緊急転移
パルミュナの姿がどうであれ、革袋の中に入っていてくれるのなら転移も問題ないだろう。
みんなにも早くこのことを教えておかないとな・・・
結局、レンツの街からこの高原の牧場に至るまで、エルスカインが全く俺たちに気が付いていなかなかったとしても、いまはもう転移門の罠が起動したことを知っている訳だ。
それも、まだ作りかけでドラゴンが降りてくるはずのない罠が起動した。
奴らにとって精霊魔法を使ってくる相手は言うまでも無く俺とパルミュナだ。
エルスカインにとっては、もうこの地域で自分が活動してることが俺たちに露呈したんだから隠密に動く必要が無い。
そうなると今後は、なりふり構わず襲ってきても不思議じゃないよな?
・・・あ、まずいぞ!
だとしたら、いま一番危ないのは姫様達じゃないのか?!
レンツの街でエルスカインの配下が活動しているのに、その周辺に奴らの転移門が開かれてない訳がないだろ!
俺は慌てて指通信を起動し、シンシアを呼び出した。
< はい御兄様? >
< シンシア、今すぐ全員の防護結界を動かすんだ。それと馬車を停めてその場に転移門を開いてくれ、今すぐだ! >
< え、えぇ? どうしたのですか御兄様? >
< そっちにエルスカインの襲撃が掛かるかもしれないんだ。転移門が開いたら俺もすぐに合流する。詳しくは後で話すから! >
< はい。承知しました御兄様! >
< みんなを頼んだぞシンシア! >
すぐに荷馬車を革袋に収納し、さっきパルミュナが設置しておいた転移門から屋敷に跳んだ。
久しぶりに見る屋敷の地下室。
さすがこれまでで一番遠い距離だけ有って、結構な量の魔力が抜けたな・・・思わず床に膝をつきそうなくらい、ごっそりっていう感じ。
そのまま魔法陣の上から動かずに、新しく増えている跳び先を探す。
シンシアがすぐに転移門を開いてくれればいいんだけど・・・
地下室の方位から見て北の方、その一番端のところに、俺がいま使った高原の牧場が見えて、その手前にいくつか見覚えのない場所があるけれど、周辺にシンシア達一行の気配が感じられる跳び先はない。
俺に見覚えのない転移先は、この数日間にシンシアが手紙箱のやり取りの為に野営地や休憩地点に開いたものだろう。
じゃあ、さっき話した時は移動中で、まだ新しい転移門を開けていないと言うことか・・・
ひんやりとした空気が漂う地下室で、なにも出来ずに待っているというのがどうにももどかしい。
一瞬、また高原の牧場に戻ってそこから逆戻りに馬車を走らせようかという考えもよぎったけれど、俺たちと姫様達の間には、ほぼ馬車で一日分の距離があったはずだ。
いまシンシア達がどんな状況かはさておき、どう足掻いても駆けつける前に決着が付いているだろう。
ひたすら待ち続けた後、俺がじっと見つめている空間の一角に、新しい景色がふわりと浮かんだ。
来た!
ようやくシンシアが新しい転移門を開けたな。
急いで朧気な風景に視点を合わせると、街道沿いの一角、道の端に四台の馬車を寄せて停めた脇に転移門は開かれていた。
ここか・・・
さらに凝視すると、近くに馬車が停まっているけれど転移門の上には誰も乗っていなくて、周囲に沢山のなにかが動いているような様子がある。
くそっ、警告が一足遅かったのか?
意識を集中してその場に跳ぶ。
いつもの空間がズレる感覚と共に転移した瞬間、周囲に猛烈な殺意と緊張が渦巻いていることを感じる。
すでに八人は馬車の周囲に押し寄せてくる魔獣と闘っている最中だった。
周囲を取り囲んでいるのは軽く二百を超えるだろうブラディウルフとアサシンタイガーの群・・・数で圧倒するという布陣だ。
魔馬達は一頭残らずその場に蹲っている。
襲撃に驚いて興奮したときに、例のリンスワルド家特性魔法薬が発動して強制的に眠らされたか。
ダンガたちが狼姿で全体を守っているけど、それでも相手の数が多すぎるな・・・
通信を切った直後に襲われ、シンシアは防護結界に魔力を供給するのが優先になって、すぐに転移門が開けなかったのか。
ここには精霊魔法を使える者がシンシア一人しか居ない以上、転移門を開く為には全体を覆う防護結界の維持を諦めざるを得ない。
しかも八人全員が一緒に跳べなければ、転移できずに残った者はシンシアからの魔力の供給を失い、個別の防護結界も消失してすぐに死ぬだろう。
俺が来れなかったら結局はジリ貧で押し込まれていたはずだ。
恐らくシンシアは、ダンガたちが狼姿で戦えるようになってから個別結界に切り替えて、転移門に魔力を振り向けたんだな。
レンツの街を離れて四日、かなりの距離になったけど、シンシアは一度に何人を連れて跳べるだろうか?
