新しい友人
「ねー。だからお兄ちゃんって、その経験値で年齢の割に中身が老けてるんだよねー!」
「ほっとけ!」
「いーじゃん。肉体は若くても知恵や精神は成熟してるってことなんだからさー」
「やっぱり老けてるって意味だよな? 自分がホントにその年齢を生きた訳でもないのになあ...」
それを聞いた姫様がはっとした表情で口を挟んだ。
「もしや、あの二刀流の勇者も?」
「いえ。あの勇者は明らかに俺じゃないですね。アスワンも『俺とは違う魂』と言ってた気がするし、それだったら俺自身に二刀流の記憶も少しはあったでしょうから」
「なるほど...左様でございますか...」
「話の腰を折ってすまぬが、その二刀流の勇者とは?」
ジュリアス卿の口にした疑問を受けて俺がチラリと姫様の顔を見ると、姫様が頷いて口を開いた。
「四百年以上昔のこと、まだミルシュラント公国となる前のこの地に、大精霊の力を承けた一人の勇者が住んでおりました。その場所が、いまライノ殿がお使いになっている屋敷です」
「ほう、そのようなことが」
「その勇者こそが、初代リンスワルド伯爵シルヴィア・ノルテモリアの祖父でございます」
「なんとっ!」
ジュリアス卿は驚いて椅子から腰を浮かせながら姫様の方に向き直った。
そりゃまあ驚くよね?
「レティ、それはまことか?!」
「ジュリア、私があなたに嘘をつくはずがありませんでしょう?」
「いやすまぬ。それは自明の事だが、あまりにも驚いたので口にしただけだ。それにしても、リンスワルド伯のご先祖が勇者であったとは...」
「リンスワルド一族の血脈から言えば、初代シルヴィア様の祖父が勇者であったというに過ぎません」
「いや姫様、アスワンだって姫様達が『勇者の血を引いてる』って言ってたんですから、ご先祖だと言って間違いはないでしょう? 姫様もシンシアさんもエマーニュさんも、みんな勇者の子孫なんですよ」
「うーむ、かの名高きリンスワルド家一族が勇者の血縁というのは、実に納得できる話ではあるが...いやはや、勇者殿と大精霊殿をいま目の前にしているというのに、それに並びたつほど驚くべき事が同時にあろうとは...なんとも世界は広いな!」
シーベル騎士団のアドラー氏と言いリンスワルド騎士団のシルヴァンさんといい、懐の広い人って、こういう考え方をするもんなんだなあ・・・
ジュリアス卿は天を仰ぐようにしてソファに深く沈み込んでいたが、しばしの後、座り直してこちらを向いた。
「さてライノ殿、我にとっては驚く事ばかりでめまぐるしい限りだが、あまり茫然自失としている訳にも行かぬ。ドラゴンの居所についての情報は先日レティに渡した通りだが、他にも協力できる事があれば是非教えて欲しい」
「いま現在はそれほどないんです。まずはドラゴンを探しに行くつもりですけど、俺たちの意図がエルスカインに露呈しないように少人数で素早く行動するのが一番だと思っていますから」
「では、その護衛などは?」
「盗賊相手ならともかく、普通の兵士達に魔獣の群と闘わせるのは酷でしょう。しかもエルスカインの操る魔獣だ。犠牲が大きすぎるというか、むしろ俺たちが兵士を守らないといけなくなります」
「ふむ...それでは本末転倒か」
「無事に戻れたら、いずれは大きく行動する必要が出てくると思いますし、それこそ外国へも足を伸ばす必要があります。その時には是非お力を」
「おお、承知した」
いままでの俺が、ほとんど何処の国や都市でも往来自由だったのは遍歴破邪だからこそだ。
仲間達と一緒に行動する機会が増えれば、そうも言っていられなくなるだろうな・・・
「もう一人きりでは無くなっているし、これまでのように往来自由な遍歴破邪という立場も微妙かなと思うので」
「確かに少人数であっても団体で行動していると、遍歴破邪では通しにくかろうな」
「ええ、その場合は身元というか立場というか...そういった事も、ご配慮頂けると助かります」
「無論、何処へ行くでも万事支障ないよう取り計らうとお約束しよう」
「ライノ殿には、リンスワルド家の家紋入りペンダントを身に着けて頂いておりますので、国内ではそれを見せれば概ね大丈夫かとは思いますが、国外の相手先によっては使節という体を取る方が良い場合があるかもしれません」
「その辺りはライノ殿の判断に従おう。費用面もこれまではリンスワルド伯へ負担を掛けていたと思うが、それも任せて欲しい。ライノ殿があくまで内密に動くとなれば表だって国庫の予算は使えぬが、手段はある」
「ジュリア、無理をされなくとも大丈夫ですよ? リンスワルド家には十分な余裕があります」
「心配には及ばんさ。それに幾ら財政が良くても、世界の秩序が崩れてしまうなら意味は無かろう?」
「はい。わたくしも同じように考えております。今はエルスカインを倒す事に全力を尽くすべきと」
「ならば志はレティと同じだ。この先ライノ殿には我の事も、勇者の臣下の一人に過ぎぬと思って貰って構わない」
いや?
