フォーフェンで諸々調整
直接シルヴァンさんに今後の動きを伝えた後は牧場に跳んでスライに事情を説明し、明日の朝シルヴァンさんが来たら、乗ってきた馬と一緒に厩舎に案内しておいてくれと頼んでおく。
それからいったん屋敷に戻り、陽が傾いてきた頃を見計らって再びフォーフェンに跳ぶが、今度はレビリスが一緒だ。
もう、こんなペースで転移していると自分でもどんどん慣れてくるのが分かる。
秘術もへったくれもないって言うか、むしろ自分の方が転移門頼りの行動になりそうで怖い。
銀の梟亭の部屋から帳場の方を通って通りに出ると、足早に家に向かう人達が醸し出す夕刻の騒めきに包まれる。
そう言えば三人で養魚場と岩塩採掘場の話をしたのも、こんな頃合だったな・・・
まず向かう先は騎士団の連絡所だ。
入り口に立っている騎士にペンダントを見せて、ローザック殿に会いたいと告げると、すぐに奥から出てきてくれた。
「わたくしめに御用ですとか?」
「ええ、ちょっとローザックさんにご相談があって。少し話せますか?」
「もちろんでございます。会議室の方へどうぞ」
先日と同じ会議室に案内されたので、まずは姫様から受け取っていた書状を読んで貰う。
「つまり...クライス様が当家のメイドの一人をここに連れてくるので、その者をここから本城まで送り届ければ良い訳でしょうか?」
「ええ。但しテレーズさんとシルヴァンさんが、フォーフェンまで俺に連れてこられたってことは内密です。俺が転移門を使ってここに来ていること自体が極秘ですからね」
「承知致しました。では、あらかじめ馬車を用意しておきますので、テレーズ殿をここに連れてきて頂いた後は、わたくしもシルヴァン殿と一緒に城まで付き添って参りましょう」
「お手数を掛けますけど、それでお願いします」
「とんでもございませんクライス様。テレーズ殿とシルヴァン殿を連れて来られるのはいつ頃になりますか?」
「いつでも大丈夫なんですけど、逆にローザックさん側の準備とか馬車の用意とかにどの位掛かるか次第で、それに合わせますよ」
「そうしますと...内密な行動と言うことであればリンスワルド家の馬車を使わずに、街の馬車を借りる方がよいでしょう。これから手配を致しますが明朝までにはご用意できるかと」
「分かりました。じゃあ明日の朝、テレーズさんとシルヴァンさんをここに連れて来ますね。それと、出来ればその時にここの厩を使わせて下さい。人に見られないようにしたいので」
「厩をでございますか?」
「ええ、その時には人払いして貰えると助かります」
「承知致しました。万端整えておきますのでご安心を」
これで本城の『手紙番』は大丈夫だな。
シルヴァンさんとテレーズさんには慌ただしい思いをさせてしまうけど、手紙番は『最重要機密』にバンバン目を通すことになるし、時には機転を利かせて貰うことも必要だからね。
テレーズさんとシルヴァンさんの二人なら安心だ。
++++++++++
騎士団の連絡所で無事にローザックさんにテレーズさんの件を引き受けて貰い、ウェインスさんと合流するまでの時間に買物でもしていようとレビリスに話すと、ふと何か思いついたらしく相談してきた。
「なあライノ、お前が市場で買い物してる間に、ちょっと離れちゃっててもいいかな?」
「構わないけど?」
「いやあ、ちょっとだけ部屋に戻って取ってきたいモノがあってさ」
「ああそうか。レビリスは俺からの手紙を読んでから、いきなり連れて来られたんだもんな」
「まあな...折角の機会だからちょいとね?」
「うん、じゃあ銀の梟亭の前で待ち合わせよう」
「了解だライノ」
騎士団連絡所を出てから荷物を取りに向かうレビリスを送り出して、一人で市場の区画に入る。
実はこの一週間、ちょくちょくフォーフェンの市場に食材の買い出しに来ていたんだけど、それも今日で一段落だ。
一般的な意味での食料品は姫様が別邸と牧場の荷物部屋に大量に届けてくれているから、ここでの買い物は基本的に趣味の食材だと言っていいかな。
エールとか、ジャムとか、砂糖とかスパイスとか、ちょっと珍しい食品も・・・諸外国とも交易の盛んなフォーフェンならではの品々が手に入る。
だって食卓の彩りって大事だよね?
