カモフラージュの転移
出発前の姫様達は、いったん王宮の居室に入ってそこから屋敷に跳んできたので、王宮の居室に籠もってることになっていて、同時に専用の白い馬車も王宮に置きっぱなしになっている。
そして四日目の朝、一度いつもの馬車で王宮から別邸に戻ることで、動向を見張っているかもしれないエルスカインの手下に対して『王都にいますよ』というアピールをすると同時に、数人の客人の相手をして信憑性を高めておこうというカモフラージュの為、姫様、エマーニュさん、シンシアさんの三人は屋敷経由で王宮の居室へと跳んだ。
姫様達が屋敷へ転移した後、残った俺たちはすぐにキャンプを畳んで馬車を出発させる。
姫様達が終日『王都にいますよ』カモフラージュ工作にいそしんでいる間も俺たちは歩を進めておき、こちらがキャンプ地を決めて転移門を設置した時点で合流する手はずだ。
当然ウェインスさんの動かす馬車は空っぽなんだけど、外から見ても分からないから問題ないし、珍しくアサムがウェインスさんと一緒に御所台に座って世間話に花を咲かせてるっぽい。
アサムはなにかとウェインスさんの話を聞きたがっているのだけど、いつもの移動中は姫様達が乗ってるから遠慮してたんだな。
ウェインスさん自身は話し好きな方なので、アサムの相手をして居るのも楽しいらしい。
そう言えば、フォーフェンの破邪衆の寄り合い所に初めて行った時も、『採掘場が非番』のレビリス達は数人でのんびり駄弁ってた雰囲気だったから、ちょっと意外だったんだよな・・・
ウェインスさんもその談笑のテーブルに混じってたし。
採掘場でも感じたけど、フォーフェンの破邪は社交的っていうかおしゃべり好きな印象だ。
もちろん、それはいいことなんだろうと思うけど、エドヴァルや他の寄り合い所は、大抵そんなに長閑な雰囲気じゃなかったから、ちょっと意外だったんだ。
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そのまま何事もなく馬車を走らせ続けて、夕刻には次の幕営予定地に到着した。
シャッセル兵団の斥候班は、かなり細かく幕営候補地をチェックしてくれているんだけど、同時に、一日に馬車が走るだろう距離をかなり正確に見積もっていることに驚くよ。
さすが本職の斥候というところか・・・
それに天候の悪い時は宿に泊まれるように、宿屋のある集落もちゃんとチェックしてくれているから助かる。
馬車を停めて周囲の様子を確認してから、一夜を過ごす為の準備を始めるとパルミュナが即座にご飯のことを気にし始めた。
「お兄ちゃん、晩ご飯どーするの?」
「姫様達は別邸で食べてくる予定だから、俺たちは勝手に済ませちまおう。今日はウェインスさんが郷土料理を作ってくれるって言ってるから、さっき言われたとおりに材料を渡しといた」
「わー、ちょっと楽しみ!」
「まあな。あまりウェインスさんにプレッシャー掛けたくはないけど」
だいたい十人前の料理を一気に作るってだけでも大変だし、あまり時間を掛けられないから、手の込んだ料理や長時間煮込むようなシチューの類いも難しい。
この三日間はレミンちゃん中心で作ってくれてたんだけど、俺が革袋から出した肉や魚を焼くだけのシンプルな調理ながら美味しかった。
絶妙な火の通し具合はもちろん、塩加減とかハーブのちょっとした風味付けとか、そういう工夫で、同じ材料でも随分と出来上がりが違うものだと分かる。
料理って、奥が深いね・・・
「お兄ちゃんも上手だと思うよ? 料理の種類ってゆーか、色んな作り方を知らないだけでさー」
「ありがと。落ち着いたら俺も料理方法を勉強したいよ」
「せっかくフォーフェンで新しいお鍋も買ったのにねー!」
「ぐふぅ...それは当面は禁句だ」
「まー、あの鍋はこの人数じゃ使えないかー」
「そう! だからアレは、またパルミュナと二人で旅するときのために取ってるの!」
我ながら苦しい言い訳だな。
「はーい。じゃーアタシは先に転移門開いておくね!」
「おう、頼んだ」
さすがに移動中の馬車の中で転移門を動かしておくことは出来ないから、基本的に屋敷とのやり取りは、人でも手紙箱でも、その日の幕営地に腰を落ち着けてから、という事になる。
その間に俺は魔馬達の手入れをし、飼い葉と魔石を与えた。
魔馬達は、そこそこの量の魔石を平気で飲み込んでしまうんだけど、端的に言って、それは結構なお金が掛かるんだよね。
普通の商家や貴族が魔馬を沢山養えない理由の一つがこれだ。
あまり動かさなければ普通の馬のように水と飼い葉だけでも平気なんだけど、走らせると覿面に魔力の補充を欲しがるからね。
必然的に大量の魔石を消費させることになるから、お高い魔馬の購入費用だけでなく日々のランニングコストも凄いことになるワケだ。
俺の場合はリンスワルド別邸の備蓄から大量の魔石を貰って持ち込んでいるから問題ないけど、魔石を沢山入手すること自体に難儀するような僻地を魔馬で旅するのは、普通だったら辛いだろうな・・・
そんなこんなでパルミュナが結界を張り、転移門を開いてからさして時間の経たないうちに手紙箱が届いた。
こりゃあ、トレナちゃんは頃合いを見計らって地下室でスタンバイしてたな?
