<閑話:レミンの純情>
私たち兄妹三人は、随分前にミルバルナ王国の故郷の村を出て以来、あちらこちらと旅をして来ました。
そう言うと、まるで当て処もなく彷徨っていたみたいに聞こえるかもしれませんが、むしろ目的地を見つけるために放浪していたんです。
それは『村の移転先を探す』と言う、とっても大切な目的。
どんなに苦しい旅でも諦める気はありませんでしたが、現実は思っていた以上に厳しいものでした。
村を発つ前から、それなりの覚悟はしていたつもりだったけれど、旅の空では色々な事が思っていた通りに行かず、心細くて辛い事ばかり。
そろそろ路銀も尽きかけているのに目的地は見つからず、けれど、もう村に戻るのも厳しいという状況で二進も三進も行かなくなりかけていた時、ひょんな事からライノさんと出会うことが出来ました。
ライノさんは私の命を救って下さった上に路銀まで融通して下さり、そして友達にまでなって貰えました。
私たち兄妹はそうして救われたんです。
いえ、兄妹三人だけで無く、たぶん故郷の一族全員が・・・
まだその時には、ライノさんが『勇者様』だってことなんか知らなかったんですけどね!
ライノさんは『勇者様』って呼ばれるのは嫌だそうなので、口では『ライノさん』って呼んでますけど、実は心の中では『勇者様』って呼んでます。
ナイショですけど・・・
だって本物の勇者様なんですよ?
死の病だった私の破傷風を治して、ブラディウルフの大群をほとんど片手で討伐し、挙げ句に空を飛んで三頭のグリフォンをあっという間に倒してしまったんですから。
あの街道でライノさんから『俺の背中を頼む』って言われた事が、私にとっては生まれてからそれまでの人生で一番誇らしかった事だって言っても、知らない人には信じて貰えないかもしれませんけど。
おまけに、ライノさんの妹のパルミュナちゃんは本物の『大精霊様』です。
パルミュナちゃんも大精霊様って呼ばれるのは厭がるから『パルミュナちゃん』って呼んでますけどね・・・見た目は私より年下でも、顕現している肉体が若いエルフっていうだけで本当の中身は大精霊様ですよ。
毛布の匂いを嗅いだ時は、まさか相手が大精霊様だとは思いも付きませんでしたけど・・・
そうそう、実はその後でリンスワルド城から王都まで旅している途中に、とても嬉しい事があったんです。
途中でギュンター卿のお屋敷に寄った時に、エルスカインの放った恐ろしい魔獣に襲われたんですけど・・・いえ、魔獣に襲われたのが嬉しいんじゃ無くて・・・その時に、狼姿に変身した私の背中にパルミュナちゃんとライノさんを乗せて一緒に闘う事が出来たんです!
実は、まだライノさんに勇者様だって教えて貰う前に、兄さんがライノさんを背中に乗せて走ったんですよね。
その時の私は、命の恩人であるカッコいいライノさんにほんのりと憧れていただけだったんですけど、後から考えてみると勇者様を背中に乗せて走ったなんて、なんだか羨ましいなって思ってたんです。
だけど私も大精霊様と勇者様、もといパルミュナちゃんとライノさんを背中に乗せることが出来たから兄さんともおあいこです。
ううん、パルミュナちゃんも乗せて走った分は、私の方がいい思いをしてるかも?
私たちアンスロープは、やっぱり強いリーダーと一緒にいるのが好きなんですよね・・・こればっかりは生まれつきって言うか、種族としての性質みたいなモノなんだと思います。
ごく希に、『誰とも一緒にいたくない』って言い出す人が出てくる事もあるんだそうですけど、そう言う人はアンスロープの集落にいる事さえ厭がって、ある程度大きくなるとすぐに村を出ちゃうんだそうです。
それを『一匹狼』って呼ぶんだそうですけど、どうして一人きりでいて寂しかったり辛かったりしないのか、本当に不思議ですよ?
私だったら考えられません。
誰とも一緒に過ごさない人生なんて絶対に嫌です!
それにしても、勇者様や顕現した大精霊様と友達になって一緒に旅するとか、普通あり得ないですよね?
そんなあり得ない経験をしている私たち兄妹は、いま何故かリンスワルド伯爵家のお客扱いをされています。
本来の私たちの身分からすれば、このことも『勇者様や大精霊様と出会う』のと遜色ないくらいに、あり得ない出来事ですね。
普通なら外国生まれの平民アンスロープなんて、もしも伯爵家に下男下女として雇われたら奇跡的な幸運だってくらいだと思うんですけど・・・
もちろん、お客扱いされてる理由は私たちがライノさんの友達だからです。
でも普通なら、『伯爵様』って聞いたら、厳めしい顔をした初老の男性を思い浮かべませんか?
ところがリンスワルド伯爵家当主のレティシア・ノルテモリア様は、一目見たら忘れられないほどの絶世の美女!
見た目も若くて十代と言っても通じるほど・・・すでにそこそこ育った娘さんがいるなんて信じられないくらいです。
いくらエルフ族と言っても限度があるって言うか、単純に羨ましいって言うか・・・
母娘で並んでいても、ちょっと年の離れた姉妹にしか見えないんですよ?
ずるいですよね。
まあアンスロープ族も人間族に較べたら長生きらしいし、歳を取っても見た目はそんなに変わらないから羨むほどじゃないって兄さんは言いますけど、女性としてはやっぱりエルフ族が羨ましいです。
その姫様も、耳先はライノさんと同じように丸いんですけどね!
