代官代行
確かに俺たちって『貴族の紋章を立ててない、見るからに金持ちでワケありな正体不明の一行』だもんな。
馬屋に俺たちが現れたのを聞きつけ、金をたかれないかとやってきたんだろうけど・・・
しかし、このオッサンの目的がゆすりたかりだとしても、貴族関係の身分を詐称したり、いわんや法令を勝手に捏造したりするのは重罪、というか死罪にだってなりかねない。
護衛に連れている騎士達もヒューン男爵家の紋章を身に着けているから、本当にこの街の騎士団連絡所から派遣されてきてる連中なんだろう。
と言うことはつまり、このオッサンの『代官の代行』って立場はホンモノで、法令もホンモノ・・・
うん、腐りきってるな、この街。
「わたくしどもはこの街に人捜しに来たのですから、商売など微塵もする気はございませんが?」
「それはそちらの言い分であろう? 我が輩に確認する術は無いし、実際に商会の者だと名乗ったでは無いか。商売人が訪れた先で商売をせぬなど考えられぬ。部屋には妙な鍵も掛けておるし、自ら怪しい一味だと言っておるようなモノだ!」
「えっ?!」
それって、ここに来る前に俺たちの部屋に行ってきたって事か・・・
物盗りとは言わないけど、俺たちの正体を探る為に部屋を物色しようとしてパルミュナの結界に弾かれたな?
姫様や俺たちもビックリしたけど、お付きの騎士達も申し合わせたようにビックリしてオッサンの方を見た。
無理もないよ。
そのセリフって俺たちの借りてる部屋に勝手に入ろうとしてたって、自分で白状してるようなもんだからな。
お付きの騎士達の表情も『それ言っちゃう?』とか『マジかよ!』って頬に書いてある感じだね。
食事の準備が早かったのもコイツに部屋を物色させる為で、つまり馬屋の店主や番頭もグルだな・・・まあ、ここで商売をしている以上、地元の『顔役』に逆らえないのは仕方が無いんだろうけど。
宿の合鍵で開くはずの扉が押しても引いてもビクともしなかったから『変な鍵』を勝手に付け足したと判断した訳だ。
それでパルミュナが『変なの』に気が付いたってことだろうけど、自分からそれを言ってしまうとか馬鹿なんだろうか?
うん、きっと馬鹿なんだろう。
だけど当のオッサンは周囲の凍った空気に気が付かず、勝ち誇ったように喋り続ける。
「レティシアと言ったか? まあ、これからその方が我が館に来て示談したいというのなら、我とて偏屈になるつもりは無い。魚心あれば水心とも言うものだからな?」
出たよ・・・
このオッサン・・・救いようが無いな。
てっきり金をたかりに来たんだと思ってたけど甘かった。
恐らく馬屋の番頭から素性の知れない美女集団が泊まりに来たって報告を受けて、チャンスとばかりに飛びついてきたんだろうけど、この準備の良さは急ごしらえじゃあ無いぞ。
何度かこの手を使って金をせびり取るか、立場の弱みにつけ込んで女性を手込めにするか、繰り返してきたんだろうな。
もちろん、姫様が素性をバラせば一瞬で立場が逆転なんだけど、ついさっき、それは隠して行動しようとみんなで決めたばかりだ。
物理的にと言うか武力的にならもっと瞬時に蹴散らせるだろうけど、それは騒ぎを大きくしてしまう。
身を隠して行動するって、やっぱり色々と面倒だよなあ・・・
「なるほど、ヒューン男爵領であるこのドルトーヘンの街が危機的な財政難に陥っていると言うことはよく理解できました」
個人的には、さすがに姫様の声が怖いぞ。
「では、納税にご協力頂けると言うことで良いかな? 徴税額についてはこれから我が屋敷に赴いてもらい話し合うとしよう」
なにがなんでも、姫様を屋敷に来させたいのか。
もはや納税とか難癖付ける為の建前で、そもそもの来訪目的がそれとしか思えない。
「その必要はございません。金額を教えて頂ければすぐにご用意致しますわ」
「ほう? しかし荷物の確認と免税事由の申告が何一つ無いとなれば、そちらがドルトーヘンを通過させようとしている全資産を課税対象とするしか無い。二頭立ての高級馬車が三台に軍用魔馬が七頭、荷馬車と積んである荷物はさておき、それらだけでも課税額は金貨二十枚を下らんぞ?」
あの魔馬たちが軍用だと知ってるって事は、確実にこの馬屋の番頭からの情報が伝わってるって事だな。
「かしこまりました。詳細は税率表を確認させて頂くとして金貨三十枚あれば足りるますね。では少々お待ち頂ければこの場でお支払い致しましょう」
「なんだと?!」
「エマーニュさん、馬車から金貨を三十枚持ってきて頂けますか?」
「承知しました」
さっとエマーニュさんが席を立った。
すると同時にダンガも席を立つ。
「馬車まで一緒に参ります」
「あら、恐縮ですわダンガ殿」
確かにここは破邪装束の俺たちより、ちょっと貴族っぽいというか金持ち風の衣装を着込んでいるダンガの方がエマーニュさんのエスコートにいいだろう。
騎士達も、単なる『雇われ破邪』に見えている俺たち相手と違って、そう高圧的には出られないはずだ。
「な、ならば中庭までうちの護衛を...」
「必要ありませんわ。盗賊や騎士たちの二〜三十人程度では、とてもダンガ殿のお相手には成りえませんので」
オッサンが慌てて騎士の一人を随行させようとしたが、姫様にぴしゃりと断られた。
まあ姫様の言ってることも嘘じゃあ無い。
今のダンガは人の姿だけど、彼らの身体能力の高さは何度も目の当たりにしているし、武術の訓練は受けていなくても、元が卓越した狩人だから素の戦闘力が高いのだ。
さらに狼形態なら二百人や三百人でも相手に出来そうな気がする・・・
彼らに対人戦はやらせたくないけど、なんにしろ外で不穏な動きがあればパルミュナやシンシアが気が付くだろう。
それよりも姫様の皮肉が強烈だな。
『盗賊や騎士たち』と来たもんだ!
