銀の梟亭ふたたび
それにしても、ウェインスさんに思いがけないほど前向きに北部大山脈への同行を承諾して貰えたので、一気に心持ちが楽になった。
俺はこのときに確信したよ。
ウェインスさんがシュバリスマークを出てミルシュラントまでやって来るときに、わざわざ北部大山脈と森林地帯を単独で踏破する険しいコースを選んだ理由は、ただ単に『それをやってみたかった』ってことに違いないってね。
とは言え、ドラゴンを探すに至った経緯とエルスカインの危険性はきちんと説明しておかなくちゃいけないし、それを聞いたウェインスさんが翻意したとしても、責める事は出来ない。
そう思って俺がリンスワルド伯爵家の一行と出会ってからの話やエルスカインの話をしても、ウェインスさんは楽しそうにうんうんと頷きながら耳を傾けるだけで、拒否反応や怖がる様子はゼロだ。
この人がフォーフェン生まれ、フォーフェン育ちの破邪だったら、ここの師匠筋は今とは全く違う感じになってただろうと思うよ?
「で、ここまでの話は大公家とリンスワルド家としての機密事項です。これから話す事は、俺自身にとっての機密事項って言うか、あんまり人に知られたくない事って言うか...ざっくりナイショにしておきたい事ってやつなんですけど」
「はい、伺いましょう。もちろん秘密は絶対に守りますよ」
「お願いします。実は俺は勇者なんです」
「はい?」
「俺は破邪ですけど、以前に大精霊に出会って、その力を借りた勇者になったんです。正直に言うとガルシリス城跡のことや伯爵家の一行を助けられた事も、俺の勇者の力と妹の大精霊の力があったからなんですよ」
「つまりそれは?」
「俺が勇者だって以上の説明は難しいですね」
「クライスさんが勇者であると?」
「嘘じゃありません」
「それと、妹さんも大精霊の力を承けてると」
「あ、すいません。説明が悪かったですけど、パルミュナは大精霊の力を授かってるんじゃ無くって、本当に大精霊そのものなんです」
「は?」
「要するに、俺たちは勇者と大精霊で兄妹になって、それでポルミサリアの魔力の乱れを正す為に旅をしていた最中だったんですよ」
「ライノ、その説明じゃ全然『要するに』になってない」
「いや、なんて言えばいいのか分からないし...」
「ウェインスさん、ライノが勇者でパルミュナちゃんが大精霊だってのは本当ですよ。どうせバレるから言っときますけど、リンスワルド伯爵だけじゃなくてミルシュラント大公陛下もライノに会ってます。俺も会いましたけど、ウェインスさんも会いたければいつでも大公陛下に会えますよ?」
返事に困って硬直していた感じのウェインスさんが、レビリスにそう言われてようやく言葉を絞り出した。
「...申し訳ない。いや、まさかドラゴン探し以上に度肝を抜かれる話が続くとは予想だにしておりませんでしたので...」
「ライノと一緒にいると良くあります。たぶん今後もあると思いますね」
ウェインスさんは、椅子に座ったまま深呼吸をしてから言葉を続ける。
「で...クライスさんが勇者様で、妹さんが大精霊様で、二人一緒に世直しをなさっていると」
「あー、ウェインスさん、最初にお願いしておきますけど、俺とパルミュナっていうか勇者と大精霊に対して様付けなんか不要です。今まで通りに呼んでください。その方がいいので。それと世直しなんて大仰なものじゃ全くないです」
「えっと、承知しましたが...で、そのゆ、クライスさんは世界を壊そうとしているエルスカイン...つまり『魔獣使い』と闘う為にドラゴンを説得しようとしてる訳ですな?」
「そういうことになります」
「まさか自分が勇者殿と知己になれるとは...これほど面白い星の下に生まれたとは我ながら驚きですな」
「ウェインスさん、その感想ってさ、俺とまったく同じだから」
「それに本物の大精霊様を目の前に...」
「パルミュナって呼んでくださいねー!」
「ああ、承知しました。ですが、知らずに大精霊にお茶を出していたというのも希有な経験ですな!」
「大体みんな驚きますけど当然だと思いますよ。ライノって事情の説明がいきなりだし...しかも勇者だって事を出来るだけ知られないようにしなきゃいけないらしくて、余計に面倒くさい奴になってるんですよ」
ヒドい言い様だなレビリス!
