Part-2:出発の準備 〜 屋敷の手入れと備品搬入
屋敷の庭で小太刀の試し斬りを終えた後は、再び魔力トレーニングのように『往復転移運動』を繰り返して、何食わぬ顔で全員を別邸の会議室に戻した。
予想外のアスワン来訪で思わぬ展開になった『お屋敷見学』だったけど、新たな事実と共に気合いを入れ直すことになって幸いだったよ。
なにより、アスワンの力でシンシアさんも精霊魔法が使えるようになった事は大きい。
これでシンシアさんが転移門を使えるようになったとあれば、つまり、俺かパルミュナが別邸にいなくても大丈夫って事だ。
今後はみんな割と気軽に屋敷を使えるだろうし、ドラゴンキャラバンの自由度と安全性は桁違いに上がるだろうな。
さらに姫様の別邸はエルスカインを惑わす為の『見かけ上の拠点』として使わせて貰う事が出来るから、リンスワルド牧場のシャッセル兵団と別邸にいる家人達の動きで陽動し、実際はこの屋敷を中心に密かに動くことが出来れば、カモフラージュも完璧だ。
うん、なんか光明が見えてきた!
後は、ドラゴンをどうやって探し出して交渉するかだけど・・・これはまあ大公からの情報待ち、そして、動き出したらぶっつけ本番だから、悩んでも仕方が無い。
当たって砕けろだな! ・・・砕けたくは無いけど。
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その翌日、トレナちゃんが俺とパルミュナを呼びに来た。
「クライス様、あちらの屋敷に運び込む備品類でございますが、一通りを見繕いましたのでご検分頂けますでしょうか?」
「検分だなんて大袈裟な」
「いえ、クライス様のお屋敷でお使い頂くものですので、お二人のご趣味に合うかどうかが一番大切です!」
「そうですか? じゃあ」
折角のトレナちゃんの気遣いを無碍にするのも申し訳ないので、言われるがままに一室に集めてあるという備品類を二人で見に行くことにした。
当面は別邸にあるものから持ち出した品々で最低限の用を済ませ、追々、屋敷の使い勝手に合わせて本格的に揃えていく、という段取りにするそうだ。
そして広い部屋の中に積み上げられている膨大な品々にご対面。
この物量で『当面』って、どんだけ先の長い話だ?
まあリネン類もあるし、あのサイズの屋敷ならこの程度の量になるのは当然なんだろうけど・・・
内心、『えっと食器が数客と鍋とティーセットと、それから...』とか市場でのお買い物アイテムを思い浮かべていた自分が卑小すぎる。
確かに、この量を俺とパルミュナが一気に買い物すれば、目立ちまくるだろうな。
部屋の中には、ピクニックに同伴してくれていた三人のメイドさんもいて、品物のチェックと分類をやってくれていた。
トレナちゃんに連れられて部屋に入ってきた俺とパルミュナを見て作業を中断し、立ち上がって深々とお辞儀してくる。
「あ、お構いなく。皆さんが屋敷のことを手伝って下さるんですね?」
「はい。当面はここにいる四人だけで、そちらのお屋敷をお手伝いすることになっております」
一番年長っぽいメイドさんが代表して答えてくれた。
「じゃあ、よろしくお願いします。俺は家の中については分からないことばかりなので、気付いたことがあれば遠慮無く言って下さい」
「承知致しましたクライス様。今ここに持ち込んであるのが差し当たって必要な第一弾というものですが、不足なものは様子を見ながら順次クライス様とパルミュナ様のお好みのもので揃えていくようにと仰せつかっております」
「俺は特になにが好きとかの趣味は無いので、もし必要だったらパルミュナに聞いて下さい」
「かしこまりました。一台の馬車では運びきれませんので、使用頻度の高いものから順に、数回に分けて運び込むことになると思います。最初の内はご不便を掛けてしまうかもしれませんが、ご容赦頂けましたら幸いでございます」
うん、樽に詰めた食料品類とかも大量にあるっぽいし、明らかに載りきる量じゃ無いよね。
「えーっと、この部屋に皆さんの他に誰か入ってきたりしますか?」
「いえ。ですが、念のために立ち入るなと指示も出しておきましょう」
「だったら...逆に馬車に載せて牧場まで持っていくのは、最低限のカモフラージュ用だけにしちゃいましょう。その方が手間が掛からない」
「はあ...」
