レンツの広場
街の中心に向けて馬車を進めながら、一応パルミュナにも門番の態度を確認してみる。
「なあパルミュナ、いまの衛士の男って、何か隠し事をしていたり嘘をついてるって様子じゃ無かったよな?」
「ぜんぜーん。ホントにノンビリしてたと思うなー」
「だよなあ...」
「不思議よねー。向こうに見えてる山脈にはドラゴンがいるはずなのに」
「ここは『暴れ者ドラゴン』の居場所に一番近い街なのに、あんなに長閑とはね...」
「そーね。『ドラゴンなんて気にしないフリ』をしてるんだったら、もーちょっと態度に出るよねー...アレはホントに気にしてないって感じかなー?」
「ありゃあたぶん、危機への不感化とか危機不感症とかって奴さ」
「なにそれ?」
またしても師匠の受け売りだけど、人がどうして危機への不感化を引き起こすのかをパルミュナに説明する。
「そっかー。日々の生活に押し流されるってゆーのは仕方ないよねー」
「誰かが実際に酷い目に遭うまでは、な」
「でも実際に逃げてきた山際の人達が街の外にいるんでしょー?」
「彼らだってドラゴンそのものに追われた訳じゃないだろ? 直接の理由は急に魔獣が増えだしたってだけで、そこだけ見ればダンガたちと変わらないよ」
「なーるほど」
「まあでも、レビリスの推測が正しいって思いは強まったよな?」
「うん、このあたりは確かに奔流が強いよー。リンスワルド領ほどじゃないけど、街に近づくに連れて濃くなってるのは分かるなー」
「そうか...まあ予想通りっちゃあ予想通りだな。とにかく斥候班と合流して最新情報を貰おうか」
「おー!」
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門番の衛士に教えられたように、馬屋は街の中心を通り抜ける通り沿いにあった。
しかも街道から真っ直ぐ進んだ大通り沿いで、前を通り過ぎれば絶対に見落とさない大きな建物だったから、あの門番の衛士は本当にヒマで話しかける相手が欲しかったんだろうな・・・
ドルトーヘンの馬屋にも見劣りしない立派な店構えの馬屋の前に馬車を停め、店番の若者に『シャッセル商会のクライス』だと名前を告げると、二通の手紙が出てきた。
符帳の二番目と三番目の言葉で受け取れたので、恐らく斥候班がレンツに来てすぐに預けたものと、この街である程度情報を集めてからまとめた報告っていう処だろう。
御者台には上がらず、二人で馬車の室内に引っ込んでから手紙を開封する。
「なんて書いてあるのー?」
「一通目は、斥候班がここに来た直後の手紙だから、ドルトーヘンからレンツまでの街道筋の街や村で集めた情報って事だな。だから内容的には前の報告と大差ないよ。ドルトーヘンの馬屋に送った手紙が届かなかった場合の予備みたいなもんだ」
「つまんなーい」
「そう言うな。念には念で有り難いことだろ」
「そっかー。二番目のは?」
「こっちは...斥候班と落ち合う方法を書いてある。一カ所の宿にずっと陣取っていると不審がられるから、『人捜し』の名目も兼ねてちょくちょく場所を変えてるらしい」
「それを順に尋ねてく感じ?」
「いや、俺たちがこの馬屋に入ったら、向こうから連絡してくるそうだ。たぶん、街の小僧っ子に小遣い銭でも握らせてここを見張らせてるんだろうな」
「じゃあ今日は、ここで泊まるの?」
「その方が手早いかな。ちょっと姫様達と話してから馬屋に交渉してくる」
「分かったー!」
いまではパルミュナも、昔のようにどこに行くでも俺の横について歩こうとはしなくなっている。
田舎では自分が目立つ存在であり、破邪の脇にくっ付いてるというだけで不必要に人目を引いてしまう事を理解したらしい。
聞き分けが良くなってくれて、兄としては助かると言えば助かるんだけど・・・
でも、もしもフォーフェンの破邪衆寄り合い所に初めて行った時に、パルミュナが俺の言う事を聞いて宿に残ってたとしたら、ガルシリス城を巡ってのレビリスとの友情は生まれなかったんだよな・・・
そしてもちろん、その後のダンガ兄妹や姫様達との出会いもだ。
