ドラゴンの居場所
奥の庭に離れを建てる事になって数日後、姫様から昼食を皆で一緒にと招集が掛かった。
晩餐については姫様達に来客や用事の無い時は皆で一緒に取るけれど、朝食は大抵が各自の借りている部屋で取り、昼食はその時の行動次第でバラバラにというのが普通だから、これは姫様がなにか話したいことがあるって言う意味だ。
食事が終わってテーブルの上のものをあらかた下げて貰ったところで、案の定、姫様が報告を始めた。
「すでに本日の話題については見当が付いていらっしゃるかとは思いますが、大公陛下からドラゴンの居場所に関する情報と地図が届きました」
「おおっ!」
「来ましたか!」
ともかく、これでようやく次の動きが取れるな・・・
リンスワルド領を出てから今日まで、結構長かったし色々な事もあったけど、ついにドラゴン探しに出発できる。
一気に全員のテンションが高くなったけれど、姫様は意外に静かだ。
「ですが...資料に添えられている大公陛下のお手紙によりますと、ドラゴンの居場所について異なる、いえ...相反する情報が複数存在し、それらを精査してとりまとめる為に時間が掛かったのだそうです」
「そりゃあドラゴンですからね、目撃談も誇張されてたり恐怖で見誤っていたりは十分考えられるでしょうね」
「しかし、大公陛下が部下に命じてそれらの情報を何度も精査させたところ、信頼性の高い情報のみを残しても、なお、相反する目撃談が複数存在するとの事でした。そこから調査班が導き出した回答は...北部山岳地帯の異なる場所に、二頭のドラゴンが住み着いている可能性が高いと」
「えっ、二頭ですか!?」
姫様が巻いて壁際に立てかけてあった大きな地図をほどいてテーブルの上に広げて見せる。
ミルシュラント公国全体の地図だけど、出発前に姫様から貰った地図やシーベル卿のところで貰ったものと比べても断然、内容が精細だ。
道や集落などもびっしりと書き込まれている。
「はい。場所はこちらに記してあります」
姫様は、その地図の北側の方に描かれた北部山岳地帯を、一文字に横切る大山脈の二カ所に記してある小さな印を指差しながら言った。
二つの印の間は、馬車なら何週間もかかる距離だと思えるけど、翼を持つドラゴンなら行き来できない距離じゃ無いかな?
本宅と別宅とか・・・
「驚くべき事ですが、大公陛下も不審に思って再度検証させ、それでも同じ結論だったそうでございます。それで余計に時間が掛かってしまったと」
「なるほど...」
「遠い方のドラゴンは、近い方のドラゴンが初めて目撃されてからしばらく経って最初の目撃情報があがったのだそうです。ただ、そもそもが人里離れた地域ですので、どちらのドラゴンも居着いてすぐに目撃されたとは限らない、と」
「二頭いる、という根拠はなんですか?」
「同じ日の昼に両方で目撃されておりますが、この日は北部山岳地方特有の祭りの日だったそうで大勢の目撃者がいるそうです。例えドラゴンと言えど、僅かな時間で跳べる距離ではないということで」
「じゃあ間違いないか」
「なあライノ、俺たちは田舎者だから良く分からないんだけど、やっぱりドラゴンが二頭いるって特別なことなのかい?」
ダンガたちは本来ごく普通の狩人だからね。
ドラゴンがどうしたこうしたなんて、地元に飛んでくる事でも無きゃ一生気に留めないだろうな。
「俺もドラゴンの事は聞いた話でしか知らないけど、ドラゴンは縄張り意識が強いから、一つの地域に二頭のドラゴンが住み着くなんて、かなり珍しい事だと思う」
「じゃあそれってさあ、番って言うか夫婦って言うかさ、そういうのじゃ無いよな?」
「いや、番になるのは一時期だけらしいし、もしそうなら同じ場所に住むだろ?」
「ドラゴンのご夫婦だったら、目撃場所が二つに分かれたりしないですよね?」
「そりゃそうか」
「むしろ、一度くらいは二頭が一緒にいるところを目撃されそうだよ」
レミンちゃんの『ドラゴンのご夫婦』って言いようが、なんだか面白いような、冷静に考えると凄く怖いような・・・
夫婦喧嘩に巻き込まれたりしたら半端じゃない天災だ。
「わたくしもドラゴンが集まるという話は聞いた事がございません。番になるのも偶然の出会いのようなもので、ほんの一時の間だけだと聞いています」
「それに番じゃ無くって、ギリギリ最小限の縄張りが触れ合わないぐらいのところに住んでるとしても、なんでわざわざミルシュラントに? って思うよな...」
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ、シンシアさんにもなにか考えが?」
