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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第一部:辺境伯の地
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旧街道の不穏な噂


ルーオンさんの家では、夕食は母屋に呼ばれた。


流れで一緒に食卓を囲んだルーオンさんご夫妻は、想像以上に客をあしらい慣れていて、あまりプライベートなことは聞いてこない。

代わりに話題にするのは、いまどこの街がどんな感じだとか、どこそこに行った人がこんな目に遭ったらしい、とかいう純粋な世間話だ。


この家に泊まりにくる旅の商人なんかが主な情報源なんだろうけど、なかなかどうして。


エドヴァルから北の地域については、ほとんど無知だった俺にとってはいい情報源だ。代わりにと言ってはなんだが、俺もエドヴァルのお国話や破邪ならではの四方山を話して聞かせる。


パルミュナは最初に訪れたワンラ村での振る舞いに戻って、人見知り無口キャラで行くことに決めたっぽい。

にこやか、かつ静かに食事をしながら、俺とルーオン夫妻の話に耳を傾けているだけだ。

時折ルーオンさんの奥さんから『スープのおかわりはどうですか?』とか話しかけられた時だけ笑顔で返事をしているが、会話には混ざってこない。


ラスティユの村ではしゃぎすぎて反省したか?

いやいや、パルミュナに限ってそんなはずはないな。

パルミュナとは、まだ一緒に旅を始めて数日しか経たないというのに、道々も何かとお喋りしているせいか、あの泉で出会って以来、ずっと一緒に歩いているような気分だ。


まあ、パルミュナにしてみれば、ルーオンさんが二人のプライベートに踏み込んで来ないから特に説明することもない、という感じなのかもしれない。

かといって、ルーオンさんに大精霊視点の『世間話』なんかするわけにもいかないだろうしね。


そして、このまま食事が終わったら俺たちは離れに引っ込んでさっさと寝るかという感じだったのだが・・・


俺が世間話の延長で、ワンラの村にいく途中でコリンの街に拠点を持っている破邪たちが、魔物に取り憑かれて山賊みたいになっていた、という話をしたところ、ルーオンさんの表情がスッと変わった。


「クライスさん、いまの話ですがコリンの街から旧街道方面に入ってからのことですよね?」

「ええ、そうです。旧街道からさらに分かれて、ワンラの村に上がっていく山道をしばらく登った先のことですけど」


「うーん....やっぱり旧街道か...」

「何か、気になることが?」


「ええ、実はですね...ここに良く泊まる行商人さんが何人かいるんですけど、最近、その人たちが揃って『旧街道が危ないらしい』って噂を口にしてるんですよねえ」

「そりゃまた、危ないってのはどういう意味です?」


もちろん、魔獣か魔物がらみの話のはずだと見当はつくが。


「なんでも、最近になって旧街道に化物が出るようになったってことらしいんですよ。それが魔獣だか魔物だか分からないんですけど、変なモノを見たって旅人が何人も出たらしくてねえ」


「そうだったんですか...」


「そんな中で、ワンラ村の人が魔獣に襲われて討伐依頼が出たって話も聞こえてきてたもんで、みんなビビっちまってるんでしょう。旧街道側には行かないようにしようって感じになってるらしいですよ」

「いや、でもワンラ村の人も、単に魔獣を近くで見たってだけで、実際に襲われたわけじゃなかったそうですよ?」

「そうでしたか。まあそりゃあ何よりだ。ひょっとしたら、クライスさんがその破邪崩れの男たちから討伐して剥ぎ取った魔物が、それの正体かもしれませんね」


「うーん、そこはなんとも言えない感じですね。あの、破邪だった五人には、コリンの街に戻ったら、衛士隊か騎士団に詳しい説明をしといてくれとは言ってありますが、それで解決かっていうと違うんじゃないかなと」


「ほう、どうしてですか?」


「あの破邪たちにくっついてたのは正真正銘の『魔物』ですよ。彼ら自身も取り憑かれる前に、姿のはっきりしない魔物と戦ってたと言ってましたから。でも、ワンラ村の人が出会って討伐依頼が出た奴ってのは、話を聞く限り『魔獣』なんですよ。つまり、それぞれ別のものだろうってことです」


「なるほど...まだ安心はできないってことですかねえ...」

「旧街道に出没した化け物ってのには、誰か襲われたんですか?」


「いや、俺が聞いている限りじゃあ、化物を見たって人が何人も出ただけで、幸い、襲われたり殺されたりした人がいるって話は聞いてませんねえ。みんなすぐに逃げ帰ってこれたそうで」


それを聞いて、逆に脳裏に嫌な感じが走った。


まさにワンラの村長の家で、パルミュナと話したことだ。

人と出会っても襲いかからなかった魔獣、そして、魔物に取り憑かれても殺し合いにならなかったオッサンたち。

ふとパルミュナの方に視線を走らせると、彼女も気付いたらしく目線を返してきた。


やっぱり変だよな?


