妹は天才
その後、俺とシンシアは徐々に森に埋もれつつある街道の跡を辿りながら、淡々と森の中を進んで行った。
斥候班からの諸々の情報を総合すると、街道の跡自体も森の半ばで消えてしまう可能性が高い。
そこから先は、目視で山の頂を目指しながら、太陽の高さと影で方角と時間を計り、地図上に記された目標点を予想しながら進んでいくしか無いだろう。
ドラゴンらしく標高の高いところに陣取ってくれているせいで、道のりは険しいだろうけど目標を見失いにくいのは助かる。
目指してるドラゴンの居場所が、この先で三番目の高さの山というハッキリした目標があるから助かってるけど、山と谷が入り組んだ地形のどこかって話だったら目も当てられなかったね。
仮にダンガたちと一緒だったとしても、彼らだってドラゴンの匂いなんて知らないだろうしな・・・
「シンシア、森をもうちょっと進むと道跡が見分けられなくなってくると思う。木の根に躓かないように注意するのと、木の根っ子や岩の隙間に杖の先端を差し込まないように注意してくれ。逆に転ぶ原因になるから」
「はい御兄様。気を付けます」
「それと、道が消えた後に方向を見失わないように、時々は空を見上げて太陽の高さと移動する向きを確認するんだぞ? 特に進む方向には気を配ってな? どんな場所でも、人ってのは意外に真っ直ぐに進めないモノなんだよ」
生い茂った木々に阻まれて遠くを見通せない森の中は、それで無くとも迷いやすい。
しかも、大抵の人は真っ直ぐに進んでいるつもりでも、左右どちらかに、わずかに傾きながら進んでしまう物なのだ。
結果、いつの間にか自分の居場所や進むべき方向を見失ってしまう。
「そうなのですね...実はここに跳んでくる前に、ちょっと新しい魔法を試しに作ってみたんですけど、こういうのはどうでしょう? 役に立つでしょうか?」
そう言ってシンシアは手の平を上に向けて水平に掲げた。
まるで、掌の上に何か小物を載せているみたいなポーズだけど、何も載ってない。
が・・・見ている間に小さな白い魔法陣がそこに現れ、クルクルと揺れ始めた。
その小さな円形の魔法陣はシンプルなカタチをしていて、四つの尖った角が円周上に均等に突き出ている。
ただし、一つの角だけがツノのように他の3つよりも大きい。
揺れているというか回っているように見えるのは、魔法陣の作動じゃ無くて、俺たちが歩き続けているからか?
「これはなに?」
「パルミュナ御姉様に転移門の動作を教えて貰ってる時に思いついたんです。屋敷の地下の転移門って、私たちが転移する時の基地っていうか、一種の『中心点』ですよね」
「まあそうだよな。何処に行くにも屋敷の転移門を経由してだからね」
「それで、行った先で新しい転移門を開くと、その魔法陣はまず基点になる屋敷の転移門を探して向きや距離を測り、転移する時の方向や距離を調整するんだって御姉様が言ってたんです」
「そうそう。転移門同士の方角と距離が定まらないと転移門が上手く稼働できない。だから、移動中の馬車の上からは転移できないって訳だ」
「はい。それで考えたんですけど、転移門の魔法陣を簡略化して...実際に転移は出来なくても、最初の設定で屋敷の転移門を探し出して、向きと距離を調べる部分だけですけど...そこだけを抜き出せば、僅かな魔力でも動かせるんじゃ無いかな? って」
「え?...あっ! ひょっとしたら、その魔法陣から飛び出てるツノって、屋敷の転移門の方向を指してるとか?」
「そうです! さすが御兄様です、一瞬で見抜かれましたね!」
「じゃあ何処にいても、屋敷の方向と距離が分かる?」
「その通りです! 屋敷の転移門の位置はハッキリ決まっていて動きませんから、屋敷を中心に太陽の昇る向きと沈む向きを考えて、今いる場所との距離とズレを測れば...この場所から見ての東西がどちらかも正確に分かります。東西が分かれば南北も決まります」
シンシアはそう言って左手の人差し指で掌の上に浮かぶ魔法陣のへりに軽く触れた。
すると魔法陣の色が赤く変わり、またくるりと向きを変えて一番大きなツノが、俺たちが向かっている山の方を指し示す。
「これで、今度は魔法陣の矢が屋敷の方向では無くて、北を指すようになりました。東西南北どれでも自分が進みたい方向を決めれば、太陽が出ていない夜でも雨の日でも確認できます」
「おお」
「こっちの位置を確定しなくても屋敷の魔法陣を見つけられれば機能するから、こうやって歩きながらでも使えるんです」
「おぉぅ...」
「御兄様、コレはどうでしょう? 役に立ちそうでしょうか?」
