マルク・ウェインスさん
「ここが...以前に『親戚が残した家』と仰ってた場所ですか?」
地下室に転移したウェインスさんが辺りを見回しながら尋ねてくる。
「ええ、まあ親戚って言うのは方便で、実は俺に力を貸してくれているもう一人の大精霊が以前に作って保管していた屋敷です」
「大精霊様がお屋敷を...」
「ほらウェインスさん、収納魔法なんてさ、ホントに入り口だっただろ?」
「そうですな...驚かされるのは楽しいですが、腰を抜かさないように気合いを入れておきましょう!」
そんな決意を口にするウェインスさんと一緒に一階に上がって談話室に入ると、中にはもうみんなが揃って待ってくれていた。
「ウェインスさん、一緒にドラゴンを探しに行く旅の仲間達を紹介しますね。みんな気心のおけない俺の友人達で上下関係は一切ありません。友達同士の間では外の世界での肩書きや爵位なんかは不問にするって言うのが約束事ですから、それは守ってください」
「はい、分かりました。では、そのようにさせて頂きましょう」
最初にこのくらい言っておかないと色々と面倒そうだからね。
「みんな、この人がシュバリスマーク出身の破邪で、フォーフェンの寄り合い所の世話役だったウェインスさんだ。知っての通り、北部大山脈と森林地帯を単独で踏破した傑物だよ」
「皆さん、マルク・ウェインスと申します。できる限り、皆さんの手を患わせないように致しますので、どうかよろしくお願い致します」
「ウェインスさん固い固い。もっとさ、友達同士でザックリと行こうよ」
始めて姫様とエマーニュさんを紹介された時のレビリスの反応を思い出すと『どの口で言うんだ?』と思わなくもないけど、それだけレビリスも馴染んだのだと捉えよう。
「まあ、最初は様子が分からなくて戸惑うと思うけど徐々に慣れてください...まずこっちの三人が、ミルバルナの大森林から来たアンスロープの三兄妹です」
「おお、ミルバルナの大森林!」
「ダンガです」
「レミンです」
「アサムです」
「よろしくお願いします。いやあ一度大森林を通り抜けてみたいとは思ってたんですが、フォーフェンで止まってすっかり居着いてしまいましてな。機会を逸しました」
「そうだったんですか。いつか俺たちの生まれた村にも来て下さい」
「ええ、ぜひ伺いたいですな」
「それから、こちらの御三方がレティシア姫とエマーニュさんとシンシアさん。一応、正体を教えておきますけど、それは気にしないでください」
「はあ...」
まあ、服装からして貴族だってのは一目で分かるからね。
ドラゴン探しも伯爵家の仕事って事にしてるし。
「まずレティシア姫が...俺達は単に姫様って呼んじゃってますけどね、リンスワルド領主のレティシア・ノルテモリア・リンスワルド伯爵その人です」
「は? いや、それはどういう...?」
ウェインスさんが『言葉は分かるけど意味が分からない』って顔をしているな・・・
自分の想定から外れすぎてる出来事に直面すると、ウェインスさんほどの手練れでも困惑してしまうらしい。
だけどそのまま突っ走る。
「それからエマーニュさんというのは渾名で、本当は姫様の侍女じゃ無くて姫様の従妹。本名はフローラシア・エイテュール・リンスワルド子爵です。つまり、キャプラ公領地の長官をやってる方ですね!」
「いや、えぇっとよく意味が...」
「で、シンシアさんは、外ではリンスワルド伯爵家筆頭魔道士のシンシア・ジットレインと名乗ってますけど、彼女は本当は姫様の娘で、爵位継承者のシンシア・ノルテモリア・リンスワルドが本名です」
「いや、まさか...しかし、クライスさんが勇者であるならば...」
「勇者も爵位もここでは関係ないんですよ」
ウェインスさんが縋るような目で俺の方を見ているので、念押しをする。
どう反応していいのか分からない様子で困惑しているウェインスさんをよそに、姫様達三人が立ち上がった。
「お初にお目に掛かりますウェインス殿。ライノ殿からご紹介頂いた通り、ノルテモリア・リンスワルド伯爵家当主のレティシアでございます。ちなみに、二年前に事故に遭った当主夫妻というのはわたくしの影武者でございました。どうかよろしくお願い致します」
「大公陛下よりキャプラ公領地長官を承っておりますエイテュール・リンスワルド子爵家当主、フローラシア・エイテュールにございます。ウェインス殿には旧街道調査の件でお手数を掛けましたが、丁寧な報告書も頂戴して重畳の限りでございます。わたくしも皆さん同様にただの友人として扱って頂ければ幸いです」
「初めましてウェインス殿。ノルテモリア・リンスワルド伯爵家の嫡子、シンシア・ノルテモリアと申します。世間では筆頭魔道士を務めるシンシア・ジットレインという名で通しておりますが、どうかよろしくお願いします」
三人が面白がるようにウェインスさんに畳み掛けている。
ひょっとしたらシンシアさんが『破邪の挨拶』をかますんじゃ無いかと期待してたけど、さすがに貫禄の有るベテラン相手にそれは控えたか・・・残念!
