物量には物量で
俺が迎撃態勢を整えて数拍後、少し離れた木立の隙間からほとんど同時に沢山の魔獣たちが飛び出してきた。
やはり全周囲から一斉攻撃か。
だが、向かってくる魔獣達は、たとえ途中まで木々の間に身を隠していようと、最後は俺達に接近する為に無防備に姿を現すしか無い。
街道の前後はもちろんだけど、道の両脇に広がる草地に飛び出た段階で遮蔽物はなにも無くなるからね・・・逆に言えば、防護結界の中心でシンシアの頭上よりもそこそこ高い位置に立つ俺には、周囲から押し寄せてくる全ての魔獣が見渡せるのだ。
こっちも全周囲を一斉迎撃する為にこのポジションを取ってるんだぞ?
肉体と精神を加速させると、駆け寄ってくる魔獣達の動きはまるで水中を走っているかのように緩慢に見え始めた。
木々の間から次々と飛び出してくるが、この魔獣達は魔力で飛び上がっているのでは無く筋力でジャンプしているから、足が大地を離れた後はもう、空中で加速されることが無い。
先頭を切ってジャンプした数頭など、まるでフワフワと空中を漂っているかのようだ。
それでも・・・
前回は周囲に広く散らばった全ての魔獣を捌くことに気を取られ、自分の速度を活かせなかった。
結局ダンガに大怪我をさせてしまったのは、単純に俺が飽和攻撃への対処の仕方を誤ったせいだ。
もう二の轍は踏まない。
そのために、この数日は石つぶてを練習してきたんだからな・・・
俺は魔力を集中させると、両手の掌を重ね合わせるようにして前に出し、その場で生成した石つぶてを周囲にぶちまけた。
もちろん、ただバラ撒いてる訳じゃ無く、力の魔法を使って強烈に撃ち出している。
以前、パルミュナと二人で石つぶての技を使った時には、役割分担して一つ一つに熱の魔法を込めた石つぶてを狙って撃ち出していたけど、これには熱を込めていない。
代わりに俺は、これまでの修練で強めた力の魔法で、石つぶてを撃ち出す速度そのものを桁違いに上げている。
これだけのスピードがあれば、ただの小石の弾でも大型弩の矢より強力な武器なのだ。
更に、全ての魔力を両手に集中させて左手上で連続的に石つぶてを生成し、それを右手に沿って構築した筒状の『力の場』に流し込んでいくという手法をとることで、隙間無く連続的に石つぶてを打ち出せる『連続生成』と『連続射出』の合わせ技を編み出している。
コツは先に力の場を形成してから土魔法を起動して、順に石つぶてを流し込むこと。
最初の頃はそこの連携が自分の中でうまく出来なくて、石つぶてが詰まったり勢いが出なかったりしていたんだけど、数日掛けてそれを完全に克服したのだ。
俺は防護結界の上でグルグルと身体の向きを変えながら、全方位の魔獣に向かって石つぶての高速弾を掃射し続けた。
加速している俺の動きを魔獣達から見れば、ブレて焦点の定まらない人影から無数の石つぶてが雨あられのように放出されているかのように見えているだろう。
あの『犀の魔物』ならまだしも、アサシンタイガーもブラディウルフも、その体表はただの毛皮だ。
いくら丈夫な毛皮でも、俺の手の上で限界まで圧力を加えられた超高速の石つぶてを弾くことは出来ず、こちらに飛び掛かる遙か手前で石つぶてを喰らって次々と吹き飛び、細切れになって倒れていく。
だがエルスカインに操られている魔獣達は『逃げる』という行動を取れない。
周囲をうごめく魔獣の数も大概だけど、石つぶては弓矢と違って、俺の魔力が続く限り生成する数に限界は無い。
送り込んできた魔獣がすべて俺に斃されるのが先か、俺の魔力が尽きるのが先か、試してみるがいいさエルスカイン!
