手紙番を決めよう
銀の梟亭で夕食の予約を済ませて屋敷に戻ると、なぜか姫様とエマーニュさんも来ていた。
一応、今日は姫様達とウェインスさんに顔合わせをして貰うつもりだったけど、時間を勘違いしたのかな?
「どうしたんですか? ウェインスさんを連れてくるのは夕方頃ですよ?」
「いえ、シンシアからパルミュナちゃんと一緒に作った『手紙箱』の事を聞きまして、早速その実験がてらに」
「そうでしたか。あれは凄い発明ですよね」
「はい。世に広められないことが残念ですが、常識を覆すほどのものかと存じます。今後わたくしどもの旅にとっては掛け替えのない力となりましょう」
「パルミュナとシンシアさんは、また別邸に?」
「王宮との間でも実験に成功したので、さっそく増産すると」
後から届けることも出来るけれど、運用を考えると出来るだけ出発前に配備したいところだもんな。
「そうですか。で、シンシアさんから聞いてると思いますけど、みんなにとって拠点になる主要な場所には、『手紙番』の人にいて貰うようにするのがいいと思うんですよね」
「朝晩手紙が来ていないか確認して、必要あれば手配をしたり転送したりすると、そういう役柄でございますね?」
「ええ、受け渡しの中心になるのはこの屋敷なので、まず、ここには必ず誰か必要です」
「ここはトレナ達に手紙番を兼ねて留守番をさせればよろしいかと。元より本人達も長逗留のつもりでおりますので」
「じゃあ後は別邸とリンスワルド本城ですね...牧場はスライ達に頼めば大丈夫ですけど、王宮の居室にもあった方がいいですか?」
「別邸には、部屋付メイドの一人を宛がいましょう。シャルロットがいいでしょうね。王宮の居室の方は...書状を直接ジュリアに渡せないのであれば、別邸から使者を走らせても大差ないかと思います」
「確かにそうですね」
本音を言うと、シンシアさんが精霊魔法を使いこなせるようになってきたら、姫様とシンシアさんとエマーニュさんは三人揃って別邸に残って貰うってことも考えたんだけどなあ・・・
でも、まだ姫様達の防衛をシンシアさん一人の肩に載せてしまうのは不安があるし、なによりもシンシアさんは恐らく『攻撃力』が弱い。
これは魔法を使えるかどうか、魔力が高いかどうかだけの問題じゃ無くて、多分に心理的な・・・要は『戦い』に関する心構えみたいなモノが大きいからね。
俺の気持ちとしても、平たく言えばリンスワルド一族が武の家柄だとかには関係なく、シンシアさんには人を殺めて欲しくないんだよ・・・
これはダンガたちに対人戦をやらせたくないっていうのと似てるかもしれないけど。
それに理屈上は俺と離れて安全になるのならともかく、エルスカインから狙われやすくなるだけだったら、ドラゴンに会う直前までは一緒にいた方がいいはずだしね。
パルミュナも、ラスティユの村やリンスワルド城に張ったような大がかりな守護結界を王宮にも張ろうとは言い出さない。
パルミュナから言い出さないから、こっちも言わない。
多分、王宮にあの結界を施すことは、すなわち『国を利する』と言うか、ミルシュラント公国という国家と、その君主の肩を持つということになってしまう気がする。
詳しくはどういう線引きかは分からないけど、基本的に『人族同士の問題』には関与しない大精霊としては、それは姫様の友人として行動することとは違うって話なんだろうな、と・・・
「ライノ殿、リンスワルド城の方はどうとでもなりますが、やはり転移魔法は出来るだけ知る者を少なくしておくべきでしょうか?」
ちょっと考え込んでいたけど姫様の言葉で我に返った。
「今のところは、ですね。どういう決着になるかはともかくドラゴンキャラバンから戻るまでは、エルスカインの目を引く危険を出来るだけ減らしたいので」
「かしこまりました。ポリノー村からの帰還組はほとんどが一緒に王都に来ておりますし、わたくしからきちんと指示をしておかなければいけませんので誰か一人を城に戻しましょう」
「いや、いきなり一人だけポツンと戻ったら不自然じゃないですか?」
「ですので、まずライノ殿にフォーフェンへ連れて行ってもらい、そこから馬車でリンスワルド城に向かわせるのが良いかと思います。王都へ向かう途中から、わたくしの言付けを持って引き返していたとでも言えば、掛かる日数は誤魔化せます」
