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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第四部:郊外の屋敷
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革袋の経路


俺にはパルミュナの言ってることがピンと来ない。

精霊界と繋がってるから自由に行き来が出来るんじゃないのか?・・・


「でもパルミュナは革袋の中の空間が精霊界と繋がってるから魔力の補充が出来てるんだろ?」


「えっとさー、壁の向こうに毛糸玉があってさー、それで壁に開いてるちっさな穴からその毛糸の先が頭を出してるとするじゃない?」

「なんだよ、その例え?」

「でー、その毛糸の先をするする引っ張ると、壁の向こう側からどんどん毛糸が出てくるよねー?」

「まあ、そうだな」


「少し時間を掛ければさー、最後はほとんど全部、壁のこっち側に引っ張り出しちゃえると思うの。そーやって精霊界の外に出ちゃった毛糸玉がアタシー」


「えっ、つまりどういうことだよ?!」


パルミュナの譬え話が良く分からないけど、なにかトンデモない事を言ってるらしいのは分かる。


「アタシも精霊界から糸を引っ張って出てきてるような感じなのよねー。まだ細い糸で革袋の中から精霊界と繋がってるけど、ほとんどが現世にある感じ?」


「いや待てパルミュナ。それって、いま顕現しているパルミュナの存在が精霊界と『毛糸一本分の繋がり』しかないとか、そういうことか?」

「うん」

「うんって... じゃあ今は最初にあの『箱』から顕現した時とはまるで違うのか? ひょっとして、それで時々革袋に戻って魔力を補充する必要があったりしてるのか?」

「まーねー。革袋の中の細い道を通って出てきてるから、現世に持ち込める魔力がちょびっとずつって感じなのー」

「まあねじゃねえよ!」

「てへーっ」

「でも精霊界に戻りたくなった時は革袋を通じて戻れるんだよな?」


「戻れるよー。ただ、さっきの話で言えば穴から引っ張り出した毛糸を、今度はその小さな穴から少しずつ壁の向こうに押し込んでいくような感じかなー?」


「おい...それって...なんかもの凄く大変そうって言うか時間が掛かりそうな気がするんだけど?」

「だよねー。精霊界に戻るために力も使うし凄い時間が掛かるかもー。まあ戻った後は平気だけどさー」

「お前なあ...そう言う大事な事って早めに言うべきじゃ無いか?」

「言えば心配すると思ってー」

「当たり前だろ! 心配するに決まってるじゃ無いか!」

「あー、お兄ちゃんしんぱい...」

「やかましいわ! 大体なんでそんな危ないことをしたんだよ!」


「だって、一刻も早くお兄ちゃんを手助けしたかったから?」

「あぁ...」


そうだよな・・・

ポリノー村で俺の異変を感じ取ったパルミュナが駆けつけてくれなかったら、あの頃の俺に三匹のグリフォンを撃退できたのか甚だ怪しい。

パルミュナが言うようにガオケルムの力で出来たかもしれないけど、出来たと断言することは、とても無理だな。

結局、戦いの途中で姫様を攫われたら終わりだったんだから。


「なんて言うか...いつもすまないなパルミュナ。俺の為に無茶ばかりさせちゃって...」


「へいきーっ!」


ニコニコ顔でそう言うパルミュナの頭を片手で抱き寄せた。

ホント、うっかりすると涙が出るよ。


++++++++++


そろそろ陽が傾き始めてきた頃に、シャッセル兵団の斥候班が目星を付けておいてくれた幕営候補地の一つに辿り着いた。


街道から逸れた脇道を少し進んだところにある、周囲からは見えにくい木立の中の草地で小川も近い。

こういう場所をちゃんと下見してくれてることで、斥候班たちが単に街道を通り抜けただけじゃ無いって事が良く分かるな。

有り難い話だ。


そして久しぶりの野営。

もちろん、リンスワルドの本城を出て王都までの道のりも、ずっと隊列は幕営してきたんだけど、あまりにも規模が大きすぎて『野宿』っていう雰囲気じゃなかったというか、実際、内容的にも下手な宿に泊まるより居心地良い環境だったからね。

野営って呼べる雰囲気が久しぶりなんだ。


さて、まだ明るいうちに馬車の手入れと魔馬達の世話を済ませ、天幕を張って寝床の準備をしたら後は夕食の準備なんだけど、その前に・・・


『手紙箱』だな。


テストは十分に済ませたけれど、この先は日々移動しながらのやり取りになる。

屋敷に残ってくれているトレナちゃん達が、俺たちの新しい居場所をちゃんと転移先というか送り先に指定してくれることが出来ないと用をなさないからね。


パルミュナが転移門を開き、念のため転移門が開いている最中の魔力が周囲に広がらないように結界隠しの魔道具も稼働させておく。

それから姫様が一行の無事と大まかな位置を記した紙を入れた手紙箱を持って転移門の真ん中に立った。


「では、まずこちらから今日の報告を送ってみましょう」


魔石を押し込んで手紙箱を起動すると屋敷の地下室の情景がおぼろに浮かび上がる。

姫様が手紙箱を魔法陣の中心に置いて後ずさると、少しの間を置いて手紙箱の姿がかき消すように消え去った。


「上手く届いたようですわね」

「次は屋敷からちゃんとここへ届けられるかですね。まあ、上手くいかなかったら転移して原因を調べられますけど」


しばらくそのままで待っていると、魔法陣の中心に手紙箱の姿が現れた。

成功だな。

トレナちゃん、よくやった!

