転移門の繋がる先
地面の下に隠されている転移門となると、真っ先に頭に浮かぶのはポリノー村の柵だ。
スパインボアを畜養していた柵の内側は、そのままグリフォン三匹が一気に上がってこられるほど巨大な転移門になっていた。
「そう言えばパルミュナは、ポリノー村の転移門は見てないんだよなあ」
「破壊される前の状態はねー」
「あの転移門も地面の下に隠してあったし、実際に稼働し始めてスパインボア達が吸い込まれていくまで気が付かなかったよ」
「大きさも同じぐらいよねー」
「あの転移門が双方向だったのは、恐らく姫様の死体をエルスカインの手元に送り出す為のハズだ。じゃあ、この牧場に双方向の転移門がある理由はドラゴンを引きずり込む為か?」
「たぶん? この山地を流れてる奔流の魔力を最大限に利用する為に、この場所を選んで転移門を作ったんだと思うなー」
「この場所であることが必要だったのか...それで家畜を消して住民達を追っ払ったのか? 誰も居ないのはドラゴンを呼び込む為に人の気配を残さないためか?」
「かなー? 設置が終わったらココに魔法使いがいる必要も無いし...でも、エルスカインがどうやって、この結界の中にドラゴンをおびき寄せるつもりなのか分かんないけどさー」
「そうだな...大人しく座ってはくれんだろう。もっともドラゴンを支配し終わった後なら話は別だけどな。その場合、コレはただの輸送用転移門ってことだ」
「それってさー、つまりドラゴンが飛んでいくのも大変なほど遠くに運ぶつもり?」
「分からないけど、その場合はね。そうじゃない可能性もあるよ」
「例えば?」
「例えばだけど...この転移門自体が、ここにドラゴンをおびき寄せる為の仕掛けだとかな」
「転移門で?」
「ガルシリス城で俺たちが壊した魔法陣を思い出せるか?」
「あー、うん、まー、大体は?」
「お前を責めちゃいないぞ? で、この魔法陣はアレと同じだったりしないか?」
「そーねー...これは完全に凍結されてるから細かな部分まではハッキリ分からないけど、似てるとは思うなー」
「もし同じだったら、この転移門も奔流から魔力を吸い出して余所へ送る、俺たちが『井戸』と呼んでる機能を持ってるはずだろ?」
「うん」
「で、レンツの街の広場には魔力がダダ漏れって言うか滲み出てる本当の古井戸がある。あそこにも『杭』か『井戸』を造り上げて奔流の流れを弄れば、ここに魔力を送り込むことだって出来るんじゃないかな?」
「あっ、ひょっとして魔力そのものでドラゴンをおびき寄せるとかー?」
「それだ。北部大山脈に飛んできた二頭のドラゴンは、エルスカインが弄ったことで菱形のラインに沿って吹き出してる奔流の魔力に惹かれてきた可能性が高いだろ?」
「これねー」
パルミュナがそう言って、手の上に例の地図を小さくした幻影を浮かべてみせる。
「なら、いまドラゴンがいる山の中腹よりももっと濃密な魔力がここから吹き出し始めたら?」
「それに惹かれて飛んでくる可能性はあるよねー!」
「だな!」
エルスカインの準備はコレだったのか・・・
そしてヒューン男爵を手駒にする理由は、そのためにレンツの街で大規模工事が必要になるからだとすれば、レビリスの推理ともピッタリ一致する。
「そーなると、この魔法陣はいま壊しちゃう方がいーのかな?」
「...俺たちがドラゴンの居場所に辿り着く前にこの魔法陣が動き始める可能性は、あんまり高く無さそうに思える。レンツの広場の工事だって、きっとまだまだ日にちが掛かるだろ? だったら下手に触ってエルスカインの目を引くのは避けたいかな」
「それもそっかー。もしも、この転移門がレンツの街の井戸とセットで使う前提なら、だいぶ時間的余裕があるのかも?」
「ただまあ、コレとレンツがセットじゃないって可能性もあるよなあ...」
「うん。あのレンツの広場じゃなくってここに転移門を作った理由が、このあたりの奔流をアテにしてるからだとしたら、まだ動かしてない理由は他にあって、これ単独で動かすつもりってこともあるかもねー」
「その場合、レンツの広場はドラゴンとは関係なしに、本来の巨大結界構築の為の井戸か...うー...どっちも有り得そうだなあ」
「魔法陣に少しだけ魔力を注いで、術式を調べてみる?」
「危険じゃないか?」
「直接魔力を魔法陣に注入するんじゃなくってさー、精霊の水とかに魔力を纏わせてここに流し込んでみればいーんじゃないかな? そーすれば起動させなくても魔法陣の術式が浮かび上がってくると思う」
