運用試験と夕食の予約
「これって、どういう風に使うんだい?」
「まず、手紙を書いたら、この蓋を開けて中に入れます」
シンシアさんもちょっと興奮気味に説明してくれる。
「うんうん」
「それから、この箱を持って魔法陣の中心に立ちます」
「なるほど?」
「ここを押すと、はめ込んだ魔石の魔力で箱に仕込んだ術式が起動して、送り先の光景が周囲に浮かびます」
「それって、自分が跳ぶ時と同じような感じかな?」
「はい。でも自分が転移魔法陣を起動している訳では無いですから、あれほど鮮明な光景にはなりません。ただ単に、箱を跳ばす先を意識して選ぶだけです。跳ばし先を選んでその光景に包まれたら箱を魔法陣の中心に置きます」
「自分は離れた方がいいの?」
「いえ、関係ありません。待っていれば魔石からの魔力が十分に供給された段階で箱だけが転移します」
「おおっ!」
「魔石は片道一回ずつの使い切りです。魔石が小さすぎたり遠くて魔力が不足していたりすると、そもそも転移に失敗しますから、魔石を入れ替えてやり直しです」
「なるほど...屋敷に戻す時も同じ操作で?」
「ええ、跳び先の指定が無いので、魔石をはめ込んで起動したら、後は魔法陣の中心に置くだけです」
「うわ、なにからなにまで凄いな!」
シンシアさんってホントに逸材!
「さっすがシンシアちゃんでしょーっ!」
「たしかにな」
「じゃー、いまからテストするからお兄ちゃんも手伝ってー!」
「はいはい。どうすればいい?」
「アタシとシンシアちゃんがここから手紙を送るから、どっかで受け取って返事を書いてね」
「だったら、別邸の荷物置き場にするか?」
「いいよー」
「よし、別邸に戻ったら一度寝室に戻って紙と筆記用具を持ってくるから、少し待ってから送ってくれ」
「りょーかーい!」
送る時には、手紙箱を持って魔法陣の中心におこうとした時に、こっちの状況が薄ら見えてくるはずだ。
その段階で、俺がもうスタンバイしてるかどうかは分かるだろうから、それほど両者のタイミングに気を遣う必要は無いだろう。
とりあえずいったん別邸の寝室に跳び、備え付けのライティングビューローからペンとインクとラスティユ村製の紙束を取り出した。
そうだ、これも一式まるっと革袋に入れとこうっと。
お手紙キットを手に入れた後に荷物室に移動して、積み上げられている木箱の中から、ティーポットやランプ用に使う魔石のストックを見つけ出した。
そこから一個を取り出し、残りは木箱ごと革袋に収納する。
もはや俺の破邪時代の経済感覚は、風に吹かれた霞のように跡形も無く消え去っているな・・・これだけの量の魔石、遍歴破邪時代だったら一財産と感じたはずだ。
パルミュナが魔法陣を設置した辺りで、しばし待っていると、転移門が光りながら現れて、その中央にはさっき見せて貰っていた箱がぽつんと現れた。
おおっ、成功だな。
ちゃんと箱だけが送られてきているぞ。
箱を床から取り上げ、蓋を開けて中に入っている紙を取り出してみると、パルミュナの精霊文字で『お兄ちゃん大好きー!』と書いてあるのはご愛嬌だ。
その下には、整然としたシンシアさんの美しい文字で『私にとっても御兄様のような存在です!』と書いてあって、ちょっと笑ってしまったけど。
シンシアさんも、だんだんパルミュナに毒されてきたな・・・
語彙以外でも。
それにしても、すでにシンシアさんが精霊文字を書けるようになっていることにちょっとビックリだ。
大精霊のパルミュナよりも、精霊魔法を覚え立てのシンシアさんの方が綺麗に精霊文字を書けるってどういうこと?
