大公との謁見方法
「うーん...そうなるとさ、近い方の暴れん坊か辿り着くのが大変そうな遠くの温和な方か、こりゃ確かに悩ましいな!」
「いやレビリス。遠い方のドラゴンが温和だと決まってる訳でも無いよ」
「え、そうか?」
「だって、徹底的に人族が嫌いだから近寄りたくも無いと考えてる可能性だってあるからな? そういうドラゴンだった場合は逆に、人族に対して欠片の情も持ってないと思う」
「おぉぅ...言われてみれば、それもそうか...」
「ライノさん、それだったら、わざわざ最初から遠い方を目指す理由も無いよね?」
「アサムの言う通りだな。姫様。やっぱり順当に、まずは近い方にいるドラゴンを目指して出発しましょう。途中で考え方を変える可能性もありますけど、『ドルトーヘンの街』あたりまでコースは同じですから」
「承知しました。では、なるべく早く出発の準備を整えたいと思います。新しい馬車もそろそろ仕上がってくる頃ですし、どのようにエルスカインの目をくらましつつ北部へ向かうかを決めて、周囲にもそれに合わせた行動を取らせる必要がございます」
「そうですね。新しい馬車は牧場に届けて貰うのがいいと思いますけど、そこら辺の段取りもなるべく早く決めてしまいましょうか」
「それからライノ殿にはもう一つお願い事が」
「なんでしょう?」
「大公陛下が是非ともライノ殿に謁見させて頂きたいと仰っております」
「あの謁見って...言葉が逆では?」
「そんなことはございません」
シーベル城の庭園で姫様が言ってた事を思い出すな・・・
「まあともかくとして、ドラゴンの情報も頂いたんだし、俺としてもお礼を言いたいです」
「それは大公陛下も喜びましょう」
普通なら大公陛下に謁見するのは、こちらが王宮に行って、俗に言う『謁見の間』で対面するというのが常識。
なんだけど・・・俺の場合はここで問題が出てくるんだそうだ。
大公陛下は俺が勇者だと分かってるからいいとしても、周りの家臣たちはそんなこと全く知らない訳で、『誰だこのリンスワルド伯の連れてきた若造は?』って事になるらしい。
別にそれでもいいんだけど、そういう正体不明の存在は並み居る家臣たちの間に興味と疑問を湧き上がらせ、一気に詮索というか、俺の身元調査が始まるだろうと言う。
それもまあどうでもいいんだけど、結果として色々な人が手を替え品を変え理由を付けて、リンスワルド家の別邸や本城に情報を得ようと押し掛けて来る事になりかねないと。
しかも、その中には大公家の親族やら侯爵だの公爵だの、姫様にとっても無碍には扱えない人達も大勢混じってくる事が予想されると。
出来るだけ別邸に籠もっているフリをしながら、隠密に王都を出て行程を稼ぎたい俺たちとしては、それは非常に困ることになる。
・・・と、姫様に言われたんだけど。
「いやあ貴族の人達が、たかだか俺みたいな若造一人に、そんなに興味を持つものですかね?」
「恐らく、ライノ殿が王宮に赴けば、馬車を降りた瞬間から一挙手一投足が見つめられ、行き帰りの廊下ですらも様々な方々から話しかけられて、根掘り葉掘り聞かれる事でしょう」
「お兄ちゃんってば人気ものだー! 旅芸人一座の『芸をする動物』みたいだよねー!」
「やかましいわ。勇者は珍しい生き物だから仕方ないだろ!」
「いえ、それは勇者と知られたからでは無く、わたくしと一緒にいるからでございます」
「は?」
「つまりその、リンスワルド伯が連れ歩いている若い男は誰だと。ひょっとしたら新しい恋人では無いのかと。そのような視線でございます」
「ええぇ...」
「もちろん、わたくし自身はそう言う目で見られるのであれば、むしろ嬉しいと申しますか光栄と申しますか...」
姫様はそこでわざとらしく、少しだけ俯いて頬に手を添えた。
これ絶対に演技だな。
「お母様?」
「シンシア、わたくしがそう思うのではなく、周りがそういう目で見るという話ですよ?」
「それであれば良いのですけれど。それであれば」
「いやもちろん俺だってそう見られて嫌って意味じゃ無くて、とにかく周囲の目を引きつけるのは困るなあってだけですけど」
「ライノ殿、王都で暮らす暇な貴族達が、どれほどゴシップや目新しい話に飢えているか決して侮ってはなりません。彼らの興味をかき立てる事は、結果としてエルスカインの密偵を増やす事になりましょう」
「なるほど...だったら、王宮に謁見に伺うって言うのは無いですね。でも、逆に大公陛下がそうホイホイと外に出られるものなんですか?」
「そこでパルミュナちゃんにご相談でございます」
「はーい、なあに?」
