転移門と手紙の魔道具
翌朝は、シンシアさんがジュリアス卿や姫様とエマーニュさんを王宮に送り届けてから屋敷にとんぼ返りしてきた。
予定では今日もみんなこの屋敷に泊まる手はずになってるけど、公式の『リンスワルド伯・レティシア・ノルテモリア』と『リンスワルド子伯・フローラシア・エイテュール』は王宮でも色々とやる事が有るので、この際にまとめて済ませてしまうんだそうだ。
やっぱり貴族って色々と大変そう・・・
で...何故、シンシアさんが姫様とエマーニュさんを王宮においてまた屋敷に戻ってきたのかというと、パルミュナに精霊魔法の事で相談したいアイデアがあったらしい。
なんでも『手紙』に関する事なんだそうだ。
「手紙ってー、手紙を出すときの手紙のことー?」
「パルミュナ、文法!」
「ええそうです。手紙の事です。手紙をやり取りするのって、とても大変ですよね? すぐに使者が送れるような場所ならいいですけど、離れた場所だったら何日も、何週間もかかります」
「確かにそうですね」
「それにさー、確実に届くってものでもないんでしょー?」
「だから大事な手紙は何通も送るんだよ。それも全部を違う経路でな」
「えー、めんどー」
「そりゃまあな。だけど、遠方に使者を送れるような財力の無い家は、そうするしか方法が無いんだよ。それでも結構な金額が掛かるから庶民にはきつい」
「お金を払えば手紙を届けてくれる商会もありますけど、それも組合や支店のある大きな街だけだったりして、そういう拠点が無い場所には結局、使者に親書を持たせるしかありません。それでも返事が届いてやっと相手が読んだと分かる訳で...」
「うんうん。破邪なんかは寄り合い所が連絡先に使えるからまだマシな方だな。普通の庶民は手紙なんか縁が無い...まあ、送る相手も滅多にいないだろうけど」
「そもそも遠くに知り合いがいるのって貴族や商人くらいよねー」
「後は遍歴職人みたいな放浪してる人とか」
「そーゆー人ってさー、旅先から故郷に手紙を送っても返事は受け取れなくない?」
「無事を知らせる程度だな。でも俺たちの間でなら、指通信を使えば済むんじゃないのか?」
「指通信ってなんですか?」
「いっけなーい、シンシアちゃんにはまだ教えてなかったー!」
俺と始めて会った時と同じように、パルミュナがシンシアさんに手を出させ、指と指の先を合わせて会話の『系』を結ぶ。
「これはねー、会話の魔法なの。あらかじめ『系』を結んだ相手となら、離れていても頭の中でお話しが出来る仕組みー」
パルミュナがそう言いつつ、手を握りしめて指先を頭に当ててみせる。
「そうやって指先が震えたらアタシと同じようにして?」
「あ、本当にパルミュナちゃんの声が響いてます!」
シンシアさんがパルミュナを真似ると、脳内で語りかけたらしい。
「そうですね! ええ、凄いです! はい...魔力? いえ、そんなに気になりませんけど? えぇー!」
うん、指通信で『声を出して話している人』を端から見ると、本当にアブナイ人にしか見えないよ!
俺は結構これまで、みんなの見てる前でこういう姿を晒してきてたんだな・・・
「お兄ちゃんもー!」
「そうか。指通信は会話する同士で個々に結ぶんだな?」
「そーだよ」
俺も手を差し出してシンシアさんと『系』を結ぶ。
「凄いですね指通信!」
「シンシアさん、指通信は実際に声に出さなくても、頭の中で相手に語りかければ伝わるからね」
「あ、そうなんですね!」
「コレで、三人の間ではいつでも指通信で会話が来出るからねー。ただ、ものすごーっく平たく言うと、これも転送魔法の一種で魔力の消費が大きいの。使いっぱしてるとあっという間に疲れちゃうからねー」
「パルミュナちゃん、この指通信って精霊魔法が使えるもの同士の間で無いと会話の系を結ぶ事が出来ないんですよね?」
「それはそーねー」
「だからコレはコレとして、やっぱり転移門で手紙を送る事が出来たら、やり取りが凄く便利になるのになって思って...」
「転移門で? うーん、出来ると思うけど、結局は術者...アタシかお兄ちゃんかシンシアちゃんが転移門を起動して手紙を送り出してあげないとダメだからー...自分で転移して手紙を持ってくのと変わりなくない?」
「でもエルスカインが送り込んでくる魔獣は転移魔法が使える訳じゃ無いだろ?」
「だからアレはモノ扱い。一方的に送り込んできてるだけだからさー、お兄ちゃんに討伐されずに生き延びたとしても、自力じゃ二度と元の場所には帰れないよ?」
