ガルシリス城との相似
宿というか馬屋に戻ると、ダンガが待っていた。
「お帰り、お二人さん。様子はどうだった?」
「この街に関して気になってた事は大体分かったよ。肝心なところはまだ闇の中だけどな」
「そっか。で、二人が出かけてる間にこの手紙が届いたよ。シャッセル商会宛てだよって直接持ってこられたんで俺が受け取ったんだ。別に合い言葉なんか聞かれなかったぜ?」
そうか、考えてみると今のダンガたちは姫様の誂えた高級な服を着ているから、破邪の装いの俺やレビリスやウェインスさんと違って『雇っている側』に見えるんだろうな。
「これを持ってきたのはどんな奴だった?」
「ガキンチョだったなあ。露天商の小僧って感じの見た目」
「なら、地元の小僧さんでも見張り兼メッセンジャーに雇ってたんだろうね」
ダンガから手紙を受け取って開封すると斥候班からのメッセージだったがドラゴンについての追加情報はなく、事前に記しておいたと思われる内容だった。
たぶん、この手紙を小僧さんに預けっぱなしで、俺たちを見たらすぐに渡すようにと指示してあったんだろう。
文章に当たり障りのない言葉しか使っていないのもそのためだな。
体裁としてはあくまでも『人捜し』に関する報告だ。
「手紙の内容はどんな感じだい?」
「要約すると...斥候班はここでしばらく調査したけどお目当ての人物...つまりドラゴンの新しい情報は得られなかったから、二手に分かれて奥地に向かったらしい」
「じゃあ、いまはこの街にいないって事かい?」
「うん、戻ったらすぐに次のメッセージを入れるって書いてあるから、まだなんだろうな」
「そっか。じゃあどうする? 新しい情報を手に入れて戻ってくるまでこの街で待つのかい? それとも自分たちで探しに行くか?」
「そこはこれからみんなと相談したい。どのみち今夜はここに泊まるし、遅れてくるレビリスが到着してから夕食の時にみんなで話そう」
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一同が食堂に集まり、夕食の配膳が一段落したと思われるところで静音の結界を張って報告会というか相談会を始めた。
街の門番から聞いていた話も改めて詳しく伝え、パルミュナと二人で魔力の気配を辿って広場に行き着いた話を説明する。
その広場にあったという古井戸が魔力の滲み出ている元であり、かつては魔獣達が街の中まで入ってこようとしていたのは、その影響ではないかという推測を口にすると、当然ながらレビリスがそれを肯定した。
「ああ、そりゃあきっとリンスワルド家の岩塩採掘孔にやたら魔獣が近寄ってきてたのと同じさ。まあ、あそこはちっこい奴らだけだったからいいけど、大山脈にこんな近い場所だと、もっと危ない奴もゾロゾロ入ってきそうだね」
「なるほど、地表から魔力が溢れ出ているとなると、そう言った連中が寄ってきても不思議ではありませんな」
「ウェインスさんも採掘孔まで上がった事があるんですか?」
「ええ。定期的な仕事ですから、どう配分するか考える為には時々、現場を見ておきませんと」
「愚問でした...それと、みんなにこれを見て欲しいんだ」
そう言って合図すると、パルミュナが両手を広げて例の地図を空中に浮かべた。
「おおぅ、例の奔流か!」
「これってアタシ達にしか見えてないから平気ー」
「御姉様、この魔法は私でも使う事が出来るのでしょうか?」
「うん、後で教えてあげるねー!」
「それにしても、この奔流の歪み方はゾッとする印象でございますね...」
「俺はさあ、この形が悪の紋章に見え始めてるよ」
「あー、レビリスさんの言ってるコトって分かる気がします!」
「だろ?」
「でだ、レンツの場所がこの辺で、ドラゴンがいるらしい場所は近い方がこの辺で、遠い方が森林地帯の北のこの辺りかな?」
俺が地図上に見えている『奔流の流れ』の上でそれぞれの位置を指差すと、皆もすぐに意味が分かったようだ。
「そうだったんですね...」
シンシアが憂鬱な表情を見せるけど、まだまだ子供顔の美少女が眉間に皺を寄せてるって言うのはなんだかなあ・・・
「御兄様、そもそもドラゴンがミルシュラントに、と言うか大山脈に飛んできた事も、これの影響だったのでしょうか?」
「そうじゃないかな?」
「なあライノさん、まさかそれって、もうドラゴンがエルスカインに操られてるって事なの?」
「いや、まだそうじゃない気がしてるけど、エルスカインの捩じ曲げた奔流の魔力にドラゴンが惹かれたって可能性は高いと思うんだ」
