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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第五部:魔力井戸と水路
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岩陰で休憩


足下に帆布を敷いてから、二人並んですっぽりと岩陰にはまり込むように座る。


食べる物は出来合の料理とパンでいいけど、何か温かい飲み物が欲しい・・・スープやシチューも鍋ごと沢山持ってくれば良かったな。

狭い場所だから火を熾すのは止めて、鍋を直接熱魔法で温めてお茶を入れようと革袋からいつぞやの鍋セットを取り出すと、意外なことにシンシアが興味深そうに聞いてきた。


「御兄様って、そんな可愛い鍋を持っていたんですね。遍歴破邪の時に使っていたのですか?」


可愛い? 可愛いのかコレ。

うーん、ただの銅の鍋だけど、言われてみるとちょっと独特のカタチをしてるか。


「いや、これはパルミュナと二人で始めてフォーフェンに入った時に買ったんだよ。あの頃はまだ、二人でずっと歩き旅を続けるつもりだったから新しい鍋を手に入れたんだけどね。結局、二人で使ったことは一度もないままだったな」


レンツの街の先でパルミュナと二人になった後は、そのまま荷馬車に積んである道具と材料を使うか、革袋から調理済み食品を出して過ごしていたから、わざわざこの鍋を取り出す機会が無かったのだ。


「あ、だったら私のほうが先に御兄様と一緒に使ってしまったら、御姉様が残念がられるかも...最初は自分が使いたかったって」

「いや、これはもうダンガ達と出会った時に一度使ってるんだ。それにパルミュナがそんな文句を言うわけ無いよ。お前たちは仲良し姉妹だもの」

「そうですね!」

「それに思い出してみると、フォーフェンでこの鍋を買った時に野宿の為の毛布をパルミュナ用に誂えたんだけどね、その毛布もパルミュナよりも先にレミンちゃんが使ったんだよな」


「ああ、確かレミンさんが破傷風で倒れているところに御兄様が出くわしたんでしたね!」

「そうそう。もうホントに苦しそうで可哀想だったよ。マジ死んでもおかしくないって思ったもの」

「私たちが街道でお逢いした時には、そんな様子は欠片も見えませんでしたけど、それが、この前御兄様が話していた『精霊の水の力』だったんですね」


「うん、あの時は気が付いてなかったけど、結果良かったんだろうな」


高価な銀サフランも結局はただの痛み止めに過ぎず、精霊の水が無ければレミンちゃんの破傷風を浄化することは出来なかった。

仮に当時、アンスロープの力を強大化してしまう副作用があると知っていたとしても、だから使わないという判断は出来なかっただろうと思う。


まさにいま鍋に注いでいるのがその精霊の水で、これからそれを熱魔法で温めてお茶を煎じようとしている訳だけどな?

まあ、俺とシンシアが飲む分には問題ない。


「なにしろ、あの頃のレミンちゃんの狼姿はアサムよりも小さかったのに、それが今は三人とも二回り以上も狼姿が大きくなって、レミンちゃんもダンガやアサムとあまり違いがないくらいの体格だ」

「言われてみると、南の街道で見たときのレミンさんは、ギュンター邸の時よりかなり小さかった気がしますね」

「つまり伸び率っていう意味ではレミンちゃんが一番だな。傷口から直接精霊の水を大量に流し込まれたからだと思うけど」


「凄い影響ですよね。お三方が、そのことを苦にしていらっしゃらないので良かったですけど」

「うん、だからあの砂糖菓子もアンスロープ族やエルセリア族のように、出自に魔法が関わっている種族には影響があるかもしれないって思ったんだ」

「私も気を付けるようにしますね」

「そうだね...で、話を戻すと、その後にリンスワルド城で始めてパルミュナに会ったレミンちゃんが毛布のお礼を言ったら、あいつは俺に買って貰った物を褒められて嬉しそうにしていたよ」


「それって、なんだか御姉様らしくて可愛いです!」


シンシアとそんな話をしながら、片手を革袋に突っ込んでソファの上にいるちびっ子パルミュナを見ていると、兄妹三人で寛いでいる気分になるな。


実際は、そんな長閑な状況じゃ無いとしても・・・


・・・なんて感慨に耽っていたら、熱魔法で鍋を温めていたシンシアが、ちょっと落ち着いた声のトーンで話題を変えてきた。


「あの...クレアさんのことなんですけど...」

「うん?」

「先ほど御兄様は、クレアさんは正義感が強くて、人の役に立ったり困ってる人を助けたりするのが大好きだったと仰ってました。あと、それで暴走することも時々あったと」

「ああ、そうだったな」

「あの...もし御兄様にとって不快な話題だったら申し訳ありません」

「気にしなくて大丈夫だよ?」

「...ひょっとしてクレアさんは、その正義感が災いして亡くなられたとか、そういった事があったのでは無いかという気がして...」


「シンシアは鋭いなあ...良く勘づいたね?」


「その...屋敷に帰還してアスワン様がいらっしゃった時の御兄様のご様子が...クレアさんの名前を口にされた時にとても苦しそうと言うか悲しそうと言うか、見ているこちらまで切なくなるような...それでずっと気になっていたんです」


「そうだったのか...実は俺が一緒にいない時のことだけど、『ライムールの悪竜』と呼ばれていた粗暴なドラゴンの元をクレアが訪れたらしい。そこでクレアはそのドラゴンと対話を試みたんだな」