一枚目の紙はスライからで、残りの軍馬も全て揃ったという報告。
二枚目はリンスワルド領の本城にいるテレーズさんからで、内容は『今日も平穏な一日でした』と。
こちらも報告すべき内容がなにも無い時でも毎日送って貰うことにしたのは、もし手紙箱が送られてこなかったら、それで『なにか良くないことが起きた』って分かるからだ。
三枚目は別邸に戻った姫様からで、今日のデモンストレーション行動の内容と幕営地への戻り予定について。
ホントは今日なんて、姫様達はそのまま別邸に泊まった方が楽なんだろうけどなあ・・・
安全面では出来るだけ一緒に固まっていた方がいいというのはその通りなんだけど、シンシアさんにも防護結界が使えるようになってるんだから、わざわざ不便な幕営地で夜を明かさなくても朝になってから戻って来ればいいのにと思ってしまう・・・っていうのは、俺の油断かな?
四枚目はトレナちゃんからの事務連絡で、『裏庭に野菜とハーブを植えました』という長閑な報告と、『大公陛下から、皆さんの位置や状況について出来れば毎日、私から知らせて欲しいという要望の手紙を頂きました。いかが致しましょうか?』という相談だった。
もちろん『姫様さえ良ければこっちは問題ないよ』って伝えておく。
例え大公陛下からの要望でも即座に返事をせず、ちゃんとこちらに確認してくるところがトレナちゃんの偉いところだな。
姫様がトレナちゃんに対して厚い信任を置いてるのも納得できるよ。
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しばらくするとウェインスさんがみんなを呼んだ。
今日は七人だけど、パルミュナ以外は三人の破邪と三人の狩人ってメンバーだから揃って野山で過ごすことに手慣れてるワケで、何も言わなくても適当に自分が座る処を工夫しながら火を囲む。
さっきからずっと、メチャメチャ良い匂いが野営地を漂っていたので、ぶっちゃけ期待値は大きいよ?
俺も革袋から『焼きたて』のパンを出してみんなに配る。
むしろ荷馬車に積んである保存食の堅パンは純粋な非常用だ。
「お待たせしました。皆さんのお口に合うかどうか分かりませんが、久しぶりに故郷のシュバリスマーク風の肉団子を作ってみました」
おっと。
塊肉を渡しておいたから、てっきり晩飯はスープと焼いた肉だろうと思っていたら、予想に反して煮物が出てきた。
しかも、この短時間であの肉の塊を刻んでミンチにしたのか・・・それにしても凄い手際だな。
いっときカタカタ音がしてたのはミンチを作ってたんだね。
「へー、肉団子ですか」
「肉の塊を柔らかく煮込むのには時間が掛かりますが、こうやってミンチにして丸めたモノでしたら、すぐに火が通るから作りやすいのですよ」
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さっそく配られた椀から肉団子を一つ取って口に運んでみる。
美味しい!
柔らかくてジューシー、スープにも肉と野菜の味がしっかりと出てる。
「ウェインスさん、すっごく美味しーよ!」
「うん、美味しいですよウェインスさん。俺も行動食に干しミンチは良く作ったけど、こういう風に食べたことなかったなあ」
「シュバリスマークは寒い土地ですからね。やっぱり体の暖まる汁気の多い料理が喜ばれるんです」
「疲れてる時にはいいですよね」
「体に染み込む感じがするー」
みんなにも大好評のようだ。
「ウェインスさんもレミンちゃんも料理が上手で羨ましいよ。俺もいずれ、色々な料理を身に着けたいとは思ってるんだけどなあ」
「え、ライノさんが南の森で作ってくれたスープとか串焼きとか凄く美味しかったよ? ねえ?」
「そうですよ」
「いやあ...あれは状況で味が上がったっていうか、リンスワルド産の材料が良かったって言うか」
「確かに、あんなに甘いパースニップを食べたのは生まれて初めてでしたね!」
「その点では、私がフォーフェンに居着いたのは食べ物の豊富さも大きいかもしれませんな」
「それって俺とおんなじだよウェインスさん。それにフォーフェンは肉が安いしさ!」
「確かにそうですな」
「肉の高い土地には住みたくないよねぇ...」
前にもそれを言ってたなレビリス。
「しかし、食料箱の中には意外と沢山の調味料やスパイスが積んであって驚きましたな。フォーフェンの市場で売ってるようなモノがほとんど揃ってるし、なんと魚醤まであるとはね!」
「それこそフォーフェンで仕入れたモノばかりですよ。特に魚醤はレビリスのお気に入りですからね」
「魚醤って、前にライノさんがお土産に持ってきてくれた焼き魚に使ってた調味料ですよね? レビリスさんが大好きなんですか?」
お?
レミンちゃんからレビリスの好物にチェックが入った。
でもここは気が付かないフリをして通そう。
「そーなの! レビリスって養魚場に行くといつも食べてるんだって! レミンちゃんも今度作ってあげると喜ばれるよー」
せっかくさりげなく流しておこうと思ったのに、なぜ盛り上げるパルミュナ・・・
「まあね。なんかクセになっちゃう味って言うかさ。でも匂いがキツいから鼻のいいレミンちゃんは苦手じゃないの?」
「えっ? お土産のお魚は、とっても美味しかったですよ? 匂いは確かに強いですけど、いい香りだなって思いましたから」
「あ、そうだったの? じゃあ良かった。あの魚醤をさ、肉に塗り付けて焼いても美味しいんだ」
「分かります。じゃあ今度それを作ってみますね!」
「お、楽しみだな!」
えー、なんだよ、この二人の世界に浸ってる会話は・・・
ムダに気を遣う必要は無かったのか俺。