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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第一部:辺境伯の地
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ルーオンさんの家


翌朝は毛布を畳めば、もう歩き出せる状態だ。

丘を下って本街道に降り立ち、昨日からの続きを歩き出す。


このミルシュラント公国は魔力の乱れが激しいことと、その影響か魔獣がヤケに多いらしいことを除けば、少なくともここまでの旅路では長閑のどかな国だと感じる。


逆に、昨夜の盗賊どもが俺の故郷のエドヴァルから出稼ぎに来た連中だったってことは残念な思いだ。

特にエドヴァルに思い入れがあるかって聞かれると、正直そうでもないんだけど、やっぱり故郷はいい場所であって欲しかった・・・


精霊魔法の練習は自粛中だし、昨日と変わらず明るい雰囲気の開けた道をポタポタと歩きながら、景色を眺め、パルミュナとの四方山話以外にはすることもない。


「あー、今更だけど考えてみると、ラキエルたちと別れた昨日の村、俺もちょっと覗いておけばよかったなあ...特に慌てて進む理由もなかったのに...」


「なあに? 鏃とか調達しておきたかったの?」

「いや、鏃はもういいんだ。普通の獣や鳥相手の狩なら力と土の精霊魔法をうまく応用すれば、何とかなりそうな感じがしてるしな」

「あー確かにー。ライノなら後ちょっと練習すれば、飛んでる鳥くらい一撃で落とせるようになると思うなー」


「ありがと。いやあ、ラキエルとリンデルは陶器を注文して買うって言ってただろ? と言うことは村に焼き物の窯があるってことだろうし、そうだとすると村に鍛冶屋もある可能性が高いんだよな」


「どっちも木炭をたくさん使うもんねー」

「ああ、だから村の産物として作ってるなら両方ともやってる可能性があるなって思ってな。それでちょっと覗いておけばよかったな、と」


「でも、魔鍛オリカルクム以上の武具はこの現世にないよー? 勇者っていうかライノとの相性もいいし、他にいるものなんてある?」


「鍋」

「えっ?」


「だから鍋。煮炊きする鍋だよ。あと肉を焼くフライパンとかの調理道具な。なんか軽くて小さくて使いやすい、そういうものがあったら欲しかったなあって思ってさ」


「えー、ひょっとして料理に目覚めたとかー?」


「いや、そんな大袈裟な話じゃないよ。でもラスティユの村で色々な料理をご馳走になっただろ。ウォーベアの肉だって初めて食べたわけじゃないのに、あんなに美味かったのは正直驚いたよ」


「美味しかったよねー」

「あと山菜な」

「あれはアタシもちょっと驚きだったわー」


「だよな? 山菜の方は、初めて食べた種類のもあったけど、それでもさあ、いままでは山菜を食べるって言ったら、とりあえず茹でて塩を振って...」


まさに、野宿で食べたのはそれだけどね。


「まあ以前も人里近くで余裕がある時は、油や酢やら持ち歩くこともあったけどな。一人旅になってからは、重いものは極力持たないようにしてたしなあ」


「でも、ライノが作ってくれた茹で山菜もおいしかったよー?」


「そう言ってくれると嬉しいけど...あそこで、あんなに色々な料理をご馳走になって、それも材料には特別なものってそれほどなくって、どれも大体が山で採れた食材だろ?」


「うん、文字通り山の幸って感じよねー」

「それだけであんなに色々な美味しいものを作れるってさあ、凄いじゃないか」

「そーだねー。実際、あれに比べると街の料理屋が霞むよねー」


「だから俺もホラ、野宿の時にパルミュナに『街で過ごすより面倒のない野山で自由に過ごした方がいい』なんて偉そうなセリフをぶったけどさ、実は全然、熟達しちゃいなかったなーって思ってな」


「えーそう? ライノって野宿の準備する時とか料理する時とか、すごく手際よかったと思うけどー」


「うーん、まあそこは、それなりの自信はあるんだけどな...でもさあ、例えば『鳥の羽』の芽が食えるなんて、存在そのものを知らなかったんだよな」


「あれも美味しかった!」

「マジであの宴会の料理って、その感想しか出てこないよな!」

「だねー!」


「つまり...何が言いたいかっていうと、自分が野山のことを良く知ってると思い込んでたけど、それほどでも無かったなって気づいたってのが一つ」


「なるほど?」


「それと、実は決まりきったことばかりやってて、全然工夫してなかったなってことに思い至ったってのがもう一つ。美味しいものを作ろうとか食べようってことよりも、すぐに簡単にできることばかり重視しててな。要は、あの干しミンチのスープと堅パンとドライソーセージだけの晩飯みたいな感じで」