背負い袋の中に隠してある革袋に戦利品を収めながらどんどん買い物をした後、頃合いを見計らって銀の梟亭に向けて歩く。
ウェインスさんとの待ち合わせは、銀の梟亭の食堂の前の道端だ。
寄り合い所で待ち合わせると、レビリスもウェインスさんも暇を持て余した破邪達に根掘り葉掘り質問されてウンザリするだろうからね。
俺が行くと、すでにレビリスは来ていた。
一緒に食堂の中に入って待っていてもいいんだけど、今日は夕食を持って帰る予定でいるから、ここではまだ料理を口に入れたくない。
と言うか、席に着くと自然にエールと腸詰めを頼んでしまうだろう。
それはちょっと『抜け駆け』って奴だな。
そのままレビリスと他愛ないことを駄弁りながら待つことしばし、やがてこちらに向かってくるウェインスさんの姿が目に入った。
おおっ、カッコいい!
寄り合い所にいる時の紳士っぽい街着じゃ無くて、一分の隙も無い破邪の装いだ!
革のサンダルとブーツを履き、腰に剣を差してフード付きのローブを羽織っているし、巻いている首巻きもなんだか渋い色合いと風合いで、歴戦の雰囲気がポロポロと溢れ出てる感じ・・・
着替えや小物を入れてあるらしい背負い袋さえも風格があるぞ。
「こんにちは、クライスさん、タウンドさん、足手まといにならないように頑張りますので、どうかよろしくお願いします」
そしてこの謙虚さ。
この人が師匠になって若手を育てていれば、さぞ良い人材が育つだろうに、そうしてないのは本人なりに思うところがあるんだろうなあ・・・
端から見ると勿体ないけど。
「とんでもないですよウェインスさん。年長者のウェインさんに向かって俺が言うのはおこがましいですけど、旅の仲間としてよろしくお願いします」
「年長だなんて関係ありませんよ。みな同じ破邪としての連携です」
「分かりました。じゃあ行きましょうウェインスさん」
三人揃って銀の梟亭の食堂に入ると、給仕の娘さんがさっそく鍋を運んできた。
「はい、こちらが羊肉とダンプリング、そしてこっちの籠には腸詰めと葉野菜が入ってます。パイ皿は重ねて布に包んでおきましたけど、あとエールの樽は幾つにしますか?」
「うん、持てるだけ」
娘さんが快活に笑って、奥から追加の中樽を持ってきてくれた。
ウェインスさんに籠とパイの包みを抱えて貰い、レビリスが二つの鍋を両手に提げる。
俺は都合四つの中樽を腹の前で抱え込むようにして持ち上げた。
「凄いですね。そんなに持てるなんて!」
「飲みたい気持ちが限界を押し上げるんです」
そう答えると、娘さんが噴き出した。
ホントは勇者の力で筋力が底上げされてるんだけどね。
「じゃあいったん二階に上がりましょうか」
当然、事情が飲み込めてないウェインスさんに声を掛けて二階に上がり、部屋に入ったところで荷物を床に置いて貰った。
「ウェインスさん、もう仲間になったんだから色々お見せしますけど、一応は俺が勇者だって事も含めて世間には秘密なんで、お願いしますね」
「ええ、ええ、承知しておりますとも」
「では...この荷物は俺の収納魔法で運びます」
背負い袋の中から革袋を出し、まずは籠を受け取って収納する。
「おおっ!」
さすが歴戦のウェインスさんもこれには驚いている。
続けて、レビリスの持ってきた鍋と俺の抱えていたエールの樽を収納すると、目が点になった。
「ウェインスさん、ライノの魔法技って言うか秘密はこんなもんじゃないからさ。これは入り口だね」
「レビリス煽るなよ」
「いやだって、一応は前振りしておかないとウェインスさんもショックが大きいかもしれないだろ?」
「いやはや、これほど驚かされることを『入り口』だと言われるとは...ますます今後が楽しみですな!」
うん、ウェインスさんはやっぱり心が強い。
しかし少々のことでは動じないウェインスさんも、転移魔法の存在を教えた時は本当に度肝を抜かれていた。
後で聞いたところによると、彼は内心、今日はこの宿屋で雑魚寝して、明日の朝一番で王都に向かう馬車に乗るんだろうとか、受け取っていた料理は道中の弁当にしても量が多すぎるんじゃ無いかとか、そんな風に思っていたらしい。
まあ、それもそうだよね。
まさか転移魔法を使える奴が身近に現れるとか・・・むしろ想像する方がおかしいだろう。
前回の魔力の抜け具合からして、二人ならば問題ない。
問題ないはずだけど、念のために一人ずつ運ばせて貰うことにした。
まずはウェインスさんから。
屋敷の地下室に着いた時は本当に仰天して言葉も出ないって感じだったけど、そのまま待ってるように伝えてフォーフェンにとんぼ返りし、レビリスを連れてきた時にはもう落ち着いたようだった。
俺の方も魔力量は全然大丈夫だけど、『魔力抜け疲労感』がちょっとだけダルい感じ?
もっと修行が必要だな。