メイドさんの矜持
営舎の転移部屋に残された荷物をせっせと革袋に詰め込み、ようやく屋敷の地下室に転移すると、そこにはもう誰もいなかった。
さっそくパルミュナがトレナちゃん達を案内しているらしい。
俺は貴族の部屋の造りとか使い方とか良く分からないから、確かにこの方が良かったかな。
さて、折角革袋に仕舞い込んだ大量の荷物を地下室に出すのは馬鹿馬鹿しいので、俺もさっさと上階へ上がってみる。
みんなはダイニングルームにいるようだ。
「お待たせ。残りの荷物も運んできたよ」
「はーい」
「クライス様ありがとうございます。かなり量があったので大変ではありませんでしたか?」
さっきの一番年長っぽいメイドさんが気遣ってくれる。
「いや、俺の革袋に魔法で収納したものは持ち運びに一切の力がいらないんですよ。だから大丈夫です」
「そうなのですか、クライス様は素晴らしい魔法の技をお持ちですのね!」
「いや、皆さんも知っての通り、俺の技じゃ無くって全部大精霊から借りてる力ですからね。魔法の使い手ならシンシアさんの方がよっぽど凄いと思うな」
「お兄ちゃんは勇者だから特別だけど、単純に精霊魔法の使い手っていうならそーかもねー」
「だろ? ところで、さっきの荷物だけど何処に出しましょうか? 結構な量があるから、このまま二階か三階に持って上がってから出してもいいんですけど?」
「いえ、玄関ホールにでも置いて頂ければ私たちで仕分けます」
「そうですか。じゃあそれで」
玄関ホールに行って、最初に別邸で仕舞い込んだ荷物と牧場の営舎で預かった荷物を次々と出していく。
またしても四人が呆気にとられていたが、途中から気を取り直して荷物を仕分けして整理し始めた。
どうやら、箱物の多くは台所や食堂用品だったりするらしく、一階で出して正解だったらしい。
食料品も多いしね。
「パルミュナ、ちょっと上の部屋を見てみるか?」
「うん!」
メイドさん達があちこちの部屋に荷物を運び入れたり、足りないモノを調べたりしている間に、昨日一昨日と足を踏み込まなかった屋根裏部屋に行ってみることにする。
奥の階段を上まで登って見ると、屋根裏部屋と言ってもイメージしていたような暗くて埃っぽい物置では無く、それなりに生活できそうなコンパクトな部屋がいくつか用意されていた。
どの部屋にもちゃんとガラス板の嵌まった窓があって、午後の陽射しが斜めに射し込んでいる室内は十分に明るく快適だ。
とは言っても、ただそれだけ。
わざわざ見に来るほどのモノがあったかというと、特にないな。
室内には家具も無ければ保管されている荷物もないので、元来の用途がなんだったのかは分からない。
普通なら使用人の人達は屋根裏部屋で暮らすのが一般的だろうけど、この屋敷には別に使用人棟があるんだから、違う使い方をされていたんだろうな。
「この屋敷って、ホントに部屋数が多いよねー」
「だよなあ。以前の勇者がどういう風に使ってたのか謎だよ」
「別に勇者の要望じゃ無くってさー、アスワンが自分の趣味でテキトーに作っただけかも?」
「なるほど。それもあり得るか! だったら持て余しただろうな...」
ついでに使用人棟の方にも行ってみたけど、ここもどうと言うことはなく、本当に使用人の方々が暮らすような部屋がずらりと並んでいるだけだった。
玄関ホールに戻って、先ほど声を掛けてくれた年長メイドさんに聞いて見る。
「ところで、今更聞くのもなんですけど、皆さん、しばらくはこの屋敷に泊まることになるんですよね?」
「はい。そのように仰せつかっております」
「じゃあ、後で皆さんの部屋を決めましょう。そこはプライベートエリアってことで他の人間は勝手に入らないようにしますから」
「いえクライス様、厨房の横に使用人の休憩室がございました。私たちはそこに寝具を持ち込んで寝泊まりさせて頂こうかと」
「え? あの部屋にベッドとかありましたっけ? って言うか、上の客間に泊まって下さいよ」
「クライス様、私たちはメイドでございます。家僕やメイドが主と同じ場所を私用に使うなどありえません」
「いや、でも皆さんはリンスワルド家のメイドさんだから、この屋敷ではお手伝いに来てくれた仲間みたいなもんですし、部屋も沢山空いてるんですから...」
「大変光栄ではございますが、私たちは姫様からこの屋敷を整えるようにとの命を仰せつかって罷り越しました。ですので、私たちは『メイドとしての仕事』をするために、ここにお邪魔しております」
「あ、そうですよね...なんか、皆さんの気持ちにそぐわないことを言ってすみません。余計な仕事を増やしたみたいで悪いなあなんて思っちゃって...」
「とんでもありませんクライス様。お気遣い頂き、心より嬉しく思っております。ですが、私たちメイドは言うなれば大工のようなものでございますので」
「はい?」
メイドさんが大工さん? ・・・それって、どういうこと?
