屋敷への招待
そのまま四人で廊下に出て、執務室の扉を開く。
入ってきた俺たち・・・と言うよりもジュリアス卿の姿を見て、エマーニュさんがサッと跪き、シンシアさんとレビリス達もそれに続けて跪いた。
まあ、今回は待ち構えていた感じだからね。
それを見て、ジュリアス卿が思いがけずに慌てている。
「みな待ってくれ! いやどうか立ってくれ。我はライノ殿の友人となったのだ。であれば、ここにおられる皆も我の友人となってくれるはず。友人に跪かれたくなどないのだ」
エマーニュさんがその言葉を聞いて何事もなかったかのようにしれっと立ち上がり、他のみんなもそれに続いた。
「それにシンシア、さすがにお前に跪かれると悲しい。外なら仕方ないとしても、居室の中でそれはなかろう?」
「ごめんなさいお父様。つい...」
「うむ、良いのだ。少し悲しかっただけでな。だが悪いのは突然入ってきた我の方で、お前が謝るような事ではないぞ?」
ジュリアス卿、本当にシンシアさんには甘々だな!
「フローラシアも、ここでは我の家族であるからな?」
「はい。ジュリアス御兄様」
そっか、エマーニュさんは姫様を『御姉様』と呼ぶけど、姫様の恋人って言うかシンシアさんの父親であるジュリアス卿は、ある種の『御兄様』ポジションなんだな。
ふーむ。
「じゃあジュリアス卿、俺の友人達を紹介しますね...まず彼がレビリス・タウンド。フォーフェンに住んでいる破邪で、ガルシリス城の件を一緒に解決してくれたんです」
「おお、あの廃墟での企みを阻止してくれたタウンド殿か。ジュリアス・スターリングだ。我の肩書きは忘れて貰い、今後ともよろしく頼む」
そう言って手を差し出すと、レビリスも和やかに握り返した。
「レビリス・タウンドです。どうぞよろしく」
おお、今回は姫様達に会った時と違って、レビリスも覚悟が出来てたから態度に余裕があるね。
「そして彼らが俺と一緒にエルスカインの襲撃から姫様を守ってくれたダンガとレミンとアサムの兄妹です。見ての通りのアンスロープ族ですが、強いですよ」
「ジュリアス・スターリングだ」
「ミルバルナ王国のルマント村から来たダンガと申します」
「ダンガの妹のレミンでございます」
「その弟のアサムでございます」
ジュリアス卿が笑顔で三人と握手を交わした。
「先のエルスカインによる襲撃の際、レティ、シンシア、フローラシアとその部下達を一人も死なせずに済んだのは貴兄らの活躍があったからこそと聞いている。本当に感謝の念に堪えない。一度、是非とも礼を言いたかったのだ」
「いえ、俺たちはライノと一緒に闘っただけですから、特別な事はなにもしてませんよ」
「謙虚な事を。だが、そのライノ殿ご自身も、貴兄らご兄妹の助けがなければ死人を出す事を防げなかったと言っていたそうでな。いささかも我の感謝に変わりはない」
「恐縮です、大公陛下」
「ああ、我の呼び名だが友人達には大公ではなく『ジュリアス』と呼んで欲しい。ライノ殿は我をジュリアス卿と呼ぶことにされたので、ぜひ皆さんもそれで」
「あ、はい」
「それとダンガ殿、ミルバルナのルマント村移転の計画についてはレティから聞いている。事が落ち着いたら、我の方からミルバルナ王室に連絡を取って万状滞りないよう進めるので安心して欲しい」
「あ、ありがとうございます!!!」
「いやなに、レティたちを救ってくれた礼にはとても足りぬが」
「とんでもない。本当に嬉しいです!」
アスワンの見せてくれた絵図で、ルマント村のすぐ近くに『四つ目の渦』が生じている事を見せられた彼らにしてみれば、一刻も早く故郷に帰って皆を村から連れ出したいはずだ。
ただなあ、ここで『先に帰ってくれ』と言ってもダンガたちがうんという訳ないし、とにかく頑張って早くドラゴンの件を片付けるしかないな・・・
「ところでジュリアス卿、まだ時間はありますか?」
「もちろん、今日の午後はすべての予定を白紙にさせてありますぞ」
それって、陰で泣いてる人が沢山いそう。
「だったら、これから俺たちの屋敷に来てみませんか? いまならパルミュナが転移門を開いているので、誰にも知られずに移動できますよ?」
「おおっ! それはまことですか」
「ジュリア、ライノ殿が嘘を言う訳がないでしょう?」
「いやだから、これは驚いた時の口癖のようなモノなのだ。許せ」
「もう...」
姫様がわざと頬っぺたを膨らませる仕草って初めて見た!!!
