久しぶりのフォーフェン
善は急げで、俺とレビリスはこのままフォーフェンに行ってみる事にした。
もちろん本人が話に乗ってきてくれればだけど、ウェインスさんの事をよく知ってるレビリスは自信ありげだ。
「アタシも一緒に行くー」
お前は銀の梟亭のエール狙いだろ?
とは思ったけど、実際パルミュナも頑張ってくれてるし、それくらいの余録があってもバチは当たらないよね?
「これから転移門を使ってフォーフェンへ向かわれるのですね。転移先はどちらにあるのでございましょう?」
「えっとねー、フォーフェンで跳べるのは銀の梟亭の部屋とー、東西大街道をパストの方にしばらく歩いたとこにある廃墟?」
「廃墟って弁当を食べたところだよな? 銀の梟亭の部屋に出る訳にもいかないし、目立たない場所って言うとそこだな」
「廃墟ってさ、街道の脇にちょこちょこある小屋の跡とか崩れた石組みとかだろ? ああ言う処で休む旅人は結構多いからさ、いつも使えるとは限らないぜ?」
「それもそうだけどな...」
「本街道の一つ手前の集落とかにも跳べるけど、ちょっと遠いよねー?」
「歩くと半日以上掛かるな」
「ライノ殿は銀の梟亭の部屋にお泊まりになっていたのですよね。それは、どちらの部屋でしたか?」
「えっと、二階の奥の部屋ですね。南の角にある部屋です」
「では、いつ転移しても差し障りがないように、その部屋をリンスワルド家の専用にしてしまいましょう」
「おお、それは凄い...あ、ですけど、帳場を通らないままで二階の部屋から出入りしていたら不審じゃありませんか?」
「大丈夫ですわ。あの宿で働く者たちは皆、リンスワルド家の家人としての宣誓魔法を受けております。もしも見咎められたら、先日お渡ししたペンダントを見せて『リンスワルド家の機密事項だ』と仰って頂ければ問題ありません」
「ああそっか。じゃあ食堂の方に出ても大丈夫ですかね? 帳場を通るよりも食堂から出入りした方が出入りが目立たないと思うので」
「はい、あの兄妹なら安心でしょう」
「じゃあ、そうさせて貰います」
「ではライノ殿、いったん王宮まで一緒に来て頂けますか? 居室で書状をしたためてお渡し致します」
++++++++++
早速、ジュリアス卿と姫様達を王宮に送り届け、そのまま談話室でジュリアス卿と話しながら待っている間に、姫様が銀の梟亭に渡す書状を書いてくれた。
紋章入りの封蝋で閉じてあるから読めないけど、内容は二階南角の部屋を恒久的にリンスワルド家の私用で使う専用の部屋とする事と、そこに出入りする人物についてはすべての費用を伯爵家で負担するので台帳記入も不要であるという旨が書かれているそうだ。
「同じ書状を二通作成致しましたので、食堂の兄妹にお渡し下さい。どちらか一通は帳場の方へ渡すようにと」
「助かりますよ!」
「追って、在フォーフェンの官吏達にも正式な指示を出しておきます」
「分かりました。それじゃあ、ちょっと行ってきます」
姫様、シンシアさん、エマーニュさん、それに待っていてくれたジュリアス卿に見送られて屋敷に戻った。
見送られてって言っても、執務室の中でみんながこっちを向いて立ってるだけだけどね。
屋敷に戻ってから、改めてレビリスも一緒にフォーフェンへ跳ぶ。
ここまで長距離の転移は初めてだけど、往きは屋敷の転移門から魔力が供給されているから問題ないはずだ。
帰りはドキドキかもしれないけど・・・
意識を集中すると、何日もパルミュナと泊まった懐かしい部屋が浮かび上がった。
幸い今日は誰も部屋を使ってないらしく、部屋に人の姿は見えず、置かれている荷物もない。
意識を更に集中させ、部屋の光景が詳細になるとすぐに転移していた。
距離が変わっても転移のタイミングというか、この空間がズレたように感じる瞬間に変わりはないらしい。
「よし成功だ。ホント、行きは屋敷の魔法陣のお陰で楽でいいな」
「やっぱすげえな転移門ってさ...。コレ、馬車だったらどんだけかかるんだよ?」
「リンスワルド城から王都まで来た道のりをそっくり引き返す様なもんだからな。シーベル家やギュンター邸に寄り道したのを除けば、日数もほとんど同じだろ」
「リンスワルド領ってさ、公国領土の基準で考えれば南側の一番端っこだもんな」
「でもアタシ、王都よりもこっちがすきー!」
「エールが?」
「ちっがーう! 街の雰囲気とか!」
「まあ、ガヤガヤした賑わいはこっちの方がフレッシュっていうか活発だよな。あと、住人たちの表情が明るい」
「そー、それーっ! そーゆーのはコッチがいいの」
「確かにそうだな...ともかく表に出てみるか」
