シンシアさんの心持ち
以前にパルミュナが侍女役をやった時に痛感したが、侍女でも小間使いでも、そういう服を着ればそうなるというモノではないのだなあ・・・と。
兄として『可愛いから許す』とかいうのは脇に置いておいて、端から見れば『誰だお前?』という空気が出まくってるんだよね。
とは言っても、他に言い役柄も思いつかないし、そもそも今回のキャラバンはあまり人に会いたく無い。
道行きで行き交う人々と交流するとか、クルト卿に会いに言った時のように積極的に自己紹介する場面なんてむしろ避けたいところだし、あまり気にしなくていいか・・・
「まあパルミュナの設定も同じでいいでしょう。姫様一行の従者って事で」
「それでも良いかと思いますが...いっそ、パルミュナちゃんもシンシアと同じように魔法使いということにしてみるのはいかがでしょう? 貴族家に仕える魔道士という訳ではないので、身元保証の書面や印章の入った指輪の類いなどは必要ございません。もし必要そうならリンスワルド家で作らせますし」
「あー、そうか...」
言われてみれば、それもそうだ。
パルミュナの役目は何よりも精霊魔法を駆使して貰うことだった。
これはアレだな、『燭台の足下が一番暗い』って奴かな?
「建前としても、ドラゴンを探しに行こうという酔狂な一行です。普通ではない魔法使いを二人連れていたとしても、そのようなものとしか思えないでしょう?」
「確かにそうですね。じゃあそれで」
と俺が返事をした時、ふいにシンシアさんの声が響いた。
「お母様...私が『普通ではない』とはどういった意味でしょうか?」
驚いて振り向くと、少し離れたところで聞いていたシンシアさんが、妙に沈んだ表情をしている。
「もちろん、あなたが他に類を見ないほどに若くて優秀だという意味ですよ。他家の大魔道士たちを凌駕するほどに」
「そうでしょうか?」
「ええ、普通の貴族家での筆頭魔道士は年取った人物が多いものです。あなたは、そうした方々を遙かに超える力をその若さで振るえるのですから、とても普通とは言えないでしょう?」
「...褒められていることは分かるのですけれど...なんだか、自分が異形の存在のような気分になります...」
急にビックリするようなことを言い出したけれど、うつむき加減で語るシンシアさんの声は暗い。
これは冗談じゃなくて本音か・・・いきなりの出来事に面食らうな。
「決してそんなことはありませんよシンシア! 親の贔屓目ではなく、あなたは本当に天才なのです。アスワン様からも誇って良いと仰って頂けたではありませんか!」
「それも分かります。とても嬉しく、ありがたく思っています。ただ...自分が普通の...同じ年頃の女の子と同じように見て貰えることはないのだと考えると寂しくなってしまって...自分が普通ではないのだと...」
そこまで言ってシンシアさんは、ハッと顔を上げた。
「申し訳ありませんお母様! 私、とんでもない不満を!」
「いいえシンシア、悪いのは私です。軽口のつもりが、あなたの前で気遣いの足りぬ物言いをしてしまいました。本当に...わたくしのせいであなたに苦労ばかりさせているというのに」
「そんなことはありません、お母様!」
「いえ分かっていますシンシア。あなたの苦労も、あなたの辛さも、あなたの不安も...すべてはリンスワルドであること、そしてわたくしに由来するもの...ごめんなさいねシンシア」
両の目に涙を溢れさせたシンシアさんが姫様に駈けよって抱きついた。
姫様も、その背中を優しく抱きしめる。
「シンシア、あなたが特別なのは、その秀でた能力だけ。それ以外は誰の目から見ても十三歳の年相応の女の子なのです。心配はいりません。それに年頃の女性というのはいつも不安と背中合わせでいるものですからね?」
え?
十三歳・・・?
「は...い...」
姫様に縋り付くシンシアさんは涙声だ。
感情が溢れて止められなくなってるんだろうけど、日頃が冷静で物静かなイメージが強いだけに、不意にこういう脆さを見せられて心底驚いたよ。
それにしても十三歳ってマジか!?
確かにジュリアス卿というか大公陛下の娘だってことを暴露された時に、ジュリアス卿が純粋な人間族ならシンシアさんもそれほどの年齢では無いはずだって思ったけど、さすがに未成年とは思わなかった・・・
なんとなく『いかなる場合でも女性の年齢を聞いたり話題にすべきではない』という師匠の教えを守って、これまで姫様達の年齢を尋ねたことは一度もなかったんだけど、ちょっとビックリだな。
まさか見た目通りだとは・・・
いや、正確に言うと見た目はもっと若い。
本当に子供っぽい。
でも見た目の若さはエルフ族ならではの影響で、落ち着いた物腰や魔法の卓越さから、実年齢はもっと全然上なんだろうと勝手に思い込んでいたよ。
だって、これほどの知恵と技量を発揮する人が本当に見た目通り若いとは、誰も思わないだろう?
