作戦会議ぽい夕食
食堂奥の個室に入って席に着くとすぐに料理が運ばれてきたけど、見た感じは正直に言って予想通り・・・可も無く不可も無く、と言ったら失礼か。
リンスワルド領の宿と較べるつもりは無いけど、レビリスと三人で泊まった旧街道の宿屋なんかよりは上等というぐらいの印象。
茹でたソーセージ、野菜のスープ、黒パン、それと薄切りにした塩漬け肉に粉を振ってカリカリに焼いた感じのモノ。
見た目はシンプルだけど量は多くていかにも田舎風?
ところが、さっそく食べてみると味は悪くなかった。
ずっしり重い黒パンも携行用のカチカチに乾かしたものじゃあないし、たっぷりバターが付いてきたのもポイントが高いな。
これは領内で酪農が盛んな証拠だろう。
薄切り肉にも牛乳で溶いた小麦粉をバターと一緒に煮込んだらしいソースが掛かっていて、口に入れてみると第一印象よりぜんぜん美味しい。
勝手に『可も無く』とか思ってすまんかった・・・
「美味しいですね、御兄様!」
俺に対するシンシアからの『御兄様』呼びも、ぎこちなさが取れて随分板についてきたし、こっちもすっかり慣れたな。
「庶民的だけど旨いよね。この肉自体もそうだけど、バターとミルクの質も凄くいいって感じがするよ」
「やっぱり肉とか乳製品とかはさ、涼しい地域の方が旨いのかな?」
「うーん、俺は遍歴の最中には南の方ばかり回ってたから、そこは良く分からないな」
「ただ、涼しいところの方が牛乳なんかも傷みにくいでしょうし、アーモンドミルクに頼らなくて済む時期が長いかもしれませんね」
おお、レミンちゃんの指摘が明晰だ。
レビリスがうんうんと頷いているぞ。
姫様も美味しいと言いながらにこやかに食べているし、久しぶりの外飯は正解だったようだ。
食事関係をレミンちゃんとウェインスさんに頼りきりというのも良くないと分かっているけど、完全に当番制にするのも現実的に無理があるからね。
まったく料理の経験が無い姫様達に、出来ないことを無理にさせても仕方が無いし、こういうチャンスでレミンちゃんとウェインスさんに食事の準備から離れて貰う機会があるのはいいことだと思う。
さて、一通り食事が進んで落ち着いたところで斥候班からの話を切り出した。
「斥候に出て貰っていたスライの部下達からの報告なんですけど、ちょっと悩ましい点があるんで、みんなで一緒に考えて欲しいんです」
「悩ましいと仰いますと?」
「ドラゴンの様子ってところですかね?」
正確に言うとドラゴンの様子に対する評価、かな?
俺は斥候班からの報告内容を掻い摘まんで説明した。
ドラゴンの居る山までは、レンツの街からさらに日数が掛かりそうなこと。
当然ながら、常にそこにいるとは限らないらしいこと。
牧場の家畜を根こそぎにされたという村は、その途上にあること。
だけど、その犯人はドラゴンじゃなくて魔獣の群だろいう噂もあること。
しかし、他にドラゴンによる被害は確認できなかったこと。
山際の村人達が逃げ出そうとして混乱が起きてるという噂があること。
黙って一通りの話を聞いていたレビリスが口を開いた。
「なんだかさ、思ったほど傍若無人に振る舞ってる様子じゃ無いよな。それなら遠い方のドラゴンと較べても、こっちが明らかに危険とは言えないだろ?」
「そうなんだよな...下調べの時にドルトーヘン辺りの住民はドラゴンについて口を閉ざしてる様子だって報告があったから、突っ込んだ調査をやったらもっとエグい話が色々出てくるんじゃないかと構えてたんだけどな。いい意味で拍子抜けだ」
「じゃあドラゴンの事を内緒にしてたってんじゃなくってさ、単に良く知らなかったってだけか?」
「かもな」
「近隣の村人達が逃げ出しているのはドラゴンよりも、山を降りてきた魔獣の影響であるという可能性も考えられますな」
「それはありうるね!」
ウェインスさんの意見にダンガが賛同した。
実際に村が魔獣の被害を受けていた彼らとしては、それを恐れて村から逃げ出すというのはリアルな話だろう。
「ああ。牧場を襲ったのだって魔獣かもしれないし、もしそうなら、誰もドラゴンの狼藉を目撃してないってことになるんだよ」
「でも、それって良い兆候ですよね?」
「油断は出来ないけどね」
「ではライノ殿、当初の予定通りにこのままレンツへ向かいますか?」