飛び込んでくる魔獣達、木の向こうにうごめく影、周囲で動くあらゆる物に向けて超高速の石つぶてを叩きつけていく。
正直、人っ子一人いない森の中だから巻き添えを気にしなくていいのが幸いだ。
これだけの魔獣が押し寄せてきている中では、森の獣たちだってとうの昔に逃げ出しているだろう。
ピクリとも揺らがないシンシアの結界の上から、全方位をひたすら石つぶてで掃射し続けてしばらくの後、すでに向かってくるものが何もいなくなっていたことに気が付くと、周囲には、まるで土嚢を盛り上げたかのように魔獣の骸が積み上がっていた。
魔獣に命中しなかった石つぶてはそのまま飛んでいってるから、周囲の木々も穴が空いたり枝が折れたり途中から裂けて倒れたりと酷い有様だ。
もちろん、隠れていたはずの幹の向こう側で死んでいる魔獣も沢山見える。
密集して当たると結構な太さの木を根元から吹き飛ばすとか、我ながら、ちょっと引く威力だな・・・
この威力が最初から出せていれば、パルミュナの手を借りなくてもグリフォンを討伐できてたかも。
そのまましばらく様子を見て、周囲に潜んでいる物や動く魔獣の気配が完全に無くなっていることを確信してから、俺はシンシアの防護結界を飛び降りた。
「もういいぞ、シンシア」
「お、御兄様、これは一体...」
防護結界を消して精神の完全集中状態を解いたシンシアが、改めて周囲の様子に気が付いた様子で呆然としている。
あたりには血の匂いが充満しているし、俺とシンシアを中心にした全方位に魔獣の骸が層をなして積み上がっているせいで、道の前後さえ見通せなくなっていた。
うん、確実にポリノー村で狂乱のスパインボアを屠りまくった時よりも惨劇。
石つぶてで貫かれた魔獣達はガオケルムで斬り裂いた時よりも、なんと言うかこう・・・吹き飛んで原形を留めてない感じ?
冷静になって見ると自分でもキツイ絵面だな。
「威力偵察って言うには、ちょっと数が多かったかもね。俺たちの動きを探って、もし転移して逃げられないようなら、そのまま物量で押し込んでしまおうってつもりだったんだろうな」
「そ、そう、らったたん、ですね...」
さすがにシンシアも周囲の光景に引いてるらしくて、ちょと噛んだ。
「この前の襲撃の時はなあ...パルミュナが一緒にいないから石つぶてを使うことを思いつけなくて...俺は刀だけで戦ってただろ? それで手が回らなくなって結局ダンガに大怪我させちゃったし、その反省もあって敵の数が多い時の対処法を練習してたんだ」
「それにしても...凄まじいです御兄様...」
「ちょっと嫌になるビジュアルだよな? あたり一面が生臭いって言うか血の匂いも酷いし...とにかくここから離れようか」
周囲を取り巻いている惨状に、まごついているというか挙動不審な様子を見せているシンシアの肩を押して元々進んでいた街道の方向に行かせようとしたけど、数十歩進んで壁にぶち当たった。
もちろん俺が斃した魔獣の死体・・・の断片・・・が積み上がって出来た土塁。
まさに死屍累々って奴だ。
「ひっ...」
すでに言葉を失っている状態のシンシアがその手前で硬直する。
重ね重ねすまん。
まさかシンシアに、ここを自分の足で踏み越えろなんて言いたくは無いな。
「シンシア、俺に掴まってろ」
そう言って返事を待たずにシンシアを横抱きに抱え上げる。
「え?」
パルミュナよりも僅かに小さく軽く感じるシンシアの身体を抱えたまま、俺は渾身の力でジャンプした。
高さだけで無く奥行きの方も相当なモノだった屍の土塁を跳び越え、辛うじて地面の見えているところに着地する。
「自分で立てるか、シンシア?」
「は、あ、はい。たぶん大丈夫です...」
そーっとシンシアの身体を斜めにして地面に立たせる。
立った瞬間には足の力が抜けていて少しふらついたけど、少しのあいだ両肩を支えていたら回復した。
しかし防護結界に全力投入してたとは言え、シンシアの魔力量ならあの程度の時間で足下がふらつくほどのダメージを受けることは無かったはずだ。
やっぱり、視覚的というか心理的なショックが大きそうだな・・・
「すみません、魔獣の亡骸なんて、もう散々見て慣れたつもりでいたんですけど...数、と言うか、状態...と言うか、ちょっとだけキツかったです。すみません」
「いや、それは無理もないよ。俺だってこんな数を斃したのは初めてだ」
「ですよね...でも、もう今度からは大丈夫です」
「まあ無理はしなくていい。慣れる方が不思議な状況だからね」
慣れないというか、慣れたくも無いというか・・・
シンシアには慣れて欲しくないというべきか。
かつての大戦争の頃は、あちらこちらの戦場でおびただしい数の兵士達の死体が野ざらしになって悲惨な情景だったという話を聞いたことがある。
魔獣相手でさえこんなに陰鬱な気分になると言うのに、人族相手なんて考えたくも無いって言うのが正直なところだな。