「パルミュナ、面倒だからここにも転移門を置いちゃおうぜ?」
「そーだねー!」
パルミュナが返事をしつつ、さっさと帰還用転移門の魔法陣を展開した。
そして俺は積み上げられた品物の内、奥の方にあるものから順に革袋の中に取り込み始める。
トレナちゃんを含む四人のメイドさんが呆気にとられているけれど、取り乱さないのはさすがだ。
「こ、これは...クライス様とパルミュナ様のなされることについては、なにを見てもくれぐれも内密にとの命を受けておりましたが、理由が分かりました」
「まあ、あまり人に知られて良いことでは無いですからね...それで、牧場へ行く馬車はいつ出す予定ですか?」
「特に予定は無く、クライス様のご都合に合わせていつでも出せるように準備しております」
「じゃあ、これからでも?」
「はい、問題ございません」
「だったら、カモフラージュ用の品だけ適当に積み込んで牧場に向かって下さい。皆さんが着く頃に先回りして向こうに行ってますから」
「か、かしこまりました!」
年長メイドさんの顔に『先回りって?!』という言葉が表情になって浮かんでるけど、いまはスルーだ。
どうせ、すぐに実体験して貰うことになるしね。
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もしも誰かに見られた時に、いきなり部屋が空っぽになっているのも不自然なので半分方は革袋に収納せずに荷物部屋に残し、歩いて客間に戻った。
リンスワルド家の人達は宣誓魔法も受けてるし、ポリノー村帰還組は俺が勇者だと言うことも知っているからそこまで神経質に隠さなくていいのかもしれないけど、秘密保持って言うのはダレて気を抜いた時が危ないような気がするからね。
この別邸だって、外部の人・・・例えば姫様のお客さんとか、出入りの商会の人とか職人さんとか・・・も頻繁に入ってくるから、ちょっと神経質なくらいで丁度いいはずだ。
しばらく部屋に籠もって頃合いを見計らい、屋敷経由で牧場の営舎に跳んだけど、部屋の中にはまだ誰もいなかった。
まあ、パルミュナの宣誓魔法も受けてるシャッセル兵団の連中には教えるつもりなので、転移しているところを見られても問題ないけど、説明が面倒なので出来るだけ後回しにしたいという気持ちがあるのだ・・・
とりあえず、トレナちゃん達の乗っている馬車が到着するまで、特にすることはない。
「なあ、俺たちは何処でもいいけど、他のみんなが屋敷に出入りする時に、周囲が見てても不自然じゃ無い場所があった方がいいよなあ?」
「そーねー。事情を知らない人が見てたら、結構長い時間ふっと姿を消しちゃうみたいな感じだもんねー」
「うーん、専用の部屋でも用意して貰うか?」
「でもさー、部屋に籠もりきりってゆーのもおかしくない?」
「だなあ...」
今回のトレナちゃん達みたいに『しばらく牧場の方に出張ってます!』みたいな感じが一番無理がないんだけど、そうすると今度は別邸の方で活動して貰いにくい。
ちょっと前までなら考えられないくらい贅沢な悩みだけどね。
パルミュナとそんな話をしていると、表に馬車の着く音がして、トレナちゃん達が営舎の中に入ってきた。
「トレナちゃん、こっちー!」
パルミュナが転移門のある部屋から首だけ出して呼ぶ。
「えっ!!!」
言葉では散々聞かされていただろうけど、きっと半信半疑って処だったろうし、実際に目の当たりにするのは違うもんだよな。
四人とも一瞬、驚愕して固まったけど、それでもすぐに我を取り戻した。
「は、はい! あの、荷物はそこにお持ちしてよろしいでしょうか?」
「うん、全部入れちゃってー」
馬車から荷物を運び入れてる四人を手伝わないのは心苦しいんだけど、出来るだけ外に出たくないというか見られたくないし、御者さんと顔を合わせたくないのでじっと我慢だ。
一式運び入れたら、御者さんには一人で別邸に戻るようにメイドさんに伝えて貰った。
これからしばらくは建前上、トレナちゃん達は『牧場にいるフリ』だ。
「じゃあ、みんなこっちに来てくれるかな」
「はい」
四人がゾロゾロと魔法陣の上に乗ってくる。
昨日、屋敷と別邸を一気に八往復して感じたけど、たぶん俺の魔力でも数人なら問題ないはずだ。
「じゃー、アタシがみんなを屋敷に運ぶねー。お兄ちゃんは荷物の方をおねがーい」
もちろん、いいんだけどさ・・・