Part-3:ドラゴンの山へ 〜 出立の日
ドラゴンの大凡の位置は分かったし、魔馬が牽く新しい馬車も揃った。
奥地に詳しいウェインスさんも仲間になってくれた。
シンシアさんのお陰で手紙箱も完成して、後に残していく人々との連絡にも不安がない。
ドルトーヘンに着いたら可能な範囲で情報を集め、予定通りレンツに向けて北上して『暴れ者』のドラゴンを目指すか、進路を東のラモーレンに変えて大森林地帯を越えた先の山を目指すかは集まった情報次第だろう。
王都から北東の地域というのは姫様達も訪れたことがないそうで、ウェインスさんが以前に通ったことがあるラモーレン近郊と大森林以外は、ジュリアス卿から貰った数枚の地図を頼りに進んでいくことになる。
特にレンツの方は、行ってみないと分からないって話だな。
とにかく、いよいよドラゴン探しだ。
スライから馬車を受け取って三日後、ドラゴンキャラバンのメンバー全員がアスワンの屋敷に揃った。
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いくら乗り心地の良い馬車だと言っても、走っている馬車の中で安眠するのは不可能だから夜は普通に泊まって眠ることになるけど、その停泊地というか野営地選びはスライの部下達の情報が頼りだ。
もちろん、当面の間は転移で屋敷や別邸に戻れるんだけど、俺たちが幕営地の番をしながら野営して、姫様達三人を夜だけ別邸に戻すって言う案は、姫様自身に却下された。
「そのような方法では、とても旅の仲間とは言えません。わたくしは嫌でございます。それに距離が離れて行くにつれ転移は厳しくなると聞いています。いつまでその方法が使えるか分からないのですから頼るのはよろしくないでしょう」
そう言われると反論しづらい。
「王都からフォーフェンまでと同じ程度の距離までは大丈夫ですよ?」
「カモフラージュの為にシンシアと王都に戻るのも、数日に一回で十分です。いるというそぶりさえアピールできれば良いのですから、毎日跳ぶ必要はございませんし、安直に戻っていると心が弱くなる気もいたします」
最近はチョットぬるい生活に浸りきってたけど、野営の寝心地がとか住環境がとか言ってる場合じゃ無かったよね・・・
「それにエルスカインの行動は読めません。どのタイミングでわたくしどもの意図が露呈するか分からないのですから、できる限り一緒に固まっているべきかと思います。カモフラージュは仕方ありませんが、それ以外は出来るだけ転移に頼らないようにしたいと思います」
完全に姫様の言う通りだな。
姫様にしてみれば、とうの昔にこの議論は済んでいたと言うところだろう。
確かに、頼りすぎてると使えなくなってからが辛いだろうし、パルミュナやシンシアさんも気軽に転移できないほど遠く離れてしまってから慌てるようじゃ情けない。
出来るだけ、現地で完結できるように考えていかないとな・・・
「分かりました姫様。基本的に現地で完結するようにしながら進んでいきましょう」
先頭の馬車は俺が御者をやるけど、パルミュナは御者台の横に一緒に座っていても革袋に入っていてもどちらでもいいらしい。
真ん中の馬車は姫様達の三人だけど、ウェインスさんが御者をやってくれる。
後ろはダンガ兄妹だ。
三人とも馬車はそれなりに操れるらしいから、三人で交代しながら付いてきて貰えればいいんだけど、今回は目立たないようにダンガたちの馬車も他と同じサイズだ。
車内で変身するのはちょっと厳しいだろうな。
最後に追加した荷馬車の御者は言うまでも無くレビリスが買って出た。
しかも、かなり楽しそうに。
スライが言うには、荷馬車の方は一頭立てだけど車体が段違いに軽いから、荷物を沢山載せたりしなければ二頭立ての乗用馬車と遜色なく進めるらしい。
ただし揺れるけど。
本当に荷物を山積みにしなければいけない理由は無いんだから、この荷馬車は偵察なんかに使ってもいいかもね。
まあ、実際に動き始めたらドラゴンキャラバン側でも、あるいは別邸や牧場の陽動組でも様々な問題が出てくるだろう。
不安は沢山あるけど、ここまでやれることはやってきたし、シンシアさんとパルミュナの『手紙箱』のお陰で、出発してからも状況に合わせて相談しながら進めるという方法が採れる。
「それじゃあ、皆さんの準備が問題なければ馬車を出そうと思います」
「了解だライノ」
「俺たちは問題ないよ!」
「参りましょう、ドラゴンのいる山へ」
「よし、出発しよう!」
俺たちの留守中に屋敷の手入れと手紙番をしてくれるトレナちゃん達に見送られ、アスワンの屋敷を出発してまずは東へ。