やっぱり文字通りの使い捨てか・・・
「って事は、逆に帰りを考えなきゃ、地下の転移門から俺たちが術だけ起動して誰かか、何かを行き先のどれかに跳ばす事は出来んのかな?」
「ここの魔法陣自体はそーゆー風には出来てないけどさー、理屈上は術者自身が連れて行くのと同じだからできるんじゃない?」
「逆に自分だけが跳ばないってか?」
「まー、ザックリ言うとそんな感じー。とーぜん、送り出すだけの片道だけどねー」
「パルミュナ、お前が革袋から出てくる前の話だけど、グリフォンが出てくる時って、その前に柵の中にいたスパインボアが地面に沈み込むみたいに落ちていったんだよな」
「あれってー、あのスパインボア達のいる場所にグリフォンが出てきたんじゃなくて?」
「先に転移門に吸い込まれて行ったんだ。だからスパインボア達は結界で弾き飛ばされたりもしてない」
「あー...だったらさー、エルスカインの使ってる双方向の転移門って、門っていうよりも『道』を作る奴だねー」
「道?」
「正確に言うと、術者や対象が『門から別の門に移動』してるんじゃ無くってー、『門と門の間を繋いでる』感じなの」
「それ、どう違うんだ???」
「えーっと、一時的に空間自体を捩じ曲げて繋いだ感じ?」
「すまん、分からん」
「えーっと、お兄ちゃんがいま谷の崖っぷちに立っています。谷の向こう側にはアタシが待っていて、お兄ちゃんはアタシと添い寝する為に必死で谷を越えようと頑張っているとします」
「例えが悪すぎる。って言うか俺なら諦める」
「うるさーい! お兄ちゃんが谷を越えるには必死にジャンプして跳び越えるしかありませーん。行きは投石器の力を借りて向こう岸まで飛ばして貰えるけど、帰りは自分の力でジャンプするしかありませーん」
「ああ、ここの転移門はそんな感じだよな」
「そー。でね、もし力が足りなかったら、帰りは飛び越えきれずに谷に落ちて死んじゃうのー!」
「死んじゃうのー!じゃねえよ。縁起でも無い」
「だからさー、力の無い人やモノを投石器みたいに向こうに飛ばす事は出来ても、こっちに戻す事は出来ないでしょー?」
「当然そうなるな...」
「でも、もしも一時的に谷に橋を架けて『道』を作れるとしたら?」
「おお、それなら行きも帰りも楽勝だ」
「でしょー? エルスカインの空間を繋ぐ転移魔法ってゆーのは、そんな感じだと思う」
「空間を繋ぐ...そっか、グリフォンが送り込まれてきた時、先にスパインボアが沈み込んでいった理由はそれか」
「きっとそーだね。さすがにグリフォンは使い捨てるつもりが無かったのかも?」
「それよりも本来の目的は姫様の遺体の回収の為だろう。ポリノー村で近くに魔法使いが潜んでた訳じゃないって事だ...でもエルスカインの転移門って凄くないか? 下手すると精霊の転移門より高性能かも」
「だけど、やっぱり理を捩じ曲げる人族の魔法だから、魔力の消費量はもの凄いし、何度も使えないものだと思うよー?」
「そうなるか」
「たぶん、ふつーの魔法使いじゃ向こう側を維持できない。こっち側の準備もかなり必要だと思うし、いつでもすぐに出来るって事じゃないと思うなー」
「それで、街道の時は襲撃用のブラディウルフを送り込む転移門を別にしてたんだな。姫様の体を回収する双方向は一つあればいいもんな」
「たぶんねー」
それまで黙って俺とパルミュナのやり取り、と言うか、パルミュナが俺に説明してくれていた『初級転移門講座』を聞いていたシンシアさんが口を開いた。
「パルミュナちゃん、離れた場所同士に橋を架けて誰でも通れるようにしてしまう空間魔法って、やっぱり失われた古代の魔法の一つですよね?」
「そー、ホムンクルスなんかと同じよねー」
「って事は、やっぱりエルスカインは古代の闇エルフの系譜なんだろうなあ...」
「そうですね。大昔の、いまよりも魔力の強い魔石がふんだんに使えていた時代には、空間魔法の道もそれなりに使われていたと聞いたことがあります」
「使えるなら便利よねー、使えるなら!」
「それで、ちょっと考えてみたんですけど...精霊魔法の結界って術者がその場に残っていなくても、上手く術を張れれば『ちびっ子さん』達が力を貸して下さって、ずっと動き続けさせる事が出来ますよね?」
「そだねー」
「転移門も、同じように出来ないんでしょうか?」
「へ?」
パルミュナが面食らったような顔をした。