まあ、手紙箱を作ったのはシンシアさんとパルミュナだけど、日々の運用って点では屋敷を守るトレナちゃん達こそが、この手紙箱通信を運用する(かなめ)と言っていい存在だからな。


姫様が屈み込んで手紙箱を取り上げる。

中を開けると四枚の書状が入っていたが、どれも日々の報告で大したことは書いてない。

リンスワルド本城で離れの管理を一任されたテレーズさん、別邸にいる姫様部屋付メイドの一人であるシャルロットさん、牧場のスライ、そしてトレナちゃん自身からの報告だ。

ジュリアス卿の私室から連絡があるのは要件がある時だけ、という話になっている。


まだ出発一日目だし、そんなに早くから大きな動きがあるとは思っていなかったけど、やっぱり『何事もない』ということが分かるとホッとする。

この安心感を得られるだけでも手紙箱の存在に感謝だ。


「もちろんだけど、うまくいったねー!」

「ああ、これで互いに離れていても心配が少なくなる。もしもこれが精霊魔法抜きで使えるようになったら世の中が変わるだろうな」

「それはすぐには難しーかなー?」

「まあ、それぐらいで丁度いいのかも。スライだってこれは戦争なんかに使われない方がいいって言ってたしな」

「うん、そーだね。じゃあアタシ、レミンちゃんを手伝ってくるねー」

「おう頼んだ。でも手伝えよ? 邪魔をするなよ?」


「ぶーっ!」


わざとらしくほっぺたを膨らませたパルミュナが、夕食の準備に取りかかってくれているレミンちゃんを手伝いに行く。


「ところでライノ殿、トレナが裏庭の一部にハーブと野菜を植えたいので許可が欲しいそうです。併せて倉庫から農具類を持ち出して使って良いか尋ねてきておりますが、いかがしましょう?」


このマイペースさこそトレナちゃんの持ち味だな、うん。


「屋敷や庭の整備に関して思いついたことは全て勝手に試して良いと伝えて下さい。俺の許可は不要です、と言うか全てをトレナちゃんに一任しますと」

「かしこまりました。そのように返事を戻しましょう」


アスワン屋敷には牧場経由で大量の食料を運び込んだだけでなく、新鮮なミルクや卵も得られるようにと山羊と鶏まで連れて行った。

塩漬け肉とかハムとか燻製とか、そこそこ保存できるものでも数ヶ月単位で暮らせる食料があるはずだけど、生鮮食品に関しては夏場はどうしようもないからね。


まあ、これから夏に向けて食料の保存には向いてない季節だけど、代わりに気温が上がって雨も増えて、豆や果菜なんかを育てるのには良い季節になる。


生肉や生魚みたいなモノは、気分転換も兼ねて少しは俺たちが途中で運び込むつもりでいるけど、それもどこまで出来るか分からない。

裏庭から続く木立の向こう側にはちょっとした草地も広がっているので、その気になれば牛や馬の放牧だって出来なくは無いんだけど、いまは未だそこまではやらなくていいって言うか、むしろ三人しかいないトレナちゃん達の気苦労を増やすだけだろう。


究極、トレナちゃん達には俺たちが戻るまで手紙番として籠城を強いることになってしまう可能性もあるかもしれない・・・


つらつらとそんなことを考えていると、転移門の中心にもう一つの手紙箱が現れた。

なんだろう? 

トレナちゃんからの追加注文か?

なんて冗談半分に思って手紙箱を開けると、妙に重々しい縁取りの分厚い紙が重ねて入れてあった。


「これは、ジュリアからですね...わたくしたちを北部大山脈における『ドラゴンの生息状況調査』に任命したという勅命状です」

「ドラゴンの生息状況調査?」

「簡単に言ってしまいますと、どう好き勝手に動いても大公家が身柄を保証するという建前ですわ」

「それはいいですね。商家の人間のフリが出来ない時は、その立場を使わせて貰いましょう」

「はい。ライノ殿たちが破邪であることも丁度良い組み合わせですね。この勅命状では...わたくしが『ドラゴンの専門家の博士』? ジュリアったらふざけすぎですね!」


「いや、ドラゴンはともかく博学的に姫様を上回る人はこの中にいないんですから妥当でしょう?」

「果たしてそうでございましょうか...甚だ不安ですが...」

「いいと思いますよ。他のメンバーは?」

「エマーニュが助手、シンシアは護衛の魔法使い...そのままですね。ダンガ殿ご兄姉も護衛、ライノ殿やレビリス殿、ウェインス殿は道案内を兼ねた魔獣避けの破邪と...少々皆様に失礼な設定のようにも思いますけれど...」


「いやあピッタリじゃないですか? 破邪の役目は言うまでもないですしアンスロープが強い一族なのは知られてますからね。出発前に僕ら自身で考えてた『役』とそう変わりませんよ。...あ、パルミュナは?」


シンシアさんは魔道士のローブ姿で隠してるからいいようなものの、普通なら『なんで子供がドラゴン調査に同道してるんだ?』って事になるだろうし、フォーフェンで買った街娘の旅装をしているパルミュナなんか言わずもがなだ。


「書いておりませんね...こちらの手紙の方には...なるほど」

「なんですか?」

「大精霊にどんな役目を付ければ適切なのか判断できなかったので、こちらで適時工夫して欲しいそうです」


「あー...そういう」


まあ、パルミュナはどんな設定でも浮くからね。


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