<閑話:レビリスの物思い>
「レミンちゃんさ、いまちょっと手が空いてたりする?」
「ええ大丈夫ですよレビリスさん。なんとなく気になったから書棚の本を揃えていただけなんです」
「この屋敷って本が多いよね。前の勇者が集めたのか、それともアスワンが集めたのかは知らないけどさ」
「不思議ですよね。ライノさんは初めてこの屋敷に来た時に、家具とかは揃っているのに、生活用品とか前の勇者様の使ってたような私物とか、そういう細々したモノが一切無くて驚いたそうですから」
「それこそ置いてあったのは姫様が譲り受けた小太刀くらいなんだっけ。それなのにさ、本だけはこんなにあるもんね...この談話室に並んでる本だけでも大商会のお屋敷並みって感じ」
「そうなんですか?」
「だと思う。リンスワルド家以外で貴族のお屋敷に入った事なんか無いけどさ、上の図書室に並んでる本とか数えたら、きっとそこらの貴族よりも持ってる本が多いんじゃ無いかって気がするよ」
「じゃあシンシアさんがこの部屋に入る度に書棚をチラチラ見てるのはそういうことなんですね!」
「きっと、読みたい本が沢山並んでるのさ。こんな状況だから言い出しにくいんだろうけど」
「へえ...さすがは勇者様のお屋敷なのかなあ」
「だねぇ」
「でもシンシアさんも凄いですよね。私なんか、並んでいるのが難しい題名の本ばかりだから、手に取ってみようって気にもなりませんけど」
「いやいやレミンちゃん、こう言っちゃあ失礼なのかもしれないけどさ、ここに並んでる本のタイトルが分かる、つまり難しい字が読めるって言うのは俺たちみたいな庶民としちゃ十分に誇っていい事だと思うよ?」
「え、読めない字の本も多いですよ? 例えばこの本とか...書いてある文字自体が分からないです」
「それ、南方大陸の文字だからさ。普通は読めないし俺も読めないよ」
「まあ!」
「破邪は読み書き必須だから、例え生まれがどうあれ修行の中で叩き込まれるけどさ、レミンちゃん達は育った村に色々と教えてくれる人がいたの?」
「そうですね...私たちの一族の長老で...オババ様って呼んでましたけど、他の種族の村だったら長老さんみたいな感じなのかな? その人がいつも小さな子供達を集めて色々と教えてくれてたんです」
「へぇー、それはいいね」
「それも狩りの事や畑仕事の事...生活技術って言うんでしたっけ? そういう働くための知識だけじゃ無くて、読み書きや勘定を教わったり、色々な昔のお話を聞かせてくれたり...とっても楽しかったんですよ」
「いいなあ...そういう年長者のいる村は素敵だと思うよ」
「はい。新しいルマント村も、そんな風になったらいいなって思います。頑張ってオババ様もリンスワルド領に連れて来ないと。それに一度、姫様にも会って欲しいですから」
「そうだね...ところで伯爵家の屋敷でレミンちゃん達と会う前にさ、ライノとパルミュナちゃんを連れてリンスワルド家の岩塩採掘場まで上がっていたんだけど、そこでちょっとしたゴタゴタがあってさ...」
「ゴタゴタですか?」
「まあ、採掘場の作業員同士の揉め事みたいなもんでさ、良くあることなんだけど、いつの間にか、そういうのを纏めるのも破邪の役目みたいになっちゃってるところがあってさ」
「破邪さんですものね」
「やっぱり、そういうイメージなの?」
「魔獣や魔物を退治するとか、悪い奴らをやっつける的な? でも正直に言うと破邪の方の仕事ってよく知らないんです。私たちは大森林脇の田舎暮らしで、余所からの人が入ってくる事なんて、ほとんどありませんでしたから」
「うーん、悪い奴らをっていうのは、ちょっと違うけどさ」
「まあでも、正義漢で強そうな人たちって印象ですよ?」
「じゃあ、悪い印象はないって思っててもいい?」
「もちろんです!」
「なら良かった。あ、それでね...その揉め事を引き起こした若いのがさ、お詫びにって言って、帰り際にコレを俺のところに持ってきたわけ」
「わあ! 素敵な反物...綺麗な柄ですね!」
「南方大陸からの輸入品なんだってさ」
「へえー、確かに南の国って雰囲気がありますよね。柄とか色合いとか」
「そんなのいらないって断ったんだけどさ、どうしてもお礼に貰って欲しいって言われてさ」
「よっぽどだったんですね」
「...まあ、危うく仕事を首になるところを止めてあげたって感じだったから、恩に思ってくれたんだろうね」
「へえー、なんだかレビリスさんらしいなって思いますよ?」
「えっ、そう?」