「あれはあれで趣のある食事だったよー。まー、アレだけがずっと続くとつまらないかもしれないけどさー」


「だろ? だから、もうちょっと色々と楽しめるように工夫したり、手をかけてもいいんじゃないか?って思い始めてな」


「それで鍋ねー!」


「そうそう。材料はいままで通りでもさあ、少し手間をかけて工夫すれば美味しくできる余地があるなら、まあ、ちょっとやってみたいな、と思ったわけよ」


「なるほどねー。ライノが使ってるのって、いまはあの小さな鍋一個だけだもんねー」


「うん、基本はお湯を沸かすだけだからな。いままでは焼くって言ったら木の枝に刺して焼くぐらいだ。よっぽど時間や行動に余裕がある時じゃないと、石焼ですら時間がかかりすぎるって思ってやらなかった」


「でもフライパンとかあれば、さっと手軽に肉や魚を焼けると、そーゆーことねー。確かにそうかも」


「俺も精霊の熱魔法をちゃんと使えるようになったら、野営でも色々と余裕が出るだろうし、それに勇者の力をもらって、体力っていうか筋力とかかなり上がったんだよ。以前だったら持つ気になれなかったような重い物でも、これからは別に気にせずに持ち歩けるんじゃないかなって思うと、ちょっと欲が出た」


「うん、一緒にいるアタシとしては、そっちの装備増強は大歓迎だわ。フライパン購入にさんせー!」


「現金な奴め。まあそれで、あの村をちょっと覗いておけばよかったな、とな。まあ、フォーフェンに行けば絶対に鍋類を売ってる店はあるだろうけど、製造元で買えばかなり安く手に入るからな。あと、面白いものが置いてあったりもする」


「面白い鍋、なの?」


「なんていうか、街のお店って売れ筋商品しか置かないだろ? 変なものを仕入れても、ずっと売れ残っちゃうかもしれないわけだし?」

「うーん、それはそーか」


「だけど、鍛冶屋とかの職人ってさ、武具でも日用品でも、ときどき思いつきで変なものを作ってみたりするもんなんだよ。もちろん一品ものでな。それがまた、ごく稀に素晴らしかったりするんだ」


「へー」


「だから、もし製造元を覗ける機会があったら覗いてみるといいんだ。色々と面白かったり、珍しいものが手に入ったり、欲しかったものが安く上がったりするかもしれないって訳だ」


「なるほどねー。まー、ライノも精霊魔法を鍛えてどんどん魔力量が上がっていけば、きっとなんでも持ち歩けるようになるから、とりあえず面白そうなものがあったらバンバン買っちゃった方がいいよー!」


「また無責任なセリフを...その前に金貨を出せ、金貨を!」


++++++++++


その日は一度、途中の見晴らしの良い場所に腰を落ち着けて、昼食に熊肉と山菜の弁当の残りを食べたほかは、特に寄り道することもなく歩き続け、夕方早くにはエスラダ村長に貰った紹介状に書いてある村の一つに着いた。


このマスコール村は街道沿いとは言えさほど大きくはなく、専業の宿屋はないようだ。

村内に入って最初に出会った村人に、紹介状に書かれた名前を尋ねると、すぐに宛先が分かった。

おまけに、その家まで一緒に案内してくれる親切さだ。

無論狭い村なのですぐと言えばすぐそこ、という距離ではあるが。


農家としてはかなり大きな家構えだが、紹介状にはただ『マスコール村のルーオンさん』という名前が書いてあるだけで、村長だとは書いていない。

村長とかっていうより、古くからの庄屋とか地主とかかな?

こういう区分は地域によって様変わりするからよくわからん。


とにかく、玄関先で声をかけようとしたら、その前に案内してくれた村人が『ルーオンさん、お客さんだよー!』と大声で呼んでくれた。

反応が出遅れてすいません。


まずは、奥から出てきたルーオンさんという主とご挨拶。

エスラダ村長から貰った紹介状を渡して二人で自己紹介し、一晩の宿を借りられないかと尋ねると、二つ返事で快諾してくれた。


重ね重ね、ありがとうエスラダ村長・・・


ルーオンさんの話では、この家では割と頻繁に客人を泊めているらしい。

大体は、俺たちのような『誰かの紹介』という感じの伝手で頼ってくるのだが、二度目三度目と重ねて、いつの間にやら常連客のようになってしまった旅の商人なんかもいるという。


街中と違って宿屋の組合的なものもないし、ここの領主はおおらかで、何でもかんでも免許制にして徴税しようっていうタイプではないようだ。

そういえばラスティユの村でも、領主がうるさくないから助かるみたいなことを言ってた村人がいたな・・・。


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