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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第四部:郊外の屋敷
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肩の力を抜こうよ


馬車を停めた休憩時にシンシアさん本人に聞いて見たら、『自分で馬車を動かせるようになりたいんです』と言う、そのままの答えが返ってきた。


いや、こちら的にはその『動機』を聞きたかったんだけどね?

聞き直すのも野暮かな・・・

そんなこっちも気持ちを察してなのか、シンシアさんが言葉を繋ぐ。


「私もイザという時に自分で馬車を動かせた方が良いと思って...先々は色々な組み合わせで動くかもしれないことを考えたら、お母様や叔母様はともかく、せめて私くらいは馬車を動かせた方がいいと思ったんです」


「まあ、それもそうですね。姫様やエマーニュさんも馬には乗れるらしいですけど、きっと馬車を動かした経験はないでしょう」

「はい。狩りに行く時には馬に乗りますから、お母様も叔母様も馬には乗れます。私も上手ではありませんけど、一応は乗ることが出来ます」

「貴族ですもんね。付き合いで狩りの大会みたいなのに参加したりとかあるんでしょう?」

「ええ、滅多に参加することはありませんけど...叔母様の処の方では、そういう行事も多かったらしいです」


そうか、キャプラ公領地は大公家自身の領地だもんな。

そういう貴族関係のイベントの開催場所としては向いているだろうし、きっと以前のジュリアス卿はそれを表向きの言い訳にして行き帰りにリンスワルド城に滞在していたに違いない。


「アルファニアでは、そういう行事は無かったんですか?」


「王宮にいても、私は子供でただの留学生でしたから。向こうの貴族達との直接の関わりはそんなに無かったんです」

「そうでしたか。それなりに貴族同士の付き合いとかあったのかと」

「むしろ、出来れば避けたい感じでしたし...」

「へぇー」

「貴族の社会って領民の方々の目から見れば、生活に苦労がないとか贅沢三昧で暮らしてるとか思われているのは知ってますし、その私たちの贅沢な暮らしが領民の方々の労働の上に成り立ってるのは事実なんですけど...楽しいかと言われると...」


そこで微妙に口ごもるのがシンシアさんらしい。


「だからと言って、幸せだと言えるものでもないとか?」

「そうなんです! アルファニアで聞く貴族の話はむしろ不満や恨み辛みばかりでした」

「ええぇ! なんでまた...」

「年頃の女性と話していても将来を選べないとか、生まれた時から結婚相手が決まってるのに実際に会った事がないとか、そんな気の滅入るような話題ばかりで...夢を語る人が少ないんです!」

「なるほどねぇ」

「ですから貴族家の方々と一緒にいても心安まることが無いというか、いまのように家族以外の友人達と仲良く過ごせてるのは夢のようですよ?」


「まあ、俺みたいな庶民の感覚からすると、そう言う話こそ、まさに貴族らしいなって感じがしますよ。それにギュンター卿だって似たようなことを言ってたじゃ無いですか?」

「あ、そうでしたね...」

「俺は破邪をやってる中で貴族家との関わりとか滅多に無かったですから、貴族の世界のこととか良く知らないんですけど、結局は人それぞれ日常の過ごし方次第で不満の対象やレベルが変わるってだけじゃないかなって」


「日常ですか?」


「人によって幸せの基準は違うでしょ? なんで違うかって言うと、誰でも選べることや得られるものに限度があるからですよ。その基準は日常の暮らしそのものです」

「確かに、庶民の方は貴族の暮らしを選ばないんじゃ無くて、ただ選べないだけですものね」


「ええ。自由がないけど贅沢に過ごせるのと、自由だけど明日の食事を心配しなきゃいけない暮らしとどっちを選ぶかって話じゃ無くて、その人が置かれてる立場次第でしょうからね。性格とか人柄に関係なく、生まれた立場次第で生活も選択も変わります」


「えっと...贅沢でも不自由な暮らしをしてる人は貧しくても自由に生きたいと考えるし、貧しい日々を送っている人は不自由でも贅沢に憧れるとか...いまの自分がそうじゃないからって...そんな感じでしょうか?」

「そう、それです。俺が言うのもおこがましいですけどね」

「いえ、そんなことは...」

「そうですよ? 俺は苦しいほどの貧乏も、息が詰まるほどの不自由も、どっちも経験してないですから。ただの想像ですね」


俺が十歳までを過ごした田舎の村は長閑(のどか)だった。

豊かだと言うと語弊があるけど、つらい飢えや貧困にあえいでいた人の記憶は無い。

師匠と一緒に暮らすようになってからも、修行や旅の物理的な辛さや精神的な苦しさはあっても、金銭的に日々の暮らしに困るような事は無かったからね。


「私も、そのどちらも体験してないです。お母様のお陰で、貴族の割には自由に暮らせてますし、わざわざミルシュラントからアルファニアに留学するなんて庶民にはあり得ない贅沢ですから...一番良いところだけを受け取り続けてるんじゃないかと」


