旅の仲間
馬車と魔馬の方は片付いたので、後はここの手紙番を頼んでおかないといけない。
「それと、スライに頼みたい事がもう一つあるんだけど、俺たちの出発後に牧場から離れる用事はあるか?」
「うーん、特には思い浮かばねえな。食材は牧場の連中がまとめて届けてくれるし、ここの出入り商人に大抵のものは頼めそうだしなあ」
「だったら頼む。ちょっと来てくれ」
スライなら確実で安心だな。
字も綺麗だし・・・
スライと一緒に荷物部屋に見せ掛けた転移部屋に入る。
「ここで手紙当番をして欲しいんだ」
「手紙?」
「ああ、これを使ってな」
革袋から手紙箱を一つとりだして見せた。
「これは転移門を使って手紙をやり取りできる魔道具だ。魔石で動くから、俺たちがいなくても誰でも使える」
「へぇー...」
「ま、ちょっとやって見せた方が早いかな...俺が屋敷に戻って受け取るから、スライは適当な手紙を書いてこの箱に入れて送ってくれ」
手紙箱の使い方を説明し、別邸で仕入れて置いた筆記具と魔石を革袋から取り出してスライに渡す。
「俺が消えたら、いま教えた通りにやってみてくれよ」
「おう、分かった」
屋敷の地下に戻ってしばらく待っていると、やがて魔法陣の中央に手紙箱が出現した。
さすがスライだ、使い方もほとんど迷わなかったらしい。
箱を開けると、俺が渡した紙に『本日は快晴、南西の風で微風、気温はやや高く牧場周辺に脅威の気配なし』と、いかにも軍隊の報告みたいな文字が並んでいた。
これは、スライ流の一種のジョークかな?
俺は紙の空いている場所に『詳細な報告感謝する。引き続き観測を続けられたし』と書いて送り戻した。
牧場の転移部屋に戻ると、スライが箱から出した紙を手に持って、こちらにヒラヒラと振って見せた。
「コイツは凄えな! 戦場で使えたら一瞬で優劣がひっくり返るぜ?」
「移動してる方が精霊魔法の使い手じゃないと転移魔法陣を開けないからムリだよ。つまり、出先で手紙箱を自由に受け取れるのは俺とパルミュナとシンシアさんだけってことだな」
「そっか。まあそれぐらいが妥当だよな...こんな便利すぎるモンは戦争なんかにゃ使われねえ方がいいだろうさ」
そう言って手元の紙に目を落としたスライの表情は、ちょっとだけ物思いに耽っている風にも見えた。
「まあとにかく、なにかあったらこの手紙箱を使って俺たちに教えてくれ。屋敷からは毎日、幕営地に着いてからまとめて手紙を受け取る事にしてあるから、その日の夜には俺たちに伝わる」
「報告する基準はなんだ?」
「スライにお任せだ。要望とか教えておいた方がいい事とか何でも良いよ。それに『本日も平穏なり』って手紙が毎日届いてたのに、ある日なにも送られてこなかったら、ここで何かトラブルがあったって分かるだろ?」
「そいつは、あんまし考えたくねえ状況だな...まあでもボスの言う通りだ」
「俺たちが斥候班と落ち合えたらその手紙で教えるよ。新しい指示をどうするかもすぐに相談できる」
「了解。どっちの斥候班にも、街で三週間待ってボスと合流できなかったらここに戻ってこいと指示してある。途中でコースを変えるなり引き返すなりになっても連中に待ちぼうけを食らわせる心配はいらねえぜ?」
「合流を気にしなくて良いのは楽だな。スライ達に斥候を頼んで正解だった」
「こんな事じゃあ、まだ全然賃金分働いてる気分にはなれねえけどよ」
「それでも魔獣相手の戦闘なんて、無い方が良いだろ?」
「言うまでもねえな...」
だよね・・・
「で、ドラゴンの噂はどんな塩梅だい?」
「実際にドラゴンを見たって奴はドルトーヘンの街じゃあ見つけられなかったようだ。まあ、街の連中にとっても、近くにドラゴンがいるなんて話が広がったら自分たちにも良いこと無いって言うか死活問題だろうからな。あんまり大っぴらには口にしてねえんだろう」
「大山脈からドルトーヘンなら言うほど近くはないだろ?」
「そんでもドラゴンが本気で飛びゃあすぐだろう? 気まぐれで飛んでこられたら目も当てられねえよ」
「それもそうか」
「それでビビった商人達が足を運ばなくなったら、あっという間に交易が途絶えて干上がっちまいかねねえ」
「確かにな。噂ってのは広がるのが早いからなあ」