「大工がその家を建てたから、あるいは修繕をしたからと言って、その家を我が物のように使ったりは致しません」
「それはまあ、確かに...」
「大工は『家』という形ある器を作りますが、私たちメイドは主人が居心地良く思う『時と場』を作ります。それは目には見えないものですが、私たちもまた、家という住処を良いものに形作る仕事を承っているのでございます。ですので、私たちのことは家の見えない管理を任された大工がウロウロしているとでも思って頂けば良いのですわ」
なるほど!
驚いたし、感銘を受けたよ。
俺は心の奥底で、メイドさん達の仕事や、仕事に対する心構えを緩く見ていたんだと思う。
「分かりました。いや、教えて下さってありがとうございます。なんだか目から鱗ですよ」
「とんでもありませんクライス様! 生意気なことを申し上げてしまいまして、どうかお許し下さいませ」
「こっちこそ、とんでもないです。本当に聞いて良かった話だって思えたんですから」
「左様でございましょうか?...」
「もちろんです。是非この屋敷を皆さんの手で居心地良くしてやって下さい。俺もそのために出来ることはやりますから。それと居室の件ですけど...中庭側の低い建物が俗に言う使用人棟らしいです。部屋数は十分にあるので、良ければそこを皆さんの個室にして使って下さい」
「かしこまりましたクライス様。メイド冥利に尽きるお言葉を頂き、恐悦の至りでございます」
ついに『メイド冥利』まで登場したよ!
こっそりパルミュナが変な言葉を教えて回ってるんじゃ無いだろうな?
とかやっていたらトレナちゃんがパタパタとやってきた。
「テレーズさん、あの、皆さんにお茶を入れようと思ったのですが、第一陣でクライス様にお持ち頂いた荷物の中には茶葉がありませんでしたので、庭にあるハーブ類を使ってもよろしいでしょうか?」
この年長メイドさんの名前はテレーズさんって言うのか。
「それはクライス様の許可を頂きませんと」
いや裏庭にハーブ類があるとか、俺的には意識の外でした。
試し斬りに使った丸太くらいしか記憶に無いし・・・むしろ、すでにそういうところまで目を配っているトレナちゃん達ってやっぱり凄い。
「もちろんこの屋敷や庭のものは全部自由に使って貰って構わないんですけど、茶葉って別邸の部屋にある荷物ですよね? 全部いっぺんになくなると変に思われるかと思って、あえて半分方残してきたんですよ。今から持ってきましょう」
「ですが、それは大変では?」
「まったく大変じゃ無いです。地下室に降りて上がってくるだけなのと大差ないですよ?」
「そうなのですか? では大変恐縮ですが、クライス様にお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。あ、でも箱の中身が分からないので、トレナちゃんも一緒に来て貰えますか?」
「かしこまりました」
「いってらっしゃーい!」
まあ純粋な荷物運びには、パルミュナが着いてくる意味が無い。
トレナちゃんを連れて地下室に降り、さっと今朝の部屋に転移した。
「わあ! さっき牧場からクライス様のお屋敷に行った時は、なにがなんだから分からない感じだったんですけど、こうやって知ってる場所にポンっと来れるとビックリしちゃいますねっ!」
「分かるなあ、それ。リアリティ、みたいな?」
「そうです、そうです! よく知ってる場所やモノだから余計に不思議! みたいな感じです」
うん、手をブンブン振って話すトレナちゃんって本当に可愛いね。
サミュエル君は果報者だよ?
「ありました! この箱です」
「他にも、今のうちの持っていった方がいいものがあればついでに運んじゃおう。別に全部いっぺんに持っていってもいいんだけど、この部屋ががらんどうになってると、次の荷物を入れづらいかなって思ってね」
「そうですね...確かに私たち四人以外をこの部屋に入れる可能性も考えたら、少し残しておいた方がいいですね」
「だよね」
「じゃあ...この箱と、この箱と、これ...あと、この樽をお願いできますか?」
「はい了解!」
トレナちゃんの指定した荷物をさっさと革袋に仕舞って屋敷に戻った。
早速、玄関ホールに行って荷物を取り出していると、テレーズさんがちょっと驚いてる。
「もう、戻ってこられたのですか...本当に凄い技ですね!」
テレーズさんの心の声が聞こえてきそうだよ。
『一家に一人、勇者がいればどれほど便利でしょう!』って・・・
まあ俺も最初の頃はパルミュナをカマド扱いして『一家に一人パルミュナが欲しい』なんて言ってたんだからね、気持ちは分かるよ。