シンシアと精霊の小箱
「よし、上手く行ったな!」
「これで収納されたんですか?」
「うん。収納するといっても見た目では、その場から瞬時に消し去っているような感じだな。今みたいな小さなモノでも馬車のように大きなモノでも、出し入れの動作には関係ないんだ。その対象に手を触れて『仕舞おう』と意識すれば即座に収納空間に入る」
「ホントにパッと消える感じですね!」
「今度は手を革袋の中に差し込んでから、自分がいま入れた小袋を思い浮かべてごらん?」
そう俺に促されたシンシアがおずおずと革袋に手を差し入れる。
「有りました! 見え、見えて? います!」
「手の先に目が付いてるみたいで不思議だろ? 手を入れて自分が入れたものを思い出すとそれが頭の中に浮かぶし、それを引き出そうと考えれば自然に外に出てくる・・・って言うかその場に現れる。だから、出し入れできるモノの大きさと重さの制約は、袋の口には関係なくて消費する魔力次第なんだ」
「凄いですね御兄様!」
手に香袋を持ったシンシアが喜びの声を上げた。
ぶっちゃけシンシアなら、馬車の数台くらい今すぐにでも出し入れできそうだね。
「で、シンシア。お前がアスワンから貰った砂糖菓子の小箱な? アレはアスワンに何か意図があって渡したと思うって前に言っただろ?」
俺がそう言うと、シンシアはまたまたハッとした表情を見せ、肌身離さず腰に下げているポーチから小箱を取り出した。
箱全体も寄せ木細工の綺麗な造りだけど、内側もビロード張りで蓋の裏には鏡まで付いている。
これほど見事な細工なら、砂糖菓子よりも宝石が入っている方が似合いそうだぞアスワン。
慎重に蓋を開けるシンシアを横目で見ていると、中に色とりどりの綺麗な砂糖菓子が入っているのが分かった。
俺なら面倒で数なんか数えてないかも・・・と、そう考えてからハタと気配で気が付いた。
恐らく精霊魔法を使えない者には、この砂糖菓子は見えていない。
もしも誰かが勝手に小箱を開けたとしても、中に砂糖菓子が入っている事には気が付かないはずだ。
それにアスワンの作った砂糖菓子に限らず、この箱の中に収めてあるモノは見えないんじゃないだろうか?
「はい、御兄様もお一つどうぞ!」
シンシアはそう言って砂糖菓子を一つ摘まみ上げると俺に渡し、ちょっと逡巡してから、もう一つを摘まみ上げて自分の口に入れた。
「うまいな、コレ...」
「美味しいですよね!」
さすがアスワンだな。
砂糖菓子さえもオリカルクムの刀と同じレベルで素晴らしい・・・
「あの時は私、自分を節制するなんてカッコ良い事を言ってしまいましたけど、実はあれからもちょくちょく...けっこう食べてしまってるんです」
シンシアが口の中でゆっくりと砂糖菓子を転がしながら、ちょっとうつむき気味に告白する。
「いいじゃないか。それにアスワンは害になるような事はしないって安心感があるんだよな...本人?は過去に色々と失敗した事とか悔やんでる事とか有るみたいだけど、少なくとも関わりのある相手に害になるような事は絶対にしない。そこは信頼してる」
「では、この砂糖菓子も?」
「ああ、食べ過ぎても身体に悪くなんか無いだろうし、もし過剰に食べ過ぎたら、それからは数が増えなくなるとか...とにかく心配しなくても大丈夫だよ」
「健康を害するのも嫌ですけど、この砂糖菓子が食べられなくなるのも嫌ですね。やっぱり節制気味に楽しむことにします」
そう言って蓋を閉め、慌ててまた開ける。
「すみません、砂糖菓子を食べる為に開けたんじゃ無くて、収納魔法がこの小箱に関係しているのか確認する為でした!」
「はは、つい気を持って行かれちゃう美味しさって事だな。で、収納魔法の話に戻るけど、革袋への収納に大きさに関係ない。革袋そのものはアスワンが封じ込めた魔法の容れ物に過ぎないんだ」
「でも、この小箱は頂いた当初に色々と触ってみたんですけど、中の砂糖菓子が勝手に増えると言うこと以外には、なにも仕掛けや変わったところはありませんでしたよ?」
「その時のシンシアにとっては、ね。だって収納魔法を扱えるって概念が無い」
シンシアは蓋を開けたままの小箱を目の高さに持ち上げ、じっと見つめた。
「確かに、僅かな魔力が流れ込んでいるような気配は感じるんですけど...でもそれだったら、中に入ってる砂糖菓子が最初に吸い込まれていくんじゃ無いでしょうか?」
「出し入れはイメージだからね。明示的に『入れよう』って思ってないと入らないよ。革袋に偶然触れたモノが取り込まれたりはしないのと同じだ」
「じゃあ!...」
手に握ったままだった香袋を勢い込んで砂糖菓子の上に押し当ててみるけれど、なにも起こらない。
ただ、砂糖菓子の上に香袋が置いてあると言うだけだ。
「だめですね...」
シュンとなる時の表情が姫様に似てるな。
最初、小太刀に魔力が乗せられなかった時の姫様もこんな表情だったよ?