「あ、なるほど!」
「わたくしの側に付いていなくても不自然で無く、本城に残っている家人たちの間でも発言権が強いとなるとテレーズが良いでしょう。さすがにフォーフェンまで一人きりで戻ってきたというのは不自然ですから、誰か騎士を護衛に付けねばなりませんが...」
「ヴァーニル隊長やサミュエル君は姫様の側に付いていた印象が強いから、別の人がいいですけど...例えば、シルヴァンさんとかどうでしょうかね?」
「なるほど...責任感も強くライノ殿のことも良く存じておりますし、適任かと思います。テレーズと交代で手紙番を受け持たせても良いですし、何かの時の護衛としても申し分有りません」
「それとフォーフェンの騎士団連絡所にローザックさんがいたんですよ。あそこの分隊長になったそうで」
「確かにそうでございました」
「先週、俺の顔も見ているし、ローザックさんには事情を話して口裏を合わせて貰うようにしましょうか」
「あの者ならポリノー村帰還組ですし、ライノ殿のことも良く存じ上げているので大丈夫でしょう。ではわたくしがシルヴァンとローザックへの指示を一筆書いておきますわ」
「じゃあ、それは夕方ウェインスさんを迎えに行く時に下さい。それとも、いま姫様が王宮に戻るなら連れて行きますけど?」
「そうですね...ではお願いできますか?」
早速、姫様とエマーニュさんを連れて王宮に跳ぶ。
それにしても転移門の手紙箱が上手くいったお陰で、随分と自由度が高まりそうだ。
コレは本当にシンシアさんのお陰だな。
物理的な行動の自由度って言うだけで無くて、『遠く離れた相手の様子が分からないままでいる』っていう心理的な不安感が解消される事が何よりも大きい。
そのおかげで、できるだけ急いで戻らなければという『焦り』が減るだけでも、失敗のリスクは大きく減るだろう。
昔、師匠から言われたんだよね・・・『人が転ぶのは、焦っている時と、疲れ切っている時と、心が浮ついている時で、どれも判断力が鈍っている時だ』って。
実は一人前の破邪になった証拠の『印』を貰って有頂天になってた頃合いだったから、『浮ついている時』って言葉には、ちょっとグサッときたけどさ。
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姫様からの手紙を持って別邸に戻り、騎士達の居所に顔を出して修練中のシルヴァンさんを見つけた。
シルヴァンさんは王都までの道中で俺とパルミュナの馬車の護衛という役回りだったから、ここに来てから俺たちが好き勝手に動き回っている間、修練している以外に何もすることがなかったらしい。
ごめんなさい・・・
シルヴァンさんに姫様からの手紙を渡して読んで貰う。
「...つまり、わたくしめはクライス様の秘術でテレーズ殿と一緒にフォーフェンに赴き、そこから本城に戻ってクライス様が留守中の離れの番をすると、そういう事でございますな?」
「ザックリ言うとそんな感じです。俺が転移門を使えることはまだ極秘なんで、シルヴァンさんとテレーズさんには、さも王都に向かう途中で姫様の命を受けて引き返したって体を取って貰う必要があるんですよ」
「かしこまりました」
「フォーフェンでは連絡所の分隊長になったローザックさんが待ってくれています。彼は事情を知っているから城まで一緒に行って貰えれば面倒もないでしょう」
「姫様のご指示では、わたくしめは一度リンスワルド牧場に向かうようにとなっております。このまま自分の馬で向かってよろしいのでしょうか?」
「ええ、馬も一緒にフォーフェンに連れて行きます」
「一緒にですか!?」
さすがにシルヴァンさんが驚いた。
そりゃあ普通なら牧場に馬を預けるって想像するだろうな。
「それでは、わたくしめは身の回りのものを片付けて、明朝、牧場に向かいましょう。明け方、暗い内にここを出立すれば朝には着くでしょうから、そのままクライス様をお待ちします」
「すみません、じゃあお願いしますね。荷物はどれだけ多くても構いませんから、本城に持って帰りたいものは全部牧場まで運んでおいて下さい」
「そうなのですか?」
「ええ、荷馬車に満載でも大丈夫ですよ」
「なんとも...凄まじい秘術ですな!」
いえ、なにからなにまで、アスワンの革袋のお陰です・・・