に倒れ込んだ。
長い首が地面に横たわる。
それでも俺に向かってブレスを吐こうとする努力なのか、口を半開きにしてこちらに顔を向けようとするが、その動きの途中で再び顔を地面に落とした。
もはや、頭を持ち上げるだけの筋肉が首筋に残っていないのだ。
この状態で無理に飛び上がったりしたらアプレイスの首は自重で折れかねない。
俺はもう一度両手を身体の前で合わせ、とどめの石つぶてを叩き込もうと構える。
その時、ふいにシンシアが叫んだ。
「御兄様、後ろにっ!」
咄嗟に振り返るとアプレイスよりも更に一回り大きなドラゴンが空に浮かび、こちらに向けて口を開いていた。
この瞬間まで全く気配を感じさせずに飛んで来ていたのか!
ブレスを吐く気か!
もし、その位置からブレスを吹きかければアプレイスも俺と一緒にブレスを浴びることになるぞ?
いや待て、ドラゴンだから仲間同士だとは限らないのだし、俺とアプレイスをまとめて一発で仕留める気だという可能性もある・・・それとも、ブレスを吐いても俺だけを斃して、アプレイスは耐えきれると踏んでいるのだろうか?
幸いシンシアは射線上に入っていないが、脇に跳んで射線から逃げるべきか、それともいっそアプレイスの影に隠れるべきか判断が難しいな!
シンシアも飛来したドラゴンに向いて身構えているが、果たして彼女に有効打になる攻撃が出せるかは怪しい。
むしろ自分の身を守ることだけに専念してくれれば良いんだが・・・
正直なところ魔力もあまり残ってないし全力を出し続けてクタクタだけど、泣き言をほざいていても仕方がない。
俺はガオケルムを構え、大きなドラゴンの動きを目で追った。
残っている魔力は、最後に勝負をかける時まで温存しておいた方がいいだろう。
まあ、それまで死ななければ、だけど。