「まーリンスワルド領ほどじゃないけど、この辺りもそこそこ奔流は濃いって感じだしー」
「ではライノ殿、このレンツの古井戸も奔流を捩じ曲げる『杭』や『井戸』として使われていると?」
「すでに使われているのかは分かりません。少なくともさっきパルミュナと行った街の広場には怪しい気配のものは何もありませんでしたからね。それに魔力の井戸として使うには、ガルシリス城にあったような魔法陣が必要だと思うんです」
「パルミュナちゃんの話だとさ、ガルシリス城の魔法陣は魔力を吸い上げて足し合わせてどっかへ送るとか、そんな仕組みだったよね? まあ、魔獣も山ほど出てきたけどさ」
「あの地下室を思い出してみろよレビリス」
「思い出すと今でもビビるな! ライノが五頭のアサシンタイガーを、一振りでまとめて切り裂いた時には呆気にとられたけどさ」
「いやまあそれはともかく、あの部屋の魔法陣は何百年でも保ちそうなくらいガッチリ床石に刻み込んであっただろ? 街の中心にある広場の石畳に同じような事をやろうとすれば大工事だよ」
「大工事、か...」
姫様を手に入れようとしていたのはリンスワルド領で権力を振るわせる為・・・それが離れの裏庭で井戸を掘り返すような大工事をする為だったとしたら、ここでも似たようなものかもしれない。
街の中心にある涸れ井戸と広場を掘り返してデカい魔法陣を石版に刻み込むようなことをやるには、街を支配するか、少なくとも領主の許可が無いと不可能だ。
「で、街の門番が言ってたことに繋がる。山際から逃げてきた人達をいまは街外れにまとめて住まわせてるけど、いずれ彼らを工事の人足として働かせるつもりだって話だ。まさにレビリスが言ってたような推理そのものだよな?」
「そうなるか...」
「他にも考えようはあるだろうけどな」
「いや、俺もライノの考えた通りだと思うね。この街はもうエルスカインに支配されてるようなもんさ」
レビリスの言葉を切っ掛けに、場を沈痛な空気が支配した。
これでヒューン男爵がエルスカインの配下にある事は、ほぼ確定。
ドラゴンに会うという危険を冒す前に、エルスカインだけでなくヒューン男爵配下の騎士団まで敵に回る可能性があるってことだ。
さすがに公国軍の衛士隊は懐柔できないだろうけど、俺たちが地元の騎士団から公式に敵認定されたとしたら、衛士隊もそれに追従するか、せいぜい様子を見るか・・・
味方になってくれる可能性はほとんど無いだろう。
覚悟の上でやってきたとは言え、そうなった時の俺たちは『敵』のまっただ中にポツンと取り残されているようなものだと言える。
「ライノ殿、もしその仮定が正しいとすれば、この街の住人たちはどうなりましょう?」
姫様の心配はまずそこか。
相変わらずというか、やっぱり姫様だなあ・・・
「正直分かりません。特にエルスカインから危害を加えられるような理由は無いと思いますが、大きな街のど真ん中を掘り返して魔法陣を設置したとすれば、その後の使い勝手としても周囲から人を払いたくなるんじゃないかと」
「それってまさか全員を...」
「いやアサム、皆殺しとまでやらなくてもさ、住人たちを街から追い出すくらい出来るだろ?」
「ああ、魔獣か!」
「ガルシリス城に置かれてた『杭』の魔法陣は転移門とセットだった。つまりエルスカインはここで奔流から魔力を汲み上げながら、好きなだけ魔獣を街中に放てるんだよ。住民達を震え上がらせた後は、ヒューン男爵に街を放棄させる勅令を出させれば完了だな」
大昔は森から溢れ出てくる魔獣を追い返せずに村や街を放棄するに至る事も良くあったという。
以前にレビリスも言っていたけど、『魔獣や魔物が増える速さがある閾値を超えると、そこから先は爆発的に増加し始める』という話だ。
そんな恐ろしい事が、かつては何度も起きていたのだと。
いや、現に今もルマント村がその状況に襲われつつあるんだよな・・・
魔獣の出てくる仕掛けを聞いたダンガがハッとした表情を見せた。
「そうか。ひょっとして牧場の家畜たちを襲ったのも...」
「かもしれないね。アサシンタイガーの五〜六匹も放てば、少々の牧場でも殲滅できるだろうし」
「いや一匹でも十分だろ」
「確かに」
本当にエルスカインがそうやって山際の人々を追い払ったんだろうか?
もし、ドラゴンに怯えた魔獣達が山を降りてきて家畜を襲ったんじゃなく、わざと魔獣を放って『恐ろしいドラゴン』という状況を作って人々を追い立てたんだとすれば、その辺りには一体何があるんだ?
まあ普通に考えれば、見られたくないものとか邪魔されたくないものがあるってことだよな・・・これは急いだ方がいいだろう。