なんだか姫様もジュリアス卿の前だと微妙に小うるさく、かつ可愛いらしい態度だな。
「ぜひとも伺いたい。お願いする」
「じゃあ、とりあえずここで俺の横に立って下さい。姫様とシンシアさん、エマーニュさんも一緒に跳びましょう。パルミュナ、レビリスとダンガ達を頼めるか」
「りょーかい!」
「ここでじっとしていて下さい。それほど不快感はないはずです」
転移門を起動させて魔力を高めると、すっかり見慣れた地下室の光景が浮かび上がる。
次の瞬間、俺とジュリアス卿ファミリーは地下室に立っていた。
「凄い、これが転移魔法か!」
ジュリアス卿が興奮気味に叫んだ。
「この屋敷は王都の北東、馬車で一日掛からない程度の場所にあります。ここは屋敷の地下室で、転移門はここを根源にしているんですよ。何処に跳ぶにしても此処からになります」
「なるほど...しかしライノ殿、我には嬉しい話だが、そのような重大な秘密を今日会ったばかりの相手に話してしまうのは、いささか不用心では?」
「いやあ、シンシアさんの父親ですからね。信じない理由がないです」
「かたじけない...」
「一階に上がりましょうか。屋敷の中を案内しますよ」
すぐに続けて転移してきたパルミュナ達と一緒にゾロゾロと階段を上って一階の廊下に出ると、そこでテレーズさんとばったり会った。
うん、彼女たちにはジュリアス卿のことをなにも伝えてなかったね!
テレーズさんは俺たちの団体を見て、いつも通り軽くお辞儀をしながら廊下の隅に下がったけど、そこでジュリアス卿に気が付いてもう一度頭を下げようとして、二度見してから固まった。
しばし状況が分からない様子で固まったけど、次の瞬間には廊下のカーペットに膝打ちを喰らわせそうな勢いで跪いた。
「あ、テレーズさん気にせずにいつも通りで」
「ライノ殿の言う通りだ。我の事はただの友人が遊びに来ただけと思ってくれればよいぞ」
俺もジュリアス卿も声を掛けてみるけど固まったまま動かない。
「テレーズ、この屋敷に直答してはならない相手や跪く必要がある相手など訪れませんし、外の肩書きなど意味を持ちません。なにより、この屋敷の主はライノ殿とパルミュナちゃんなのですよ。ジュリアは単にライノ殿のご友人ですから、そう心がけて下さいね?」
「うむ、レティの言う通りである」
「は、はひ...か、か、かしこまるまひた」
テレーズさん声が震えているな。
あと盛大に噛んだ。
いきなりの『大公陛下訪問』でちょっと悪い事をしてしまったよ。
ざっと屋敷の中を案内した後、とりあえずダイニングルームに入ってテーブルに着いた。
座って話し始めてから程なくしてトレナちゃん達がお茶を運んでくる。
さすがだね・・・俺たちが上がってきた気配を感じたあたりから準備を始めていたに違いない。
「ではライノ殿、この屋敷を以前使っていたのがレティ達のご先祖という事になる訳か?」
「そうですね。俺もビックリしましたけど」
「この前ジュリアに謁見した後で、ライノ殿に初めてここへ連れてきて貰ったのですけれど、その時に大精霊アスワン様にお目に掛かったのです」
「左様であったか...」
「その際にアスワン様からエルスカインの企みについて分かっている事を伺い、併せてシルヴィア様の祖父が勇者様であったという話もお聞かせ下さいました。リンスワルド家に二刀流小具足取術が伝わっているのは、その勇者様からの伝授であると」
「なるほどな...世の縁というのは全く面白いものだ!」
俺もまったく同感だな。