「ええ、もちろん」
「ま、本当はライノとパルミュナちゃんが一緒にいたからこそ丸く収まったって感じなんだけどさ」
「でも、その人って揉め事を起こした張本人なんでしょう? そういう相手にお礼を言われちゃうって言うのが、レビリスさんらしいなって思います」
「...そ、そう? でまあ、そいつってさ、フォーフェンに来る前は王都に住んでたそうなんだけど、実家が商家で四男坊だったんだってさ」
「だったら良いところのお坊ちゃまじゃないですか!」
「かもしれないね。王都じゃ親の名前で幅をきかせてたけど、上に兄貴がいるから店も継げないしさ、でも甘やかされてロクに仕事も覚えないで過ごしてきたから、いざ独り立ちしようと思ってもなにも出来なくって、それでフォーフェンなら、自分もなんか出来るんじゃないかって流れてきたんだってさ」
「なんだかちょっとだけ分かる気がします...私たちもフォーフェンに行けばなんとなるんじゃ無いか、希望が見つかるんじゃ無いかとか、そういう縋る気持ちがありましたから」
「それでライノに会えたんだから正解さ」
「そうですよね!!」
「でもそいつは結局、フォーフェンでも考えてたような商売はなにも出来なくてジリ貧でさ...食うにも困ったところで、とりあえず力はあったから採掘場の作業員にはなれたらしいんだけど、鬱憤溜めてたみたいだったね」
「それでゴタゴタに?」
「そんな感じさ。で、そいつが家を出る時に、金に困ったらコレを売れって言って、母親が店の商品を渡してくれてたんだそうだ」
「きっと、とても大切なモノですよね?」
「だよねえ...俺もそう言ったんだけどさ、コレを持ってると以前の自分から変われない気がするんだってさ」
「えっと...それはひょっとしたらですけど、何かあるたびに親に頼っちゃってた頃の記憶とか、あるのかもしれませんね?」
「そうかもね...じゃあ売ればいいじゃないかって言ったんだけど、自分じゃ売りたくないんだってさ。それこそ、俺が貰っても売るしかないぞって言っても、それで良いからって言っててさあ。なんだろうね?」
「なんとなくですけど、私にもその気持ちって分からなくもないです。自分のことを大切に思ってくれている家族が渡してくれたものですもの。頼る気持ちは切り離したいけど粗末にはしたくない、そんな感じかなって気がします。手放す意味とか、相応しい機会とかが欲しかったんじゃ無いかなって?」
「そっか。うん、きっと、そんな感じだよね...売るでも人に譲るでも好きにして下さいとは言われたけど、なんか売って金に換えるってのも気が引けるしさ...」
「本人から経緯を聞いてたりすると、余計にそうですよね」
「たださあ、正直、俺がこんなモノを持ってても仕方ないしさ、使うような身内もいないし」
「そうなんですか?」
「それで...もし良かったらなんだけど、レミンちゃんがコレ貰ってくれないかな?」
「えっ? 私に? いいんですか?!」
「うん。せっかくだから無駄にしたくないし、仕舞い込んでても意味ないしさ、出来れば誰かに使って欲しいかなって思って...それで、じゃあ誰にって考えた時に思い浮かんだのがさ、そ、その、レミンちゃんでさ...この前ライノと一緒にフォーフェンに戻った時に取ってきたんだ」
「えっ、本当に?...あ、あの、ありがとうございます!」
「まあ、気に入らなかったら売っても良いからさ」
「そんなことしませんよ! レビリスさんから頂いたモノなのに!」
「そう?」
「そうですよっ!」
「ああ、とにかく喜んで貰えたのなら良かったなあ」
「あ、あの、レビリスさん、お礼がしたいです...」
「いやでも、そういうつもりで譲ったんじゃないしさ。お金にするつもりはなかったし...だから、気を遣わなくても大丈夫だからね?」
「でも本当に、とっても嬉しいんですよ?」
「だったらさ、とにかくレミンちゃんに譲ることにして良かったよ!」
「...えっと...レビリスさん、そっちを見て下さい!」
「その書棚? なにかあるの?」
「これです...」
「...えっ?」
「お礼です!」
「え?...ええぇぇ!...」
「お礼で...あ、違います。間違えました。えっと、これは『お礼』なんかじゃ無くて、これが私の正直な気持ちなんです!」
「これじゃあさ、俺の方が貰いすぎだよね? 嬉しすぎるよ」
「ホントですか?」
「だって反物なんて、どんな高級品だってお金を出せば買えるだろ? レミンちゃんの気持ちは絶対にお金じゃ買えないからね!」