単に魔力の奔流が暴走してるってだけじゃない、何かを感じる・・・

相変わらず、それがなんなのかサッパリ分からないってことが最大の問題ではあるんだけどね。


「ただ、行商人なんかも旧街道側に行くのを避けるようになってしまったもので、そっちの集落の人たちは何かと売り買いがやりにくくなって難儀しているらしいですよ」


「あー、そりゃあ困るだろうなあ...」


魔獣か魔物か、どちらにしても『出たもの』がなにかハッキリして誰か被害にあったのならば、近隣の寄り合い所から破邪が呼ばれて討伐になるだろう。


それは、どこの地域でも時々起きることで、困ったことではあるが、避けられないことでもある。

だからこそ、破邪っていう仕事が存在してるわけだしな。

ワンラ村があの五人の破邪に声をかけたのもそういうことだ。


だけど、それが『なにか変なものを見たらしい』みたいなフワッとした話で、しかも、いつまで経っても被害者が誰もいないとなれば、高い金を払って破邪を雇おうなんて人は村から出てこないだろう。


とは言え、その話を聞いた近隣の人は、もしものことを考えると怖くなって、その近くには寄りつかなくなるな・・・


真綿で首を絞められるような、なんとも対処しにくい問題だ。


「まあそれでも古くから付き合いのある行商人なんかは、見かねて回ってきてくれるらしいですが...それでなくても、今時コリンとフォーフェンの間を行き来するためだけに、わざわざ遠回りな旧街道を通る人はいませんからね」


「そんなことをするのは俺たちみたいな破邪だけですよ。魔獣が出たって聞いたら、逆に探しに行きますからね」


「はっはっは、そりゃそうですね! だからクライスさんもラスティユの村を抜ける山道を選ばれたんでしょうけど、遠くからくる旅人や商人にとっては旧街道や山道はないのも同じですよ」

「そりゃ、そんなもんでしょうね」

「まあ、ここに住んでる私らだって、旧街道に化け物が出たなんて話を聞いても『山の向こう側の話』って感じなのが正直なところですしねえ」


「本街道沿いの集落の人と、旧街道に住んでる人じゃあ行き来もないんでしょう? 近いようで遠いっていう感じですか?」


「そうそう、そんな感じです。山並みを一つか二つ越えただけのところなんですが、わざわざ行く用事もない。本街道沿いの村に生まれ住んでて一度も旧街道を歩いたことがない人はザラにいますよ」


「じゃあ、いまでは旧街道ってのは、本当に地元に住んでる人が使うだけの道ですか?」


「ですです。本街道に橋がかかるまでは...いや逆だな。橋がかかるまではあっちが本街道だったんですから。それまでは旧街道側の渡し船を使う以外に馬車を通す手段がなかったそうですからね」


「ああ、その渡し船を使うときの通行税がかなり高かったって話を聞いたことがありますよ」


「まあ、私らにとっても、自分が生まれるよりはるか昔の話ですからよくは知らないんですけど、当時の領主だったガルシリス辺境伯が強欲で酷かったらしいですよ」


「俺はこっちの方はよく知らないんですけど、それでも昔の旧街道の領主がガメツくて、みんなそっちを避けるようにしてたって話は破邪の間にも伝わってたくらいです」


「長老たちの昔話を聞いてた感じでは、それも無理ないでしょうなあ。辺境伯の強欲エピソードなんて、掃いて捨てるほどありますからね...それが、川沿いの農村地帯の領主だったリンスワルド伯爵が、キャプラ川に自費で橋をかける事業を起こして、橋が出来上がったら通行料を取らなかったときたもんだから、そりゃあ暴れたっていう話です」


「暴れたとは?」


「なんでも、こっちの領地に攻め込むために橋をかけたんだのなんだのとリンスワルド伯爵の架橋事業に難癖をつけて、通行税を半分寄越せと言い出したらしいです」


「でも、橋をかけた伯爵は通行税を取ってなかったんでしょう?」


「だから改めて通行税を取るようにして、それを半分寄越せと。もう無茶苦茶ですよ。橋を架けた場所はキャプラ川のどっち側もリンスワルド伯爵の領地なんですから」


「そりゃあ無茶だ」


「ねえ...強欲にも程があるってもんですよね。もちろんリンスワルド伯爵は取り合わなかったそうですが、その後もなんだかんだと難癖をつけたり、挙句に新しい街道側を通る旅人に嫌がらせをしようと企んだり、そりゃあ酷い振る舞いだったそうです」


「で、結局、諦めたんですか?」


「ところがどっこいですよ。何もかも自分の思い通りに行かなくなったんで痺れを切らしたらしくて、ガルシリス辺境伯は本気で兵を挙げてリンスワルド領に攻め込もうと考えたと」


「また極端な...」


「まあ、まだまだあちらこちらの国で細かい争いの絶えてなかった時代ですからねえ。辺境伯っても半分は独立国の王様みたいなもんで、戦って分捕っちまえば、後はなんとでもなるって考えたんじゃないですか?」


割とひどいな辺境伯・・・どんどん魔獣の話題から遠ざかっている気がしないでもないが、俺が師匠から教わったことの一つが、地元民から情報を得るときには『聞きたい話だけを聞こうとするな』ということだ。


師匠は言っていたよ。

『物事の鍵は、どうでも良さそうな話題の中に転がっている』と。


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