荷馬車に魔馬
そのまま荷物置き場になってる兵舎の転移部屋に行って屋敷に戻り、玄関から外に出て馬車を革袋から出してみる。
急に屋敷の玄関に出された魔馬達は、一瞬頭を振って混乱したそぶりを見せたけど、意外とすぐに収まった。
彼らにとっては瞬間的に移動したのと同じらしいから、目眩でも起こしたって心持ちかもしれない。
ぽかんとした顔をしているスライ達を横目に、立て続けに三台の馬車と六頭の魔馬を革袋に収納した。
まだ転移する魔力も十分に残ってるし、これも魔力増強の修行みたいなもんだな。
「そうだスライ、魔馬ってもう一頭いたよな?」
「ああ、厩舎にいるぜ?」
「鞍とかも七頭分揃ってるのか?」
「ある。つうか、そもそも騎乗用だ。むしろ魔馬に馬車を牽かせるなんて酔狂なことする奴を見んのはボスが初めてだ」
「魔馬用の索具があったんだから、前にも試した人はいたのさ」
「それもそうか...」
「じゃあ、七頭分の馬具一式と一緒に、もう一頭の魔馬を貰っていっても問題ないかい?」
「問題ないぜ。どうせシャッセル兵団じゃ使い道がねえからな」
騎乗用の鞍の方は具体的に使い道が思い浮かんでいる訳じゃ無いけど、これはイザという時の備えだ。
先の状況が分からないならば選択肢は多い方がいい・・・って、最近の判断はなんでもこればっかりになってる気もするけど、革袋さえ有れば用意しておいて邪魔になるものでもないからな。
余った一頭の魔馬の方でなにを思いついたのかというと、今回はウェインスさんが一緒に来てくれる事になったので馬車を動かす人員にも余裕が出た。
それで、天候の悪い時に馬車に籠もって夜明かしする状況なんかを考えると、帆布の天蓋付き荷馬車を七頭目の魔馬に引っ張って貰うのも悪くないんじゃ無いかって思ったのだ。
ギュンター卿のところから持ってきた荷馬車と魔馬用の索具もまだ残っているし、うまく組み合わせればなんとかなるだろう。
「なあスライ、魔馬用の索具はまだ余ってるだろ。それを荷馬車に付けられないかな?」
「荷馬車にか? 魔馬に荷車を牽かせんのか?!」
「ああ、この際だしな」
「贅沢とか豪勢を通り過ごして、銀のバケツで水汲みするみてえな話だぜ...」
「銀も錫も遠目に見たら分からないよ。特に北方系の馬はデカいから、そういう品種だと思う人が多いんじゃ無いかな?」
「そうゆうもんかねえ...」
これは冗談抜きで本当だ。
ウェインスさんの故郷のシュバリスマークやエストフカのように冬が長くて厳しい土地では、農耕馬でさえ驚くほどデカいものが多いそうだ。
魔獣でも、あるいは熊や狼のような普通の獣でも、寒い地方に行くほど体が大きくなるモノが多いと言うのは、破邪にとっては良く知られた話である。
と言う訳でスライと一緒に厩舎に行って、寂しく残されていた最後の一頭の魔馬に会った。
「お前も一人ぼっちじゃ寂しいだろ? 一緒に来い」
魔馬に話しかけてみると、ヒヒンと鳴き声を上げて、なんだか返事をして貰えた気分になる。
「お前は明日迎えに来るよ」
そう言って頭を撫で、馬房に残っていた七頭分の馬具一式もするりと革袋に収納した。
「ホントなんでもありだなボスは...索具の方は、後で幌付きの荷馬車に合うように改造しとくよ。荷馬車は本当に荷馬車っつーか、なにも弄らねえでそのままでいいのか?」
「ああ、長旅の馬車に荷運びが一緒について回ってるっていう体でいいんだ。道中で仕入れた食料や資材を載せとく場所も必要だし、雨の時に幌の下で寝転がってられればいい」
「そっか、宿場に泊まらないクセに乗用馬車だけを連ねて長旅ってのも不自然っちゃあ不自然だな。ボスの収納魔法なんて人前で見せられねえだろうしよ」
「そういう事だ。イザ邪魔になったらさっきみたいに馬車ごと魔法で収納してしまえばいいからね」
「なるほどな...荷馬車の方を何も弄らなくいいなら、一晩ありゃあ出来っだろうよ」
「すまないな。だったら明日の午後にでも取りに来る事にするよ。魔馬用索具は元の持ち主に返す必要は無いから、荷馬車に付ける為にぶった切ろうが加工しようが好きにしてくれ」
「分かった。で、ボス。頼まれてた街道の情報のことだけどよ?」
「うん、どうだった?」
「とりあえず『人捜し』を建前にした斥候班を出して、ドルトーヘンの街までの情報は集めたぜ」
「人捜しか。建前としちゃ妥当なカモフラージュかな」
「傭兵だから商人や遍歴職人のフリは難しい。だけど、遠方の人捜しやメッセンジャーに雇われるっていうのは、マジに傭兵の仕事でも無かあねえんだよ」
「へえ...意外に傭兵ってのは何でも屋なんだな」
「なんだろうと荒っぽい事に出会う可能性があれば、それも傭兵の出番になんのさ」
「なるほどね」
「ただ、もしも土地の官吏や騎士団なんかに絡まれた時には、この前ボスから貰った大公陛下の勅書状を出して身分を明かしていいとは言ってある」
「そりゃ構わないさ。そのための勅書だからな」
「まったくどうやりゃあ大公陛下の勅書状なんかすんなり手に入るのか見当も付かねえけどよ。さすがは勇者様ってところか」
「勇者の力よりも姫様の力の方が大きい気はするけどね」
「そんなもんか?...で、街道筋の一通りの情報はここにまとめておいた。簡単な地図に目印も書き込んであるから分かるだろ?」
そう言ってスライが紙の束を渡して寄越した。
どの紙も筆跡が同じだからスライが全部まとめてくれたのかな?
