伝説の魔獣使い
おっと!
思いもかけぬタイミングで魔獣という言葉が出てきて、一瞬、思考が止まった。
しかも貴族が戦のために魔獣を手懐けていただと?
「要するに、どうして辺境伯が自前の軍勢で王都を攻め落とせると考えていたかっていうと、その飼い慣らした魔獣どもを先に王都に放って大混乱を引き起こし、そこに乗じて攻め入ることを考えていた、と、そう言う噂があったそうなんですよ」
「辺境伯が、王都を混乱に陥れるような『凶暴な魔獣』を使役していた。それも相当な数で、ってことですか?」
「あくまで噂ですけどね。そもそも大昔の話なんで実際に見たことのある人なんていやしませんし、大体、この手の話には面白おかしく尾鰭がつくもんです。ただねぇ...昔からそういう気味の悪い噂のあった旧街道に、最近のバケモノ騒ぎです。古い噂を持ち出してくるやつなんかもいてねえ...」
「なるほど...まあ、口さがない連中が無理にでも話を繋げたくなるネタってところですかね?」
「私に言わせて貰えば、仮に昔、辺境伯が恐ろしい魔獣を育てていたのが本当だったとしても、これまでそんな長い間、誰がどこに魔獣を隠して育ててたんだ?ってことですけどね」
「確かに、そりゃあそうですね...」
「ええ、いくらなんでも時代が開き過ぎてますよ」
普通に考えれば、ルーオンさんのいうことは至極もっともだ。
繋がりの残るような年月じゃあないか。
でもなあ・・・
魔物に取り憑かれていながら殺し合わなかった五人の破邪がいたし、たぶん、出会った村人を襲わなかったブラディウルフも実在するんだろう。
そして、この近隣に初めて現れたらしいウォーベアを討伐して、とどめが、魔法使いと組んだ辺境伯が魔獣を手懐けていたという噂と、その魔獣を使った叛乱計画だ。
俺の頭の中で、何かがカチッとはまる音が聞こえたような気がするんだよね・・・
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実は破邪の間でも、たまに噂に上る『伝説の魔獣使い』という存在がいる。
そいつは『エルスカイン』という通り名で呼ばれていて、調教不可能と言われる凶暴な魔獣を操っていたとか、どこそこの王宮に毒蛇を送り込んで暗殺に加担しただとかの不気味な噂がいくつかあるのだ。
いまでも何か不可解な出来事が起きたときに、その名前が囁かれることがあるけど、実際は、そいつに会ったことがあるなんて話は一度たりと聞いたことはない。
先の噂話も『いつ、どこで?』と聞いても、ハッキリした答えは返ってこないという類いのやつだ。
そもそも、『エルスカイン』っていう名前が特定の人物を指しているのか、どこかの一族か、あるいはなにかの組織のようなものなのか、その由来さえも分からない。
まあ、誰一人として本当のことを知らないからこそ、面白おかしく噂に上るんだろうけどね。
これまで真面目に取り合ったことがなかった噂だけど、もしも辺境伯に手を貸していた『凶暴な魔獣を使役する魔法使い』ってのが、仮にそいつだとすれば、急に信憑性が増してくるな・・・
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俺は夕食後もルーオンさんとしばらくよもやま話を続けてから、貸してもらった離れに辞去した。
パルミュナは、夕食中にルーオンさんの奥さんから『今日は身体を拭く日で、お湯を沢山沸かすつもりだからついでにどうですか?』と聞かれて、食後にそちらについて行っている。
パルミュナも断るかと思ったが意外だったな。
まあ、ワンラ村の村長の奥さんの『今日はたまたまパンを焼く日だったから』というのと同じで、こちらが重く受け取らないように気を遣ってくれたのだろう。
こういうのは純粋にありがたいことだと思う。
それにしても・・・まさか、こんなタイミングでワンラの村以来ずっとまとわりついてきた違和感というかモヤモヤした感じに、糸口が見えてくるとは思わなかったな。
師匠ありがとう。
あなたの助言は役に立ってますよ!
エドヴァルから北上して、と言うか特にコリンの街を過ぎて以来、『魔獣や魔物に出逢いすぎている』ということに何か不穏な気配を感じていたのは俺の感覚に過ぎず、確たる証拠というか裏付けになるものは何一つなかった。
だけどいまは、これに関しては偶然なんかじゃなく、旧街道沿いの、恐らくかつての辺境伯が残した何かが関係しているだろうということが、俺の中ではほとんど確定したと言ってもいいくらいだ。
こいつは単純な魔力の奔流とか乱れなんかじゃない。
誰か、あるいは何かの意思が関わっている出来事だ。
ただ、その正体となると相変わらず霧の中、ということが問題なんだけどな。
エルスカインという名前を思い出しはしたが、それが今回の件に関係あると考えるのは早計だろう。
というか、そもそも実在するかどうかさえ不明だし。
謎は、一連の魔獣と魔物の『発生源』がなんなのか、もしも誰かが意図的にそれを生み出しだとするならば、その『目的』はなにかってことだ。
魔獣を操る魔法使いと辺境伯がどんな関係だったのか、どこまでのことができていたのかもわからんし、やっぱり、現地に足を運んで探ってみるしかないかな・・・?
