新しい馬車と七頭の魔馬
「まあ、屋敷に戻る前に食べていくよな?」
一応は質問の体裁を取っているけど、そもそもパルミュナが否と言うとは思ってない。
と言うか、銀の梟亭の二階が転移部屋になった以上は必然というか役得というか、フォーフェンに来て食堂を利用しないなんて考えられないからね。
「だねー、レビリス達にはお土産あればいーんじゃない?」
「昼飯は屋敷で用意されてたよな。お土産はツマミとデザートぐらいでいいか」
「でも量は多めの方がいいかも? シンシアちゃんも跳べるようになったから、いつ誰が来るか分からないしー...いらなければ革袋にそのまま入れとけば傷まないもん」
「それもそうだな」
『いつ誰が来るか』と言うよりも、正確には『いつジュリアス卿が来るか』だけどな?
まあデザート類はシンシアさん達も喜ぶし、余ればパルミュナとレミンちゃんが食べればいいし、多めにしとくか・・・
食堂に入ると幸いぼちぼちと空席が出始めていたので、出来るだけ隙間の多いところを探して席を確保した。
「いらっしゃいませ! お食事はどうされますか?」
「俺たちはここで食べていくんだけど、例によって『お土産』を多めに頼めるかな?」
「はい。今日の昼食は豚肉の炙り焼きかパーチの魚醤焼きです。魚醤が苦手な方には塩焼きにも出来ますよ」
お、レビリスの大好きな魚醤焼きか。
それも魅力だけど炙り焼きという言葉の響きが食欲をそそるな。
「じゃあ俺は豚肉の方を頼むよ。それとエールね!」
「かしこまりました!」
「アタシはパーチの魚醤焼きーっ!」
なにげにパルミュナも魚醤が気に入っていたらしいな・・・
娘さんが奥に引っ込んでから、待つほども無く串に刺した豚肉とパーチが運ばれてきた。
昼食は食べる方も慌ただしいから、事前に沢山作り溜めして温め直しながら出しているんだろうな。
それにパーチの方も切り身にしてから焼いてあった。
これなら食べやすくていいし、お土産にもしやすい。
「もし数が足りるなら、豚肉とパーチそれぞれ十五人前ずつ包んで貰えるかな? 昼の営業に差し障るなら無理のない数だけでもいいよ」
「大丈夫ですよ。容れ物はどうしますか? うちに有るもので良ければどちらも浅鍋に入れるのが良いと思いますけど」
「その鍋ごと貰えるの? いつも悪いね」
今度からは、洗った空の鍋を革袋に用意しておくか。
十五人分を頼んでから、テレーズさんの分が不要だったことに気が付いたけれど、まあ多めでいいや・・・
「いえ、先日の鍋でも、兄も本当はもう少し大きな鍋に買い換えたかったらしくて、むしろ鍋を新調できたと喜んでいます」
「それなら良かった。じゃあそれで」
「かしこまりました。デザートも十五人前でしょうか?」
「お願いします!」
「はい、かしこまりました。今日のデザートはイチゴのタルトです」
「やったー!!!」
嬉しそうだなパルミュナ。
この銀の梟亭で最初に食べたデザートだもんな・・・
++++++++++
銀の梟亭で遅めの昼食を堪能した後は、お土産を持っていったんアスワン屋敷に戻り、トレナちゃんに銀の梟亭での戦果を引き渡す。
後はみんなの様子に合わせて彼女がよろしく采配してくれるだろう。
パルミュナはお昼寝モードだったので革袋に入らせ、新しい馬車を引き取りに一人で牧場へ行くと、スライ達が馬車の手入れをしつつ待っていてくれた。
「尾行は無かったぜボス」
「そりゃ良かった。手入れまでして貰って悪いな」
「いやぁ出来たての馬車ってえのは色々と不具合があるもんだからな。しばらく走らせてみりゃあ、工房じゃ分からねえことが出てくるもんさ。ここまで運んできたのが丁度いい試験になった」
「なるほど、新品の馬車なんて受け取ったことがない、って言うか、馬車を所有した事なんて一度もないから、思い付かなかったよ」
「ギュンター卿の屋敷からここに来るまでの間だって、結構、途中で隊列の馬車の修理をしてたろ? 長い距離を走らせてりゃあ細々したことは沢山出てくる。東部の荒野を行き来してる商隊なんて、予備の車輪や車軸まで一式積んでるもんだぜ」
「へー! そこまでするのか」
「ソレが壊れたら動かなくなるって部品で、現地で修理や調達が難しいもんは積んでくしかねえからな。何事も無けりゃあ無駄な荷物だけど、省くと命に関わる」
「たしかにな...俺はちょっと軽く考えてたかもしれん」
「まあ程度問題だよボス。いくら慎重でも『予備の馬』を馬車に積んでいく馬鹿はいねえからな?」
「ごもっとも...で、この馬車の出来はどうだった?」
姫様が発注した馬車だから仕上がりが悪いはずはないだろうけど、ぱっと見は仕上げの良い乗合馬車みたいに見える。
これまでリンスワルド家ではお目に掛かったことの無い地味さだ。