悪い噂や危険な噂ってのは、言ってしまえば旧街道のバケモノ騒ぎや麦角疑惑と似たようなものだけど、コイツはドラゴンっていうはっきりした形のある『災害』だから余計だろう。
それでなくても元から日頃の流通量が少ない上に、冬場は雪に閉ざされる山際の地域にとって、外部との交易維持は最優先だからね。
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本当は今回のドラゴンキャラバンも、姫様とシンシアさん、エマーニュさんの三人には、俺たちが出た後にそのままアスワン屋敷に籠城して貰うって言う手があった。
さすがのエルスカインも大精霊の結界に守られているこの屋敷には手を出せないはずだ。
それが一番『安心安全』な気がするんだけど・・・と、姫様にそう言ったら案の定、難色を示されてしまった。
「確かにシンシアが転移門を扱えるようになりましたので、お屋敷と別邸や王宮を素知らぬ顔で行き来して過ごすことは可能でございましょう」
「ですよね?」
「手紙箱もありますから、ライノ殿のドラゴン探しの進捗も日々教えて頂けるかと思います」
「もちろんですよ」
「ですが、あの日、ライノ殿のお話しを伺って決意したことは、自分たちは安全な場所に居りながらライノ殿のお帰りを待つ、という事ではございません。元より、ドラゴン探索の途上でライノ殿が困難に会うとすれば、それはわたくしどもも共に対峙すべきとかと思います」
「えっと。いや、俺たちが戻るまで待ってて貰うってだけですよ? 必ず戻るつもりでいますからね?」
「ですが、お屋敷に籠もって何もせず、世界の命運が決するのを日々待ち続けているというのは耐え難く感じます」
うーん、姫様の考え方として、自分も当事者でいたいって気持ちは良く分かるんだけど・・・
「わたくしどもが足手まといになってしまうかもしれないこと。そして、ドラゴン探しを隠密に行うという上で目立つ要因になってしまうであろう事はよくよく承知しておりますが...」
「それは...」
「ですが、わたくしたちは勇者様と道を共にしたいのです。途中、危険過ぎると判断したらアスワン様の屋敷に戻るようにも致します。どうか、わたくしの最初で最後の我が儘を聞き入れて頂けないでしょうか?」
ここで上目遣いですか姫様!
でも最初だっけ?
あと、本当に最後かな?
ま、どれほど危険な道行きかは十分に承知した上で、ここまで言ってくれてるんだよな・・・さすが武の家柄リンスワルド家。
実際、もしもエルスカインが俺たちのドラゴン探しという計画に気付いて待ち構えているとしたら、俺一人でも姫様達連れでも、同じように奴の警戒網に引っ掛かるだろう。
「分かりました姫様。今度の道行きでは色々と苦労を掛けるかもしれませんが、一緒に来て下さい」
「はい、勇者様!」
シンシアさんの声と聞き間違えそうな可愛い返事と、辺り一面に白百合が咲き誇ったかと錯覚するような、この満面の笑顔。
姫様には勝てないなあ・・・
実は最初の頃にエマーニュさんが一人で王都に残って影武者をやると言い出したのだけど、これは姫様に却下されていた。
「御姉様、結局はどちらにいても襲われる時は襲われます。ライノ殿が一緒では無いと露呈したならともかく、いままで通りに見せ掛けるのであれば影武者が特に危険だと言うことはないのではありませんか?」
「それはそうですが、影武者の姿をちらつかさなければ露呈する様であれば、何をしたところで時間の問題です」
「ですけれど、まったく人前に姿を出さないというのも...」
「パルミュナちゃんとシンシアには転移門も使えますし、ジュリアも協力して下さいますから、なんとか出来るでしょう。それに影武者があなたでは、すぐに露呈してしまいますわ」
「そうでしょうか? 御姉様の振る舞いは良く存じておりますが?」
「いえ、陽射しを理由に顔を帽子やベールなどで隠していても、胸元を注視されたらボリューム感の違いですぐに気が付かれます」
「あら...」
「わたくしが詰め物して見た目を増やすことは出来ても、逆にあなたがソレを引っ込ませることは出来ないでしょう? わたくしの服は着れませんし、殿方というのは意外と見ているものですよ、エマーニュ」
そこで、どうして俺の方をチラ見するかなエマーニュさん!
いたたまれないんだけど・・・
あと、シーベル城での件は不可抗力です。