「いいじゃ無いですか? 日々に不満が少ないのは幸せって事ですからね」


「でもそれって、ちょっと罰当たりって言うか、図々しいような気もしてるんです」

「その代わりシンシアさんが年齢の割に重い責任を背負っているのは知ってます。だけど、それも才能に恵まれてるからこそだし、その責任だって、いつでも肩から下ろせるから大丈夫ですよ」


「えっ? そんな事、出来るんでしょうか?」


「出来ますよ。一人でシンシアさんの代わりになれる魔道士は見つけられないでしょうけど、何十人か集めればなんとかなります。一人でグリフォンと闘うのは勇者じゃないと無理だろうけど、二百人、三百人の兵士が策を練れば倒せます」


「それはそうですけど...」


もちろんエルスカインのように、国を跨いで謀りごとを進めているような相手には、一国の統治者や治安部隊なんかで対処するのは難しい。

だからそういうのは勇者の出番だって思うけど、『人の社会の枠組み』で動いている相手なら勇者は必要無いし、むしろ出しゃばるべきじゃないことも多いと思う。


「代わりがいない唯一無二の存在よりも、代わりを沢山作れる仕組みの方が最終的には強いんです。個人の才能よりも、大きな仕組みの方が最後には強い」

「ですが、それはあくまでも代替になるのでは?」

「代替品でいいんですよ? 役に立つなら、それで用が足りるならね。シンシアさんが以前に『宣誓魔法ハンドブック』を作ることを考えついたじゃないですか? あれと同じですよ」


「えっと...クルト卿のお屋敷に伺った時の、『軽くて細かな宣誓魔法を本にして、貴族家に広める仕組みをみんなで共有する』って話ですよね?」


「それです。そりゃあ最初の発想は『魂への宣誓』の代替かもしれない。だけど実際に国中に広められるのは精霊魔法じゃなくてハンドブックの方でしょう?」

「えぇまあ...」

「どうやったって一人に出来ることなんて限りがある。それに年月の前に個人は無力ですからね。どんなに頑張ったとしても、誰でもいつかは死ぬでしょう?」

「はい、それはもちろん」


「個人の才能は子供が受け継げるかもしれないし、受け継がれないかもしれない...だけど『仕組み』は改良しながら時代を超えて受け継いでいく事が出来ます。みんなで育てる事が出来ます。だから、あんまり個人で背負い込まずに、出来るだけ仕組みに任せていくようにすればいいと思いますよ?」


「そう...そうですね! そうなんですね!」


「そう考えれば、勇者も大精霊も天才魔道士も、自分だけで責任を負う必要なんて無いんです。ま、これも本当はパルミュナに言われて腑に落ちたことですけどね」


「言われてみると...自分一人で全部を担おうとして、もしも自分が途中で死んじゃったらどうなるのかとか、これまで、そういうのをちゃんと考えたことがありませんでした...」


どこまでも真面目だなあ、シンシアさん!


でもシンシアさんが『馬車を動かす技術を身につけたい』と思ったことは、俺の目から見ると凄く大きな変化だと思える。

それも良い方向で。

これまで培ってきた魔法の才能にも魔道士の役目にも関係なく、外の世界で自分に出来ることを探し始めたんだって思えるからだ。


「シンシアさんが御者の練習をするなんて、俺は素敵だと思いますよ。世界が広がるでしょう? きっと今後は、馬車とか馬とか御者さんとかを見る目も少し変わるんじゃないかな?」


「ええ、きっとそうだと思います。今日、少し御者の練習をさせて貰っただけで、色々なことが分かりました」

「でしょう? 見てるだけじゃ気付かないことが沢山ありますから」

「私、もっと色々なことをやってみたいです!」

「いいですね! 俺に出来ることは手伝いますよ」

「はい! よろしくお願いします!」


そう言って明るい表情になったシンシアさんは自分の馬車の方へと去っていった。


俺も食べるだけじゃなく、色々な料理とか出来るようになって世界を広げたい・・・何てことを思い浮かべていたら、珍しく口を挟まずにいたパルミュナが、妙にニヤニヤしていることに気が付いた。


「なんだよ? 俺、なんか変なこととか言ってたか?」

「変じゃないよー」

「じゃあ、顔に似合わないこととか?」

「なにその被害妄想?」

「お前がニヤニヤしてるからだよ。珍しく口を挟んでこないし」

「えー、邪魔しないように気を遣ったんじゃん?」

「それは分かってるけど、普通らしくないから気になったの!」


「じゃー正直に言うけど、お兄ちゃんがカッコ良かったからニコニコしちゃったの。天才魔道士のシンシアちゃんじゃなくって、普通の女の子のシンシアちゃんの気持ちを(おもんばか)ってあげてたから、凄く素敵だなーって思ったのよねー」


「え? なんで? いや褒められてるんだと思うけど、褒められる理由がわからん」

「そこは自分で考えてねー!」


意味分からんぞパルミュナ・・・かなりマジで。

まさか俺、自分でも気が付かないでなんかやっちゃったのか?


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