シンシアさんの父親
部屋に入ってきた大公陛下の迫力というか雰囲気と言うか、オーラに飲まれそうになって思わず跪きたくなったけど、ここへ来る前に姫様から忠告されていた事は守る事にする。
さりげなく椅子から立ち上がり、自分から自己紹介をする。
ちゃんとパルミュナも一緒に立ったな、偉いぞ。
「初めまして大公陛下。成り立て勇者のライノ・クライスです。そしてこっちが妹のパルミュナ。正体はすでにご存じかもしれませんが、それでも俺の妹です」
「勇者殿、パルミュナ殿、本日はわざわざご足労頂きかたじけない。私がミルシュラント大公のジュリアス・スターリングだ。どうかよろしくお願いしたい」
おうっ、いきなりフレンドリーだな。
でも斜め後ろに控えている姫様からの圧を感じるぞ・・・
「こちらこそよろしくお願いします、大公陛下」
「いや、勇者殿から陛下などと呼ばれる謂れはありませぬ。敬称は不要なので、もし嫌でなければジュリアスと呼んで頂きたい」
えっと、『大公』を公とか卿とか付けで呼んでいいんだっけ?
経験不足というか知識不足を痛感するな。
「もし礼儀的に間違いや無礼な事だったら指摘して頂きたいのですが...それでは、ジュリアス大公と呼ぶ事にさせて頂いても?」
「間違いではありませんが肩書きは不要ですぞ」
「お気持ちは有り難いのですが、さすがに年長者を呼び捨てにするのは心が痛いのでご勘弁願えないでしょうか?」
「ふむ、勇者殿の仰る事もごもっとも。さすがレティの言っていた通り奥ゆかしい方ですな。では、大公ではなく『ジュリアス卿』と呼んで頂く事でお願いしたい」
「ありがとうございますジュリアス卿。俺達の事はライノとパルミュナと呼んでください」
「承知しました」
「さて、互いの挨拶がすんだところで皆様お掛けになりませんか?」
姫様に促されて皆で椅子に座る。
でもこうやって二対二という並びで向き合うと、大公陛下と姫様って本当にお似合いのカップルって言う感じだな!
なんて言うか・・・名画に描かれていそうな雰囲気。
俺とパルミュナは・・・
分かってるよ、パルミュナは絵姿に残しておきたい美少女だ。
パルミュナ単体ならな!
「では早速ライノ殿とお呼びしよう。実はここに来る前にレティから絶対に『勇者様』と呼びかけたり、会った時に跪いたりしないようにと言い含められましてな」
「えーっと、実は俺もです。普段通りにして、自分がされて嫌な事はジュリアス卿に対してもしない方がいいと姫様から指導を受けました」
「あら、指導だなんておこがましいですわ」
「いやレティ、それは指導だろう。お前に言われるとまず誰も逆らえん」
「ジュリアったら大袈裟です!」
「そうか?」
あ、今のやり取りでジュリアス卿が凄くいい笑顔になった!
「さてライノ殿、貴殿は勇者としてエルスカインと闘っていると聞いたが、我もそれを手伝いたく思う。これは決して国としての利益を考えての事ではなく、一人の人族としてだ。しかし、我の立場で動かせる事は多い。何かの役に立てるのでは無いかと思うのだが、ライノ殿の考えは如何だろうか?」
「それはミルシュラントの民だけでなく、ルースランドや他の国の人々を助ける為の事であっても?」
「無論だ。もちろん国境を越えて出来る事は限られよう。その場合は軍を動かす訳にも行かぬし、国と国とのやり取りとなれば難しい事もある。だが、ミルシュラント国内において我の判断で出来る事であれば協力は惜しまない。決して、助ける相手を選んだりもしないと約束する」
「分かりました。いえ、ありがとうございます。正直、今の俺たちはエルスカインと闘う為の手段がもっと必要だと感じ始めていた処なんです」
「勇者の力をもってしても気を抜けない相手だと?」
「気を抜けないどころか、全力を出しても勝つ保証はない相手ですよ。もちろん負ける気はこれっぽっちもありませんけど」
「ふむ。ライノ殿がそう言うのであれば、これは間違いなく世界を守る戦いであろうな」
「そのつもりです。人族だけでなく、このポルミサリアの魂持つものすべてを守る戦いだと思ってるんです。例えそれが野山の魔獣でさえも」
「破邪にとって魔獣は敵なのでは?」