「街中走ってる貴族の馬車と違って見た目は質素だけど作りは特別だな。目立つ不具合はほとんどねえ」
「そりゃ良かった」
「仕掛けもなかなかだぜ? 天井上に巻き込んである布を引き出して張り出し屋根を掛けられるとか、ベンチの背もたれを倒して簡易ベッドに出来るってのは度肝を抜かれたな。よくこんな事考えつくもんだ」
「リンスワルド家は領地が広いから姫様達も視察や巡回で旅慣れてるんだよ。あの白い馬車も幕営用の凄い仕掛けが沢山付いてただろ?」
「そう言やあ停泊地に着くと姫様の白い馬車って、いきなり倍くらいデカくなってたよな!」
「コイツも中でちゃんと横になって眠れそうか?」
「ああ。こりゃあ便利だからきっと流行るな。それと御者台の上に張り出し屋根が出せるのもいい。ちょっとした雨や陽射しを遮るには十分だ」
「そんなのも付いてるのか。走りもいい感じかい?」
「驚いたね。そこらの荷馬車は較べるまでもねえけど、街道走ってる乗合馬車なんかと較べても乗り心地の良さが凄い。って言うか揺れねえ」
「そんなに?」
「ああ、どんな仕組みなのか分からねえけど凄い乗り心地だ。でも魔馬に牽かせてるし、ついスピード出したくなるからボスも注意しなよ? いくら馬車が良くても道には何が転がってるか分からねえもんだからな」
「おおぅ、それもそうか。乗り心地が良くても調子に乗ってぶつかったら終わりだな」
「スピードが出せる分だけ余計にな...貴族達が先頭に騎士を走らせてるのも見栄ばかりじゃねえ。上位貴族が乗ってるような六頭立ての馬車なんか、高い御者台に上がっても路面の状態なんかほとんど見えやしねえよ?」
「だろうなあ...」
「道に穴が空いてても馬は大抵が走り抜けちまう。だけど後ろにくっついてる馬車は、車輪が穴にはまったりしたらそこでドーン! 下手すりゃ横転だ」
「言われてみると、俺もそんな事故の話を良く聞いた気がするな」
「だから騎士のいない下級貴族や商会のお偉いさんはフットマンを随走させたりするんだ。まあこれは二頭立てだし、そこまではねえだろうけど、御者より魔馬の方が遙かにスタミナがあるって事を忘れちゃいけねえ。とにかくスピードは出さないことだよボス。早く着こうと焦ったら事故るぜ?」
焦ると事故るか・・・ガキの頃に師匠にも言われた事だ。
「肝に銘じておくよ」
「あと、新品の馬車ってのは乗ってる内に雨漏りすることがあるから、姫様方が濡れないように気をつけてやんな」
「新品で雨漏りするのか?」
「新品だからだよ。走らせてる間に木材が乾燥や振動で歪んで隙間が出来てくることがあるんだ。こういうのはどうしようもねえから、ある程度使い込んでから手を入れるもんなんだ」
「なるほど。それ、普通はどうやって対処するんだ?」
「タールで塞ぐとかワニスを塗り直すとか、大きな歪みなら工房で手を入れることもあっけどな。ボス達は途中でそんなことやってる余裕はねえだろうから、適当に松ヤニでも塗り込めとくか、ヒドい場合は天井に帆布を被せて凌ぐかだな」
その後も細々とした注意事項や、馬車の使い方や整備に関して工房の職人から受けた色々な説明なんかを、まとめてスライに教えて貰う。
「スライって、本当に色々なことを良く知ってるなあ...」
「場数って奴さ。商人連中とも付き合いが長えからな」
「なるほどね。整備が終わりなら貰っていくけどいいか?」
「ああ、もう大丈夫だ。工房が用意していた予備部品の類いは中に積んである。で、行きの御者役を三人と帰りに乗っていく荷馬車を一台付いていかせる。それでいいか?」
「いや、ちょっと待っててくれ。収納して運べるかどうか試してみる」
「収納ってどうする気だ?」
「出来るかどうか、やってみないと分からないけどな」
中途半端な返事をしつつ、先頭の馬車に近づいて手を当てた。
荷馬車が上手くいったんだから今回も上手くいくはずなんだよな・・・あれよりもかなりデカいけど。
不安を余所に、スッと魔馬と馬車が革袋に収まった。
この前の荷馬車収納で自信が付いたからかな?
全然いけそうだ。
不審げに見ていたスライ達もさすがに仰天して後ずさってる。
よし! ビックリ成功だ。
俺も最近は、人を驚かせるのが好きな大精霊のノリが移ってきたかもしれない・・・
うん、魔力的にはまだ全然大丈夫。
「なんだそりゃ...」
「俺の収納魔法は何度か見てるだろ? ここの荷物を転移で屋敷に運ぶ時と同じだな」
「そりゃあそうかもだけどよぉ...馬車はねえだろ、馬車は。さすがに目ん玉飛び出るなあ」
もちろんスライをビックリさせるのが目的じゃなくて、この馬車を収納して運べるならドラゴンキャラバンの移動に関する自由度がぐっと上がるからね。
早めに試しておきたかったんだ。