さて、テストの為の返信には新しい紙を使う必要も無い訳で、俺はペンをインクに浸し、その二人の筆跡の下の空いている場所に『俺も二人の妹が大好きだよ!』と返事を書いて箱に収めた。
魔石をはめ込み、シンシアさんに教えて貰った突起を押して起動させる。
薄らと浮かび上がった魔法陣の中央に箱を置いて眺めていると、しばらくの後にフッと箱の姿が床の上から消失した。
恐らく返信も成功したはずだ。
後を追うように自分自身も転移して屋敷の地下室に戻ると、二人が箱と手紙を持ってニヤニヤしているところだった。
「やあ、バッチリ上手くいったな! これは凄いぞ!」
「はい! ありがとうございます!」
「ねー! アタシじゃ思いつかなかったー!」
「いやでも、これホントに凄いぞ。なにしろ精霊魔法が使えない相手とも遠く離れて連絡が取れるんだからな。転移魔法自体と同じくらい常識が変わることだよ」
「そーよねー。これがあればキャラバンが出発した後も、別邸や本城に残ってる人達と連絡が取れる訳だからさー、もう、ぜんっぜん動きの自由度が高くなると思う!」
「だな!」
「例えばですけれど、この屋敷に誰か『手紙番』の人にいて貰うようにして、毎日朝晩に手紙が届いてないか確認して貰って、内容を誰かに伝えて貰ったり、必要があれば他の場所に転送して貰ったりすることも出来ますよね?」
「ああ、ここを手紙箱をやり取りする基地にする訳だね? それはいいアイデアだなシンシアさん」
「だったらさー...別邸と、本城と、牧場と、あと王宮も? それぞれに手紙係の人が欲しいねー」
「だよなあ...この屋敷にはトレナちゃん達にしばらく常駐して貰うとして、別邸と本城の手紙係は姫様に相談してみよう」
手紙をやり取りできる仕掛けを教えられる相手は限られるけれど、この手段があればみんなで遠く離れても別邸やリンスワルド本城の様子を素早く知る事が出来る。
むしろ、それぞれの拠点から毎日、なにか異常が無いかをこっちに報告して貰うって手もあるな・・・そうすれば移動中、離れ離れになった同士の心配も最小限に出来るはずだからね。
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さて、今日はウェインスさんと約束した一週間後、つまりフォーフェンに迎えに行く日でもあるんだけど、それは夕方。
パルミュナとシンシアさんは早速『手紙箱』の追加制作に取りかかる為に別邸に戻ったので、一人でフォーフェンの銀の梟亭に跳ぶ。
借り切りの部屋に転移して裏の階段から食堂に入ると、まだ昼食前の仕込み時間のせいか食堂内には誰もいなかった。
「すいませーん、どなたかいらっしゃいますか?」
「はーい!」
声を掛けてみると、厨房の方からいつもの娘さんが手を拭きながら出てきた。
「あ、いらっしゃいませ! でもすみません、いま仕込み中でお昼の用意にはまだ時間が掛かりそうなんです」
「いえ、こっちこそお忙しい時にすみません。お昼を食べに来たんじゃ無くって夕食の相談に来たんです」
「今日の夕食ですか?」
「ええ、後で受け取りに来るから、ちょっと数を多めに用意して貰えないかなって思って」
「構わないですけど...何人分でしょう?」
「十四人分になります」
「そうなると...食器に盛りますか? それともお鍋かなにかに全部まとめて?」
「出来れば鍋ごとの方がいいです。で、宿の外に持ち出すから鍋も買い取りたいです」
姫様のツケになってしまうのは申し訳ないけど。
「それは構いませんが...鍋を後でお戻し頂いてもいいですよ? 言って下されば私が取りに伺いますし」
「いや、返すタイミングが難しいから出来れば買い取らせて下さい」
「かしこまりました。今夜の定食は焼き物なら川鱒の塩焼きで、煮物なら羊肉の煮込みの予定ですけど、どうなさいます?」
屋敷のお昼は川鱒のムニエルの予定だから、被らない方がいいだろう。
羊を食べたいし。
「じゃあ、羊肉の煮込みで十四人前お願いします」
「付け合わせはどうしましょう?」
「あれば、煮込み用のダンプリングの方で」
パンは屋敷でも焼けるし、小麦をはじめとした食糧は唸るほど革袋にストックしてあるけど、折角だからこの店で作られた奴を食べたい。
「デザートもですか?」
娘さん、良く分かっているね!
「何かいい感じのをお願いできますか?」
「そうですね...持ち運ぶとケーキは崩れてしまうと思いますから、チェリーを入れた大きめのパイを焼いておきましょう。揺らしても崩れにくいですから」
「いいですね、是非それで!」
「はい。それでは十四人分の煮込みとダンプリング、お鍋二つでご用意しておきますね。だいたい夕食の時間頃に引き取りにいらして下さい」
「あ、すいません。あと腸詰めと葉野菜とエールの小樽も十四人前見当で!」
娘さんはクスッと笑った。
「それ、お一人でじゃ運べないですよね? 手が空いてれば私も一緒に運びますけど?」
「人を連れてくるから大丈夫ですよ。それに持っていくところがちょっと離れてるんで...いまあるならエールだけ少し貰っていっちゃいますけど」
「じゃ、裏からエールを持ってきますからちょっとお待ちくださいね」
フォーフェンから王都の先までを『ちょっと離れてる』と表現するのはどうなのよ? って感じではあるけど、北部ポルミサリア全体から見ればちょっとだな。
うん、嘘をついてはいない!
娘さんにエールの中樽を二つ渡して貰い、それを両脇に抱えて店を出る。
そのまま宿屋の玄関の方に回って帳場の人に声を掛けたら、すでに顔パスだった。
二階に上がって部屋に入ったところでエールの樽を革袋に収納し、しれっと屋敷に戻る。
そんなにフォーフェンに来る機会は無いと思うけど、こういうカモフラージュはやっぱり面倒だな。
仕方ないんだけどね・・・