実際その通りだけどさ!
++++++++++
その後、ウェインスさんに細かな事情や経緯を説明していると結構な時間が経っていた。
ドラゴンキャラバンへの同行は快諾して貰えたけど、さすがに世話役の仕事をほっぽり出して今すぐにという訳にも行かないだろうから、一週間後に迎えに来るということで折り合いを付けて貰う。
その間にウェインスさんは世話役の座を誰かに譲り、諸々の引き継ぎを全部済ませておくと言う話だ。
きっと大変だろうけど・・・よろしくお願いします!
会議室を出てローザック騎士、もとい、ローザック分隊長に感謝の声を掛けてから銀の梟亭に向かう。
狙った訳じゃあないけど、丁度いい時間帯だな!
「ライノが勇者だって聞いてもさ、ウェインスさんって意外と驚かなかったよな?」
「やっぱり肝が据わってる人だよね」
「むしろ、驚きすぎてて反応できなかったって感じー?」
「そうか?」
「だってウェインスさんってさー、根っから真面目そーな人だもん!」
「ああ、そう言われてみると分からんでもないな...」
「でしょー?」
とにかく銀の梟亭だな。
姫様の書状はもう帳場の人にも渡ってるはずだから、あえて正面の入り口から入る。
案の定、帳場の係にペンダントを見せるとすぐに態度が変わった。
二階の部屋を使う事と、出入りは食堂側も使うから気にしないでくれるように言い含めてから食堂に向かう。
「いらっしゃいませ! というか、お帰りなさいませ!」
給仕の娘さんの陽気な声に迎えられてテーブルに着くと、すぐにエールと腸詰めと葉野菜が運ばれてきた。
塩をたっぷり付けた葉野菜に腸詰めの薄切りを載せて口に放り込み、咀嚼し終わったところで最後に苦いエールを流し込む。
続けて出てきたフェンネルとバターのソースを詰めた川鱒の塩焼きと一緒に燻し風味のエールを堪能し、レビリスから塩茹で豚も一口貰って大満足だ。
「なあライノ、思うんだけどさ」
「うん?」
「リンスワルド家で出てくる料理もさ、朝昼晩、文句なしに美味しくて贅沢で言う事ないんだけどさ...」
「ああ、そうだな」
「俺ってやっぱり、塩を振った腸詰めとかさ、この茹でた肉の塊とかさ、こういう簡単で分かりやすい料理のほうが、自分に合ってるかもって思うんだよな...」
レビリスの言わんとする事はとても良く分かる。
「そうだな...気持ちは分かるって言うか、俺も勇者になるまでは普通に乾し肉と山菜なんかでスープを作って、堅パンを囓って終わりだったもんな...」
「それそれ、そういうのさ!」
「だからか俺も、たまに堅パンとか囓りたくなるよ?」
「リンスワルド家の食料貯蔵庫には絶対に置いて無さそうな気がするよなあ」
「あと麦粥な? あのレビリスに教えて貰った店で食べた麦粥」
「パストの店か? ああ、確かにあれは時々猛烈に食べたくなるな!」
「アレ美味しかったもんねー!」
「スパイスをまぶした串焼き肉もだな」
「やっぱりさ、俺はああいうザックリした料理が好きだな」
「分かる、分かるぞレビリス!」
貴族家の料理とは違うシンプルな旨さで盛り上がったところでやってきた、パルミュナお待ちかねのデザートはまたしてもケーキ!
それにしても今回のケーキは凄かったよ。
あのふわふわした甘パンの台座が、ミルクを泡立てたとかって話の甘くて柔らかなクリームですっぽり覆われて、その上に種を取って刻んだチェリーが一面にまぶしてある。
一口食べた後のパルミュナの顔たるやもう!
今日も大当たりの日だったね。
俺もレビリスも『シンプルな料理もいい』なんて生意気に言うものの、この『銀の梟亭』の調理人はリンスワルド家の料理をずっと作っていたんだよな・・・
やはり天才とか匠の技っていうのは、パッと見がシンプルなものにこそ、より凝縮されるんだろうか?