結界を抜け出たら森の中の街道を東に折れて、そのまま王都から離れていく感じなんだけど、北東に行くほど山が深くなっていくせいで、少し進むと一気に人里離れた雰囲気になる。
初代大公のウィリアム卿がキュリス・サングリアを王都に定めた理由の一つが、ここが二本の大河と背後の高地に挟まれている天然の要衝で、侵略から守りやすいという事だったという。
長く続いた大戦争がようやく終わった頃は、まだルースランドとも睨み合いが続いていたし、戦略的な要素の重要性が高かったんだろう。
結果、王都は平地の広がる西側へ向けて『涙的型』に広がっていくことになり、公国内の街も西の沿岸部とリンスワルド領のある南側が発展していくことになった。
北部は平地が少なくて大規模な農業も出来ないから大きな街は少なく、山あいで出来るレベルの酪農や林業、炭焼きなどが主要な産業になっているそうだ。
俺も遍歴破邪としての旅の間には、そういうほとんど自給自足でやっているような集落を沢山見てきたけれど、豊かだと思える印象の村は数少なかった。
国を問わず、深い山あいの土地というのはそう言うものなんだろう。
魔馬が牽く四台の馬車を連ねて、ひたすら北東へ向けて街道を進む。
キャラバンの面々にみなぎる決意の強さと、恐らくは先行きに待ち構えているだろう危険の大きさとは裏腹に、お日様はぽかぽか、風は心地よくて道も悪くない。
陽射しがちょっと暑いくらいで、なんとものんびりした道行きだ。
パルミュナと二人で御者台に並んで座っていると、これから田舎に行商にでも行くような気分になるな。
まあ、今のところはね・・・
「なんか、のんびりー」
「そうは言っても、ドラゴンに合う前に事故でも起こしちゃ目も当てられんぞ。スライからも、絶対に調子に乗ってスピードを出すなって言われてるしな」
「道も馬車もいいのになー。みんな防護結界もあるし」
出発前にウェインスさんにも防護結界を移植済みだから、キャラバンのメンバーは全員、精霊の結界で守る事が出来る。
ちなみにウェインスさんへの移植はパルミュナがやってくれたけど、ヴァーニル隊長の時ほど面白い事にならなかったのがちょっと残念だった。
いつでも冷静なウェインスさん・・・
「その油断が思いがけないトラブルを招くんだよ。俺が教えた師匠の言葉は覚えてるだろ?」
「魔獣は忘れた頃に出てくるって話ねー」
「ちょっと違うけど、だいたいそんな感じか...魔獣を『穴ぼこ』にでも置き換えれば今の状況にぴったりだな」
「そーだけどさー...事故の方はともかく、ドラゴンの居場所の様子を探りながらって意味なら、帰りは転移でなんとかなるんだから、もっとガンガン進んでも平気じゃない?」
パルミュナは威勢の良いことを言うけど、屋敷から跳ぶ転移魔法の弱点は、『一度、実際にそこに行って転移門を開く必要がある』って事だ。
まあ弱点というよりは至極当たり前だという気もするが、転移門の無い場所には跳べないから、俺かパルミュナかシンシアさんが物理的にそこに行って転移門を設置する必要がある。
「途中で気が変わったなんて時にはそれでいいけどな。最初レンツに向かってたけど、少し進んでからやっぱりラモーレンに行こうって話になったとか...そういう時には転移門が有り難いよ」
一度設置すれば三人の誰でもそこに跳べるので文句はないし、馬車には四台とも害意を防ぐ結界と一緒に転移門の魔法陣もあらかじめ仕込んである。
さすがに移動中の転移は無理だし、パルミュナが言うには馬車でも船でも移動しているモノの上に設置した転移門は、いったん停止して稼働し直させないと屋敷からも見えないらしい。
これは転移門の位置が確定される必要があるって事だろうな・・・跳べない場所が見えても意味はないから当然か。
それでも何かあれば馬車を停めて、すぐに転移門を開き直して屋敷に跳ぶことは可能だから安心だ。
「なんなら、お前が先に精霊界経由であちこち跳んで、転移門を設置してくれてきてもいいんだぞ? 俺たちは次々にそこへ跳べば超楽チンだな」
もちろんこれは冗談。
そんな危ないことを現世に顕現しているパルミュナにさせるつもりは無いし、精霊界経由で違う場所に現れるっていうのは、毎回、場所を変えて『新たに顕現し直す』って事だからね。
ちょっと想像するだけでも魔力の消費が凄そうだ。
「んー、それが出来たら本当にやってあげたいんだけどねー!」
「いや冗談だよ。嫌なタイミングでお前が魔力不足になったら洒落にならんからな」
「魔力って言うか、そもそも精霊界との行き来の問題かなー?」
「ん、なんだソレ?」
行き来の問題ってどういうことだ?
パルミュナは革袋の中が精霊界と繋がってるって言ってたよな?