『強盗騎士』とか『盗賊騎士』なんて呼ばれた存在は、大戦争以前の荒廃していた時代のならず者の事じゃ無いか・・・
その『騎士たち』は、自分たちがこのオッサンに命令されて、本当に盗賊まがいの恐喝を手伝わされていることを恥じているようで、怒るどころかサッと姫様から目を逸らしたよ。
「さてインメル殿。これから税金をお支払い致しますが、先ほど仰っていた納税証書を頂きたく存じます。すぐにご用意頂けますね?」
「もちろん税収証書は発行するが、先ほども言ったように税率表による支払いの場合は返還が無いぞ?」
「構いませんわ」
「良いのか?」
「インメル殿に税を支払ったという証拠があれば良いのです」
「そ、そうか。だが証書と印は我が輩の屋敷に置いてある。大事な物ゆえ持ち出すことは出来ぬので屋敷にご足労願おう」
「なるほど?」
まだ頑張るつもりか、このオッサン。
「それに我が輩は、こう見えてもこの街の要人でな。つ、つねに暗殺や謀略に巻き込まれる危険があるゆえ、屋敷に来るのはレティシアどの一人に願いたい...連れの者たちにはここで待っていて貰おう」
「承知しました、それで結構です」
姫様が軽く返したので、オッサンの顔にぱっと光明が差した。
屋敷に連れ込みさえすればなんとでもなると思ってるな・・・
「ではインメル殿、まずは税率表を拝見させて頂けますか?」
「それも屋敷にある」
「では、金貨三十枚はここでお渡しせずに、インメル殿のお屋敷に運び、そこで勘定させて頂くとしましょう。構いませんか?」
「もちろんだ!」
二兎を得たような顔をするなよオッサン・・・
どんだけ甘くて馬鹿なのか。
完全に主導権を握ったと思い込んでるんだな。
「ところで、わたくしどもシャッセル商会は、巷に名を知られておりませんが、それには少々理由がございまして...」
「ほう?」
「シャッセル商会は市井の方々を相手にした商いを行っておりません。ごく一部の貴族家のみを顧客としておりますので、その伝手でご紹介頂いた方とお取引をしているのです」
「なんと?」
嘘では無いな、うん。
シャッセル商会とはシャッセル兵団のことである、と捉えれば嘘では無い。
「そもそもシャッセル商会は、とある貴族家の出資によって産まれた商会でございますので、全ての資金の使い道は仕入れであれ納税であれ、出資者に細かく報告しなければなりません」
「ふ、ふむ。致し方ないところであろうな」
ん、オッサンの顔に不安の色が浮かんだぞ?
「で、その出資者とは?」
「リンスワルド伯爵家とスターリング大公家でございます」
「馬鹿なっ! 嘘を付くのは許さんぞ!」
「嘘だとお思いですか?」
「当然であろう、納税したくなくて見え透いた嘘など吐きおって! 貴族家、ましてや大公家の名前を騙るなど決して許されんのだぞ。報告されて死罪になりたくなければ大人しく我が輩の言うことを聞けっ!」
「いえ、報告なさって下さい」
「なんだと?」
「わたくしもリンスワルド伯爵家と大公家に報告致しますが、インメル殿からも報告が上がれば、納税の件が虚偽で無いという証拠になりますので。むしろ、是非ご報告を」
おっと?
オッサンの顔が蒼白くなってきたよ。
「う、嘘だ。強がってそのような嘘を!」
「ですから報告頂ければ分かることです。徴税金もきちんと全額お支払い致しますし、なにも問題ないかと思われますが?」
「ま、まさか、まさか本当にリンスワルド家と大公家の出資で...」
「もちろんでございます。このような場で嘘を吐いてなんになりましょう? 後ろに控えていらっしゃるヒューン男爵家の騎士団の方々にも、この場のやり取りの証人となって頂けましょう。ホンモノの騎士殿が証人となれば、その内容を疑う者も出るはず有りません」
あー、騎士達の顔も真っ青だな。
姫様みたいなレディに『ホンモノの騎士』とか言われちゃったら、もう無理だよね。
嘘はつけない。
保身の為に嘘を吐いたとしたら、この三人はこれからの一生『自分の心持ち』として騎士ではいられなくなるだろう。