「いえ、大したことじゃ無いというか、本で読んだだけの話なんですけど...」
「いや、どんなことでも良いから聞かせて下さい」
「アルファニアの王宮図書館にあった古い記録で見たのですが、番の相手を探す以外でも、『ギャザリング』と言って、ごく希にドラゴンが集まる事があるのだそうです」
「ギャザリング、ですか?」
「はい。集まる理由はその時々で違うけれど、大まかにはドラゴン族としての方向性を定めるとか、意見を統一するとか、そういうことだそうです。時には、種族の掟に反したドラゴンを処罰するために集まる事もあるとか」
「へー!」
「なるほどねえ...」
「なんだか人族みたいだな!」
「いや、でもドラゴン族が高い知性を持ってるのは周知のことだ。種族の特性として長生きな上に孤独が好きで、しかも単独で十分に強いから群れをなして暮らす必要性がないってだけで」
「てゆーか、ドラゴンって魔力を食べて生きてるよーな存在だから、そもそも一カ所に沢山集まって暮らせないのよねー」
「ああ、その土地の魔力を取り合う事になっちなうのか」
「そんな感じー?」
「でもさ、ドラゴンが集まってルールや協調性を論じてたりしてたら面白すぎるよな?」
「うーん、人とは常識が違うって言うか、考え方が違うって言うか、分かり合うのが難しいってのは事実だけど、それも無いとは言い切れないんじゃ無いか?」
「お兄ちゃん、自分で『分かり合うのが難しい』とか言わないでよー!」
「あ、いやまあ、それはそれ。これはこれ、だ。それに、分かり合うのが難しいって事はちゃんと理解した上で対峙するんだからな?」
「そーだけど...」
「そんな心配するな。俺に任せるって約束しただろ?」
「うん...」
「ま、いまは考えても理由が分からないよな...なんで近い地域に二頭のドラゴンがいるのかは置いておいて、取り敢えず、俺たちとしてはどう行動するかだ」
「でもライノ、それ『近い地域』って言っても地図で見る限りじゃ、それぞれの間は馬車だと何週間って距離だよな?」
「まあな...」
「じゃ、普通に考えればさ、この王都から近い方から会いに行くってだけだろ? まず遠い方に行くって意味が有るのか?」
「そうなんだけど...姫様、その二頭の目撃情報に差は無いんですか? 例えば、どちらかは近隣の村や農場を襲ったことがあるとか...」
「はっきりした情報ではないそうですが、王都に近い側のヒューン男爵領の先に住むドラゴンは付近の牧場の家畜を根こそぎにした事があるらしいとか。また、その地方では怯えた獣たちが大挙して山から麓の森に降りてきているので、地元の猟師たちは大忙しだという話も出ていたそうです」
「それだったらさ、地元の人達はしばらくの間、肉と毛皮に不自由しなさそうだね」
「いやレビリスさん、熊や狼みたいな危ない連中も一緒に降りてくるんだから、そんないい事ばかりじゃないと思うんだ」
「お、そうなるのか?」
「ああ。アサムの言うように、獲物が移動すれば、それを食う奴らも一緒に移動してくるもんなんだ。それに降りてきた連中同士での新しい縄張り争いも起きるし、どっちかと言うと森や里も荒れるんじゃ無いかなあ?」
「なるほど。ダンガやアサムが言うなら間違いないだろうな。それに相手がドラゴンなら、普通は人里に近づかないようなデカい魔獣だって逃げてくるかもしれないぞ」
「って事はさ、そっちの暴れん坊はパスして遠い方に足を伸ばした方がいいって事か?」
「そこは悩ましいな...姫様、もう一頭の方はなにか『姿を見た』って以外の話があるんですか?」
「いえ、こちらは空を飛んでいるところを何度か目撃されているだけで、人里に近寄った事はないようです。ただ、こちらのドラゴンが地上に降りていると目されている場所は、大山脈の中でも一番の奥地にある山で、ほとんどシュバリスマークとの国境付近です」
「シュバリスマーク側に降りてるってことはないですかね?」
「いえ、山の中腹...この印の位置ですが、その付近に空から降りていくところを何度か目撃されておりますので、位置はミルシュラント側のようです」
なるほど。
そっちの印が付いた場所は大山脈のかなり奥だけど、地図を見る限りでは、その手前にはのっぺりした緑色に塗られた『森林地帯』という記述があるだけだ。
大山脈までの間に視界を遮る高い山が無いから、街道沿いの集落からでもドラゴンの姿が遠目に見えたということか。
しかしどういうルートを取るにしても、こっちはドラゴンの居場所に辿り着くまでに相当な日数が掛かりそうだ。