パルミュナが天才だと褒めそやしてたのも無理はないな。
初対面で俺に破邪の挨拶をかましてきたのも、実は年齢相応の振る舞いだったんだって今にして分かる。
ブラディウルフの襲撃を受けたという騒めきと興奮の中、自分の日常にいなかった相手に久しぶりに出会って、実年齢の年頃らしくはっちゃけてみたい衝動を抑えきれなかったんだろうな・・・
エルフ族の思春期ってどういう感じなのかは良く分からないけど、俺の場合は思春期らしい自覚が無かったというか、ほぼ毎日修行だけでその年頃を過ごしてきたので自分を例に出来ないんだよね。
レビリスはどうだったんだろう?
ふと気が付くといつの間にかエマーニュさんが二人の側に来ていて、抱き合う姫様とシンシアさんを更に包み込むように腕を回した。
三人が一つの塊になって、その場を柔らかな空気が包み込むと、しゃくり上げるように震えていたシンシアさんの肩がすっと落ち着く。
あぁ、エマーニュさんって本当に『癒やし手』なんだな・・・
血族には女性しか存在しないリンスワルドの一族だ。
恐らく、俺なんかには想像も出来ない辛い話や苦しい話がこれまでにも沢山あるんだろう。
エマーニュさんと姫様が互いの『侍女ごっこ』を楽しんでいるのも、秘密を共有している一族同士ならではの、そうした中での息抜きなのかもしれない。
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「シンシアさんは落ち着かれましたか?」
「はい。もうすっかりいつも通りです。ですので皆さんの前に顔を出すのが少々恥ずかしいようですが」
あの後シンシアさんは、少し疲れているので休みますと言って馬車の中に入っていった。
さっき姫様が様子を見てきたんだけど、今は自分の言動に赤面しているらしい。
「気にされなくても良いのに...本当のことを言うと日頃の所作や言動から、シンシアさんは見た目より、と言うか、俺よりもずっと上の年齢でもおかしくないと思ってたぐらいなんで、十三歳だって聞いて驚きましたよ」
「シンシアは紛うことなき天才でしたから。歩くよりも先に言葉を覚え、三歳で書を読み、五歳で当家の魔道士たちと魔法論議が出来るようになりました」
「なんとも凄いですね...」
「ただ、シンシアもわたくしと同じように魔力の保有量が飛び抜けて多かったせいか、体の成長は遅いほうでしたが」
それで更に子供っぽい見た目なのか。
姫様の実年齢は聞いてないままだけど、恐ろしく見た目の加齢がゆっくりしているんだろうって事は分かる。
ただ、シンシアさんの場合は年齢よりも若く見えると言っても、実年齢が十三歳なら誤差の範疇かな?
「アルファニアに留学に行かせたのも、もはやわたくしの手元では...リンスワルド領の人々や当家の魔道士たちでは、魔法について教えられることが何一つなくなってしまったからです」
「そうだったんですね」
「それで留学させたのですが...ジュリアも『アルファニアは遠すぎるし王都で学べば十分だ』と最後まで反対していましたし、本当はわたくしも行かせたくはありませんでした...しかし、シンシア自身の、アルファニアに行って学びたいという意志が強かったのです」
「アルファニアはエルフ族中心の国ですもんね。魔法技術については他の国々より頭一つ抜け出てるでしょう」
「ええ。だからシンシアの希望を無碍には出来ませんでした。ですが、橋の件の後で急遽呼び戻したのも、いま思い返せば大義名分を付けてシンシアを手元に戻す機会だと、これ幸いと利用したのかもしれません」
「それは大袈裟でしょう? 話を聞いてもシンシアさんが戻ってくる以外に状況を収める術が無かったと思いますよ」
「ありがとうございます...」
「お礼を言われるようなことじゃないです。本当にそう思いますからね」
人前に出たくなかった姫様に代わって、長い間、伯爵家当主を演じていた影武者夫婦が大怪我を負った橋の事件は、いま思い返せばエルスカインらしい実に手の込んだ罠だった。
あの流れで、当時の魔道士たちが『身の潔白』を証明出来ずに辞職せざるを得なかったのは当然だと思うし、三人のうち誰であれ『自分は残ります』と言えたはずも無い。
かと言って上級貴族家に使えるクラスの魔道士は、そんじょそこらからすぐに連れてこれるような人材では無いからね。
姫様の娘が天才クラスの魔法使いだったって言うのは、リンスワルド家にとってこの上ない幸運だったと言っていいはずだと思うよ。