転移門経由で面会準備
別邸の荷物部屋に空箱を置いた後、一人で外に出て奥の庭をぐるりと散歩し、木陰でのんびりしているダンガ兄妹&レビリスとちょっとだけ話し込む。
「もう離れって言うか『茶の部屋』を建て始めてるんだな...」
「ああ、昨日から工事を始めたよ。なんでもさ、今回来てる遍歴職人達の中には、ミレーナとかの貴族が南方風の茶の部屋を建てる時に仕事をした人もいるって話だぜ」
大工や石工と言った普請系の職人の中には一カ所に居を定めず、仕事を探して各地を放浪する『遍歴職人』と呼ばれる人も多くいる。
遍歴職人になる理由は徒弟制度の修業の一環だとか、あちこちで面白い仕事をしてみたいとか、単純に田舎町では家を建てる仕事なんか滅多にないとか、あるいは各地ごとに特色の有る施工方法を習得するのが目的だとか色々らしい。
遍歴破邪とも似てるような似てないような・・・
「へえ、偶然とは言えそりゃ凄いな」
「それが最近は王都の貴族たちの間でも、茶の部屋が流行り始めてるんだってさ」
「なんでだ?」
「さあ?」
きっとアレだな、ビュッフェ形式のパーティーとかと同じで、貴族達も退屈だから新しいモノにはすぐに飛びつくんだろうな・・・
「でもそのお陰で、すぐに今回の離れの図面を起こせたんだって。しかも姫様が『費用は気にせず、大きくゆったりした茶の部屋をできるだけ早く』って注文したから、職人さんが他所の三倍も来てるって言ってるのが聞こえたよ」
うーん、鼻だけじゃなくって目も耳もずば抜けていいアンスロープが近くにいると、色々な内輪話も筒抜けになっちゃうんだな。
姫様は相変わらずダイナミックだけど、茶の部屋の設置が王都の貴族達の間で流行り始めてるって言うのはますます都合がいい。
リンスワルド家が突飛な事をしてると思われなくて済むからね。
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五人で芝生の上にゴロリと横になって四方山話をしているうちに太陽が天辺に近づいてきたので俺はアスワン屋敷に戻る事にした。
パルミュナは朝食の後からすぐに屋敷の部屋に籠もって、追加の魔道具作りに没頭しているはずだ。
寝室から屋敷に転移し、二階に上がってパルミュナに声を掛けた。
「そろそろ地下室に行って、シンシアさんが転移門を開けるかどうか見てみないか?」
「そーだね。絶対大丈夫なんだけど、シンシアちゃんってば心配性ー!」
「確かに、そういうところあるよな」
パルミュナ謹製の『結界隠し』を革袋に収納し、二人で地下室に降りて魔法陣の中に立った。
周囲に浮かぶ『跳び先』を見渡すと、明らかにさっきまでは無かった部屋が一つ浮かんでいる。
方角的にも牧場や別邸と同じ向きで間違いない。
「お、あったぞ!」
「アレだねー、やっぱり大丈夫だった!」
「よし、周りに他の人がいないかだけ確認して跳んでみるか」
「うん!」
その部屋に意識を集中すると、見た事のない部屋の風景がスルリと広がって俺とパルミュナの周囲を包んだ。
シンシアさんが不安そうな面持ちで立っているのが朧気に分かる。
「行くぞ?」
「りょーかい!」
そこに心を集中すると、朧気だった部屋の様子やシンシアさんの姿が急速に鮮明になっていく。
そして、まさにその部屋の中にいると感じられるほどになった瞬間、お決まりの空間がズレる感覚と共に、俺たちは王宮内の居室に出現していた。
「やったー!」
「シンシアさんやりましたね! おめでとう!」
パルミュナが横に付いていた訳でもないのに、最初の一発で成功するとは、さすがシンシアさんだな。
だけど、俺たちの姿を見たシンシアさんはおもむろに床に座り込むと盛大に泣き始めた。
「ええっ! ちょ、ちょっとシンシアさんどうしたんですか?」
「だいじょーぶー? 結界にそんなに魔力使っちゃったのー?」
「あ、あの、すいません....大丈夫です」
「どうしたんですか? 魔法陣を開く時に、なにか嫌な体験でも?」