だから余計にかな?
人間族みたいに見えるのに、若さと美しさはエルフ族のままなんて・・・やっぱりズルいです。
なんて話が逸れちゃいましたけど、その、とってもとっても素敵な姫様が、なんとなんと!
エルスカインの襲撃をライノさんと一緒に防いだ事のお礼だと言って、私たちの一族が移住する村を用意して下さる事になったんです!
もう、信じられない奇跡の大盤振る舞い!!!
姫様から話を頂いた時には、その場で気を失うかと思ったくらいに嬉しかったですよ!
だって、私たち兄妹がずっと苦しい旅を続けてきたその目的がアッサリと、しかも夢見る事すら出来なかったほど最高な形で解決しちゃったんですから!
その後、ライノさんが姫様と一緒にドラゴンを探しに行くって言う話になって、もちろん私たちもご一緒させて貰う事にしました。
ライノさんの親友で、私たちの新しいルマント村の候補地探しを手伝ってくれる事になったレビリスさんっていうハーフエルフの破邪の方も一緒です。
レビリスさんは話も上手で面白くて、一緒にいてとても楽しい人だから、兄さんは王都に向かう馬車に一緒に乗っていこうと誘いました。
私はきっとレビリスさんはライノさんと一緒の馬車に乗りたがるだろうって思ってたんですけど、意外にも快諾してくれて、それで王都までの道のりのほとんどをレビリスさんを交えた四人で過ごしたんです。
お陰で道中も全然退屈しなくて、あっという間に日にちが過ぎてしまった感じ・・・途中で色々な事もありましたけど、思い返してみれば本当に楽しい旅路でした。
それで王都に着いてからの話ですけど、ライノさんや姫様達がギュンター卿と一緒に出かける用事があって、その護衛の為にレビリスさんが御者役をやるって事になって、私たち兄妹だけが王都の屋敷に残ってた事があったんです。
屋敷の防衛の為に残ってると言っても、実際にはエルスカインの魔獣が攻めてでも来ない限り、やる事なんてありません。
前日と同じように、とっても広い・・・深い雑木林に遮られて周囲のお屋敷も見えないほど広い裏庭に出て、眺めと陽当たりが良い池の脇の木陰でノンビリするだけです。
あまりにも長閑なので、いっそ狼姿に変わってからお昼寝でもしようかしら? なんて思ったりさえします。
そうそう、周囲に余所の人がいるところで昼間から狼姿に変身しようなんて、ライノさんに出会える前だったら思い浮かべもしませんでしたね。
大袈裟に思われるかもしれないけど、私はライノさんを自分の命の恩人って言うだけじゃ無くて、一族みんなの恩人だって考えてるんです。
なんと言っても、私たちの心を解き放ってくれた勇者様なんですから!
薄らと眠気を感じつつ、そんなことを思い浮かべていると急に兄さんが話しかけてきました。
「なあ、レミン。お前、レビリスの事を好きだよな?」
「きゅきゅきゅ急に、ななななな何を言い出すんですか兄さん!」
「慌てるなよ。ずっと前から分かってるんだから」
「そそそそそそそんなことははわわわわゎ!」
「姉さん尻尾!...あのさあ、レビリスさんと話してる時の姉さんの尻尾がどんだけ動いてるか自覚無いの?」
アサムにそう言われて口から心臓が飛び出すかと思いました。
本当に、これっぽちも自覚が無かったんです・・・
「リンスワルド城を出てからずっと、レビリスと話してる時のレミンの尻尾は、よくまあ疲れないなって思うぐらい動いてたぞ?」
「えええぇぇぇぇっ...」
「だよねえ...とっくに知られてる事も分かってるもんだと思ってたよ」
「そそそそそそそうだったの?」
「うん!」
兄さんとアサムがハモりました。
「って言うか、レビリスやライノも気が付いてると思うぞ?」
「いゃーーーーーーーっ!!!!」
思わず顔を隠して突っ伏してしまいました。
恥ずかしくて地面に穴を掘って隠れたいくらいです。
さっき狼姿になってれば良かった。
もしも狼姿だったら、咄嗟に全力で駆け出してしまっていたかもしれませんけど・・・
「別にいいじゃ無いかレミン。レビリスは本当にいい奴だし、ライノみたいな遍歴破邪じゃなくってフォーフェンを根城にしてる破邪だろ。俺たちだって先々はリンスワルド領に作る村に住む事になるんだから、所帯を持てないって事もないだろ?」
「しょしょしょしょ所帯だなんてなななに言ってるんですかか兄さん!」
「俺もいいと思うよ姉さん。レビリスさんが兄貴になってくれるんなら嬉しいけどなあ」
「そそそんな話は、れれれれレビリスさんに迷惑なななな」
「絶対にそんなこと無いよ。まあ気張らなくていいから、そう言う将来も考えてみていいんじゃ無いか? 俺は同じ男として分かるけど、レビリスもお前の事を好いているから大丈夫だ」
「だよねー、俺にも分かる!」
「ほほほほほほホントに?」
「うん!」
また兄さんとアサムがハモりました。
自分の顔が火照って真っ赤になってる事が分かります。
やっぱり、さっき狼姿になってれば良かった。
顔が赤くなってることだけでも隠せたのに!!!