「屋敷に戻る為の転移門は、魔法陣を設置した術者だけしか移動できないものでございましょうか?」
「ううん、魔力さえ十分なら誰でも連れて行けるよー。それに、お兄ちゃんとシンシアちゃんはアタシと同じように転移門が使えるから、アタシがこれまでアッチコッチに置いてきた転移門も自由に使えるの」
「であれば...実はリンスワルド家はなにかと大公家に優遇されておりまして、王宮の中にも専用の居室を頂戴しております」
そりゃそうだろうな・・・
大公陛下は姫様の元恋人? であり、シンシアさんの父親だって言うんだから。
「わたくしとシンシアやエマーニュは自由に王宮に出入りできますので、まずは城内のリンスワルド家の居室に入り、そこでシンシアに帰還用の転移門を開かせて頂きます」
「おお?」
「そこからいったんライノ殿の屋敷に戻り、今度は皆さんをお連れして一緒に城内の居室に戻れば準備万端。あらかじめ時間を決めて大公陛下に居室を訪問して貰うようにしておけば、邪魔が入る心配の無い場所でライノ殿に謁見させて頂ける、と。かような段取りはいかがでございましょう?」
「なるほど!」
相変わらず謁見という単語の向きが違うと思うけど、ここでゴチャゴチャいっても仕方が無い。
「それはいいアイデアですね、姫様! 城内に転移門を置けるんだったらなにも苦労が無いですよ。なんだったら大公陛下にアスワンの屋敷に来て貰ってもいいんですしね」
「はい、それも一案かと思います」
「なあ、ライノ?」
「ん、なんだレビリス?」
黙って俺と姫様のやり取りを聞いていたレビリスが不安そうに口を挟んだ。
「あのさ...王宮の中で勝手に強大な魔法を使って転移門の結界を開くってのはさ、もしも王宮の魔道士にバレたら大騒ぎっていうか...下手したら謀反の疑いを掛けられて極刑とかだってあり得る話じゃ無いのか、な?...」
「レビリス殿、たとえ表沙汰になっても陛下が制しますので問題ないかと思いますが...」
「いやでもバレたら...」
「心配いりませんレビリス殿。部外者に悟られなければ良いのですから...シンシアが少し上目遣いで『ダメですか?』とでも聞けば、陛下は二つ返事で許可するに決まっています」
ですよねー。
「それに精霊魔法だから普通の人族の魔法使いじゃ感知できないよー? だから、だいじょーぶ!」
「うん、まあそうなんだろうけどさ、シンシアさんだって頑張って勉強したら精霊魔法が使えるようになってきてた訳だろ?」
「まあな...」
「そりゃシンシアさん並みの天才なんて早々いないんだろうけどさ、だからって他に一人もいないって思うのも油断じゃ無いかな? バレても大公陛下と姫様の後ろ盾があるから追求されたりしないにしても、騒ぎが起きれば注目を浴びるだろ? さっき姫様も言ってた『あいつらは何者だ?』って視線だよ」
「ああ、それはレビリスのいう通りだな」
「だいたい、騒ぎになった時点で大公陛下に庇って貰う必要が出るしさ、ひょんなところからエルスカインに嗅ぎつけられたりする危険性が無いかってのも心配になってさ?」
「確かに...」
「あー、そっかー...よし、じゃあアレを作ろー!」
「アレってなんだよ?」
「エルスカインが使ってた魔道具。ほらー、ゲオルグくんの部屋とかギュンターおじさんの家に置いてたのがあったでしょー? 仕組みは分かってるから、アレを精霊魔法版の魔道具に作り替えて、その居室に置いとけば外から感知できないからダイジョーブ!」
「ホントに大丈夫か? それ」
「ダイジョーブだって!」
なんという大胆な解決方法。
「それなら問題ありませんわ、さすがパルミュナちゃんです! 転移門については、内密にわたくしの方から陛下に一報を入れておきます。陛下に会って頂く為に勇者様と大精霊様のなされる事に否と言うはずがございませんので」
「そうですね」
「むしろ、シンシアが精霊魔法を会得して設置したとなれば陛下は鼻高々でございましょう。シンシアには少し迷惑を掛けてしまうかもしれませんが...」
「え?」
「当然ですよシンシア。転移門があるならシンシアがいつでも王宮に来れるはずだと陛下が言い出すのは分かりきっている事でしょう? 場合によっては三日に一回でも顔を見せろとか、週に一度は食事を一緒になどと言い出しかねませんわ」
それを聞いてシンシアさんが急に不安そうな表情になった。
「絶対にバレないようにしましょう! パルミュナちゃんお願いします! なんとかパルミュナちゃんの大精霊の力で一時的に転移門を開いたという設定に!」
「わかったー!」
そう言う問題?
これほどの大国を治める大公陛下も、一人の父親としてみると結構不憫だな・・・