いやいやいやいや・・・?
まさか姫様がシーベル城で言ってた事は、この展開を読んでたって事?
「さすがにジュリアス卿ほどの人を臣下だなんて思えないですよ。それは姫様だって同じですけど、あくまでも俺の友人になってくれた姫様が、普通の友情を越えて、同じ目的の為に力を貸してくれてるんだと思ってますから」
「大きな屋根でございますね、ライノ殿」
「あ、ええまあ...」
「レティ、大きな屋根とは何のことだ?」
「ライノ殿のお言葉ですよ。『嵐で友人宅の屋根が壊れたときに友ならば修理を手伝う』と。その屋根が個人の家の事ではなく、一つの国、あるいはポルミサリア全体を覆うほど大きな屋根であっても変わりありません。風雨からみなを守る『大きな屋根』を、みなで力を合わせて保つべきと...以来それは、わたくしの座右の銘です」
いや待って姫様、なんか意味がどんどん大袈裟に・・・
「なるほど。我もレティと同じ考えだ。エルスカインを倒すというライノ殿の目的に賛同し、一人の友としてできる限りの力を出したいだけに過ぎぬ」
「ジュリアス卿が俺みたいな外国生まれの小僧を友人だと見做してくださるんですか?」
「逆であろう? 勇者という超越した立場にいるライノ殿に、出会って間もない一介の君主を友人だと考えて頂けるのかと? 我から見ればそういう話だ」
『一介の君主』って・・・修飾語が間違ってるよね?
「だったら...年長者に生意気な事を言ってしまって心苦しいですけど、お互いに立場は横に置いて...ジュリアス卿、ぜひ俺の友人になってください」
「無論、喜んで!」
ジュリアス卿が破顔すると椅子から立ち上がり、俺に向かって手を差し出してくれた。
俺もすぐに椅子を立って、その手を握る。
生意気な事を言ったけど嫌な顔とかされなくて本当に良かったよ。
「アタシも友だちー!」
パルミュナが自分からにこやかにジュリアス卿に手を差し出した。
ジュリアス卿の人となりがパルミュナのお眼鏡に適ったか・・・良かった。
まあ破邪でも大公でも、破邪衆寄り合い所でも王宮でも、パルミュナにとっては大差ないよな。
ジュリアス卿は、俺と握手する時よりも見て分かるほど緊張した面持ちでパルミュナの手を取ってたけど。
「これであなたもライノ殿とパルミュナちゃんの友人になったのですねジュリア。本当に喜ばしい事ですわ」
「うむ。今日、ライノ殿と妹君に引き合わせてくれたレティのお陰だ。感謝する」
「俺の方こそ感謝する側ですよ。姫様にもジュリアス卿にも」
「とんでもない」
「ええ、真の友が増える喜びは、互いに等しくあるものですから...ジュリア、早速ライノ殿のご友人達とも会うべきかと思います。今日からはあなたの仲間でもあるのですから」
「うむ、そうだな。ライノ殿、ぜひ紹介して貰えないだろうか?」
「もちろんです。みんな向こうの執務室で待ってくれていますよ」
さて・・・大公陛下改めジュリアス卿をみんなにご紹介だ。