「対話、ですか?」

「ああ、出くわした側は堪ったものじゃ無いけど、ドラゴンにとっては人を襲うなんてわざわざ赴くほどの話じゃ無い。ただの通りすがりの気まぐれとか暇つぶしとか、そんなもんだろうからね」


「ドラゴンって、人族とは住んでる世界が違う感じなんですね。人や街を襲って得るものがある訳でも無いけど、逆に言うと、そこに躊躇いとか呵責とかも無い感じで...人への憐憫なんて無いんでしょうか?」


「俺はそうは思わないな。クレアもそう思わなかった。だからクレアは人々を傷つけずに見逃して欲しいと独りでドラゴンにお願いしに行ったんだ。仮に話を聞いて貰えなくても、みんなが逃げ隠れする時間も稼げるだろ?」

「そんな...」

「で、話を聞いては貰えなかった。ドラゴンとは戦いになり、その場でクレアは殺された。最初に俺がドラゴンを探し出して交渉しようって言い出した時に、パルミュナが物凄く反対したのを覚えてるだろ?」


「あの時の御姉様って凄い剣幕でしたよね?」


「無理もないよな...パルミュナの中に取り込まれていたクレアにとっては、実際に試みてダメだったって事なんだから。無意識に、自分と同じ轍を俺に踏ませたくなくて必死だったんだろうね」


「それでだったんですね...今にしてパルミュナ御姉様とクレアさんの思いが分かった気がします」


「でも、この話が当時の俺に伝わってるって事は、その場から生きて戻った人達がいたって事だろ? 少なくともクレアはその人達を助ける事が出来た。結局、ライムールの悪竜は俺が斃したけれど、クレアはきっと俺に仇を取って貰ったって事よりも、自分が大勢の人を助けられたって事に満足してると思う。そう言う奴だったんだよ、クレアは」


「はい...」


シンシアが温めていた鍋の中は、すでにグラグラと湯が沸き立っているけど、シンシアはそのことに気が付かない様子で遠くに目を向けたままだ。

さすがの俺も、それを冗談で茶化すのは気が引けるな・・・


ま、シンシアにクレアの思い出を語り始めた時から、いずれはこの話に行き着くことは分かっていたんだけどね。


「私、御兄様がおとぎ話に出てくるライムール王国の勇者その人の...その生まれ変わりだったって事を知った時に、自分でも不思議なくらいに驚かなかったんです。ただ私は...それにきっとお母様や叔母様も...だからこそ御兄様に出会う運命だったんだなって、そう腑に落ちたんです」


「運命?」


「ええ、全てに意味があって、繋がりがあって、それは私が魔法を覚えたことや、お母様とリンスワルド領がエルスカインに狙われているということまで全部含めて意味があるって感じたんです」

「意味か...」

「アスワン様は未来がどうなるか分からないと仰るかも知れませんが、それでも私には、全部が繋がって意味のある未来に向かっているように感じるんです。ただ、途中で諦めたら、その未来に辿り着けないのかも知れませんけれど」


そうだな・・・だからシンシアはここまで来てくれた。

シンシアの言う『楽観的』とか『エルスカインに負ける気がしない』って言うのは、そういう事なんだ。


それは、自分たちの未来を信じている力だ。


「シンシア、一つだけ約束してくれ」

「はい、なんでしょう?」

「将来どんなことがあっても、俺より先に死ぬなよ?」

「...はい」

「よし、約束だ。そろそろお茶にしようか!」

「はい!」


そう言ってシンシアは両手で包み込んだ鍋に目を落とし、ようやくその状態に気が付いた。


「きゃあっ! もう沸騰してました!」


「さっきからずっとだよ...まあ、お茶の葉は姫様選りすぐりの一品が沢山あるからな。それを飲んで一息ついてから夕食にしよう」

「お母様ってお茶好きですよね...」

「シンシアはそうでも無いの?」

「もちろん好きですけど、お母様や叔母様ほどの拘りはないです。産地とか種類とか良く分からないですし、どれを飲んでも大体美味しいかなって...あまり渋いのは苦手ですけど」

「逆にシンシアの若さで茶葉に拘ってて詳しいって言うのもちょっとな? 甘いものさえあればお茶でもお湯でも構わないってくらいで丁度いいよ」


「そうですね! 確かにお茶よりもお菓子の方がいいです」


勢いで話を軽い方向に切り替えたあとは、益体もないネタでだらだらと会話しつつ夕食を済ませる。

周囲が薄暗くなってきた辺りで、革袋から毛布を取り出してシンシアに被せた。


「コレが、さっき話していた御姉様の毛布ですね?」

「うん、なんでも寒い高地に住んでる特別な山羊から取った毛で織ってるんだって。軽くて暖かいらしい」

「らしい、なんですか?」

「だって、俺自身は使ってみたことないからね」

「あは! でも本当に軽くてフワフワですよ。薄いけど羽毛布団のように柔らかくて気持ちいいです」

「そりゃ良かった」


更にもう一枚の毛布と帆布を取り出して、二人で一緒に被る。

このくらいやっておけば、この山中でも暖を取る為に熱魔法を使う必要がないだろう。


「おやすみなさい、御兄様」

「おやすみシンシア」


俺はなんとなく、始めてパルミュナと二人で野宿した時のことを思い出しながら目を瞑った。


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