シンシアさんの初転移
一息ついたら、今度は安心してレビリスを迎えに行けた。
もちろん、レビリスを連れてる分だけ帰りは二回目の方が魔力を使ったんだけど、今回は抜ける時の感覚を予想してたからショックはない。
ショックはないけど魔力消費の疲れはやっぱり大きいな・・・たとえて言うなら、ちょっとの間全力疾走した感じ?
息を整えて一階に上がり、談話室に入るとダンガたちが待っていた。
「お待たせ、食事はどうした?」
「早めにトレナさん達が用意してくれたよ。旨かった」
「ああ、それなら良かった。でも今日はお土産もあるんだ。まだ腹に入るなら革袋から出すけど、明日にした方がいいかな?」
「お土産ってなんだい?」
「肉とエール、しかも例の『銀の梟亭』で出してる奴!」
「いまくれ!」
目がマジだぞダンガ。
トレナちゃんに事情を話し、皿とジョッキ類だけをダイニングルームに運んで貰う。
「最初にデュソート村でケネスさん達と食事をしたときに初めてミルシュラントのエールを飲んで、『この土地のエールは旨いなあ』ってしみじみ思ったんだよな」
「え、あの時までエールは飲んでなかったのか?」
さすが狩人だな、三人でずっと野宿を続けていただろうから、酔って感覚が鈍るのを防ぐ為か?
「そりゃあ、あの頃は懐具合が厳しかったからね! エールを飲んでる余裕なんてなかったよ」
「あー、それもそうか...」
言われてみればそうだった。
でも、ダンガたちがそんな旅を続けていた結果として、俺がこの三人に出会う事が出来たんだよなあ・・・人生って分からんもんだ。
いや、これもアスワン流に言えば『縁の面白さ』かな?
トレナちゃんが運んできてくれたお皿に腸詰めと葉野菜、それに豚すね肉の塩茹で三人分を出し、エールの小樽を二つ並べる。
「味が違うエールが二種類あるんだ。苦い方と燻し風味の方、どっちがいいかな?」
「燻し風味の方で!!!」
おぅっ、こんなことで三人がハモるとはビックリだ!
・・・って言うか、三人とも苦いの嫌いだったのかよ?
「まあ、試しに両方飲んでみるといいさ。苦みの方も悪くないんだ」
「そうか、レビリスがそう言うなら飲んでみるかな?」
「じゃあ、ちょっとだけ注ぐから味見して見ろよ。ダメだったら俺とレビリスで飲むから問題ない」
そう言ってダンガのジョッキに少しだけホップ風味の苦いエールを注いだ。
アサムとレミンちゃんには燻し風味の方を普通に注ぐ。
「あっ、このエール旨いな! 苦いって言っても全然嫌な苦さじゃない!」
「え、そうなの?」
「兄さん、一口下さい」
ダンガの感想を聞いて、アサムとレミンちゃんもダンガのジョッキから口に運んだ。
「これも美味しいよ!」
「苦いって聞いて、焦げた肉みたいな苦さを想像したんですけど、全然違いますね! 凄く爽やかな苦さです」
「うん、これはホップっていうハーブの苦みなんだって」
「へー...さすがフォーフェンのエールは凄いなあ」
「この腸詰めと凄く合うようね!」
「お野菜とも合いますね。お野菜の方にも少し苦みがあるから、塩気を効かせると合わさって丁度いい感じです!」
「いやあ姫様のお屋敷だと食事の時はワインか水で、全然エールなんて出なかっただろ? シーベル子爵の親睦会で飲んだエールが久しぶりだったんだよなあ。あれが、南の森でライノが出してくれて以来のエールだった」
ダンガがエールを味わいながらしみじみと言う。
「言われてみたらそうだな。今度から食材仕入れるときにエールも追加するように頼んでおこう」
「おお、頼んだ!!!!」
俺の横でレビリスもダンガとハモっている。
もちろん、赤い塩茹で肉は大絶賛だったね。
そして最後にケーキを出したときのレミンちゃんの顔と言ったら・・・
パルミュナに負けず劣らず、『キラキラッ』って音が瞳の中から聞こえてきそうな感じ。
まあ喜んで貰えて良かったよ。
俺たちは先に銀の梟亭で食べてきちゃったって言う後ろめたさもあったけど、これで帳消しにさせて貰おう。