ダンガたちは走り回っているし、みんなの位置が広がりすぎていて、いまから全体を覆う防護結界を掛け直すのが難しい。
「シンシア、みんなと一緒に屋敷に跳べ! その間は俺が守る!」
「御兄様、敵が多すぎます!」
「ライノ、こいつらは防護結界の反発力を打ち消して削ってくるぞ! 続けて何発も喰らったらヤバい!」
「くそっ!」
レビリスとウェインスさんは荷馬車の近くで背中合わせに刀を抜いて、互いの背後を守り合っていた。
レミンちゃんが側にいるし、二人ともまだ手傷を負った様子はないけど息が荒い。
かなり消耗している様子だ。
元々ブラディウルフやアサシンタイガーは、魔法耐性のある牙と爪で防護結界を少しずつ切り裂いて来る。
最初に姫様達と出会った時に、南の森の街道でシンシアの防護結界がボロボロにされていたのも、いわゆる数の暴力という奴だけど、それをギュンター邸で出てきた犀の魔獣の様に、防護結界を削る能力を更に発展させたのか?
いまみんなを守っているのは痩せても枯れても精霊の防護結界だって言うのに、その反発力を打ち消して削るとは・・・
「行ったぞ!」
その時、一瞬の隙を突いてアサムとダンガの間をすり抜けたブラディウルフが一直線にシンシアに向かった。
俺がそれを阻止しようと指を伸ばしかけた時には、姫様がそのブラディウルフの前に飛び出していた。
ブラディウルフは一気にジャンプして真上から姫様に飛びかかるが、次の瞬間、姫様の両手が旋風のようにブレると、中央から真っ二つにされたブラディウルフの体が力なく地面に落ちた。
黒く光るオリカルクムの小太刀を両手に持って立つ姫様がシンシアに叫ぶ。
「シンシア、ここは大丈夫です! 一人ずつ連れて屋敷に跳びなさい、ライノ殿が居れば持ちこたえられます!」
「はいお母様!」
「エマーニュ、まず貴女から!」
姫様は馬車の方に向けて叫んだ。
みんなの中で一番、対魔獣の戦闘力がないのはエマーニュさんだ。
馬車の中に籠もらせていたのは賢明な判断だろう。
馬車の扉が開き、エマーニュさんがステップから降り始めた瞬間、軽く両手を超える数のアサシンタイガーが四方八方から駆け寄ってきた。
くそっ、明確にリンスワルド一族を優先して狙っているのか?
俺は瞬時に動きを加速して馬車の脇に飛び出し、一番近くまで接近していた二匹のアサシンタイガーを斬り捨てた。
反対側から走ってきた奴らはダンガが抑えている。
他に俺の前には五匹、ダンガの前には六匹。
さらに後ろからも追加で十匹以上が押し掛けて来ているな。
とにかく相手の数が多い。
いまの俺の魔力量は、さっきの転移でごっそり落ちている。
ここで加速にブーストを振り切ったら、全部の魔獣を斬り捨て終わるまで保たせられないだろう。
だが、追っかけで走り込んでくる奴らを制圧する為に俺が前に飛び出した直後、昇降台の最下段で足を縺れさせたエマーニュさんがバッタリと地面に倒れ込んだ。
知恵を回した一匹のアサシンタイガーがダンガを避け、馬車の影になる反対側から一直線に駆けてくると、馬車の屋根ごと飛び越えて倒れたエマーニュさんに襲いかかろうと大きくジャンプするのが見えた。
それに気が付いたダンガが必死で体を反転させ、エマーニュさんに駆け寄っている。
「エマーニュさん伏せて!」
最後に大きくジャンプしたダンガが、転んだエマーニュさんに覆い被さるように着地した次の瞬間、馬車を越えて飛び降りてきたアサシンタイガーがその上に飛びついた。
だけどダンガは地面に伏せたエマーニュさんを自分の体で庇ったまま動かない。
反撃されないことを悟ったアサシンタイガーが、噛みつき、引っ掻き、執拗にダンガを攻撃する。
二匹目のアサシンタイガーも参戦し、苛烈な攻撃にダンガの防護結界が少しずつ削られて、鋭い爪と牙による攻撃がダンガの肉体に届き始めた。
だけど、いま少しでも動けばエマーニュさんが魔獣達の前に晒されてしまうだろう。
ダンガは微動だにせずエマーニュさんを自分の体で庇ったまま、その攻撃に耐え続けている。
アサシンタイガーたちがダンガに密着しているのでシンシアも魔法が撃てない。
俺もその場で五匹のアサシンタイガーを斬り捨て、踵を返そうと体の向きを変えかけたけど、そこへ間髪入れずに後続のアサシンタイガーたちが時間差で次々に飛びかかってきた。
ああもう、鬱陶しいぃっ!!!!