「凄い...凄いぞシンシア!」
「そうですか?」
「ああ、役に立つなんてもんじゃない。世界中何処にいても自分の進む方向を知れるんだ! これは手紙箱と同じか、それ以上に世の中を変える魔法の発明だぞ!」
「わぁっ! そんなに褒めて貰えるなんて、予想外に嬉しいです!」
シンシアがぱぁっと明るい顔になって、手の上の方角魔法陣を見つめる。
「いやお世辞抜きでコレは凄い発明だよ! いつも知らない土地を歩いてる遍歴破邪なんかももちろんだけどな、コレ、海に出る漁師とか船乗りとかには飲み水の次に役に立つって位の代物だよ!」
「なるほど、海に出る方にも役立ちそうですね!」
「目印の無い場所ほど、この魔法が役に立つのは間違いないな」
「さっき御兄様が『人は真っ直ぐに進めない』と仰ってましたけど、地形が悪くて思った方向に進めないなんて、当たり前のことですもんね。地面のデコボコもそうですけど、川に沿って進んだり山の尾根沿いだったり、本当に真っ直ぐな道なんて街の中でしか見たことがありません」
「ああ、それもそうなんだけど、さっきのはそう言う意味じゃ無くってな。例え見渡す限り真っ平らな草原とか砂漠とか、そういう場所でも人は真っ直ぐに歩けないんだよ」
「ええっ、どうしてですか? キョロキョロしながら進むならともかく、自分の行きたい方向に真っ直ぐ向いて歩いていけば良いのでは?」
「ところが、だ。人の身体には色々とクセがある」
「癖?」
「そう、癖が邪魔をするんだ。大抵の人は『利き手』と同じように足も左右の力強さに差があるし、左右で足の大きさが少しだけ違う人も珍しくない」
「はい、それは聞いたことがあります」
「そうすると同じように歩いてるつもりでも、実は本人も気が付かないくらい僅かにどちらかに逸れながら進んでたりするんだよ。他に、人は目で見ているモノに引かれていく性質があるから、右の方を見る癖のある人は右側に流れがちだったりとかね」
「えぇぇー、それは知りませんでした」
「しっかり目標が見えてる時は無意識に修正するから問題にならない。でも、目印の無い場所や、深い霧に巻かれたり吹雪や砂嵐で周りが見えなくなると、修正できなくなるから、どんどん目的の方向とズレて行ってしまうんだそうだ。ま、俺はそこまで迷った事は無いから人づてに聞いた話だけどね」
「じゃあ、最後はとんでもない方向に行ってしまいますね」
「それどころか、元の場所に戻る」
「はい?」
「ぐるっと回ってスタート地点に戻るんだよ」
「ええぇっ、そんな事になるんですか?!」
「向きがズレるのが一回だけなら斜めに進むだけだろ? でも、いつも同じ方向にズレながら進み続けると、それは最終的に大きな円を描くことになる」
「あ! 確かにそうですね!」
さすがシンシアは瞬時に理解したな。
街住まいの人なんかに『一方向に斜めにズレ続けたら円を描く』と説明しても、なかなか理解されない事が多かったよ?
「だから、シンシアの編み出したこの魔法は、いつでも正しい向きを知れるって事で世界を変える発明なんだ...ただ、そう考えるとホントに惜しいなあ...」
「やっぱり駄目なところがありましたか?」
「まさか? 逆だよ、逆!」
「逆?」
「いやあ、こんな凄いモノが精霊魔法が使えない人にも使えるようになったらどれだけいいかとね...そう考えると、俺たち兄妹にしか使えないのが残念だなって思ったんだ」
「みんなで使えるといいですよね。それで今、この魔法を普通の人族の魔法に置き換えられないか研究してるところなんです」
「なんだと?!」
「あの探知魔法のペンダントの考え方を逆にひっくり返した発想なんですけど、例えば、どこか国の中心...王都とかにですね、屋敷の転移門の代わりになる魔法の燭台みたいな共有の目印を置いて、その位置を調べることで東西南北に置き換えて表示するような...そんなイメージなんですけど...どう思われますか?」
シンシアは再び俺の表情を窺うような様子でこちらを仰ぎ見た。
「なあシンシア...」
「はい?」
「もしもそれが実現したら世界中から欲しがる人が殺到してくるぞ...あの探知ペンダントどころじゃ無い。凄いな! 本当にお前は天才だよ。うん、紛うことなき天才。シンシアみたいな凄い妹がいるなんて俺も大自慢だ」
「えへへっ、そうですか?...」
「ああ、本当だとも、完全に本当、本気、マジ!」
「やったぁ!」
急に子供っぽい歓声を上げるシンシアは満面の笑みだ。
それにしても凄いことを思いつくなあシンシアは・・・