「これ、スライが書き写してくれたのか?」
「そうだけどよ、なんか変か?」
「いや、字が綺麗だと思ってな...これはちゃんとした読み書きを学んだ奴の字だ」
「まあな...」
「いや悪い。詮索する気は無いよ。単純に綺麗な字を書くなあと思って感心しただけだ。助かる」
「傭兵らしくねえか? まあともかくドルトーヘンの街までは、そう難しいことはねえ。北東地域の街の中じゃあ王都に近い方だし物流も多いからな」
「それもそうか」
「道はしっかりしてるし、途中の宿や商店もちゃんとある。聞いた感じじゃあ道端で幕営するとしてもそれほど難儀なことは無さそうだ。盗賊が出るなんて話も無かった」
「そいつは何よりだ。勝てる勝てないじゃ無くって、道中の揉め事は避けたいからな」
「俺に言わせりゃ、知らずにボス達を襲っちまう野盗の方が不幸としか言い様がねえけどよ」
「そりゃあ自業自得だろ?」
「違いねえ。で、ドルトーヘンから先のことはいま探らせてる最中だ。ここと往復してんのは無駄になるから一班にはレンツの街まで行って待機しろと言ってある。その先は小さい村ばかりだって話だから、得体の知れねえ傭兵たちが長逗留する訳にも行かねえだろうしな」
レンツは近い方の『暴れ者ドラゴン』の居場所へ進むコース上にある、最後の街らしい。
小さな村落に数人の傭兵がいきなりやってきて長逗留を始めたら、ギュンター卿の時みたいにあっという間に噂が立つだろうな。
きちんとした立場もあるし後ろめたいことが無いと言っても、いざ行動理由を説明すると注目を浴びてしまうから、衛士隊や騎士団を呼ばれたりしたらいささか面倒だ。
「遠い方は?」
「そっちも一応、森林地帯手前のラモーレンの街まで情報を集めながら行って待てと指示してある。ラモーレンの街で落ち合えれば、そのまま森林地帯の斥候に行かせて構わねえ」
「それは厳しいかもしれんな。森の中が魔獣の巣窟だって可能性もあるし」
「まあ、その辺りの判断はボスに任せるさ。アンタが部下に無茶させる人じゃねえこたあ分かってる」
「分かった。で、彼らが道中で集めた情報の受け取り方は、前に話してた通りでいいのか?」
「ああ。魔道具の封蝋と帯紐はたっぷり用意して斥候班に渡しておいた。王都の店で作って貰った奴だから、もし、途中で受け取った報告がこの模様の帯と印で閉じてなけりゃあニセモノだ」
「了解だ」
「こっちの紙には受け渡しの符帳を書いてある。斥候班の連中も同じものを持っていて、上から順番に使っていくから間違えねえでくれ」
そう言ってスライが一枚の紙を渡してくれた。
一行ずつ、ほんの一言二言の言葉がずらずらと書いてあるんだけど、上から順番に読んでいけばなんとなく文章になって無くもない。
だけど、部外者がこの紙を拾って読んでも何のことだかサッパリ分からないだろう。
「なるほど、気の利いた方法だな。ところで一応、姫様達と話を合わせておきたいけど、斥候班はどんな人を探してる事になってるんだい?」
「俺だ」
「へ?」
「俺だよ俺。スライ・グラニエ。実家を飛び出して渡りの職人やら何でも屋をしながらあちこち旅して回ってるらしい。傭兵をやってるって噂もあるが、なんかの事情で家の人から頼まれてそいつを探してるって筋書きだ」
「なんと言うかまあ...ピッタリなシチュエーションだな!」
「だろ? ま、それっぽい話なら何でも良いんだけどよ。こういう任務の時は人相やら風体やら詳しく説明できねえと怪しまれる。となると、みんなが良く知ってる野郎をモデルにでっち上げるのが一番なんだよ」
「なるほど...いつもスライの話は本当に参考になるな」
「よせやい。喰ってく為に何でも引き受けたから仕事の幅が広かったってだけだ」
「その知識とか経験とかが俺には無いから貴重なんだよ」
実際、スライの知識や経験談は驚くほど多方面に渡っていて心強い。
戦闘なんか一切しなくても『荒事顧問』で貴族家に雇われて不思議じゃないってレベルだよ。