フォーフェンに向かわず、ここからコリンの街まで逆戻りして旧街道を北上するっていう手もあるんだが、話を聞く限りではガルシリス辺境伯の元居城は、東西の大街道からそれほど離れていない感じだ。
だったら、やっぱり一度フォーフェンまで行ってから南下した方が、ぐるっとコリンを回ったり、この四日の行程を逆戻りして山を越えるよりも気分的にも楽なように思えるな。
それだったらフォーフェンで情報収集もできるし、きっと鍋も買える。
うん、そうしよう。
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しばらくすると、パルミュナが木桶に入れたお湯を持って戻ってきた。俺は体を拭くことを辞退したので、せめて顔と足だけでも洗ったらと、奥さんが持たせてくれたそうだ。
パルミュナも見た目は全く変わらないように思うが・・・なんとなく表情がさっぱりしているような気がしないでもない。
「なあ、フォーフェンの街まで行った後のことなんだけどな、いったん旧街道の方に引き返してもいいか?」
「その前にねー、『さっぱりしたね!』とか『綺麗になったね!』とかアタシに言うべきじゃないのー?」
もちろん、腰に手を当てて頬っぺたを膨らませた決めポーズである。
お前は、定期的にそれをやらんと気が済まんのか?
それとも精霊的にノルマとかあるのか?
「俺からすれば、見えてる場所は顔洗った時と変わらんだろうが」
「えーっ、服に隠れてるとこ見たいのー?」
つくづくイラッときますね。
この大精霊さん。
「じゃあ、ライノには特別に、どれくらい綺麗になったか見せてあげよーかなー?」
「...まあ、フォーフェンまで行って旧街道に戻るってなると完全に逆戻りだから、ちょっと王都までいくのが遅くなるけどな?」
「素通りなの?! 乙女の艶やかモーションを素通りなの?!」
「いいじゃん別に...ただ、どうも辺境伯の件は一応調べておいた方がいいように思うんだよなあ。ルーオンさんが言ってたように、辺境伯の叛乱なんて古い話が、いまの化物騒ぎに繋がってるはずがないっていうのも理屈じゃあそうなんだけどね」
「まーねー、それはアタシもさっき思ってたんだー」
復帰早いなパルミュナ。
「前にライノが魔獣や魔物の行動にそぐわないって言ってたじゃない? アタシ、それも魔力の奔流がぐちゃぐちゃになってきてる影響かなーって思ってたんだけど、なんかの手段で魔法使いが操ってるって考えた方が自然だよねー」
「だよな。ただそれにしてもだ、魔獣はともかく実体のない魔物を操れるってのはどう言うことだって疑問は残るだろ?」
「あー、それワンラ村でも言ってたねー。うーん、思念の魔物って思考もロクに無いような澱んだ魔力と悪意の塊だもんねー。これまで操れるって発想はなかったしなー」
「でも、一昨日の夜ラスティユの村でパルミュナが守護の魔法陣を作ってくれただろ?」
「うん」
「あの時に思ったんだけど、パルミュナはちっこい精霊たちは野生動物みたいなもんで、意思の疎通とか会話とかできないみたいに言ってたじゃないか。でも、大精霊の魔法なら、あの村に精霊たちを引き寄せて、留まらせることもできたわけでさ...相当に大変そうだったけどな」
「あれはまー、効果を長く持たせようとして、アタシの魔力をありったけ込めたのが原因だけどねー」
「もう一度言っておくけど本当にありがとうな。で、それの裏返しで、魔物を引き寄せたり、少しは操ったりとかできる方法があるんじゃないか? って思ったんだよ」
「うーん、裏返しー?」
「もしも魔物を操れるとしても、それは魔獣を使役する時に使うような魔法とは全然違うと思うんだ。意思のあるものを服従させる魔法じゃなくて、もっと、魔物の生まれる仕組みそのものを使うような?」
「んー、そーゆー意味では、野生みたいなちびっ子精霊たちも、こっちの言うことを聞くっていうよりは、用意してあげた入れ物が気に入ったら収まってくれる、みたいな? そんな感じかなー」
「なるほど。こっちの意思を汲んで動くんじゃなくて、居着きやすい場所を作ってもらえたから、喜んでそこに入るって感じなのか」
「だねー。すごく大雑把に言うと、水が低いところに流れて、そこに器があれば貯まるようなもの?」
「ああ、わかるなその例え。でも、その水の流れる方向っていうか、なぜそっちに水が流れるかは、普通、人には理解できないんだろうな」
「そういうことだと思うよー。だからライノの言ってることも、その流れができる理由を知ったり、流れを変える方法を見つけたりできたら、できるようになるのかもねー」
「そうか...なあ、パルミュナ。魔力異常の原因を草刈りして回るって言うのも大切なんだろうけど、もしも誰かがそういう手段を見つけて、奔流の乱れを悪事に利用しようと企んでる...とするならばだ」
「するならば?」
「それはそれで、俺たちが突き止めておくべきことじゃないかなって思うんだ?」
「自ら面倒ごとに首を突っ込もうとするとは、さすが勇者だねー!」
「人が真面目に話してるのに茶化さないの!!!」




