着替えたシンシアさん
食事と片付けが終わってみんながノンビリし始めたところに、パルミュナの開いておいた転移門を通じて姫様達がキャラバンに帰還してきた。
「どうでした姫様? 上手くいきましたか?」
「デモンストレーションとしては上出来だったと思います。王宮を出る時にもちょうど多くの貴族たちの目前を通過できましたし、別邸でもこれ見よがしに前庭を歩いたりしましたわ」
「なんて言うか、お疲れ様でした...」
「家人達には、今後は紹介状のない相手とは基本的に会わないようにすると伝えておきましたので館を訪れる人も減るでしょう」
「紹介状を持ってきた人への対応は?」
「どうしても面会をと言う見過ごせない相手が出てきた時は、シャルロットが手紙を送ってくる手はずです。もしも戻れない状況でしたらジュリアになんとかして貰いましょう」
領地運営絡みで関係の深い相手や親しい上位貴族なんかだと無視し続けるのは良くないだろうけど、当面の間は『呼ばれたら何食わぬ顔で別邸に行く』というスタイルで大丈夫そうかな?
「だったら、王都にいると見せ掛ける為に別邸に戻る頻度も減らせますかね?」
「はい。もし、転移するのが難しい距離になってきそうな場合はわたくしの具合が悪いことにでもして、王宮の居室に籠もっているフリを続けるのが得策でございましょう」
「そこはジュリアス卿に協力して貰えば上手くやれそうですね」
もちろん、手紙番のシャルロットさんをはじめとする部屋付メイドや家臣の人達は姫様の実際の行動を知っているけど、何日も別邸から出てこないって言うのはさすがに不自然だ。
この先も何度か別邸に戻って貰うことになるとは思うけど、『長期間籠もりっきり』という見せ掛けにしなきゃ行けなくなった時は王宮にいるフリの方がいいよね。
「それと僭越ながら王宮の居室とジュリアの私室にはパルミュナちゃんを真似て、シンシアの手で害意を弾く結界を張らせて頂きました」
「うん、その二カ所にはある方がいいですもんね」
「これで、例え王宮勤めの人と言えども勝手に忍び込むことは出来なくなったと思います」
ハーレイの郊外で初めて結界を張った時のシンシアさんは、魔法陣を構築し終わった後に魔力の枯渇で寝込んでしまったけど、アスワンから力を授かった今はパルミュナと同じように精霊魔法を起動できる。
後は習熟というか場慣れというか、経験を積んでいくだけだな。
と言うか、たぶん俺はすでに追い越されつつある感じしかしてないけどさ・・・
++++++++++
姫様とエマーニュさんは、朝、別邸に転移した時と似たようないつもの貴族スタイルの服装で戻って来たけど、キャラバンに戻るやいなや、すぐに馬車に入って今回の為に誂えてある旅装に着替えてきた。
考えてみると、貴族のドレスで人のいない林の中に佇んでたら逆に怖いよね。
それに、今日の幕営地も街道からは直接見えない木立の中にあるんだけど、ここに生えてる木々がどれも細くて白い。
『白っぽい』んじゃなくて明確に『白い』木肌だ。
あえて言うなら桜の木の表面に白粉を塗り込めたような感じって言えばいいんだろうか?
南の方じゃ見たことがなかったから俺が珍しがっていたら、『白樺』という北方特有の樺の木だと教えられた。
宵闇の中に白くて細い木々が林立している姿はとても幻想的なんだけど、ちょっと見方を変えると骨のように白くて不気味と言えなくもない。
もしも俺が何も知らない旅人で、この白樺の木立の中で夜明かしをしようと踏み込んでみたら豪華なドレスの女性がポツンと一人で立ってたとか・・・シチュエーション的に恐ろしすぎて腰を抜かすだろう。
初めてパルミュナに出会った時みたいに速攻魔物認定して、ダッシュで踵を返して逃げ出すな!
で、シンシアさんはローブを羽織った魔道士姿で別邸に転移していったんだけど、なぜか戻って来た時はローブを脱いで、これまで見た事がない服に着替えていた。
しかも館の中で晩餐の時に着ているようなドレスでもなくて、かと言って街娘と言うにはシャンとしてると言うか、権威を感じる服装って言うか・・・
なんだろう?