「いえ違います。その...心配で...」
「え?」
「とっても心配だったんです。もしも私の腕が未熟なせいでライノ殿やパルミュナちゃんに何かあったらと思うと...もう、堪らなく心配になってしまって...」
そうだったのか・・・
「ライノ殿とパルミュナちゃんの無事な姿を見たら、いっぺんに気が抜けちゃって...すみません、見苦しいところをお目に掛けてしまいました」
「そんなこと無いですよ?」
「そーよ! 最初の一回目からパーフェクトに成功するなんて、さすがシンシアちゃんよーっ! もっと威張ろう?」
「あ、ありがとうございます...」
シンシアさんの顔が涙でグショグショだ。
だけど、それがなんとも可愛らしい。
王都への旅の途中で初めて精霊の防護結界を張る事に成功した時、シンシアさんが見えないちびっ子精霊たちに膝をついてお礼を言っていた事を思い出すな・・・
この優しさとしっかりした信念が両立してるところがシンシアさんの持ち味なんだろうね。
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ともかく、王宮のリンスワルド家専用居室に転移門が開いた事で、俺たちはいつでも王宮内に入れる事になった。
パルミュナの作った『結界隠しの魔道具』も機能しているから、城内の第三者に露呈する心配もないはずだ。
ただ、この転移門はシンシアさんの強い希望で『面会の為にパルミュナが大精霊の力で設置した一回こっきりのモノ』という建前になっている。
実際、革袋をシンシアさんに渡しておけばパルミュナはそれに入って王宮まで行けるのだから、そう無理な設定でもないからね。
たぶん、究極はいったん精霊界に戻って顕現し直すという手間を掛けるならば、大抵の場所に現れる事も不可能じゃあ無いはずだけど、それを本当にやろうとすると、『革袋の空間を通じて顕現』している今のパルミュナにとって大量に精霊の力を消費させる事になるらしいから、選択肢に入らない。
ともあれ、姫様が大公陛下と親書をやり取りして、密かに居室に転移門を開く許可を貰い、同時に面会の日取りを決めた。
俺の人生経験の引き出しからすると相手があまりにも『偉い人』すぎて、どう対応していいのか見当も付かないんだけど、大公への礼儀作法はどう考えればいいのかって言う俺の質問に対して、姫様は微笑みながら言った。
「ライノ殿が、自分が勇者だと知られた上で、相手からされたくないと思う事をしなければ良いだけでございます」
「えっと、それって...?」
「ライノ殿は以前に仰いましたね? 跪かれたり傅かれたりするのは好きではないと」
「ええ、人心を集めるのは良くないとアスワンから言われてますから」
「理由はそれだけでしょうか?」
そう言われると・・・
「まあ...そりゃレビリスやダンガ達、姫様達もそうですけど、親しくありたいと思える相手から仲間はずれにされたくないからです。尊敬とは関係なく『上位の人』に対する礼儀が必要な相手って、つまり、友人と言える存在じゃあないですよね?」
「大公陛下も同じでございます。仮に立場を入れ替えて考えてみれば、大公陛下も勇者様と親しくなりたいと思いこそすれ、決して勇者様に傅かれたいなどとは思いもしないとお分かりでしょう?」
「あー...なるほど」
「以前は、わたくしは大公陛下のことをジュリアとお呼びしていました。それに陛下もわたくしをレティと呼んでいましたわ。当時は互いにそういう関係でございましたから」
「それはそうでしょうね」
「人同士の関係とはそのようなもの...互いにどう振る舞うかは、その時の当人同士が無理なく付き合えるところに収まれば良いのだと思います。そう考えれば勇者様と大公陛下も、レビリス殿やダンガ殿となんら変わるところはございません」
なるほどなあ・・・『相手の立場になって考えてみる』って言うのは、こういう時にも意味があるんだな。