三人とも、なんとなくそーっと足を運んで部屋から出た。
『銀の梟亭』の持ち主である姫様の許諾を貰っているとは言え、やっぱり今現在の状況は不法侵入者以外の何物でもないからな。
しかも、どこからどうやって入ったのか? と聞かれても、『転移門からです!』と正々堂々と言えないって言うのが辛い。
もともと静かな宿屋なのが幸いだったのか、廊下でも誰にも会わずに奥の階段に辿り着いた。
こちらから降りれば帳場を通らずに、直接、食堂の方の『銀の梟亭』の店内に出られるから、宿に泊まっている人が食事をする時や、給仕の娘さんが部屋に食事を運ぶ時にはこっちの階段を使っていたな。
とうに昼飯時は過ぎているけど、食堂の中には人の気配がある。
意を決して店内に続くドアを開けるとすぐ先を、天才調理人の妹である、あの超絶仕事の出来る給仕の娘さんが通り過ぎようとしているところだった。
「あら、いらっしゃいませ! 皆さんお揃いでお久しぶりですね!」
「やあ、こんにちは、その節はどうも」
「またしばらくお泊まりですか?」
「いや、そのことなんですけど、ちょっといいですか?」
「はあ...」
お姉さんを手招きし、奥に座っている客達から見えないようにしてリンスワルド家紋章入りの魔石ペンダントを出して見せた。
「あの、内緒なんですけど実は、俺たちってこういう関係の立場のもので...」
「なるほど、そうだったんですね! 納得です」
「え、納得?!」
もっとビックリされるだろうとか、逆に不審に思われるだろうか、とか思っていたんだけど、意外にサラッと納得されてしまった。
やっぱり、リンスワルド家のダイニングルームで鍛えられているから、並大抵の事では驚かないのかな?
「とにかく、俺たちの事はリンスワルド家の機密事項ってことでお願いします」
「承知致しました」
いまの声のトーンで、宣誓魔法が効いたことがなんとなく分かる。
「で、お願いなんですが、この書状を読んでください。同じものなんで、一つは帳場の方に渡しておいて頂けますか?」
「かしこまりました...」
「よろしくお願いしますね」
「...えっと、お食事はどうされますか?」
お、いきなり声のトーンが戻った。
「もちろん後で頂きますけど、ちょっと用事があるので先にそれを片付けてきます。ちなみに今日のオススメは?」
「焼き物はバターを添えた川鱒の塩焼き、煮物は豚肉の塩茹でですね」
「川鱒の塩焼きって、例のフェンネルとバターのソースの奴?」
「はい、そうです!」
「じゃあ俺は、それを一つ予約」
「アタシもー!」
「豚肉の塩茹でってさ、あの赤い肉の奴だよね? だったら俺はそっち」
「かしこまりました。三人分、ちゃんと取り置きしておきますね」
「あ、ついでに夜食の持ち帰り用で豚肉の塩茹でを追加で三人分頼むよ。食事が終わって出る時に受け取るから」
「はい。じゃあそれもご用意しておきます。もちろんデザートも一緒ですよね?」
「うん! あとエールの小樽もねー」
「かしこまりました」
給仕の娘さんは苦笑しながら奥に入っていた。
幾ら久しぶりとは言え、どんだけ食べるつもりだよこいつらって印象だろうな。
もちろん、夜食の包みというのはダンガたちへのお土産だけど、フォーフェンに着いた瞬間に、まず食べ物から手配してる俺たちってどうなの? という思いもなきにしもあらず・・・かな。
ま、これも流れってもんだ。
とりあえず店の外に出て寄り合い所の方に足を向ける。
「取り敢えず破邪衆の寄り合い所に行くってのでいいのかな?」
「そこなんだけど、寄り合い所に出てる依頼内容としては、レビリスはリンスワルド領内にいる事になってるんだよな?」
「まあそうだけど?」
「ほら、俺とパルミュナは王都に向かった事になってるから、このタイミングでフォーフェンにいるのはどう考えてもおかしいだろ? レビリスなら転移門の事をバラさなくてもウェインスさんに会いに行けるんじゃないかと思ってな?」
「あー、それもそっかな...他の破邪達に暇つぶしに詮索されても面倒だしな...じゃあさ、俺が一人で寄り合い所に行ってウェインスさんを外に呼び出すさ。そうだな、伯爵家の仕事の関係で内密の相談があるとか言ってさ?」
「いや実際にその通りだよな?」
「嘘じゃないよね。でさ、どっかで待ち合わせて四人で話そう」
「いい場所知ってるか?」
「銀の梟亭に戻ってもいいんじゃない?」
「いや、料理とエールが気になって心が浮つく気がする。主に匂いで」
たとえ静音の結界があっても、全員、話に身が入らなくなる恐れがあるからな。