ホントに世の中ってのは、なにがどう転ぶか分からないもんだね。
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馬屋の中庭に馬車を入れて、ドルトーヘンと同じ組み合わせでみんなの部屋を割り振ったら、後は斥候班からの接触を待つだけだ。
レンツに到着したのが正午過ぎぐらいだったので、まだまだ陽が高い。
みんなにはさっきの門番とのやり取りや斥候班の手紙について説明をしてから、パルミュナと二人で少し街を歩いてみる事にした。
もちろん、エルスカインがこの街でなにかを企んでいるだろう事は想定してるから、みんなの防護結界をシンシアに頼んである。
俺たちも別に気晴らしの散歩に出る訳じゃなくて、門番の言っていた『昔は街に魔獣が入り込んでいた』という理由を少し調べてみたいと思ったからだ。
「スンスンスン...あっちかなー?」
パルミュナが顔を上に向けて匂いを嗅ぐ仕草をしてみせる。
「レミンちゃんの真似するな。魔力に匂いがあるのかよ?」
「匂いじゃ無くって気配だよー。薄いけどずっと一方向に流れてるの」
「ってことは一カ所に出元がある訳だ」
「だねー」
パルミュナの説明によると、まるで燻っている消えかけの焚き火から周囲にうっすらと煙が流れ出ているような感じらしい。
確かに冷えた煙は空に立ち上らずに地面を這うように流れていくけど、これも似たようなものなのかな?
うっすらと流れてくる魔力の気配を二人で辿っていくと、やがて街の中心部にある広場に辿り着いた。
中央には白く大きな石碑が建てられているが、よく見かけるような『街に貢献した偉人の彫像』とか『大精霊の似姿』なんかじゃなくって、なんというか無機質な多面体だ。
「ここか?」
「ここだねー。あの中心にある石碑が怪しー」
「あの台座の根元から出てきてる感じか」
「根元ってゆーよりも下の地面からじゃないかなー? あの石碑が蓋になってるよーに思えるけど」
「そうか。で、その蓋の隙間から漏れ出してる、と」
「下になにが埋もれてるんだろーね?」
「なあ...リンスワルド家の岩塩採掘孔にぴっちり蓋をしたら、こんな寒々しい感じになるんじゃ無いかな?」
「分かるー!」
あの岩塩採掘孔にもやたらと魔獣が寄ってきてたんだよな。
レンツも昔は魔獣がしょっちゅう街に入り込んでたって理由は、間違いなくコレに惹かれてのことだろう。
そして、石碑が建てられる事で魔力の噴出に蓋をされたという訳だ。
いや、こんなピンポイントで偶然って事は無いよな?
それを狙ってここに立てたのか・・・
石碑に近づいてみると、正面、つまり広場に入ってくる大通りに面した側に銘文が刻んであった。
長年の風雨に晒されて文字がぼやけつつあるが、まだ十分に読み取れる。
「街の設立記念碑か...どうって事ない代物だな」
「でもここってドルトーヘンより古い街なんでしょー? この石碑ってそんなに古そーじゃないよね?」
「ああ、だいぶ前に建て替えたんだろ。で、たぶんその時に狙ってか偶然かは分からないけど蓋になったんだ」
「偶然?」
「無いとは言えんだろ? アスワンも言ってたように、古い人達はこの場所の魔力に惹かれて街を創ったたんだと思うけど後の時代の人達は、そんなこと気が付いてもないんじゃないかな?」
「一番魔力の濃い場所が街の中心ってのはそーゆー事ね」
石碑の周りをぐるりと回ってみても、レンツの成り立ちと自由都市として北方諸国との交易の要だった事を讃える文章が刻んだ銘板がはめ込んであるだけで、特に変わったというか不審な様子はない。
ただ、銘文の上でも『レンツは自由都市として・・・』と、過去形のような表現をされているから、この碑は門番さんが言っていた『自由都市としての力を失った後』に記念碑として建ったものだろう。
俺とパルミュナがしゃがみ込んで銘文を読んでいると、不意に後ろから話しかけられた。
「お二方は、遠くからいらしたんじゃろうか?」
いや、老人が一人近づいてきてるのは分かってたんだけど、俺たちに話しかけるとは思ってなかったよ。
特に怪しい気配もない普通のご老人だ。