「なるほど...」
「でー、単独で動かすタイプなら思い切って壊しちゃう。じゃなくってレンツとセットで動かすタイプなら見なかったことにして、そーっとここを出るとか?」
「そうだな...時間的猶予があるなら今は壊したくないんだよな。この転移門の繋がる先はエルスカインの本拠地か、すくなくとも魔獣たちを集めてる場所だって可能性が高いからな」
「エルスカインを追うためには絶対に突き止めたい場所よねー」
「...よし分かった。パルミュナ案で行こう! 術式が読み取れるかどうか試してみてくれ」
「りょうかーい!」
パルミュナは朗らかに返事をすると、魔法陣が埋め込まれて居るであろうあたりにずんずんと踏み込んでいった。
「たぶん、ここら辺が中心っぽいかなー?」
そう言って足下を確かめるように軽く足踏みすると、両手を地面に向けて手の平から精霊の水を大地に注ぎ込んでいく。
木桶ではなくて、直接、手から水が出ているというシュールさを除けば、パルミュナの姿はまるで草原の草花に水を与えているようにも見える。
「ほーら、出てきたー!」
見る間に茂った草の中から浮かび上がるようにして魔法陣の輪郭が白い光を放ち始めた。
魔法陣そのものが光っているのではなく、それに沿ってと言うか陣形の線をなぞるように精霊の水が光を地上に投射している感じだ。
ぱっと見の感じではガルシリス城にあった魔法陣と似てるように思える。
俺も正確には覚えていないけど・・・
「やっぱり魔力井戸タイプか?」
「えーっと...やっぱり転移門自体は双方向だねー。それに吸収と召喚が組み合わさって...たぶんポリノー村のみたいに使えると思う。魔力の供給は...うん?」
パルミュナがそこで言い淀んで、ちょっと不思議そうに顔をかしげた。
「なんで?」
「なんだパルミュナ? なにか変な造りなのか?」
「魔力自体は注いでないんだけどなー...」
次の瞬間、魔法陣が青く光り始めた。
今まで見えていたのは、パルミュナの術で浮かび上がらせた『炙り出し』のような図形だったけど、これは違う。
地面の下に埋め込まれている魔法陣そのものが光を放っているんだ!
同時に、俺の体が魔法陣に向けて強烈に引き寄せられるのを感じた。
「え、なに?」
「罠だ、逃げろパルミュナ!!」
咄嗟にそう言って、パルミュナを引っ張り出すために魔法陣の範囲に飛び込もうとした時、逆にパルミュナの力の魔法で俺の体が勢いよく吹っ飛ばされた。
魔法陣の中心に立っていたパルミュナは、俺を吹き飛ばした反動なのか地面に手をついている。
草の上を転がされた俺が立ち上がるまもなく、パルミュナの体の周囲には眩しいほどの光が立ち上った。
「パルミュナ!」
立ち上がって再び魔法陣に駆け寄ろうとした俺を、陣のど真ん中で膝をついているパルミュナが手をかざし、再び力の魔法で俺を遠くまで吹き飛ばした。
「来ちゃダメ!」
俺の体も魔法陣の力で吸い寄せられているはずなのに、パルミュナに押し返される力の方が強くてそこから動けない。
そのまま、パルミュナの体が魔法陣にへばりつくように姿勢を崩していく。
まるで強い力で吸い寄せられて動きを縫い止められているかのようだ。
「ダメだ、パルミュナ! こいつは双方向だ。お前も危ない!」
「大丈夫! アタシは死なないから!」
「ダメだダメだ、パルミュナ、すぐに出ろっ!」
なんとか魔法陣に近寄ろうと立ち上がった俺を、再びパルミュナが片手を向けて押しとどめた。
吸い寄せられる力に加えて勇者の全力をもってしても、パルミュナの力の魔法を押し返すことが出来ずに後ろに転がる。
やっとのことで上半身を起こした俺に、パルミュナが陣の中央から微笑みかけた。
「お兄ちゃん思い出して! アタシが...」
そこで魔法陣から直視できないほどの青白い光が溢れ出て、パルミュナの姿が包み込まれていく。
「パルミュナっ!!!」
一拍の後、パルミュナの姿が消えると同時に魔法陣は光を失って再び地表から姿を消した。
なんの変哲も無い放牧場に戻った大地に、俺は呆然としゃがみ込む。
明らかに罠だった。
精霊魔法の発動を検知して、埋め込まれている魔法陣が起動するように作られていたんだろう。
パルミュナの作った魔道具は動いていたけど、精霊の魔力を纏った水を大量に流し込んだのだから、それで発動には十分だったに違いない。
「くそっ!」
パルミュナが身代わりになるなんて、なんのための勇者だよ!
勇者が精霊の身代わりなのが本来だろう!