皆が肯定的な意見を口にする中で、俺はさっき気になったことを聞いて貰うことにした。
「そうですね...ただ、一つだけ気になることがあるんですよ。些細なことなんだけど」
「なんだいライノ?」
「このドラゴンが『暴れ者』だっていう話は、そもそもどこから出てきたんだって事だよ」
「ん? それはさ、ジュリアス卿への報告にあったんだろ?」
「だってレビリス、誰もドラゴンが暴れてる姿を実際に見てないらしいし、家畜を襲ったのは魔獣達だって話もある。それ以外に狼藉の話はなにも無い...変な言い方だけど『暴れ者ドラゴン』にしちゃあ大人しすぎないか?」
「え?」
「そう言われてみると...そうかな?」
「確かに、暴れてると言われるほどの事はしてないですよね」
「だよね? なのに領主からの報告書ではドラゴンが牧場の家畜を殲滅したと断定されて、暴れ者のドラゴンだってことになってる。なんて言うかチグハグな感じがするんだよ」
「うーん...どうなんだろう...何かおかしいような、そうでもないような...」
「実際にドラゴンが近くにいるんだとすればさ、どうあれ、騒ぎ立てない方がいいよな?」
「そりゃあ周辺地域の領民のことを考えるならな。普通はドラゴンがいるって話が広まっていいことなんか一つも無いだろうからね」
「そこはライノ殿の仰るとおりですわ。以前にもお話ししましたが、ドラゴンがいるという話が広まると交易が途絶えて領民が村を捨てて逃げ出したり、混乱に乗じて野盗の類いが入り込んだりと、領主・領民にとって良いことは一つもございませんでしょう」
「だったら、むしろ口を閉ざすのが当然じゃ無いか? なんで危険なドラゴンだって吹聴するんだ?」
「いや悪いライノ。危険なものを危険だと言って何が問題なのかが分からないよ」
「ひょっとして御兄様が言いたいのは、人為的な情報操作が行われているのでは無いかと言うことでないですか?」
さすがシンシアはすぐに理解してくれたようだ。
「あ、そうそう! さすがシンシア!」
「人為的ってなにさ?」
「クライスさんの考えはつまり、『誰か』がドラゴンの情報を捩じ曲げて伝えていると言うことですかな?」
ウェインスさんも飲み込みが早い。
「誰が?」
「この場合、ジュリアス卿に情報を上げてるのはここの領主だろ?」
「そりゃそうだな...」
「と言うことは、ここの領主であるヒューン男爵が、ことさらにドラゴンが危険な存在であると喧伝していたと言うことになりますわ」
「そうなんですよね。領民の生活に影響の出ないように口を閉ざすならともかく、逆にわざわざ危険なドラゴンだって話をジュリアス卿に伝える意味なんて、これっぽちも無いじゃないですか?」
「そこは領主として正直であるかどうか、だと思われますが?」
「正直な報告、ですか」
「それに領民の安全を第一に考えるならば、少し大袈裟に脅しておくのも決して悪い事では無いかと...」
「それは本当に危険なら、ですよね? でもそうじゃないなら、むしろ『近隣に飛来したドラゴンは全く暴れていません。興奮した魔獣による被害が出ている程度です』って正確な情報を伝えた方が、領民の生活にとっても害は少ないように思えるんです」
「なるほど...そのドラゴンが本当に暴れ者であったなら、不利益を承知で陛下に正しい報告をしたと言う事になりますが、もしも嘘であったなら領地の印象に害はあっても利は無いように思えます。それが、どのような意図の元に行われたのかが分かりませんね」
「じゃあ、単純に危険なドラゴンの噂を広めて、ここに人を近づけたくないとかかなあ?」
「いえアサム殿、それは無いでしょう。呑気に構えている領民を避難させる為に脅すならまだしも、人が行き来しなくなることは領民にとって悪いことでしかありませんわ」
「悪い事を隠す為とかでも?」
「仮に、それでなにかの不正行為が一時的に可能になるとしても、後々に残る領地への悪影響が大きすぎます。真っ当に領地の経済を考えるならば、そのような手段を考えるとは思えません」
「えっと姫様...逆に領主が『真っ当じゃ無い』ことを企んでるとすれば、それもアリな訳ですよね?」
たしかに・・・
アサムの問いかけを聞いた姫様が少しだけぎょっとしたような表情を見せた。
悪い事を企む領主という概念に嫌悪を感じたような雰囲気だな。