シンシアさんの実年齢に合ってる雰囲気だけど、子供っぽいんじゃなくて若々しい。
生地や装飾も高級な見た目だし権威は感じるけど、貴族そのものと言うよりは貴族家で働く御者や護衛のお仕着せなんかに近い印象、とか言ったら失礼かな。
俺がつい凝視してしまっていたことにシンシアさんが気が付いて、にっこり微笑んだ。
「どうでしょうか? この服装?」
「あ、ええ、とっても似合ってますよ。と言うか正直に可愛いです!」
美少女がカッチリした服を着てるというミスマッチな感じが却って良いのか、本当に可愛らしい。
「ありがとうございます! 褒めて貰えて良かったです。と言うか、とっても嬉しいです」
「でも、不思議な雰囲気の服装ですね。見たことない感じですよ?」
「これは、アルファニアに留学していた時に向こうで着ていた、王宮魔道士の見習い達の服なんです」
「へえー!」
「向こうの魔道士育成は師匠と弟子っていうだけじゃなくて、将来は魔道士になろうという子供が魔法を学ぶ学校が王宮にあるんですよ。そこの制服です」
「学校? それは塾みたいなモノですか?」
学校という言葉を聞いて俺に思い浮かぶのは軍隊の兵学校ぐらいだけど、服が似てるとは言えきっとそうじゃないだろう。
「そうですね...王室が主催して国の予算で運営していますから、導師が個人的に開く私塾よりは、むしろ兵学校に近い存在かもしれません」
イメージ合ってた!
「そこで魔法を学ぶんですか?」
「はい。小さな子供でも魔法の適性と知力を調べる試験に合格すれば入学することが出来ます。入学したら『王宮魔道士見習い』っていう立場が貰えて、宮廷内で身分が分かりやすいように全員この服を着るんです」
「なるほどね...初めて知りました。すごい仕組みですね」
「そうです! 仕組みなんです!」
「え?」
「この前ライノ殿が、『一人の才能より仕組みの方が最終的には強い』って仰ってましたよね?」
「ああ、そんな会話しましたね」
「私、その言葉を聞いて自分もその『仕組み』に育てられたんだって事を思い出して、それで今日戻った時にこの服を持ってきたんですよ」
シンシアさんはそう言うとスカートをちょっと指で摘まみ、ひらりと動かして見せた。
「見習いのことを学生って呼ぶんですけど、魔道士学校に入っても実際に貴族家の魔道士になれる人は半分もいません。王宮魔道士になれる人なんて、沢山いる学生の中のほんの一握りです」
「でしょうね。かなり厳しそうだ」
「ええ。でも逆に学校がなかったら、あんなに大勢の魔道士の卵達を育てることなんて絶対に出来ないだろうと思いますよ。すごい仕組みです」
「いやあシンシアさんなら、きっと独力で王宮魔道士になれただろうと思いますね」
「ありがとうございます。でも私は今の立場の方がいいんです。アルファニアの王宮で働くよりもお母様を手伝っている方が充実していると思っていますから」
「それはいい」
「はい。でも私にとって魔道士学校は良い思い出です。沢山のことを学んで、友達も出来ました。だからこの服はその思い出として大切に取ってあったんです」
「じゃあ、それを着て帰って来たって言うことは、もう一度学生だった気分に戻ろうとか?」
「凄い! ライノ殿って本当になんでも見抜いちゃうんですね!」
「えっぇぇ...?」
いや正直、当てずっぽうですよ?
むしろ半分くらいはジョークで言った気持ちでした!
「そうなんです。私、パルミュナちゃんから精霊魔法を色々と教えて貰って、そして大精霊アスワン様から精霊魔法を使う為の力も授けて頂いて、また最初から魔法を学び直してるんだなって思って...だから、自分が魔法の勉強を始めたばかりだった頃の気持ちに、もう一度戻ろうって思ったんです!」
いやいやいや、シンシアさんって三歳で書を読んで、五歳で魔道士たちと魔法論議をやってたんだよね?
それで、アルファニアに留学に行ったのは四年前だって話だから九歳ぐらいか・・・いくら天才と言っても相当に凄まじいと思うけど。
そりゃあ貴族同士の繋がりや身元の保証はあるだろうし、リンスワルド家から護衛や世話係とかを大勢連れて行ったにしても、九歳で国外留学っていうのはかなりエキセントリックだよ!
そんな事を思い浮かべていると、急にシンシアさんが真顔になった。
「この服装なら、私も年相応に見えますか?...」
おっと!
わざわざこの服を着て戻って来たのは、意外と深い問いかけをはらんでる行動だったのかな・・・