一息ついたダンガがさりげなく『今度ライノがフォーフェンに行くのっていつだい?』と聞いてきて、レミンちゃんもその横で耳をピクッと動かしてたからね・・・
コレは、ウェインスさんを迎えに行った時にもお土産必須だな。
それはともかく公式には俺とパルミュナ、レビリス、それにダンガ兄妹は全員、今日と明日は『牧場に泊まる』事になっている。
そして姫様達は三人とも『王宮の居室に泊まる』事になっている。
実際は、全員揃ってアスワン屋敷に集合だけどね。
客用寝室はたっぷり空いているんだし、トレナちゃんやテレーズさんもいるから身支度の問題も無いだろう。
シンシアさんはまだ一度も自力で跳んだ事がないから、念のためにいったん一人きりで屋敷まで跳んで貰い、それを確認してから俺が姫様とエマーニュさんと迎えに行くって言う手はずだ。
ヴァーニル隊長とサミュエル君は今後、『姫様が別邸か王宮にいるフリ』をするための動きをして貰う予定だけど、今日は王宮に居残って、お召し馬車の御者と一緒に騎士や従者達のための合同宿舎に行っている。
そうなると、今日から明日いっぱい別邸には客も主も不在な訳で・・・なんと姫様は家人達に『休日』を申し渡したそうだ。
つまり、最低限、毎日やらなければいけない管理作業は別として、主の身の回りのことも客への対応も何も無いから、なんでも好きにして過ごしていいよ? という事らしい。
面白い試みだと思ったけれど、どこまでもフリーダムなリンスワルド家では時々やってることだと聞いて二度ビックリしたね。
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さて、そろそろ時間だという頃合いにパルミュナと二人で地下室に降りて、シンシアさんを待つ。
いつものごとく益体もない話をしながら待っていると、魔法陣が急に輝き始めた。
おおっ、誰かがここに跳んでくるのをちゃんと眺めるのは初めてだけど、こんな風に始まるんだな!
そのまま見ていると、魔法陣の中心に薄らとシンシアさんらしき姿が浮かび上がる。
らしき、というのはシンシアさんだと知ってるから分かるって感じで、全体が目の粗い布に描いた姿絵のようにザラザラしてるし、向こう側が透けて見えるほど薄らとしている。
自分が跳ぶときは、跳び先の景気がこんな風に見えてくるけど、まるっきりその逆なんだな・・・
とは言っても、大して長い時間じゃない。
見る間にシンシアさんの姿がくっきりとしたものに変わっていくと共に透明感もなくなっていく。
そしてちょっと空間に亀裂が走ったような違和感を感じたら、もう、そこにシンシアさんが立っていた。
「シンシアちゃん、いらっしゃーいっ!」
「やっぱり上手くいきましたね!」
「あ、はい。成功したんですね! 良かった!」
「具合は悪くなったりしてませんか? 魔力の抜けたような感じは?」
「いえ...なんともないです。特になにも感じないというか...大丈夫みたいです」
なにも感じないですと?
しかも初転移で?
そう言えばシンシアさんの保有魔力量は、常人とは桁違いに膨大なんだったよなー!
そもそも俺の体感と較べちゃいけなかったよなー!・・・
・・・鍛えれど鍛えれど我が魔力甚大にならざり、じっと手を見る。
パルミュナは俺の魔力が日毎に増大し続けてるって励ましてくれてるんだけどね?
「やっぱりシンシアちゃんだもんねー! このくらいの距離なら無いに等しいんじゃないかなー?」
「良かった。転移しても魔力が抜けた感じが全然ないってくらいなら、すぐに遠くへ跳んでも大丈夫でしょう」
「だったらさー、お兄ちゃんじゃ無くってシンシアちゃんが姫様たちを連れて来たってダイジョーブじゃないかなー?」
「そうですね、きっと大丈夫だと思います。じゃあ、また戻ってお母様と叔母様を連れてきますね!」
転移が成功して明るい声のシンシアさんが、張り切った様子で再び転移門の中心に立った。
すぐに魔法陣が輝き始め、さっきとは逆にシンシアさんの姿がすーっと薄くなって消える。
「お、サクッと行ったな!」
「だってシンシアちゃんだもん」
仰る通りですよっ・・・