「シンシアさん、破邪の挨拶はやらないんですか? 久しぶりに見たかったのに」
「い、いえ、あれはライノ殿に受けて頂いて満足しましたから!」
さてと・・・
最後にもう一を人紹介しないとな。
談話室に入った瞬間に『なんでいるの!』って思ったけど、満面の笑顔をされたら邪険にも出来ない。
ホントは大公って結構ヒマなのか?
「えっと、最後に彼がジュリアス卿です」
「よろしく頼む、ジュリアスと呼んで欲しい」
「はい、こちらこそどうぞよろしく」
「で、ウェインスさんはきっと彼も貴族なんだろーなーって予想は付いてると思うんですけど?」
「さすがに、お召し物と佇まいの威厳で分かりますな。この場でなかったら会った瞬間に跪いていただろうと思いますよ」
「ええ、でも跪くとか傅く系は一切ナシでお願いしますね。ジュリアス卿はつまりジュリアス・スターリング大公なので、世間で言う大公陛下って事ですね!」
「はひっ?!」
ウェインスさんがしゃっくりをしたのかと思うくらい高い声で噛んだ。
「ウェインスさん、みんな本当に友人なんです。俺が勇者だったりパルミュナが実は大精霊だったりすることと同じで建前も肩書きもなし。ただ、一緒に魔獣使いと闘う仲間ってだけなんですよ」
「さ、さ、左様ですか...」
「ドラゴン探しも伯爵家の依頼だって言いましたけど、実際は魔獣使いと闘う為に仲間達で決めたことなんです」
「はは、はい...分かったとは言い切れないものが内心ありますが分かりました。では、クライスさんの仰る通り、市井の友のように振る舞わせて頂くと致します。不慣れな態度はどうかご容赦を」
これでウェインスさん改めウェインスさんも、いい感じにみんなに溶け込んで貰えるかな?
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正体暴露に伴うお約束のパニックが収まって、ようやくウェインスさんが落ち着いた辺りで、今回ドラゴンキャラバンに向かうフルメンバーとジュリアス卿でダイニングルームに移動する。
「しかし...クライスさんが実は勇者でパルミュナさんが大精霊だと言うことを聞かされた辺りから色々なことがあるだろうとは思っていましたが、よもやこれほどとは...こんな錚々たる顔ぶれの中に私ごときが紛れ込んで良いのかと言うのが、正直な気持ちではありますなあ...」
「いやウェインスさん、それ言ったら俺なんかどうなるのさ? キャプラ公領地生まれの駆け出し破邪だからね?」
「俺たちなんかそれどころか、元はただの通りすがりの旅人っていうか外国から来た村人だもの」
「ですよね、しかもライノさんに助けて貰った側ですから!」
それを聞いてエマーニュさんがしっかりとした声で言う。
「皆様は間違いなくリンスワルド一族の恩人ですわ。それに、もしもフォーフェンの破邪衆寄り合い所にウェインス殿がいらっしゃらなかったら、ライノ殿とレビリス殿がガルシリス城に赴かれることは無かったのかもしれませんからね!」
「確かにそうですね、エマーニュ」
「まあ、色々な偶然の組み合わせですよね。アスワンが言ってたように、きっとこういうのも『縁の面白さ』って奴なんでしょう」
「ホントにさ、縁も色々だよな?」
「アタシなんか、ただの妹だしー!」
「パルミュナちゃん、それは違うんじゃ?」
「私も皆さんの中では、ただの小娘ですから」
「いや、シンシアさんは爵位継承者って言うのはおいといても、人物として凄い魔法使いだと思うよ? ホントに百年に一人級じゃないかな?」
「ねーっ! シンシアちゃんは逸材よ。い・つ・ざ・い!」
「うむ、自慢の愛娘である」
「え、愛娘?」
「あー、これも世間には知られてないんですけど、ジュリアス卿がシンシアさんの父親なんです」
ウェインスさんは言葉も出ずに文字通り絶句している。
何度目だこれ。