「蓋の裏はどうかな?」
俺が勘でそうアドバイスすると、真剣な目をしたシンシアが今度は香袋を蓋の裏に組み込んである鏡に押し当てた。
すると、何の抵抗もなく香袋の姿がスッとシンシアの手から掻き消える。
「やりました!」
「おおっ、やったな! これでシンシアも収納魔法の持ち主だ!」
「凄いです! 凄いですっ!」
興奮して顔を紅潮させたシンシアは屋敷から持ち込んできた頭陀袋を座席の後ろから取り出すと、中のモノを次から次へと小箱の鏡の中に収納し始めた。
我を忘れて本や筆記具のような小物から着替えの服や予備の肌着らしきものまで収納し始めたので、前を向いたまま見ないフリをする。
まあ頭陀袋ごと収納しちゃうと、いちいち小物を出す時に面倒臭いからね・・・いや、そうでもないかな?
いまは収納魔法を使ってみることが楽しくて仕方ないんだろう。
俺にもその気持ちは分かる。
「御兄様、全部入りました!」
しばらくしてシンシアから声を掛けられたので横を見ると、見事にペシャンコになった頭陀袋を膝の上に載せ、得意満面で小箱を掲げてみせた。
「お、全部入ったか。でもその頭陀袋は持ち歩いておく方がいいね」
「どうしてですか? 全部この箱の中に入っちゃいますよ?」
「頭陀袋も小箱に入れて持ち歩けばいいんだよ。それで、例えば人前で買い物する時とかには逆に頭陀袋の中に小箱を隠して使うんだ。そうすれば、パッと見では周りに気付かれずに買ったモノを次々に収納していけるだろ?」
「なるほど! 素晴らしいアイデアですね御兄様!」
シンシアのテンションが高い。
まあ俺だって最初にダンガたちと『星の日の市』で買い物した時は、これぐらいのテンションだったような気もするけどね。
頭陀袋を畳んで鏡の奥に収納し、見事に手ぶらになったシンシアはアスワンの小箱を大切そうに腰のポーチに仕舞い込んだ。
しかし、こうやって二人の収納魔法の容れ物を見比べてみると、俺の『革袋』のシンプルさというか飾り気のなさというか、もっとハッキリ言うと高級感のなさに較べて、シンシアの貰った『小箱』は見蕩れるほど見事な細工が施されていて、いかにも貴族のお嬢さんの持ち物だって感じがする。
そう言う作り分けもアスワンらしいし、この小箱は最初からシンシアに渡すことを念頭に作ったんだと確信できるな。
「ところで御兄様...いま、その革袋の中にはパルミュナ御姉様もいらっしゃるんですよね?」
「うん。まあ御姉様って見た目じゃ無くなってるけどね」
「そんなことは...それで、先ほど革袋の中に手を入れさせて頂いた時には御姉様の存在を感じることが出来なかったのですけど、それもやっぱり御姉様を革袋に入らせたのが御兄様だから、ですか?」
「いや、そうじゃなくて、もともとパルミュナの居場所は革袋の中でも独立してるんだ」
「独立?」
「正確に言うと、革袋の中の空間はそこだけの閉じた世界でどこにも繋がっていないんだけど、パルミュナの部屋だけは細い細い糸でかろうじて精霊界と繋がってるような感じだな」
「そうなのですか...私にも御姉様の姿が見られたら嬉しいと思ったんですけど、ちょっと残念です」
「そっか。収納空間に置かれたモノは、収納した人自身のイメージに存在していないと見ることが出来ないんだ...だから俺も最初はパルミュナの部屋が見えなかったよ。アレは、パルミュナが自分自身で創った空間で、俺が入れたものじゃ無いからね」
そもそも最初は存在すら知らなかったというか、いつの間にかパルミュナが革袋の中に入り込んでたんだもんな!