「いいえ。人を襲う魔獣や魔物を討伐するのが破邪です。魔獣の存在を否定する訳じゃありません。それに人族だって魔獣の末裔でしょう?」
「なるほど...」
「確かに姫様や俺たちは何度も魔獣に襲われました。でも、それはあいつらがエルスカインに操られていたからです。エルスカインは魂持つ者たちを魔法で操り、自分の都合でいいように使い捨てる血も涙もない存在だ...操られている魔獣達にとっても害悪ですよ?」
「そうであったか...先日、レティからエルスカインの真の脅威について聞かされて以来、奴らがただの危険分子や犯罪結社であるという見方を改めようとしていたところであったが、まだまだ我の認識は甘かったようだ」
「大精霊のアスワンでさえも、エルスカインの正体というか全容はまだ掴み切れていません」
「ライノ殿、大精霊アスワンとはもしや?」
「ライムール王国の話ですね? ええ、そのアスワンです。このパルミュナの相棒ですよ」
「ちっがーう! 相棒じゃなくってただの友達ー!」
「まあ力を合わせてるんだから同じようなもんじゃないか?」
「えーっ違くない?!」
「友達でも同じだ。って言うか友人を邪険にするもんじゃないぞ? 彼のお陰で色々助かってるだろ?」
「はーい...」
俺とパルミュナのやり取りを見てジュリアス卿が目を丸くしている。
「で、ではその、かつて聖剣メルディアを勇者に渡した大精霊アスワンが今回もライノ殿にお力を?」
「そうです。勇者と言っても俺は彼の力を借りてるだけなんですよ。まあ、俺用にオリカルクムの刀も鍛えて貰いましたけどね」
「ほう...もし差し支えなければだが...いつか、その刀を見せて頂く事は出来ないだろうか?」
「いいですよ? これです」
革袋からガオケルムを引っ張り出して見せる。
ジュリアス卿はそれを見て一瞬、吃驚した顔をしたものの、すぐに平静な表情に戻った。
まあ、転移魔法でここに来てるって相手だもんね。
鞘を掴み、柄の方をジュリアス卿に向けて差し出す。
「どうぞ。刀身を抜いて頂いて構わないですよ」
「かたじけない。感謝する」
そう言ってジュリアス卿はガオケルムを受け取ると、慎重に鞘から抜いた。
ほんの微かではあるけれど、刀身が魔力を纏っているのが感じられる。
さすがミルシュラント大公となる血筋は、能力的にも生半可な人物じゃあないんだろうな。
「いやなんとも...我は決して武具に詳しいとは言えぬが、それでもなまなかな代物でない事は手にした瞬間に分かる。さすが、これが勇者の武具か...かつて聖剣と呼ばれたのも宜なるかなだ」
「いやあ、メルディアを『聖剣』と呼び出したのは、悪竜と勇者が消えてからずっと後の時代の無関係な人達ですよ。そもそも、メルディアなんて名前も俺やアスワンが付けたんじゃ無いし」
「アレ? お兄ちゃん分かってたの!」
あー、つい『俺が』とか言っちゃったな・・・
まあいいか・・・
「俺も相当鈍感だけどな? さすがに気が付くっていうか、心に浮かぶって言うか」
「そっかー...思い出してたんだ...」
「色々とな。まあ記憶って言うよりは、朧な印象って感じだけどね」
「それでも嬉しー」
「ただ、アスワンが危惧してるって言うか後悔してる事がなんだったかは、いまだに分からないんだよ」
「うーん、アタシも知らない。きっとお兄ちゃんがいなくなった後の話だと思う」
「そうか、なら、まあ気にしなくていいのかな?」
「そーだよ。ぜーったいにお兄ちゃんのせいじゃないから!」
「...いまの話、ひょっとするとライノ殿がかつてのライムール王国の勇者であられたのか?」
「いや誤解を招く言い方をしてすみません。それは俺自身じゃなくて、俺たちの『過去の魂』の話です」
「過去の魂?」
「ええ。勇者の魂は輪廻しても、また勇者になるべく生まれ落ちる事が多いらしくて、過去に勇者であった自分を経験してたりもするんです。それはいまの俺自身の経験や記憶じゃないけど、俺の魂の中に印象として残ってるんですよ」
以前はそれほどでも無かったんだけれど、特にアスワンの屋敷を訪れて以来、ふと思い出すというか朧気だった印象が露わになってくることが増えているのだ。